やきとん専門店「やき処やんちゃ」店主ブログ
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毎度ありがとうございます!

今日はセンバツ出場校発表の日です。
秋季東北大会で準優勝した我が母校、鶴岡東が41年ぶりにセンバツの甲子園に出場できるのか。
ほぼ間違いないと言われていながらも、選考委員会が決めることですので、発表のその瞬間まで
ドキドキしてしまうのは自分だけではないでしょう。

学校への電話連絡は午後3時以降、出場が決定と同時進行で北から順次連絡がいくそうです。
もしも出場が決まれば、3月13日に組み合わせ抽選会、3月19日から開幕の日程です。
さーて、どうなりますか。

夏の甲子園(選手権)と春のセンバツ、どちらも甲子園で開催されますが、大きく違うところが
いくつかあります。
高校野球に詳しくない方もいるでしょうから、ちょっとだけ書き記してみますね。

まずは、夏の選手権は朝日新聞社、春のセンバツは毎日新聞社が主催となります。
出場校は夏は49代表(北南北海道代表と東西東京代表を含む)と、春は32校が基本ですが
〇5回大会や〇0回大会などの区切りの年は記念大会と呼ばれ34校から36校が選出されます。

夏は一発勝負の各都道府県大会で優勝したチーム、春は秋季地区大会の結果や試合内容、
さらには地域性などにより選考委員会にて選出されます。
東北地区代表を例にあげると、過去には準優勝のチームが選ばれずに準決勝で敗退したチームが
選出されたこともあり、41年前の鶴商学園がまさにその時の代表校でした。

その他にも学校の特性や地域性、大会結果以外の活躍を考慮して選ばれる21世紀枠3校や、
11月の明治神宮大会で優勝したチームの地域から選ばれる明治神宮枠1校も含まれています。

入場行進も、夏は「野球大会行進曲」(栄冠は君に輝くではありません)に合わせて行進しますが、
春はその年の話題となった歌やヒットした曲が選ばれ、今年は「パプリカ」に決定しています。

そして、夏は3列縦隊で行進しますが、春は2列縦隊(以前は1列縦隊)で行進します。

先頭のプラカード持ちは、夏は市立西宮高校の女子生徒が持ちますが、春は出場校の生徒が
持てるようになり、もちろん女子マネージャーが持つことも許されています。
昔はボーイスカウトでしたけど、今の控え部員やマネージャーが持てるというのはいいですよね。

優勝旗の色も、夏は深紅の優勝旗に対して、春は紫紺の優勝旗で全く色が違います。

そしてなにより、夏は負ければそこで引退となるので総合的にチームを仕上げてくるのに対して、
春は新チームが出来てすぐの秋季大会の結果が大きく左右し、若いチームの伸びしろや
新しい戦力の台頭が目まぐるしく甲子園といえども番狂わせが起きやすい面白さがあります。
負けても夏に向けてラストチャンスが残りますから、思い切った戦術や新しい選手の起用など
秋のチーム力と比較してみるのもセンバツならではの楽しみ方かもしれません。

山形県からのセンバツ出場は、秋季東北大会決勝進出が必須条件となるため、
夏の選手権に出場するよりもハードルが高く、なかなかセンバツで山形県のチームを見る機会が
少ないのが現状です。

まして庄内、鶴岡からとなると2005年の羽黒以来の15年ぶりですから、
鶴岡に活気を取り戻すためにも、是非とも選出を期待したいところです。

さてそんなところで、弁当作りと同時に始めた「煮こみ」も、だんだん仕上がってきました。
最終的にもう一度味を整えて、もう1時間弱煮込んで完成でしょうか。

今日も雪の無い鶴岡ですが、底冷えはしています。
当直明けのカミさんを待って、酒田に仕入れのついでに丸亀製麺のうどんを食べる予定です。

今日も一日頑張っていきましょう!!









 


毎度ありがとうございます!

日曜日に無事にOB会総会も終わり、ホッとできると思いきや事務仕事はまだ終わりません。
当日の様子を写した写真のアップロードや住所変更の書き換えなどなど、やることが山積みです。

それでも、今年も遠方からわざわざ参加してくれた先輩同期後輩たちの笑顔を見ると
そんな苦労も報われます。
暦の上ではとっくに正月は終わってますけど、自分の中ではやっぱりOB会を無事に終えて
ようやく正月がきたという感覚です。

昨年は50周年式典ということもあって120名の参加があったのに、今年は76名。
なんとも寂しい限りです。

自分が事務局を引き受けた頃は、参加者が33名という末期的な状況でしたけど、
16年の時を経て皆様の協力のもと何とか100名を越す参加者になるまで
活発な会になったと思っていたんですけどね。

以前は自分も情熱的に熱量多くアグレッシブに活動していたんですけど、
最近は無力感というかなんというか、自分自身の諦めが早くなった気がします。

もちろん自分自身、一年に一回はこうして懐かしい面々と酒を酌み交わすのは楽しいですよ。
OB会費を納入し最低限のOBとしての使命というか貢献は出来ていると思っています。

OB会は、そういう想いというか、そんな仲間を増やしていく作業だと思うんですよね。

でも「人が多くても少なくても、それは仕方ないだろう。」と諦めてる自分がいます。
人が集まらなくて会費が集まらなければ、今までのような活動や支援はできなるでしょう。
どこかに、それも仕方ないと思う自分がいます。

自分は30代くらいの中堅どころが、自分たちで面白いと思うことを自発的にやれば、
その楽しさ面白さが波及してOB会も盛り上がってくると思っているんです。

自分もそうでしたしね。
年上の先輩方がなんと言おうとOBだけの野球チームを作って、年代を越えて草野球を真剣にやって、
東北大会や全国大会に出場して、そんな仲間たちとまたゴルフをやったりして。

春と秋の東北大会にはわざわざマイクロバスをチャーターしたり、わざわざホテルの大部屋をとって
さんざん酔っ払った後にみんなで布団を並べて寝たりしたもんです。

ひと回り以上も下の後輩と布団を並べて寝たり、もちろん吐くまでトコトン酒を飲んだり、
あの時のメンバーは今でも先輩後輩以上の付き合いをしています。

今年こそ「鶴商学園倶楽部」の仙台遠征を企画しようかな。
マイクロバスでみんなで飲みながら行くのもいいですねー。

若い子達にいきなりOB会に来いよ、ではなかなかハードルが高いと思うんですね。
その前の段階で年代関係なく遊びのなかで仲良くなったり、お揃いのウェアを揃えたりして…
遊びのチームや同好会のくくりでいいと思うんですよ。

それは、釣り部でもゴルフ部でもツーリング部でもスノボ部いいんですよ。
メンバーはOBに特化して、年代をこえて交流ができるのであれば。

そして、そのそれぞれが「毎年OB会だけはみんなで顔出そうぜ。」と声をかけてくれれば、
参加者同士のネットワークも築けるし、OB会に行くという面倒くささや心細さも軽減できるはずです。

以前は、毎年寒河江市で開催される雪合戦にOBでチームを作って参加しようと思ったり、
最上川いかだ下りレースにエントリーしようと思ったこともあります(笑
そんなんでいいんですよ、参加者が楽しめてOB同士が繋がりがもてるのであれば。

そんなくだらない遊びも真剣に、そしてそれを仕切れる若手が出てくることを切に願っております。

若い世代が億劫にならず、OB会を身近に感じて気軽に参加できるように、
そうなっていかないと今のOB会に未来はないような気がします。
一年ごとに年配と若手のテーブルの上座と下座を入れ替えるくらいの発想をもたないとダメですよ。
今年は若いOBが上座に座って大いに盛り上がってもらおう、くらいのね。

昨年とは違い、そんな事を思ったOB会の夜でした。

さて、まだ確定ではありませんけど、今年はセンバツに向けて2月3月と慌しくなるのは必至で、
確定申告の準備を1月中にはスタートさせなくてはなりません。

理想は、2月の確定申告受付開始日に提出!
その気になれば出来ますけどね。
なかなかその気にならないから困ってるんです。

まずは今週一杯でOB会の残務を終わらせます。
ではでは。







毎度ありがとうございます!

母校が山形県大会を優勝し、甲子園のための事務作業や寄付金の準備に追われ、
0泊3日で初戦の高松商戦を応援するために弾丸で甲子園に向かい、戻ってきてすぐに
37年ぶりの中学同窓会の発起人代表を務め、お盆期間の激混み営業をこなし、
またすぐに0泊3日で関東一戦の応援のために甲子園に弾丸ドライブ・・・

帰り道、たくさんの「ありがとう」や「感動した!」「惜しかった!」というメールの中に、
2コ上の先輩から「お疲れさまでした。たまにはゆっくり歩いてくださいね。」という
ねぎらいの一言をもらっていました。

ゆっくり歩く・・・か。
確かに、パワフルに熱量多めで直進型の自分です。
アクセルを緩めることすら、時に忘れることがあります。

祭りのあとの寂しさとでもいうのかな。
OBとして、そして野球部員の保護者として、甲子園のアルプスに立てたことは、
ものすごく嬉しかったんですけど、その反動も大きいわけですよ。

正直、ちょっと疲れが出ています。
ま、体調を崩したり熱が出てるわけではないんですけど、単純に体がだるいです。

昨夜は、後輩達が甲子園の慰労会でお店に集まって盛り上がってくれました。
一緒に交ざって盛り上がりたかったんですけど、そうもいきません。
それでもやっぱり、一緒に軟式野球チームで全国大会まで行った仲間たちですから、
いくつになっても盛り上がるメンバーばかりです。

チームは解散してしまったけれど、またあのメンバーで仙台とかに遠征に行きたいですねー。
なんか、弾丸甲子園が続いたからかもしれませんけど、運転なんかせずにのんびりと目的地まで
寝ていながら連れて行ってもらえるツアーの企画をしてくれないかなぁ(笑

旅はどこに行くかよりも、誰と行くかが重要です。

寄付金の取りまとめや甲子園の事務処理が終われば一息つけます。
あともう少しですからユンケル飲んで頑張ります。

みなさんも夏の反動が出る時期です。
体調管理をしっかりと、休めるときは休みましょう。

たまにはゆっくり歩く・・・
自分にとっては忘れてしまいがちな優しい言葉でした。

ありがとうございました。



 




毎度ありがとうございます!

毎年花火大会の日はお休みをいただいておりまして、今年は急遽「甲子園」に行ってきました。
台風の影響で試合日が一日順延したことで自家用車で0泊3日の弾丸応援です。

前回は保護者の方々とレンタカーを借りて4家族で向かいましたけど、今回は同期のアイタと
マルコ、アイタの息子とうちのカミさんとの5人での強行軍です。
最終的には同期旅になりましたから、甲子園への大人の遠足みたいなものです。

車で甲子園に行くのも、今回で3回目。
眠気以外は、もう慣れたものです。

今回は駐車場を予約せずに向かったもので、甲子園に着いてから駐車場を探すのが大変でした。
コインパーキングやら自宅開放やら、甲子園周辺には駐車場が結構あるんですけど、
土曜日ということと好カードが目白押しということもあって、朝からどこも満車なんですよ。

1時間近く球場周辺をグルグル回って、Uターンするために団地の駐車場に入ったら、
後ろからきたおじさんに「野球観にきたん?せっかく遠くから来はったんやから、ウチんとこに
停めてええよ。」と一台分のスペースを貸してくれたんです。

おじさん、本当に助かりました~おおきに!

試合はテレビでもご存知のとおり壮絶な展開で延長戦となり、最後はサヨナラで敗退しました。
試合には必ず勝者と敗者が生まれるとするならば、悔しいけれどいい負け方だったのかもしれません。

ミスも出たけれど、随所に鶴岡東らしいプレーがたくさんあったし、最後まであきらめず
強豪校相手に一歩も引けをとらない互角の戦いぶりに、たくさんのみなさんの記憶に残る
ナイスゲームだったのではないでしょうか。

もちろん勝てなかったことは悔しいですし、今もまだ悔しい気持ちでいっぱいです。
でも野球に「勝ち方」があるとすれば「負け方」というもあります。

悔しいけれど晴ばれとした選手たちの表情と、試合終了の挨拶後に関東一高の選手よりも早く
相手に歩み寄り握手を求める鶴岡東ナインの姿に、自分たちの持てる力を全て出し切ったという
達成感みたいなものを感じていました。

地元出身者が少ないとか「外人部隊」だの、いろいろとアンチな方もたくさんいますけど、
彼らは間違いなく山形代表の誇りを胸に精一杯戦いましたし、鶴岡に暮らす高校生たちです。
録画していニュースを観ていたら、大阪のホテルで山盛りのご飯を食べてる長野出身の選手が

「ホテルのごはんは美味しい?」とインタビュアーに聞かれ
「はい!美味しいですけど、山形のごはんのほうがもっと美味しいです!」
「帰ったら山形の料理食べたい?」
「はい!もう今すでに山形の料理が食べたいです!」と答えていたのが印象的でした。

自分が試合したわけでもないのに、自分の周りの方々からも、本当に本当にたくさんの
「がんばれ!」と「ありがとう!」を電話やメールでもらっていました。

「ありがとう!」はこちらのセリフです。
シンプルな一言にたくさんの後押しをもらいましたし、そういうふうに応戦してくださる
みなさんの声が、選手たち一人ひとりに届いていたはずです。

二週にわたり0泊3日の弾丸応援はさすがに疲れました。
52歳の同級生のおっさんトリオですらね、帰りの運転は一人1時間も無理でしたから。
もう若くはありません。

それでも付き合ってくれたアイタとマルコには感謝感謝です。
これだけ大阪まで何度も車で行くと、東京や横浜なんて庭みたいな距離ですよ(笑
今度はキャプテンワタルも誘って、横浜までの同期旅も計画しています。

さーて、すぐに秋の大会が始まります。

長くて熱い夏でした。
そして楽しい夏でした。

選手たちにも、付き合ってくれた仲間にも、つながりが出来た保護者の方々にも、
そして、やんちゃやブログを通して応援してくださった全ての方々に・・・

ありがとうございました!!


 






毎度ありがとうございます!

甲子園に行ってきました。
10人乗りのハイエースをレンタカーで借りて、4家族7人で一路甲子園に向かいました。

出発は8月8日の午後8時。
お父さんが3人乗ってますんで、一人3時間くらいの運転の計算です。
先発は自分がハンドルを握って、新潟の米山SAまで一気に3時間を走ります。

OB仲間とは勝手が違いますんで、バカ話や野球の話しで盛り上がることなく、
静かにみなさん休まれています。
その後ドライバーチェンジして多賀SAまで一気に進み、夜が明けて朝日が眩しいなか
西宮ICまで一気にゴールしました。

多賀SAで時間調整したものの、甲子園到着は朝7時。
前回のマイカーでの珍道中に比べれば、あまりにもスムーズであっという間に着いた感じです。

試合が第4試合ということは第3試合の6回くらいまでは自由時間になります。
駐車場で少し仮眠を取ったり、甲子園のグッズショップでお土産を買ってしまったりして、
早く着いた時間を有効的にみなさん使ってました。

自分は、仙台や横浜や愛知など全国各地から駆けつけるOBのみなさんの出迎えや、
大阪在住の保護者のみなさんとご挨拶を交わしたりしながら、これから始まる甲子園の
雰囲気を思う存分に楽しんでいました。

前の試合が延長戦となったため、試合開始時間が1時間以上は遅れましたけど、
西日の日差しが強い三塁側アルプススタンドもすぐに日が落ち、初めてのナイターとなりました。

それはまるでコンサートでも見ているかのようにカクテル光線がフィールドを照らし、
真っ暗になった夏の夜空とは対照的に、幻想的な甲子園の「舞台」が目の前に広がります。

2点を先に奪われたものの、不思議と焦りや悲壮感は全くありませんでしたね。
それよりも打者が二巡したあたりから必ずチャンスがやってくるだろうと、誰もが思っていました。

6回に逆転し8回に2連打で引き離し9回にダメ押しホームランと、本当にドラマチックで
感動的な試合運びでしたね。
成功はしなかったけれど山下のホームスチールも良かったし、池田の牽制球も素晴らしかった。

そのひとつひとつのプレーに選手の顔が思い浮かびます。
ここ数年の中でも本当に完成度の高いチームだと思います。

試合終了後の校歌を歌い、興奮冷めやらぬままアルプススタンドから出てくると、
目の前には田中先生の息子ケンくんの姿が。
試合中、ずっと先生の写真を掲げて試合を観戦していたそうで、球場から出てきた自分を見つけて
田中先生の写真を持たせてくれました。

確かに先生はノーエラーの内容を喜んでるだろうなぁ。。。
いろんな感情が込み上げてきて、胸が熱くなりました。

そして、前回甲子園に来たとき以上に感じたことは、OBの子どもたちの姿が本当にたくさんいたこと。
みなスポ少で野球をやってる子どもたちばかりです。

彼らは甲子園に何を感じたんでしょうかね。
そして、彼らに鶴岡東はどんなふうに映ったんでしょうか。

未来の球児たちに、夢と感動を与えられるようなチームであってほしいと常に思いますし、
子どもたちに憧れられる存在であってほしいなと願うばかりです。

田中先生の写真を胸に、なぜかたったいま勝利したばかりの鶴岡東ナインの姿以上に、
チビッコたちの未来の姿に、晴ばれとした想いを馳せていたのでした。

まだまだ楽しみなことが、たくさんあります。
何度でも甲子園に来たいですし、何回でもスタンドから校歌を歌いたいです。

試合終了後に足りないお土産を買って、すぐに甲子園を後にしました。
0泊3日の強行スケジュールでしたから。
大阪の粉もんを食うことも、ちょっとビールを一杯なんてことも全くないまま帰路につきました。

疲れました。
けど、イヤな疲れではありません。

次の習志野との対戦は行けません。
テレビの前から応戦することになります。

引き続き、応援宜しくお願いします!

 

毎度ありがとうございます!

8月8日、恩師田中先生を思い出す朝です。
今夜、甲子園に向けて出発する息子たちの後ろを追って、保護者乗り合いでレンタカーを借りて
自分も甲子園に出発する日でもあります。

田中先生が旅立たれたあの夏も、暑さと忙しさとで目が回っていた夏でした。

昨年、創部50周年記念誌の制作にあたり、田中先生の奥様から大量の写真やアルバムを
お借りしていました。
もちろん、貴重なお写真ばかりですので大切に慎重に扱わせていただいていたのですが、
その返却の際に息子のケンくんから「実家には他にも父さんの写真がたくさんありますので、
鶴商時代の写真は家にあるよりもOBの皆さんが持っていてくれたほうが嬉しいです。」と
お申し出があったんです。

いろいろと迷ったのですが、お言葉に甘えて今は自分がその大切なアルバムを保管させて
いただいています。
ケンくんとも連絡を取り合う仲ですし、何かあればすぐ対応できるとなると自分かな、と。
実は、明日も甲子園で会う約束をしていますし。

今朝起きて一番最初に田中先生のアルバムを開いていました。
輝かしい甲子園での記念写真やスナップ写真のほかにも、甲子園予選のパンフレット用に撮影した
自分たちの代の白黒写真もありました。

もちろんカラー写真全盛の時代でしたけど、パンフレットがモノクロでしたから、
あえて白黒で撮ったものでしょうか。
どこで撮影したものか、まったく覚えていませんが1985年6月2日の刻印があります。

ミズノのメッシュを着ているんで、春季県大会のあたりかもしれません。

この頃の田中先生はまだバリバリのスパルタで、夏を見据えてチームの仕上げの真っ最中でした。
7月に入るとそれまでの追い込みがウソのように練習時間も短くなり、通称「楽レン」と呼ばれ
昼過ぎには練習も終わり、引き続きグラウンドに残って練習する1、2年生の姿を眺めながら、
赤川の土手を寮に向かって帰る時間が本当に幸せだったことを覚えています。

チーム力が整っていた年も、下級生主体の育成の年も、それでもいつでも甲子園を明確に狙う
田中先生の姿を自分たちもすぐ近くで見てきましたから、OBとなった今でもその年の結果に
とらわれることなく、いつの時代でも一生懸命サポートしていこうという思いは変わりません。

勝って甲子園が決まったときだけに協力するのではなく、むしろ勝てない時や
結果が出なかった時ほど応援していかなければならないという気持ちが強いです。

田中先生にも、ゴルフに行く車の中でOB会の話しをよく聞かされました。
「金(OB会費)の協力もありがたいが、一番はグラウンドに顔を出してくれること。」

そういわれると、いつも赤川のグラウンドには誰か知らないOBが来るもので、
バッティングピッチャーやらノッカーをやってくれるものでした。

今だから言えますけど田中先生や茂木先生のノックとは違って、めちゃくちゃ下手なもんで
さーこーい!なんて声は出すものの、「どこ打ってんだよ!」なんて内心思ってましたもんね(笑

OBとしてひと仕事終わると、タバコで一服しながら楽しそうに田中先生と談笑する姿に、
高校生ながらミョーに憧れたものです。

田中先生もあんなふうに笑いながらOBと話すんだ・・・

OB会の事務局を引き受けるかどうかを相談した際にも「お前がやれ。」という短い会話に、
なぜかしら嬉しくなったものです。

先生からあの言葉から14年ですかね。
事務局を引き受けて今回で4回目の甲子園出場の準備に追われています。
そろそろ後輩を育てて事務局を退きたいと思っていますが、田中先生は何というでしょうか。

あの頃憧れたバックネット裏のシーンのように、一服しながらリラックスした表情で
「おつかれさん。まぁ一服しろ。」と言ってくれるでしょうかね。

先生、明日また後輩達が甲子園で暴れまわりますよ。
銀傘の上で茂木先生と一緒に見ていてくださいね。

また先生のアルバムを開かせてもらいます。
そこにはまだ見たことがない先生の表情が写っているかもしれません。

大切に、大切な先生の思い出とともに。








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