やきとん専門店「やき処やんちゃ」店主ブログ
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毎度ありがとうございます!

我が家では、普段はカミさんがパッソで自分は四駆の軽タントに乗っているんですが、
冬期間はカミさんが四駆のほうが安心ということで、自分がパッソに乗っているんですね。

気候も良くなり3月にパッソとタントを取り替えて、一ヶ月も経ったある日のこと・・・
カミさんのパッソで買い物に出掛けている途中に、カミさんが切り出したんです。

「あのさ、昨日、車の後部座席の足元にピアスが落ちてたんだけど・・・」
「ピアス?誰の?」
「知らない。私のじゃないもの。」
「はぁ?なんだそれ。気持ち悪いな。」
「お父さんに心当たりはないの?」
「はぁ?知らないよ、そんなの。」
「だよねー。」
「お前が誰か乗せたんじゃないの。職場の人とか。」
「乗せてないし。」
「おばあちゃんのとか。」
「おばあちゃんがピアスなんてするわけないじゃん。」
「あ!この車の前の持ち主のじゃねーか?若い子が乗ってたらしいし。」
「ふーん。いつも掃除機かけたりしてちゃんと掃除してくれてるのに、今頃出てくる?」
「息子が持ってるわけねーしなぁ。娘が帰省したときに落としたとか。」
「娘が持ってるようなピアスじゃなかったし。」
「ふーん・・・。」

本当に心当たりはありませんよ。
かと言って、なんかモヤモヤと気持ちも悪いのも事実。

「こういうのって、テレビとかだと浮気だの離婚だのって大騒ぎするんだよねー。」
なんてカミさんも余裕こいて喋ってますけど、変な空気が車内に流れてるのも感じるわけです。

そんな会話から数週間が経ち・・・
「昨日、妹のところに顔出したらピアス無くしたって騒いでて、どんなピアス?って聞いたら
 パッソに落ちていたピアスだった。」
「おー!妹のだったんか。でもなんでウチの車の中に落としたんよ。」
「先月、湯田川のつかさやにおばあちゃんと妹を乗せて行った時に落としたんだって。」
「やっぱり!オレじゃねーじゃん。」
「最初からお父さんを疑ってなんかいないよ。」
「ま、いいけどよ。ちゃんと返してやれよ。」
「もう、とっくに捨てたよ!」
「・・・。(怖っ!)」

以上、今朝の夫婦の会話でした。

今日も天気がいい鶴岡です!
容疑も晴れて、天気も晴れて、爽快に仕事したいと思います!!

 


毎度ありがとうございます!

つい先日まで満開だった鶴岡公園の桜も、昨日の暴風雨で花びらも吹き飛んでしまって、
見ごろを通り越して残念ながら「葉ざくら」状態となってしまいました。

それでも、満開の桜は人々に春の訪れを告げると同時に、毎年毎年、同じように必ず咲くという
普遍的な生命力を感じさせてもくれます。

数年前、おふくろの余命宣告をされたのが1月の下旬でした。
先生から「桜の季節までは難しいかもしれません。」と告げられ、ちょうど1ヵ月後の2月下旬に、
先生の言うとおりに、おふくろは桜を見ることなく静かにあの世に旅立ちました。

それ以来なんとなく、毎年何事もなかったように満開に咲く桜を、どこか敬遠していた自分がいます。

それでも、また今年も桜は咲きます。
おふくろが見ることが出来なかった桜は、今も満開の花びらで人々を魅了してくれます。
これからも、この先もずっと桜は咲くでしょう。

おふくろと一緒に実家で暮らしていた孫たちは、桃の節句に生まれた「桃子」と
桜の咲く季節に生まれた「桜子」、そして元気一杯の「元気」といいます。

桃子が北海道に嫁いだ姿も、桃子が温海に嫁いだ姿も、亡くなった後に咲く桜のように、
見る事はできませんでしたけど、それぞれが新しい土地に根を張り、また新しい人生という
大輪の花を咲かせてくれるんだと思っています。

自分の娘と会うたびにも「頑張れよ。」と見えないところでお小遣いを握らせてくれていたのも、
しっかりと見えていました(笑
「ちゃんとお小遣いやってるから、いらないよ。」と言っても「お前にやるわけじゃない!」と
小さく折りたたんだ千円札を小さな手に握らせてギュッとしていたものです。

そんな娘も無事に看護師となって元気に働いています。

見せてあげたかった姿や、見せてあげたかった景色がたくさんあるけれど、
人生すべてが叶うわけではありません。

大きな事やド派手な事をやってのけるよりも、毎年必ず咲く桜のように
力強く根を下ろしコツコツ継続していく歩みを大切にしていきたいと、
散りかけの桜を見て感じていました。

愛犬カールを連れて、久しぶりにお花見にでも行こうかと思っています。

今日は風もおさまり、のどかな日差しの鶴岡です。
今日も一日、頑張っていきましょう!!

 
毎度ありがとうございます!

娘からの合格報告メールの中に「結婚記念日、おめでとう!」という一文が入っていました。
そうなんです、3月26日は結婚記念日だったんですよ。
自分もカミさんも、全く覚えていなかったという・・・(笑

毎年毎年それではイカンということで、車のナンバーをわざわざ結婚記念日の日付で
希望ナンバーにしたにもかかわらず、これですからね。

娘からメールが来なければ、たぶんまだ二人とも気がついていないでしょう。

そもそも自分は、人の誕生日や記念日を覚えておくことが苦手なんですよ。
今はスマホやFacebookがわざわざ通知してくれますから、放っておいても教えてくれますけど、
昔はそんな事もありませんし、カレンダーに「誕生日」なんて書くこともありませんでしたからね。

結婚記念日はおろか、自分の親父とおふくろの誕生日すら覚えていません。
カミさんのお母さん「おばあちゃん」の誕生日も、全く分かりません。

唯一覚えているのが、カミさんの誕生日と子ども達の誕生日とやんちゃの開店記念日だけでして、
自分の兄貴の誕生日も姉貴の誕生日も、正直合っている自信がありません。
そういう類の日付は覚えられないというか、覚える気がないんですよね(笑

いや、その時は覚えておこうと固く決意するんですけど、365日ってやっぱり長いんですよね。

昔は親の誕生日に子供が何かするなんてなかったですから、必然的に覚えて来ませんでした。
その分、自動的に世間が騒いで告知してくれる「母の日」や「父の日」に乗っかって、
社会人になってからは、ちょっとしたものをプレゼントしてごまかしてきましたけど(笑

でも、そんな自分でも、大切な人の命日だけは忘れていない事に気がつきました。
親父もおふくろも誕生日は分からないけど、命日は覚えています。
カミさんのお父さんの命日も覚えていますし、田中先生の命日もサノの命日もちゃんと覚えています。

もっとも、それが普通なんでしょうけど(笑
自分的には大したもんですよ。

結婚記念日だった日曜日は、朝の5時から起きて息子の練習試合の審判を務めて、
夜は保護者会長とコーチ達と開幕反省会を兼ねて急遽の飲み会に参加してました。

「今日は結婚記念日だよ。」と教えてくれれば、そんな日に飲みにも行かなかったんですけど、
知らなかったしなぁ。。。

カミさんも、大雑把な人で助かりました。

「子どもが一番、自分ら二番。」が我が家のモットーですから、プレゼントなどはありません。
クリスマスプレゼントもお互い買いませんし、買うのは子どものものだけ。
あとは、みんなで食べるケーキとかが定番です。

結婚記念日に、お二人で飲みに来てくださる仲の良いご夫婦も
たくさんいらっしゃいます。
我が家では結婚してから一度もありませんが。。。

記念日や誕生日を覚えておくコツがあったら誰か教えてください(笑
 
今日も一日頑張っていきましょう。




毎度ありがとうございます!

3月の年度末特有の慌しさと、グラウンドでの練習が始まって練習試合も組まれ始め、
すっかりブログの更新もご無沙汰してしまいました。

そんな中、昨日は看護師免許国家試験の合否が発表され「無事に合格したよ。」と
娘から泣きながら連絡をもらいました。

「看護学校に入ってしまえば、試験は簡単に受かるから…。」という人もいましたけど、
昨今の看護学校や看護師試験の実態は、そんなに簡単なものではありません。

今年は特に国家試験の問題傾向がガラリと変わり、過去問などまったく参考に
ならない問題が出され、そのことは新聞やニュースで取り上げられたほどの
難しい内容だったんですね。

娘も問題用紙を見た瞬間にびっくりしたそうですけど、なにはともあれ
無事に国家試験に合格し晴れて看護師として社会人になります。

配属先も決まり、重度の障害や疾患をもつ患者さんのいる小児科病棟に決まりました。

ここからが看護師として歩む第一歩になります。
患者さんときちんと向き合い、献身的にそして患者さんやそのご家族に喜んでもらえるような気配りや
安心して身体を預けられる安心感を兼ね備えた看護師として頑張ってもらいたいと思っています。

親としても本当に嬉しい報告でした。
ひとつ肩の荷がおりた気がします。
そんな夜でも、カミさんは当直番で24時間勤務の真っ最中ですけどね。

警察・消防・病院と命に直結する仕事に、しかも24時間体制で従事するというのは
周りから見るほど生易しいものでは決してありません。
他の職種よりも給料が良いだろうという人もいますけど、その肉体的かつ精神的な疲労度や
緊張感に比べれば決して良いとは思いません。

やはりそこには看護師としての使命感が大きいんだと思います。

そんな看護師が医療の現場では不足しています。
看護師だけでなく、医者も足りていないわけです。

これからもっと高齢化の波が押し寄せ、病院や街の医院も人で溢れ、一人ひとり違う病状への
細かなケアや治療が必要不可欠となるのは誰にでも想像できます。

看護師育成のための専門学校に対する補助金のあり方や、看護学生の奨学金制度の見直しや、
働いてからの待遇の改善など、まだまだ問題は山積みなままです。

多くの看護師がやりがいを感じ、生涯現役として活躍できる医療の現場が訪れる事を願っています。

これから風呂に入って、家では珍しく缶チューハイを一人飲んでから寝ます。
それでは、また明日。
おやすみなさい。





毎度ありがとうございます!

おかげさまで無事に埼玉から戻ってきました。
平日に三連休をとるのは勇気がいりましたけど、やっぱり行って良かったです。
いや、行かなければならなかったですね、親として。

今回は、80歳を越えたおばあちゃん(義母)も一緒に連れて行ったんですね。
おばあちゃんも定年まで看護師として勤め上げましたし、カミさんも母親の背中を見て
現在看護師として頑張っています。
孫の娘も来月からは看護師として社会に巣立っていくわけです。

三代にわたり看護師というのも、なかなか珍しいのかもしれません。

入学当時には、カメムシが大量発生していて度肝を抜かれたボロボロの学生寮も
昨年フルリフォームされ、畳からフローリングへと替わり、壁紙も真っ白でクローゼット付き、
キッチンも清潔感溢れる部屋に生まれ変わっていました。

そんな部屋のあちらこちらに、医学参考書やら看護師試験テキストやら、ものすごい量の資料や本が
積み重ねられていて、壁には暗記しなくてはならない人体の器官の絵やら疾患名が貼られていたり、
国家試験に向けての猛勉強の爪あとが見てとれます。

国家試験の結果は今月末に出ますけど、実習と勉強で本当に頑張った三年間だったと思います。

小学生の頃からカミさんとおばあちゃんの背中を見て「私も看護師になりたい。」という夢を、
一切ブレることなくその目標に向かって突き進んできました。

私立高校の特進科に専願で進学し、看護学校進学に向けて準備した三年間を経て今があります。
あまりの勉強量の多さに、看護学校では残念ながら脱落していった同級生もいたようです。

娘もとりわけ成績が良かったわけではありません。
中の中からちょっと良いくらいだったでしょうか。

それでも「特進科の7時間授業で勉強するクセが身に付いたことは大きかった。」と言います。
スポーツの世界で【努力】という言葉はよく使いますけど、勉強でも最後に差を分けるものは、
まさに日々の積み重ねの「努力」しかないのかもしれません。

そんな娘の努力と成長をそばで見守ってきて、改めて娘の晴れ姿を見ると
感無量という言葉しか思い浮かぶものが見当たりませんでした。
親として何もしてあげれなかったかもしれないけれど、
立派に大人になってくれた自慢の娘です。

おばあちゃんも三年間過ごした寮生活を見ることができて
とても喜んでくれてましたし、今度は職員としてお世話になる環境も
少し見て回ることができて、安心してくれたようでした。

卒業式当日の朝は着付けやらヘアサロンやらで慌しく、朝4時に起きて車で40分も離れた
寮とホテルを二往復するという超ハードスケジュールで始まりましたけど、
娘の晴れ姿のためですから一切苦にはなりませんでした。

5日間ほど帰省するというので、帰りは一緒に車に乗せて帰ってきました。
これまで埼玉に乗せて行った事はあっても、一緒に帰ってくることはありませんでしたから、
改めてその距離感に気づかされたかもしれませんね。

二泊三日で走行距離1100kmは運転嫌いの自分にとっては大健闘だったと思います。
自宅に戻って一番最初にしたことは、もちろんマッサージチェアーに座ること!(笑

今朝は6時に起きて煮込みを作ってます。
今日は土曜日、いつも以上に張り切って営業いたします!

二泊三日埼玉の旅の詳細は後日アップしますね。

それでは今日も頑張っていきましょう!!
 
毎度ありがとうございます!

日付が替わった深夜2時。
風呂に入ってさっぱりして、こんな時間に煮込みを作っています。

今日はおふくろの命日ですので午前中はお墓参りの予定ですし、
なんだかんだと買出しやら埼玉行きの準備やらで、時間が取れそうにないんですよ。
それならばそれで、寝ずに今作ればいいだけの話しです。

こんな時間、しかも命日ということもあってか、やはりおふくろの事を思い出します。

自分は高校時代のほとんどを寮生活で過ごしましたし、大学は函館の大学に進学して、
15歳ですでに家を出て親とはほとんど離れて生活していたわけです。

函館には親父もおふくろも何回か遊びに来てたんですけど、いざ鶴岡に帰る間際になると
おふくろは必ずと言っていいほど涙ぐんでたんですよね。

「親の心、子知らず」とでも言いましょうか。
遠く離れた地に、一人置いて帰らなければならない切なさからくる涙だったんでしょうけど、
20代前半までは、人目もはばからず涙ぐんでいるおふくろの事を、心のどこかで
「ちょっと恥ずかしいから、こんなとこで泣くなよ。」と思っていた自分がいたんですね。

大学4年のある時、函館に来たおふくろを駅まで送る車の中で、すでにメソメソしてる姿を見て
「この後すぐにバイト入ってるから駅の中までは入らないよ。」ととっさにウソをついて
函館駅のロータリーで下ろして、見送りもせずにそのまま走り去ったことがあります。

そんなウソとも知らずに「何でも時間はちゃんと守らないとダメだぞ。身体に気をつけて頑張れの。」と
最後まで自分のことを心配してくれて車が見えなくなるまで手を振っていたおふくろの姿を思い出すと、
今でも後悔と切ない気持ちが蘇ってきて、自分自身の親不孝っぷりに胸が張り裂けそうになります。

函館で打ちひしがれてボロボロになって鶴岡に帰ってきた時にも、おふくろはなぜか
無邪気に喜んでくれてて近所に自分が帰ってくることを触れ回っていたそうです。

いつでも心配してくれて、真っ直ぐな愛情を持って育ててくれた母親の涙の美しさに、
随分と長い間、照れや恥ずかしさから気がつかないフリをしてきました。
あまりにも真っ直ぐすぎて、何でも張り切るおふくろの事を友人にからかわれた事もあります。

若い頃にはカッコつけたつもりでも、母親の有り難さや愛情に気づいていたのに、
素直に言葉や態度に表せなかった、めちゃくちゃカッコ悪い大バカ野郎な自分がいます。

そんなバカもいつしか子を持つ親になり、埼玉の専門学校に進学し離れて暮らす娘のことを心配し、
そんな自分のとなりには、おふくろと同じように別れ際には必ず涙するカミさんがいます。

人混みでごった返す新潟駅のホームで、乗り込む娘の後ろ姿を涙ぐんで見送るカミさんを見て、
あの頃の自分のように「ちょっとお母さん!なにこんなとこで泣いてんのよ。」とツッコミを入れる
年頃になった息子の気持ちも同じように分かります。

「お母さんは寂しいんだよ。お姉ちゃんの事を心配してるんだよ。」
「みんな見てるじゃん。恥ずかしいよ。またすぐに会えるのにさ。」
「いつかお前も離れて暮らすようになったら、お母さんの涙の訳に気づくはずだよ。」
「・・・。」
「お母さんの涙は、全然恥ずかしくなんかないんだからな。」

改めて今になって言えるのは、そんなおふくろの事が好きでしたし、そんなカミさんの涙にも
あの時素直になれなかった自分の青臭い感情が蘇ってきて、切なくなってしまうんですね。

娘だろうと息子だろうと、子を想う親の涙ほど、この世で純粋なものはないのかもしれません。
ちょっとセンチメンタルな夜になってしまいました。

さーて、そろそろ煮込みが出来上がります。
そういえば、やんちゃを開業する前に練習で、初めて自分が作ったくそマズイ煮込みにも、
「旨いねぇ!旨い!」と恥ずかしいくらいに絶賛してくれていた事まで思い出してしまいました。

兄貴にも「練習なんだから不味いものはマズイって言ってあげないと上達しないからダメだ。」と
何度叱られても、「いいや、本当に美味しい煮込みだ。私の口には合う!」と言いきって、
「美味しいから自信持ってやれ。」と背中を押してくれたのもおふくろでした。

あの頃よりは随分と旨くなってるはずなんだけどな。
もう食べてもらえないのかと思うと寂しいです。

明日、起きたら墓参りに行きます。
待っててください。
綺麗な花を持って行きますから。










 
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