"地方にて"カテゴリーの記事一覧
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毎度ありがとうございます!
関越道を走りぬけ川越ICで降り、宿泊先の川越プリンスホテルに到着しました。
西武新宿線「本川越駅」に隣接していて、新宿まで電車一本で行ける好立地のホテルです。
社長と常務に「部屋で飲みなおそう。」と声をかけてもらったんですけど、
ここまで来て部屋飲みは寂しいので、丁寧にお断りしてそのまま本川越の街に
一人で繰り出すことにしたんですね。
時刻はまだ9時30分。
事前に調べておいた24時間営業のスーパー銭湯「湯遊ランド」のアカスリに間に合う時間です。
歩きながら電話で確認すると「お風呂もアカスリもガラガラですよ。」というんで早速アカスリを予約。
ホテルから徒歩5分のところにありました。
少し熱めの浴槽で、体を十分に温めてからアカスリ開始です。
結構ボロボロ垢が出てきて、本当になにか一皮剥けた感じで体も軽くなった気がします。
風呂に入ってアカスリもやってさっぱりしたところで、本川越駅周辺の酒場を散策しました。
東松山よりも栄えてるというか、街には若い人が多く活気があり繁華街も賑わっていましたね。
やきとり数本しか食べていないこともあって、もう少しガツンと食いたいな~
なんて思って歩いていると「串かつ」の看板が目に飛び込んできました。
この夏、母校の甲子園応援のため、大阪入りした際に最初に食ったのが
本場の「串かつ」で、あまりの旨さに感動した記憶が蘇ってきて、
吸い込まれるようにお邪魔したんです。
串かつのことは詳しくありませんけど、油が違うというか衣のサクッと感が
大阪で食ったのとは違っていて、ソースも甘く個人的には少し物足りなかったですかね。
ホッピーとナカを1杯飲んで、1500円でお会計。
わざとホテルまで遠回りして、ネオン街の雰囲気を楽しみます。
気になったラーメン屋や居酒屋もありましたけど、さすがにバスの長旅と
風呂上りのアルコールがじんわりと効いてきて、ここでホテルに戻ることにしました。
翌日は、自分だけ都内に移動してまた気になる酒場を探索の予定でしたから、
体調を整えつつ、しっかりと身体を休めることにしたんですね。
本当にいい刺激を受けた埼玉での視察だったと思います。
まねしたいところ吸収もしたいところもたくさんありましたし、
逆に鶴岡の恵まれたやきとん環境を再認識した部分も多かった気がします。
疲れた身体を休めるのに1分もかからずに、夢の中に引き込まれていました。
つづく。
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毎度ありがとうございます!
「大松屋」さんのご好意で、バスを店前に停めさせて頂いたまま、一行は歩いて東松山駅へ。
どこもかしこもやきとり屋が立ち並び…なんて想像していたら、意外と普通の街並みでしたね。
ただ、駅までの道すがら、通りに構える「とくのや」さんもしかり、「三金」さんしかり
やきとり屋さんはすべて年季が入っていて、のれんや看板をみれば、そのお店の歴史や
地元の方々に愛されてきたことが伝わってきます。
一部だけしか覗けませんでしたけど、コの字カウンターのお店も多かった気がします。
「大松屋」さんしかり、やっぱりコの字カウンターには個人的に惹かれますね。
どこもカウンターの上には小さな壺が置いてあり、そのお店独自の辛味噌が用意してあります。
炭の種類や、焼き加減、串の打ち方などをぶらぶらと歩きながら話していると、
東松山駅の目の前にあってひときわ日本7大やきとりの看板が目立つ「ひびき」さんに
到着しました。
駅前の一等地にあり、駅利用客のテイクアウトも見込めるのか、
持ち帰りコーナーを正面に構え、串のほかにもオリジナル辛味噌と
ゆず味噌なんかも販売していて、多岐にわたって販売展開していることが分かります。
一番驚いたのは、お店の串はやきとりマシーンが焼いていたこと。
鶴岡では主婦の店の惣菜コーナーとかで見かける、あのマシーンです(笑
遠赤外線グリルに向かって串をグルグル回して均一に焼いていくという、
しかも、この焼き方のほうが冷めても肉が硬くならずに美味しく食べれるんだそうで…。
我々、やきとり業界人にしてみれば、良くも悪くも色んな意味で衝撃的でしたもんね。
均一な焼き加減のやきとりを一気に大量に焼くことができ、テイクアウトから店内販売までを
画一的に展開できるビジネスというものに、各店主が何を感じたのかは容易に想像できます。
残念ながらオーナーが不在でしたので、組合や全や連についてのお話は
聞けませんでしたが、店内あちらこちらでアピールしてある日本7大やきとりの
ポスターの鶴岡の場所を指差し、もっともっと世間に鶴岡のやきとり文化を
アピールしていこうと、何回も何回も乾杯したのでした。
店長さんに我々の素性を明かし「全や連についての資料かなにかありませんか?」
と聞くと、なんと全員に定価1200円のやきとり本をプレゼントしてくれたんです。
本当にありがとうございました。
東松山をここで後にし宿泊先の川越まで、またバスで移動します。
参加されたみなさんご高齢で40代の自分が一番若造ですから、もっともっと飲みましょう!
の気持ちを抑えて、みなさんの酒量とペースにに合わせます(笑
頂いた全や連監修のやきとり本を読んでみると、7大やきとりの街、北海道の美唄には
やきとり屋が16軒しかないそうで、やきとりではなく「もつ串」と呼ばれていて、
鶏のももから皮までのさまざまな部位が一本の串に刺さっているんだそうです。
室蘭は豚のバラにたまねぎを挟んでタレにつけてカラシで食べるスタイル。
久留米は牛串が主流で、今治は串にも刺さず鶏ももを網で豪快に焼き、
大皿に盛り付けて箸で食べるのがスタンダード。
ただ単に飲食店の数の大小ではなくて、その街の食文化や歴史にも関わりを持ちながら、
地域おこしや街の活性化に繋げていることが、しっかりと伝わってきました。
鶴岡にも、その土壌となるやきとりの文化は根付いています。
問題はそこから、みんなで何が出来るんだと、いうことなんだと思います。
いや、その前に、みんなで何かをやる気はあるのか?という意識の確認もあるでしょう。
鶴岡は、そこが一番のネックなのかもしれませんね。
そんなことを思いながら、高速を走るバスの窓から流れる車列のテールランプを眺め、
バスは宿泊先の川越市に到着したのでした。
つづく。
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毎度ありがとうございます!
雨の休日。
愛犬カールの散歩も行けず、のんびりと一人コーヒーを飲みながら、
先月行った埼玉・東京出張のことを書こうと思います。
毎日の仕入でお世話になっている「庄内ミート」には、地元のやきとり店などが加盟して組織される
「庄内ミート親和会」というものがあり、鶴岡市内を中心に現在44店舗が加盟しております。
年会費を払い、同業者が一同に集うやきとり屋組織というのも珍しく、その組織力をもっと有効に
活用しようと、過去には「鶴岡やきとり食べ歩きMAP」製作を自ら提案したこともありました。
ま、保守的で年配者が多い組織にありがちな腰の重さで、見事にボツになったことは
以前からこのブログをご覧の方はすでにご存知かと思われます(笑
埼玉県東松山市は全国で始めて「やきとり組合」が発足した街で、
豚カシラ串に辛味噌をつけて食べる東松山流スタイルが定着し、
日本7大やきとりの一つに数えられる街なんです。
全国やきとり連絡協議会(全や連)が制定している7大やきとりとは、
美唄・室蘭・福島・東松山・今治・長門・久留米の7つの街で、
その中でも地元に「やきとり組合」を持つ東松山市には、以前から興味を持っていて
一度は行ってみたいなと思っていたんですね。
規模やカタチは違えど、庄内にも44店舗ものやきとり屋が集う組織があるわけですから、
なにか今後の方向性のヒントや地域活性化の刺激になればと思っていた矢先に、
たまたま社長との雑談の中で意気投合し、今回の視察出張が実現したというわけです。
残念ながら平日の月火という日程に難色を示すお店も多く、参加加盟店は4店舗だけでしたけど、
参加者の数ではなく、まずはこういう企画に賛同し参加してくれたこと自体が大きな前進でもあり
小さな変化でもあるわけですから、もの凄く期待感と楽しみを持って出発いたしました。
埼玉までのバスの中で、隣に座った常務に普段は聞けない話をたくさん聞かせてもらいました。
鶴岡で何気なく食べているやきとり(やきとん)ですけど、庄内町余目に食肉公社(と場)
がある鶴岡の立地は、内臓の鮮度の非常にいいものが手に入るという意味では、
本当に恵まれた環境にあるんですね。
東京では、肉屋から仕入れた日のうちは新鮮だと思っているお店も少なくないそうなんですけど、
内臓は仕入れた日ではなく、と畜した日がいつなのかが実は鮮度を語る上では重要なポイントに
なってくるわけです。
東京ではと場の数がどんどん減り、今は芝浦と場だけになってしまったようですから、
本当の意味での鮮度の良い内臓というものは手に入りにくい環境のかもしれません。
ウチのレバーのように、午前中にと畜したものがその日の夕方に手に入るなんて、
当たり前のようですが、その環境は凄く恵まれているということがわかるでしょう。
以前は豚レバーの生食に寛容だった時代でも、庄内ミート創業以来、何十年たった今でも
レバーでの食中毒事故はただの一件も起きていないそうです。
などと話しをしているうちに東松山に到着。
時刻は16時半でした。
東松山ICから道なりに老舗のお店を覗くものの、バスが止めれず断念したり、
仕込みの最中で入店できなかったりしたんですけど、吉田類の酒場放浪記にも登場した
名店「大松屋」さんに運よく入店することができたんです。 ここは、例の東松山流発祥のお店だそうで、カウンター等間隔にドーンと
辛味噌が置いてあります。
座るとすぐに飲み物の注文を聞かれますが、その間にすぐにカシラ串が焼かれ、
ストップというまでカシラ串が出てくるシステムでした。
シロやレバーも食べたかったので、カシラ串は3本食べたところでストップ!
辛すぎず甘すぎない絶妙の辛味噌がカシラ串に合います。
東松山ではカシラと総称していますが、鶴岡でいうところのカシラ・コメカミ・
おたふく・ほっぺ全ての部位が混ざって18cm串に刺さっています。
逆に言えば、鶴岡の串は15cmが一般的ですけど、各部位を細かく分けて
刺しますので、いろんな部位を楽しめるともいえるのかもしれませんね。
長いコの字のカウンターには30人近く座れます。
焼き場を担当する御歳83歳の女将さんと、その娘さんたちだけで切り盛りしているせいか、
チャキチャキの接客と手際の良さには、こちらが圧倒されてしまいます。
焼き上げたやきとりを乗せる皿は二人で一皿を使います。
食べ終えた串も皿の上に並べるのではなく、直接カウンターに置けと言います(笑
営業時間は午後4時から8時くらいまでだそうで、それ以降に来るお客さんは、
「飲みに来てんだか食いに来てんだか分からなくてダメなんだ~。」と
女将さんが笑って教えてくれました。
ねぎが挟んであるわりには、どれも少し焼きがハードな気がしましたけど、
辛味噌を塗って食べるせいか、あまり苦さは感じませんでした。
同行したご婦人は、一緒に頼んだトマトやもろきゅうにも辛味噌を塗って食べてたくらい
この辛味噌にハマってましたもんね。
全部が豚なのかと思いきや、煮込みだけはハチノス(牛の第2胃袋)を使ってました。
「ウチのは辛いよ。」と忠告されてましたけど、そのフォルムを見ただけで辛いと分かります(笑
酒のアテにはいいんでしょうけど、汁まで飲みたい派の自分には少し濃かった印象ですかね。
それでも、味やシステムもさることながら、女将さんの人柄やお店の佇まいや雰囲気が
本当にいい味出ていて、新しいお店では醸し出せない空気感が心地よく酔わせてくれます。
女将さんに「この後も流れていくんだったら、組合長の店に行ったら?」と勧められて、
駅前方面にゾロゾロ歩いて移動することにしたんです。
バスは置きっぱなしで…(笑
つづく。
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毎度ありがとうございます!
とりあえず、今どこを走っているのかすら分からない状態で、すぐに現われたインターで降ります。
降りた場所は「金津インター」、福井県と石川県との県境にある寂しいところでした。
料金所を出て、すぐ隣にある待機場所に車を停め、ボンネットを開けてみます。
同行していた後輩クロサカが、車の整備士だったことも一つめのラッキーでした。
「ファンベルト、切れてますね。」
見ると、幅広いはずのベルトが紐みたいに細くなって切れてるんですよ。
まず、どうするか。
JAFには入ってないんで、任意保険のロードアシスタンスに連絡します。
「40分以内に積載車で向かいますが、修理工場の手配や部品に関しては、
積載車のドライバーに相談していただけますか?」
つまり、レッカーが来てもどこかの修理工場まで運ぶだけで、最悪、
このまま福井県に車を置いていかなければならないということなんです。
それでは、困るし、明日の営業にも間に合わない。
最悪、お店を休むにしても、ご予約のお客様への連絡先は持ち歩いていない。
ここでふと、クロサカが
「最近はオートバックスでも車検を受けますんで、オートバックスならお盆とか
関係ないんじゃないですか?ただ、ベルトがあるかどうかは分かりませんけど・・・。」
とりあえず時刻は16時30分、これが2つめのラッキーでした。
これが夜中だったら、もうどうしようもなかったですもんね。
早速、一軒のオートバックスに電話してみると、そこからなら福井県内最大級の福井北店に
問い合わせしたらどうかと教えてもらい、今度は福井北店に状況を説明して、修理可能か、
部品があるか、を確認したら、ベルトもあるし修理も可能だというんですよ。
これが3つめのラッキー。
そこまでの手配が済んだタイミングで積載車が到着。
ドライバーに状況を確認してもらうと、やっぱり今日は修理は無理とのこと。
ならば、オートバックス福井北店まで運んでくれとお願いすると、
ここから30分だというんです。
オートバックスまで向かう間に、クロサカに聞いてみると、いくらベルトがあっても
オートテンショナーという部品が壊れていたら、オートバックスでは無理だろうと。
祈るような気持ちで、オートバックスのピットに入庫しました。
作業時間、およそ40分・・・
オートテンショナーは無事のようで、ベルトの交換だけで修理が完了しました。
これもまた、ラッキー!
小学生の子ども2人を乗せ、高速での予期せぬトラブルでしたけど、無事にケガ人もなく
トラブル発生から2時間半後には、また鶴岡に向けて何事もなかったかのように
高速道路に乗って走りだしたんです。
たくさんのラッキーに救われて、夜中の2時に無事に鶴岡に到着しました。
出発日の過密スケジュールから、甲子園で悲願の校歌を歌い、高速でファンベルトが切れ、
2時間半で修理して、無事に鶴岡に帰還したという・・・
それでも、自分の心にも、子どもたちの心にも、なにか大きな忘れられない思い出が
刻まれたことには間違いありません。
残念ながら、このブログを書いている間に、鶴岡東は花咲徳栄に0-1で惜敗し、
二度目の校歌斉唱とはなりませんでした。
だけど、胸を張って帰ってきて欲しい。
甲子園ベスト16は立派な成績です。
車での長距離運転の前には必ず整備を忘れずに。
そして、鶴岡東への心温まるご声援、
本当にありがとうございました。
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毎度ありがとうございます!
爽やかな空気を切り裂くようなサイレンの音で、待ちに待った試合が始まりました。
二回にソロホームランが飛び出して幸先よく先制したものの、甲子園には魔物がいますから、
イニングスコア以上にスタンドではハラハラしながら応援してたんです。
甲子園のアルプススタンドは計算された傾斜が美しくて、
どの席、どの位置で観戦しても、ストレスを感じることがありません。
テレビで見る以上にスコアボードの大きさと迫力に目がいきますので、
フィールド自体はさほど大きくは感じないんですよね。
甲子園球場に入ってから、息子が何かを想うように
ジーッとフィールドを眺めてたんですよ。
「どうした?眠いのか?」
「すげーなぁ。オレも、ここで野球やってみたいな。」
「そっか。じゃあ今度は、お前がお父さんをここに連れてきてくれよ。」
「うん。」
「あー、甲子園に連れてきてよかったなー。」そう思えた瞬間でした。
9回最後のバッターをサードゴロに打ち取って勝利が確定すると、スタンドはその瞬間、
「ウォー!!」という大歓声が沸き起こり、みんな「やった!やった!」と抱き合いながら、
それぞれ目には涙を浮かべているわけです。
離れて座っていたOB達も、自分のところにわざわざ来てくれて「イシカワさん、やりましたね!」
なんて声をかけてくれるもんだから、もう、大号泣しないはずがありません。
熊みたいな大男達が、汗びっしょりの体で抱き合いながら大号泣してる姿は、
娘や息子にはどう映っていたのかは、怖くてまだ聞いておりません(笑
甲子園で歌う校歌は、最高に気持ちいいです。
ここにくるまでの、いろんな苦労やムカつくことが、一瞬で報われた気がします。
勝利の瞬間から、携帯のメール・LINE・facebook・留守番電話が鳴り止まず、
みな「おめでとう!」の内容に、またまた感動してしまって、サングラスを外せなかったです。
たくさんのみなさんに、祝福の連絡を頂きました。
そのすべてに返信することはできませんでしたが、改めて応援ありがとうございました!
鶴岡東の卒業生でもない方々からの、お祝いメールが一番心に響きましたし、
「よかったね!テレビの前で一緒になって応援してたよ!」とか
「OBじゃないけど、凄く嬉しいです!鶴岡の誇りに思います!」なんて内容に、
たくさんのご縁で親しくさせて頂きながら、一緒になって我が母校を応援してくださった
みなさまの温かいお気持ちが、本当に嬉しく心に染みました。
本当に、本当に応援ありがとうございました!
そんな興奮も覚めやらぬまま、電車で心斎橋に戻って、いよいよまた鶴岡へ向けての
長い長い車の旅がまた始まるわけです。
翌日は通常通りに営業する予定でしたし、何よりご予約が3件入っていたので、
夜中だろうがなんだろうが今日中に鶴岡に帰ればいいスケジュールだったんですけどね。
大阪を出発して3時間くらい走った頃でしょうか。
運転していたユウキが「イシカワさん、車ヤバイっす。変な音がします!」なんて言うんですよ。
「ん?どした?」と慌てて飛び起きて、耳を澄ませてみると、
シャンシャンシャンとエンジンルームから、あきらかに異音がするんですよ。
これは、ヤバイな・・・
つづく。
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毎度ありがとうございます!
とりあえず、大阪心斎橋に着いて立体駐車場に車も入れて、一息つく間もなく道頓堀を散策します。
道頓堀といえば、やっぱり【グリコ】の看板ですよね。
新卒時代に、京都の八幡から大阪の北浜まで通勤してましたし、10年前にもマスターズ甲子園で
前泊して、この辺りを散策済みでしたんで、さほど迷うことなくグリコ看板に辿り着きました。
テレビでよく見る大きな看板に、娘も息子も大興奮!
みんなで記念撮影してから、お昼を食べに行くことにしました。
みんなの希望は「串カツ!」。
お店は詳しくないんで、適当に歩いていて見つけた【串カツ横綱】に入ったんです。
なんと、このお店、24時間営業という驚きの居酒屋だったんですね。
ジョッキにキンキンに冷えたビールを片手に、串カツとどて焼きという
大阪のソウルフードを心ゆくまで堪能しました。
地元で食べる串カツとは違って、油が軽くて食べ飽きず大阪で食ったモノの中では
個人的には一番の旨さだった気がします。
というより、舌が安いのか、高級なものよりジャンキーな食べ物の方が好きなんですよね。
そのまま、翌日のお土産も前倒しして買ってしまいながら、ようやくチェックイン。
すぐに寝ようかと思ったんですけど、街のあちこちに見えるマッサージ60分2800円という文字が
自分を呼んでいるように思えて、すかさず道頓堀に引き返して、グリグリのゴリゴリにバキバキ。
車での長旅の疲れを吹き飛ばす力感とハードパンチに、すっかり腑抜け状態でホテルに戻って
僅かな時間でしたけど、死んだように眠ってましたもんね。
夕方、横浜に住む同期クリハラ一家とも合流し、ホルモン屋で総勢13名での「かんぱーい!!」
みんな、明日の甲子園へのワクワク感と、勝利への期待感とで、ピッチが早い早い!
ここが大阪だと忘れる勢いで、盛り上がりました。
とはいえ、翌日は第一試合にあわせて4時半起きのスケジュールですから、
もう一軒二次会に流れたものの早めに解散して各自体調を整えることにしたんです。
まだ小学生もいましたんでね。あくまでもサクッとで。
しかし、道頓堀に限ったことじゃないんでしょうけど、あまりの中国人の多さには驚きました。
おそらく、道を歩く人混みを確認したら半分以上は中国人だと思いますよ。
しかも、彼らは道のど真ん中でスイカを切って食ってたり、人混みの中キャリーバックを引いてたり
我々とは明らかにモラルや躾が違っています。
帰り道、ドンキホーテやマツモトキヨシにも寄ったんですけど、買い方がハンパじゃないんですよ。
「中国人の爆買い」とは聞いてましたけど、ここまで凄いとは思ってもいませんでしたね。
日本の経済は、中国マネーが支えているんだと言われる所以も垣間見えた気がします。
そして、翌日・・・
まだ夜も明けきらないうちに目覚ましをセットして、いよいよ甲子園に向かいます。
甲子園の周りには駐車場がないんで、ホテルからは電車で移動です。
集合時間の6時半、三塁側アルプス前の13号門前には、懐かしい先輩の顔や
久しぶりに見る後輩の顔もあって、みんなここで集合するのを楽しみにしていたのが
手に取るように伝わってきます。
正直、30年ぶりの出場だった4年前よりも、今回のほうがストレスを感じることが多くて、
絶対に事務局を辞めてやろうと、心に決めて向かった甲子園だったんです。
みんな好き勝手なことを言ってきます。
だったらお前がやってみろ、と。
いつでも代わってやるよ、と。
でもね、あの甲子園で見るOBの笑顔を見ていたら、そんな苦労も忘れて
一気に吹っ飛んでしまうんですから、自分の性格も困ったもんです(笑
前回は第二試合だったんで、すでにスタンドは満員で完全に雰囲気に
飲まれてましたけど、今回は第一試合だったせいか、席も自由にゆっくりと
キープすることができましたし、朝一番の清々しい空気と、これから試合が始まる
緊張感とが最高に心地良かったですねー。
アルプスから見える球場全体のあの雰囲気は、
甲子園独自の何ともいえないものがあります。
程よくエコーがかかった関西訛りのお馴染みの場内アナウンスでスタメンが発表され、
さぁ、いよいよ試合開始です!
つづく。