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毎度ありがとうございます!
ん~、なんだか体調がすぐれません。
スタッフからの風邪をもらってしまったのか、身体がダルい感覚が抜けません。
咳や発熱はないんですけど関節が痛いというか、これからもっと酷くなるような気配がします。
急激な寒波による体調の変化や、普段からの寝不足が影響しているのかもしれませんね。
週末は予約が入ってますのでなんとか乗り切って、日曜日はゆっくり身体を休めることに専念します。
最近はゆっくり本も読んでないしなぁ。
読もうと思って買った本や友人や知人に借りた本など、なかなか時間が取れなくて読んでいない本が
手元にたくさんたくさんあります。
酒場関係の本、高校野球関連の本、コーヒーの本、テレビ業界の本、飲食業界の本、歴史の本・・・
1ページも開いていない本が10冊はありますかね。
どれも読みたかった本ばかりなんで必ず読みますけど、どうやって時間を作るかが問題です。
以前、娘のタントを買いに熊谷まで行った際に久しぶりに電車に乗ったんで、ここぞとばかりに
読んでなかった本を持ち込んで、往復の車内で一気に2冊読み切ってやりました。
自分は電車ではアルコールは飲みません。
駅の売店で缶チューハイとツマミを買って一杯やるのが電車の旅の楽しみだという人もいますけど、
自分は新幹線なんかでも一切飲まなくていい人です。
飲むよりも読みたい派なんですよ。
駅弁も食べなくても大丈夫ですしね。
食うなら駅の立ち食いそばを食いたいですし、車内にはコーヒーがあれば十分です。
本を持参するのを忘れたら、駅の売店で本を買ってから乗り込みます。
本屋ほどではないけれど、駅の売店に本を売っているのは車内読書派がいるからでしょう。
読書に集中して気がつくと「あれ?もう大宮かぁ。」みたいなのが好きなんですよね。
電車での旅の準備をするときに、着替えや洗面道具と一緒にどの本を持って行くかを
本気で悩んでる自分がいますもんね。
もしも大阪まで寝台列車「日本海」がまだ走っていたなら、甲子園に行くたびに読んでいなかった本を
片っ端からバッグに詰め込んで、車内で一気読みしたでしょうね。
便利になった分、時間短縮に努める分、そういうゆったりとした日常の時間が
どんどん無くなっているのかもしれませんね。
昔はコーヒーは喫茶店で飲むものでした。
コンビニの乱立で手軽に缶コーヒーが買えるようになり、喫茶店の衰退に拍車がかかったといいます。
さらに今ではコンビニのカウンターコーヒー需要が爆上がりで、ますます喫茶店のソファーで
ゆっくりのんびりコーヒーを楽しむ人が少なくなったと聞きました。
自分はよく外でもコーヒーを飲みますし、ドトールやコメダも日常からよく使います。
忙しい日々の中で、ゆっくりとのんびりできる僅かな時間が貴重になってきましたよね。
映画もやっぱりチケットを買って映画館で観たくないですか。
天気が良かったら釣りにでも行きたくなりませんか。
・・・やっぱり疲れてるのかなぁ(笑
とにかくゆっくりと身体を休めたいと思います。
週末、頑張ります!!
ではまた。
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毎度ありがとうございます!
大寒波の朝、それでもいつも通りの朝です。
まだ温まりきらないリビングで、煮込みに火をかけながら飲むコーヒーが
いつもよりも美味く感じます。
あっという間に1月も終わり、それに合わせて事務作業やデスクワークも終わって
精神的には一番ゆっくりしている時期です。
先日、同級生のマルコとオノがお店に来てくれて「そろそろゴルフを再開しようぜ。」と
しつこく誘ってくれていたんですけど、多分今年もやらないと思います。
その大きな理由は「時間と労力と金」ですかね。
ゴルフはぶっつけ本番で行って楽しめるスポーツではありません。
練習場で球を打ち込み、フォームやスイングを固めて初めてコースで楽しめるものです。
以前、自分もゴルフにハマっていた時は、早朝練習から日曜練習、河川敷コースでハーフとか
ヒマさえあれば打ちっぱなしや練習ラウンドをして自己ベスト更新を目標にゴルフを楽しんでいました。
少し練習に行かなくなると、やっぱりスコアも悪くなる。
上手くなるためというよりも【今をキープ】するためにも練習が必要になるんですね。
その時間がないというよりも、その時間を捻出するのが面倒くさいんですよね。
今の自分の24時間の中から練習のための時間を割くのが。
そこそこのスコアで回っていた頃の自分を知っているだけに、そのレベルまでは取り戻したいし
そのレベルまで行くためには結構な練習時間と労力が必要なことを知ってるからです。
そして、この歳にもなるとみなどこかしらのメンバー(会員)だったり法人メンバーだったりして
我われのようなビジターと違って安い料金でプレイできるわけです。
要は、お手軽にゴルフに行けないというのも、つまらなくなった理由の一つです。
山形県内でも安くプレイできるコースはいくつかあります。
もちろん日曜日に18000円かかるよりは、舟形まで行っても7000円で遊んだほうが
ビジターのお財布には優しいじゃないですか。
でもね、会員権を持っているメンバーはやっぱりホームコースで回りたいんですね。
それはもちろんだと思いますし、自分も会員権をもっていればそうだと思いますもん。
そんな駆け引きも面倒くさいし、無理して高い料金払って遊ぶのも面倒くさいんですね。
そう考えると、練習の必要はないし、思いついた時に好きな場所に行ける釣りのほうが
手軽で簡単で今の自分には向いている気がします。
釣りと言っても本格的な釣りではなく、防波堤や岩場からの小物釣りで十分です。
大自然の中で開放的な気分も味わえますし、スコアや勝ち負けがつくこともなく
エサ代だけで財布にも優しいですしね。
去年は秋まで息子の野球応援が続いたこともあって、一度も竿を出せませんでしたけど、
今年はもう少し釣りに行きたいと思っています。
店が終わってから、そのままカップヌードルを持ってのんびり夜釣りがいいですね。
結果的にボウズだったとしても全然楽しめますしね。
そういえば、去年はスキーをやりたくなってた記憶があります。
実はまだスキーをやりたい気持ちはあるんですけどね。
また蔵王にも行きたいし、カービングにも乗ってみたいんですよ。
釣りと一緒で思いついたらすぐに行けるし、開放的じゃないですか。
自分のレベルで楽しめますし。
「ゴルフなんで再開しないの?」
いつも聞かれる質問ですけど、そういうことです。
今の自分には、ゴルフに割く時間もお金も正直もったいないということです。
そんな時間があるなら、御朱印帳を持ってカミさんと出かけながら美味いものでも食った方が
手軽で楽しいと思ってますし、愛犬カールも一緒に過ごせる家族の時間が好きなんですよね。
たくさん声かけて誘ってもらいますけど、そういうわけで今年もゴルフはやらないでしょう。
いつの日か息子が「一緒にゴルフやろうよ。」と誘ってきたらやるかもしれませんけど、
おそらくそんなこともないでしょうね。
あ、ゴルフが嫌いになったわけはありませんし、ゴルフをやる人を嫌いなわけでもありませんよ。
こだわって揃えたゴルフ道具は、今でも大切にしまってあります。
いつかまた再開する日のために。
ではまた。
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毎度ありがとうございます!
確定申告も税理士さんへ帳票類一式を提出する2月1日に間に合うように終わりました。
OB会総会に確定申告と1月の大きな仕事が無事に終わりホッとしています。
そんな中で先日、お店の大家さんでもあり同級生シンジのお母さんがお亡くなりになり
その葬儀に参列し最後のお別れをしてきました。
シンジのお母さんのことを「かあちゃん」と呼び、かあちゃんもまた自分のことを「おめはん」と呼ぶ
親しくも愛嬌のあるお付き合いを長年させて頂いてました。
オープンしたての頃、店で仕込みをしていると「おめはん、いっだが?」と顔をのぞかせ、
「おう!かあちゃん、入れ。」と声をかけると「みろ、タレでなんか焼いでみっちゃ。」と
シロのタレをつまんでは「んめ、んめ。これだば大丈夫だ。」といつも気にかけてくれました。
月に2~3回は必ずそうやって自分の焼く串とタレの味を仕込み中にチェックしに来ては
「んめの。おめはんの母ちゃんも生きてればきっと喜んだや。」と褒めてくれるものでした。
自由奔放なシンジのことも若い頃は随分と気にかけて心配していて、なにか事があるたびに
「おめはんがらシンジさ言って聞がせでくれ。おめはんの言うごどだば聞ぐさげ。」
「おめはんさは何か言ってねっけがや。聞いだらおれさも教えでくれの。」
「おめはんはどう思うや。おめはんの思うまま言ってやってくれっちゃ。」
いつもニコニコ笑っていてシンジのことだけでなく、自分のことも「どげだ?店は忙しが?」と
いつも心配して気にかけてくれていることも十分に伝わっていました。
「おめはんも親になって、初めて親のありがたみや心配する親心も分かったろ。」と
自分のおふくろともしないような会話もしてましたし、親への感謝を忘れるなと諭すものでした。
たくさんたくさん面倒をみてもらいましたし、たくさんたくさん甘えてご迷惑もお掛けしました。
それでも、かあちゃんが元気なうちは、いつも店やコンビニで顔を合わせるたびに
「かあちゃん、いつもありがどの。」と伝えてバイバイすることは出来ていたので、
自分なりにはそこはよかったかなと思っています。
もう一回、やきとりを食べてもらいたかったですけどね。
今でも一人で店で仕込みをしていると、ガラッとドアが開いて「おめはん、いっだが?」と
まん丸い顔をのぞかせて入ってきそうな気がします。
また自分にとってお世話になった大切な方が旅立ちました。
寂しいですけど、商売人だったかあちゃんから教えてもらったたくさんのことを胸に秘め、
今日もいつものように朝早くから煮込みをつくる自分の日常です。
きっと「おめはん、それでいいなだ。」と言ってくれるでしょう。
今でも耳に残る、かあちゃんの褒めてくれるあの声が聞こえそうです。
自分もいつものようにお別れです。
「かあちゃん、いつもありがどの。せばの!」
シンジは大丈夫だから、安心して天国でのんびりやってください。
本当い本当にお世話になりました。
ありがとう。
合掌
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毎度ありがとうございます!
昨夜は同級生のカジボがぼっち来店してくれました。
ブログ愛読者のカジボから「ブログの更新がないからイップスになったかと思って。」と
随分と心配してくれていたようです。
ただ今、確定申告の準備で事務作業の真っ最中で死ぬほど忙しいわけですけど、
気分転換にブログを更新しています。
カジボ、喜んでくれるかな(笑
さて、ブログのネタも
・本音とデリカシーに欠ける話し
・同級生とのマウント合戦
・ブラックとホワイトの境界線
・ゴルフ再開に乗り気じゃない本当の理由
などを用意してましたけど、どれもイマイチまとまらないテーマばかりなんで、
今日は無難に「焼肉」の話しでも書いてみたいと思います。
「焼肉」と言っても、どの部位が好きですか?なんて話しではなく
奥さんや恋人や異性と焼肉に行った際に、誰が肉を焼きますか?というテーマです。
昨夜、アビコ大先生とちょっと激論になったんですけど、我が家では自分が肉を焼きます。
仕事がら肉を焼くからというよりも、せっかくの外食ですからカミさんの分も焼いてあげよう、
焼いてあげたいっていう自然な感情だけなんですけどね。
アビコ大先生は、オレは一切焼かない!と言い切ります。
「うそ!お前どこまで大御所感出すのよ。」と。
詳しく聞いてみると「焼き方の好みもあるだろうし、食べるペースもあるだろうから
自分の肉は自分で焼くのが良いんだけど、オレは焼肉に行けば必ず飲むから面倒くさくなって
一切焼きたくなくなる。」んだそうです。
そして、そういう場面で焼いてくれるような女性の優しさというか甲斐甲斐しさに
むしろ惹かれるそうなんですよね。
なるほどねぇ。。。
まぁ、そこに正解不正解はないんだろうけども。
自分の肉は自分で育てるシステムもありだろうし、我が家のように100%夫が焼くシステムもありだし。
何となくわかったような不思議な顔をしてたら、アビコが
「焼肉バイキングみたいなとこに行ったら、奥さんは自分の食べたい肉は持ってこないの?」
「持ってくるよ。牛タンとかハラミとか。」
「自分の食べたい肉を皿に持って来てんのに、焼くのはマスターが焼くわけ?」
「そうだよ。オレが焼くのが一番旨いと全幅の信頼を得ているわけよ。」
「かーっ!甘やかしすぎでしょ、それ!」
「せっかく外食するんだったら、カミさんは楽したいでしょうよ。」
「もっとレアに焼いてとか、しっかり焼きたい時はどうすんの?」
「もう、そういう好みも全部分かっててオレが焼くわけよ。」
「かーっ!なんだそれ!ダメだわそれは。」
と、結婚もしていない彼女もいないアビコに焼肉でクレームを入れられます(笑
「じゃあよ、もしも自分で焼くお好焼き屋に行ったら誰が焼くのよ?」と反撃を試みると
「そんなのお店の人に焼いてもらうのが一番旨いに決まってるっしょ。」
「いや、まあそうだけどボックス席で自分で焼く店もあるじゃん。」
「ネタをカチャカチャかき混ぜて鉄板にジャーってやって、あとはヨロシク~かな。」
「えー!途中で交代システムなの?」
「なんで?ダメ?」
まぁ「鍋奉行」「焼肉奉行」なんて言いますから、どんな食べ方でも当人たちが美味しく食べて
楽しい時間を過ごせるなら、そこに正解も不正解もないんで別に構わないんですけどね。
ちなみにもしもお好み焼きが一人1個づつで2個焼くことになっても我が家では自分が焼きますね。
で、完成したら半分こづつにしてそれぞれをシェアして食べます。
あんまり他所んちのそういうの意識したことがなかったんで、ある意味新鮮で驚きましたよ。
みなさんのところはどんなシステムですか?(笑
よかったら聞かせてください。
それでは今日はここまで。
事務作業に戻ります。
ではまた。
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毎度ありがとうございます!
毎年恒例となっている野球部のOB会総会・懇親会が1月12日に無事に終わりました。
10期20年に渡って会長を務めて頂いた前OB会長と二人三脚で事務局を頑張ってきましたけど、
昨年に前会長が勇退し、一緒に退任するつもりが「お前はまだダメだろ。」と言われ・・・
事務局を引き受けた頃と違って、正直OB会活動に情熱が湧かないんですよね。
本当に世代交代を推進すべく、事務局長退任を真剣に考えています。
新しい時代には新しい世代の方々で、新しいアイディアと発想で新しい運営の仕方があるんじゃないか。
出席者増加アイディア、懇親会の内容、会費納入システムの改善、通信費の見直し、
新OB会員の参加率、OB交流戦の必要性、支出経費の見直し、などなど
自分がライフワークとしてやってきた20年以上の活動を、自分で否定するつもりはないけれど、
時代も移り変わり、今までの考え方や運営方法に限界や疑問を感じているわけです。
「事務局はお前じゃなきゃダメだ。」とか「まとめるのはお前しかいない。」と誉め言葉なのか
おだてられてるのかは分からないけど、「だったら代わりにやってやろう!」という声は
当たり前だけれど聞こえてくるはずもなく・・・
もうね、一気に世代交代してもいいと思うんですよ。
そして、もしもその再スタートがたとえ30人しか参加しなくなってしまったとして、
今より半分しかOB会費が集まらなくなったとして、今までの半分しか助成できなくなったとして、
むしろその現実からスタートでいいと思うんですけどね。
自分が事務局を引き受けた最初の年は、参加者33名だったことをはっきりと覚えています。
勤労者会館で仕出し弁当で乾杯したこともあったし、こまぎの湯の宴会場でやったこともあった。
対外的な体裁や見栄よりも、地元で暮らすOB達が一年に一度くらいは懐かしい仲間と一緒に
酒を酌み交わし親交を深めて、その繋がりを応援のパワーに繋げていければ現場も盛り上がるだろう
と思って活動してきたわけです。
最大120名のOBが集まった時もあったし、会場もどんどん立派になっていったけれど
今年の参加者は74名という結果だったんですね。
その反面、母校はここ13年でセンバツも含めて7回も甲子園出場を決めていて、
毎年卒業生も30名以上を輩出しているわけです。
どんどん結果を出すようになり盛り上がる現場と、どんどん増えていくOBの数とは逆行して
出席者はどんどん減ってきている現状には何か理由があるはずなんです。
だからこそ何が必要で、何が負担なのか、会本来の目的はどこにあるのか。
いろんなものを見直して削ぎ落して、これからの新しいOB会でいいと思うんですね。
事務局を引き受けた時にはまだ0歳だった息子も、今年初めて一緒にOB会に参加してくれました。
お世話になった監督や部長に挨拶しながらテーブルを回っている姿を見て、その成長も実感させられたし
親としては嬉しかった気持ちとは裏腹に、事務局としては卒業から10年未満のOBが6名しかいない現状に
若い世代が楽しめて集まりやすい会じゃないと、この先はないだろうと危機感を感じたんですね。
残念ながら、自分にはそのアイディアも実行に移すエネルギーも残っていないことに
自分自身でも気づいています。
OB会における新しい世代へのバトンタッチは自分の責務だと思っています。
人材育成、後継者探し、業務引継ぎも難航しそうですけどね。
まずはともあれ、今年も無事にOB会総会を終えたんで、今日から確定申告に向けての準備に入ります。
またしばらくブログの更新ができないと思います。
どうぞお許しくださいませ。
ではまた。
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毎度ありがとうございます!
今日から仕事始めです。
いつも以上に気合いが入って朝4時に起きて煮込みを作っています。
さて、みなさんはどんな年末年始休みだったでしょうか。
自分の場合は、一度も飲みに出掛けなかったという珍しい休みを過ごしました。
カミさんがあまり休めなかったというのもあったんで、家のことをやっていた日々でしたね。
年賀状も年々届く枚数が減ってきて、それに伴って自分が出す枚数も減ってきていて、
今年の年賀状にも「今年をもって・・・」というコメントがいくつか書いてあったりして
これも新しい時代の象徴の一つなのかもしれませんけど、なんだか寂しさも感じます。
年賀状でしか繋がっていない友人たちや、年賀状でしか読み取れない先方の様子などもあったりして
自分的には年賀状の良さや必要性も感じていた側の一人です。
確かにLINEやSNSでも年賀状と同じ内容がジャンジャン送られてきますけど、
相手の住所や家族の名前まで知っている間柄というか距離感というか、
こんな時代だからこその親密感が唯一残ってたような気がしてたんですけどね。
結婚しても離婚しても、引っ越ししても、孫が生まれても、会社を退職しても、
そういう相手の近況を知る唯一の機会がなくなっていく淋しさとでもいうんでしょうか。
今から30年以上前に携帯電話業界の創成期に携わっていたものとして、アナログからデジタルになり
ガラケーからスマホになり、その変化のスピードはあっという間に自分の知識やスキルの届かない
ところまで一気に進化し、常に「便利になったなぁ」という感覚の繰り返しの中で生活してきました。
たくさんのことがスマホ一つで出来るようになり便利になってきた半面で、その普及や手軽さが
年賀状というアナログなコミュニケーションを希薄なものにしてしまったというのなら、
その変化さえも受け入れていかざるを得ないのかもしれませんけどね。
もうひとつ、この正月に寂しかったことの一つに実家での「正月礼」をやらなくなったこと。
すでに両親が他界している我われ兄弟3人にとっては、正月に親族みんなで揃って飲むのが
毎年の恒例行事だと思っていました。
姉にも孫が生まれ、兄貴も定年退職を控え、我が家では息子が転職をしたりして、
同じ鶴岡に住んでいながらもお互いの近況や家族の様子なんかを酒を酌み交わしながら知るのが、
楽しみの一つでもあったし、正月とはそういうものだと思って生活していたんですけどね。
これも「時代の変化」で片づけていいんですかね。
そのうち、親族の葬式にも呼ばれなくなったりして。
親族の間でもこれだけ関わり合いが希薄になっていってる時代に、
わざわざ年賀状なんて書いてる場合ではないのかもしれませんね。
そう考えると、なんか妙に納得してしまう自分がいたりします。
こちらの思いだけでご負担になるといけませんから、先方に合わせて自分も対応するだけです。
まぁ、年賀状を出そうとも出さなかろうとも、お付き合いのある方々におかれましては
今年も変わらぬ親交のほどよろしくお願いいたします。
今年はどんな一年になるんでしょうかね。
ではまた。