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昨日は、やきとり屋の会合というか総会がありまして、「おばこの里こまぎ」に行ってきました。
肉問屋に加盟している45店舗で構成され「親和会」と名付けられてるんですけど
第32回定例総会なんだそうです。
毎月会費も徴収されますので、「会計監査報告」「事業報告」「事業計画」などが
淡々と議事進行して、最後に質疑応答になったんですよ。
市内の有名店の店主の方々が役員として名を連ね、歴史ある会なんですけど、
さして建設的な意見が出るわけでもなく、一応ここで総会が終了。
その後の懇親会で、「あのォ~。自分みたいな若造が生意気言いますけど・・・」なんて、また悪いクセが。
実は、昨年に親和会加盟店舗に「やきとりマンボ」なるCDが配布された事がありまして。
まったく盛り上がらないこのCD、単価を聞くと「1枚、1000円。」だそうで
報告書にも45000円の支出があるんですよね。
でも、そのCDを誰も店では流していないし、聞いてもいないって店主が大多数だったんですよ。
「親和会」とは加盟店同士が横並びで何かやろう、という会ではないと思っていたんで、
たとえ、1枚1000円でも何かを共有しようという試みは良いと思うんですよ。
あとは、その使い道の問題なわけですから。
誰も聞かないし流さないCDを配るより、
加盟店の屋号を入れた「やきとり食べ歩きマップ」みたいな地図を
作ってみたらどうですかね、と言うのが自分の意見なんです。
お客様も「ここは行った事あるけど、ここはないなぁ。」
「今度こっちの店に行ってみよっか。」とか
見ていて楽しいと思うんですよ。
加盟店の方も、タウン誌等に広告を出すよりもずっと経費が安くすむし、
何より月刊誌とかの雑誌広告と違って毎月新刊が出ないから、
一回作ってしまえば永久保存版としていつでも増刷できるわけです。
肉問屋も、昨今の口蹄疫問題で食の不安が囁かれる中、
「美味しく安心安全なやきとりは親和会加盟店舗で!」と銘打てば会社の宣伝にもなるし、
結果的に各店舗からの注文が増えればもっと良いわけですよね。
なんて熱く語ってしまった後に、
「じゃ、やんちゃさん。あんた先頭にやってみろ。」
「予算やるから若い店主たち集めて、親和会青年部立ち上げろ。」
なんて重鎮たちに言われたら、自分の性格上、もう後戻りは出来ませんよねぇ。
「オレはやるって言ったらやりますよ。」なんて、
またまた「やってやるよモード」が完全にスイッチON!((((((ノ゚⊿゚)ノヌオォォォ
しかし、この性格なんとかなりませんかね、まったく。
ハァ~・・・(-_-;ウーン -
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流通センターでアルバイトを始めて10日ほどたった、ある夜。
朝まで帰ってこなかった彼女と大喧嘩になって、そのままの勢いで別れたんです。
若さなのか、単純なのか、自分の気持ちだけで突っ走って
彼女にしてみたら有難迷惑だったんでしょうね、きっと。
本来なら、彼女が何も言わずに東京に行ったのを知った時点で終わってる話なんですよ。
今の時代なら、携帯で話して「別れましょ。」で終わりだったでしょうから。
それを、田舎から突然東京にやってきて、10時間も待ったなんて聞かされて
「オレも東京来てバイトするから。」じゃ、重たいし、熱すぎるし、何よりイタイ(笑
そりゃ、別れ話も切り出しにくくもなりますよね。
彼女のためにと言うよりも、
「北海道から誰も知らない東京に出てきて、彼女のためにドカジャン着て頑張ってるオレ」
っていう画がカッコいいと思ってたのかもしれないですね。
帰りのチケット代もないまま、渋谷から東急世田谷線に飛び乗って、
タダシのいる上町までたどり着くのが精一杯だったんです。
「カッコわりーな。オレ。」
「別に。そんなこと、ねぇんじゃねーの。」
なんて会話を何十回と繰り返しながら、その日は朝まで飲んだくれました。
吐くまで飲んで、吐いたらまた飲んで・・・。
今から25年近く前の出来事です。
今は、その娘がどこで何をしているのかは知りませんし、知りたいとも思いません。
だけど、自分の中で「東京」を思い浮かべる時や、
羽田からモノレールに乗って「流通センター」を通過する時には、
必ずと言っていいほど、あの時の青臭い自分がまだその場所にいるようで、
切なくて照れくさいような妙な感覚になってしまうんですよね。
その後も、同じような恋愛を繰り返しては別れ、少しづつちょっとづつ大人になっていって、
25年後の自分には愛すべき家族ができて、好きな商売をしながら鶴岡で暮らす事になるなんて、
ドカジャンを着て必死に作業していたあの時の自分には、想像できなかったでしょうから。
来週、また「東京」に行きます。
あの時と同じように、一人で羽田へと向かいます。(完
長文、お付き合いありがとうございました。
なお、描写がリアルすぎて万が一、家庭生活に不具合が生じそうになった際には、
速やかに全編削除いたします事をご了承下さい。(笑 -
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東京で、まるでトレンディドラマみたいな再会を果たしたんですけど、
実際はそんなにカッコいいものでは全然なくて・・・。
少し落ち着いてから彼女の話を聞くと、
「借金を返すために少しでも効率のいい仕事をするために東京に来たの。」
「今はデニーズで夜のバイトしてるんだけど、これからは昼のバイトも探すつもり。」
「送ってくれたのはオーナーで、深夜のバイトの子は危ないからってみんな送ってくれるんだよ。」
「東京は以前も住んでたから、生活には慣れてるし。」
「お姉ちゃんが彼氏のところに行ったから、ここ好きに使っていいんだ。」
「借金のこと言っても仕方ないと思ったし、心配するでしょ。けど、ごめんなさい。」
「デニーズ」が何かもその時は知らなかったんですけど、何となく納得したんですよね。
で、「7月に入れば2ヶ月間大学は休みに入るから、オレもこっち来て何かバイトするよ。」
なんて約束して、北海道に一旦帰ったんです。
約束通り7月にまた東京に来て、自分も効率のいいアルバイトを探して見つけたのが、
日給15000円、経験不問、食事付き、制服貸与、交通費あり、日払い可、という仕事。
勤務地は流通センター内の、紀文の関東配送センターだったんですよね。
東京モノレールも、まだ天王洲アイル駅はなかった頃です。
標準語を話す怪しい中国人や、自称早稲田を語るスカした学生に混じって、
一列づつ「ハイ、これ制服ね。」と渡されたのは、真夏なのにドカジャン!
倉庫内全体が冷蔵庫になっている中で、ダンボールに入ったおでん種が
ベルトコンベアーで流れてくるんですけど、その箱には1番から88番まで
番号が書いてあるんです。
1番:横浜そごう 2番:新宿高島屋 3番:多摩プラーザ みたいに配送先ごとのパレットが
サッカーグランドくらいの広さにビッシリあるのを、全部覚えないとなんなかったんですよね。
で、配送時刻になるとリフトでトラックに積み込みするんですけど、そこは微妙に冷蔵庫の外なんですよ。
寒いところから、いきなり外の蒸し暑いところに出ると、もう身体がダルダルになるわけです。
で、また中に入ってダンボールを延々と運ぶのを繰り返すんですよね。
10時から22時までずっと冷蔵庫の中で、パレットとベルトコンベアーの間を、
ダンボールを持って何百回と往復するわけです。
体はさすがにキツかったですけど、それでも彼女のためにと頑張って続けてましたね。
あの日の夜までは。
・・・つづく。 -
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「東京視察」まであと一週間あるんですけど、東京というと忘れられない思い出がありまして。
長くなりそうなんで、気楽に読み流して下さい。
夏の予選が終わり、野球部寮を出て念願の自宅通学に切り替わった高3の秋。
その頃、学校が終わると真っ直ぐに向かう喫茶店があったんです。
姉妹で経営していたその喫茶店は、当時流行の麻雀のゲーム機が置いてあって
コーヒー一杯で何時間も居座っていれたわけです。
毎日通っているうちに、自分より2歳年上だった妹さんの方と、付き合うことになったんですよね。
自分は北海道の大学に進学したんで、春からは遠距離恋愛になったんですけど、
1年くらいは行ったり来たりしながら、そんな関係が続いてたんです。
でも、翌年のGWに突然、音信不通になってしまったんですよ。
携帯もない時代ですから、北海道からじゃ全く現状を把握できなかったんです。
ようやくお姉さんと連絡がついて、話しを聞いたら
「店の経営が厳しく借金しか残らなかったから、店を閉めて妹は東京にいる姉の所に行った」
って言うんですよ。
18やそこらで、彼女が急に何の連絡もないままいなくなって、
「はい。そうですか。」ってヤツは一人もいないと思うんですよね。
そのまま東京行きのチケットを買いに行ってましたから。
飛行機に乗ったのも、山手線や地下鉄やら一人で都内を移動したのも、この時が初めてでした。
鶴岡のお姉さんから聞いた住所は、京王線笹塚駅そばのマンションだったんですけど、
何時にどこから帰ってくるのかすら分からないまま、10時間くらいはマンションの前に座ってましたね。
今思えば、バカみたいな行動ですけど、当時はまだ若かったと言うか熱かったと言うか・・・。
ようやく、夜中の1時くらいだったと思います。
一台の古いベンツがマンションの前に止まって、中から彼女が降りてきました。
礼儀正しくお辞儀をして、ベンツを見送っている彼女に近づき声を掛けたんですよね。
「ど、どうしてここにいるの?」
「お姉さんから聞いたんだ。ここにいるって。」
「そうなんだ。ゴメンね、心配かけちゃって。」
「なんで、何にも言ってくれなかったんだよ。」
「ゴメンね。とりあえず、中に入ろっか。」
8階までのエレベーターの中で、聞きたいことを整理するんですけど、
たくさんありすぎて何がなんだか、自分でもワケ分かんなくなってるんですよ。
「借金ってどういうこと?」
「なんで何も言ってくれなかったわけ?」
「今、仕事は何してんの?」
「なんでこんな時間に帰宅すんの?」
「あのベンツの人は誰?」
お姉さんが彼氏と一緒に暮らし始めたために空いたというワンルームの部屋に入って、
その、ひとつひとつの質問に答えてくれたんです。
・・・つづく。
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日曜日、快晴の中で息子の小学校の運動会がありました。
楽しみにしすぎたのか、前日に38℃の熱を出てしまって、
小児科の先生も「明日の運動会は、熱があったらアウトだね」なんて言われてたんですよ。
で、朝起きて熱測ってみたら37℃ちょうど。
本人も元気だし、初めての運動会なんで行かせることにしたんです。
1年生の参加種目は60m徒競走と親子競技の2つ。
徒競走は、よく頑張って2位でした。
本人曰く、「練習はオレのほうが早かったのに・・・。」と少し悔しそうだったんです。
「そしたら、次の親子競技を頑張ればいいじゃん。」って話してたら見事、1位になっちゃいまして。
おんぶして、じゃんけんして勝ったらパンもらって、そこから手をつないで走ってゴール、という
すべてはじゃんけん次第で決まる競技だったんですけど、なんと一発で勝利してすぐゴール。
亀田興毅じゃないけど、2人して「どんなもんじゃい!」ハハハ。
勝った息子本人が一番ビックリしてました(笑
「オレ、じゃんけん強え~。」
それにしても、当日の朝刊では気温20℃って
書いてあったにもかかわらず、実際は焼けるような晴天。
自分は、黒く焼けずに赤くなる体質なもんで、
もう、顔・腕・足が真っ赤っ赤になってるんですよ。
息子は子供らしく、こんがりいい色に焼けてましたけど。
やっぱり男の子は黒くなくちゃいけませんよね。
それよりも最近、身の回りでアンラッキーなことが立て続けに起きてしまって、少々ヘコんでます。
悩んでも仕方のない事案なんで、気楽に考えようと思ってるんですけど、なかなかねぇ・・・。
「好事魔多し」。
常に自分に言い聞かせてる言葉なんですけど、調子がいいぞとか、大きな事をやってやろうとか、
何か勢いづいている好調時ほど、アクシデントや事故という魔が起きやすいから気をつけなさい、
ということわざです。
気をつけてても防ぎようがないから、余計に厄介なんですけどね。
ただでさえ、何かとスケジュールが忙しい6月なのに、どうなる事やら。
「攻撃は最大の防御なり」。
いっそのこと、あえて真逆のことわざで攻めてみますか。
構想1年・・・。
「今月中に、塩ホルモンに続く、炭火七輪焼きの新メニュー発表します!」
コレで、どうだ!