やきとん専門店「やき処やんちゃ」店主ブログ
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毎度ありがとうございます!

一塁手だった自分は、高校時代ファーストミット2個を使い分けていました。

入学時は外野だったんですけどすぐにサードに回され、最終的にファーストにコンバートされました。
そこで初めて硬式のミットを買う事になるんですけど、OBの経営するスポーツ店から
半ば強制的にに買わされたのが「美津和タイガー」のファーストミットだったんですね。

それが買って一週間で、室内練習場と体育館の間にオイルを塗って置いておいたら盗まれたんですよ。
好みのメーカーではなかったにせよ、親に買ってもらった3~4万もするミットが盗まれたとは、
すぐには言えるわけがなく、しばらく寮で一人で悶々と悩んでいたんですね。

そんな時に、引退した3年生の一人が室内練習場にある中古のミットを使えと言ってくれたんです。
それがスラッガーのファーストミットでした。

今では懐かしい布ラベルのスラッガーに「S」のエナメルマークがついて、
手首の部分には「鶴商学園 沢村」と刺繍が施してありました。

サワムラさんは2コ上の3年生でしたから、その頃はすでに引退されていたんですけど、
ミットを盗まれて困っていた自分に快く、これを使えと譲ってくれたんです。

当時は大型のミットがトレンドで、オーダーグラブを注文する際にはわざと手を大きく書いて
出来るだけ大きなファーストミットを作ってもらうのが流行っていたんですね。

でもスラッガーのファーストミットは小ぶりで軽く、ショートバウンドやタッチプレーの際の
ミットの取り回しがすごく楽で使いやすかったんですよ。

ただ、自分たちの頃からグラブの規定も厳しくなり、表面への名前等の刺繍は一切禁止になり、
ラベル以外のマークがついたグラブも、すべて公式戦では使用できなくなったんですね。
スラッガーのSマークのほかにも、ミズノの赤カップなども使用禁止グラブになりました。

そこでようやく親に事情を話して、改めてローリングスのファーストミットを買ってもらったんですけど、
公式戦以外の試合や練習ではいつもスラッガーのファーストミットを愛用していました。
ポケットの皮が破れても当て皮をして、ミシンで縫ってもらってでも引退まで使っていた
自分にとって思い出深いファーストミットです。

自分も引退し、同じように後輩に譲ってしまったスラッガーのミットでしたけど、
のちにサワムラさんが若くして事故でお亡くなりになったと聞かされて、
あのミットほど後輩にあげたことを後悔したアイテムはありません。

そんなスラッガーのファーストミットが、このたびスラッガー80周年記念
復刻グラブとして限定発売されました。
なんと、あの懐かしい布ラベルも親指のSのエナメルマークも、
サワムラさんから譲り受けたミットと全く同じモデルです。

サワムラさんの優しさと、石だらけの河川敷グラウンドの感触を思い出す、
まさに感慨深いミットなんですよね。
自分の高校時代の相棒と言っても過言ではないくらい愛用したミットですから、
税込み35,000円はちょっと高くて手が出ませんけど、今ものすごく欲しいグラブです。

もう、自分にはサンタが来ることもないしなぁ。
気長にヤフオクで探します。

外は白くなった初積雪の鶴岡です。
運転には注意して、今日も一日頑張っていきましょう!



毎度ありがとうございます!

鶴商野球部の同期マルコが東京勤務を終え、鶴岡営業所の所長として戻ってきました。
旅立ちの春、とどまって見送る寂しい季節と書いたけれど、再会の春でもあります。

子供同士が同い年ということもあって、まだ娘が小学生の頃はワタル家との3家族で、
毎年のように温海の浜辺でバーベキューをして楽しんだものです。

 鶴商野球部時代、オレも結構なヘタクソだったけれど、
マルコも相当なヘタクソでした(笑

そのせいか現役時代からお互い親近感がハンパなくて、
なにかとウマが合っていましたし、自分が鶴岡に戻ってきてからは、
ゴルフに草野球にと、あれから随分と長い付き合いになりました。

偶然にも父親の仕事が同業でしたんで、馬市場の石川のせがれ、羽黒の丸山のせがれと、
ヘタクソな息子の父親同士としても、保護者会の中では随分と仲が良かったんだそうです。

山形市に単身赴任していた頃は、後輩たちと東北大会帰りに立ち寄って、
田中先生の息子ケンも合流しての山形酒場巡りも盛り上がりました。

ほんわかマルコのことを、誰一人として悪く言う人を見たことがありません。
先輩・同期・後輩みんなに好かれ、そして可愛がられる得な性格なんですね。

ひと回り以上後輩のユウキに「お前、マルコのこと、ちゃんと先輩だと思ってんの?」と聞くと
「マルさんは、なんつうか、癒し系なんですよねー(笑」と言い切ります。
自分もそう思います(笑

20代後半に同期だけで温泉に泊まりに行ったことがあって、大きな浴槽に浸かりながら
当時、営業になったばかりのマルコに「営業の仕事、大変だろ。」なんて聞いたら、
「飛び込み営業なんて、断られて当たり前なんだ。もう慣れたし、面白いよ。」と言うんです。

それまで、マルコは温和で優しくて引っ込み思案なヤツだと思っていただけに、
いつの間にか会社でもまれて、社会人として逞しくなったマルコのことが、
正直、まぶしくカッコよく見えた瞬間でもあったんですね。

それでも、悩みを抱えて苦しんでいた時期もあったことを知っています。
ここに来るまで順風満帆なことばかりではなかったのも知っているだけに、
一緒にゴルフをしたり酒を飲んだりして、遊ぶときはお互いに仕事の話は一切抜きで
本気で遊ぶことにしています(笑

今回、山形勤務から東京勤務になり、何年か振りかで鶴岡に戻ってきてくれました。
だからといって、そんなに頻繁に会うわけではないんだけれど、それでも同じ釜の飯を食った仲間が
近くにいるというのは、なんとなく安心感があるわけです。

マルコがゴルフを再開すると言えば、自分も再開しようかなという気になってきます。
のんびりとまったりゴルフを楽しむなら、やっぱりマルコの存在が必要不可欠なわけですよ(笑

そのうちにまた、打ちっぱなしからでも付き合ってもらおうかと思います。
そんな、ほんわかした土曜日の夜でした。

今晩は、これから自宅でしゃぶしゃぶの予定です。
少しづつ体も大きくなってきて、何にかと肉を食いたがる息子のリクエストです。
そんな夕飯も、また楽しい時間です。

みなさま、素敵な休日をお過ごしください。

毎度ありがとうございます!

日曜日に開催された母校野球部OB会総会・懇親会は、今年も懐かしい顔が並び
終始和やかに楽しく賑やかに開催することができました。

なかでも、初めての参加という秋田に住む1コ上のタダシさんが出席してくれて、
自分たちの卓だけ、異様に盛り上がったテーブルだった気がします。

夏の甲子園出場の際に、甲子園のアルプスで30年ぶりの再会は果たしていましたので、
懐かしさというよりは、この歳になって一緒に酒を飲める楽しみのほうが強かったんですよね。

地元にいるマナブさん同様、当時の地獄のような寮生活の中でもとても優しい先輩で、
後輩をイビったりぶん殴ったりはしない、本当に温厚な先輩だったんです。
おそらく、後輩をシメるなんてことはなかったですもんね。

・・・唯一、自分を除けば(笑

やられた自分ははっきりと覚えてますけど、タダシさんは覚えてないだろうなぁなんて思っていたら
隣にいた神奈川のハヤシさんに「タダシは後輩をシメたりしなかっただろ。優しいから。」
「そうですねー。唯一、一回だけシメのはコイツぐらいですかねー(笑」
「そうっスよね。ハハハ・・・。」

そうなんですよ。
当時の先輩方の中でも「仏のマナブ」「仏のタダシ」と言われるくらい温厚な先輩ツートップが、
唯一手を上げた後輩が自分だけなんですから、これはもう貴重な経験としかまとめられません(笑

もちろん、なぜタダシさんにシメられたのかは、はっきりと覚えています。
それは、他の先輩にシメられている最中に、クサヅラをぶっこいたから。

もうね、時効だから言いますけど、当時のシメには理屈というか正論なんてものはなく、
そのほとんどが理不尽極まりない理由でシメられてばかりだったわけです。
「チッ!早くやって終われよ。」と顔に出ちゃったのをタダシさんが見ていたわけですよ(笑

でも、逆にタダシさんも覚えていてくれて、その昔話で一気に酒の量が増えましたもんね。

レアな二人が揃ったわけですから、記念にツーショット写真をパチリ!
ほんと現役時代にはお世話になりました。
可愛くない後輩で本当にスイマセン(笑

あの時のことは、これからも絶対に忘れません!(笑
大人になって、こうしてお酒をご一緒できて嬉しかったです。

時間とタイミングが合えば、また球場に足を運んでくれるそうですので、
またスタンドでご一緒できる日を楽しみにしております。

楽しく笑って語った、いい夜でした。

と同時に、この二人にやられた当時の自分を思い返すと、つくづく自己嫌悪に陥ります(笑
ま、そうやって先輩方に鍛えてもらって、大人になっていったのかもしれませんね。

あざっす!したっ!m(_ _)m

毎度ありがとうございます!

今週末のOB総会の資料もなんとか完成し、ようやく少しの時間ですが一息つけそうです。

今年のOB会には同期6人が出席しますので、例年になく賑やかになりそうで、
今から楽しみにしています。

神奈川からはクリハラ、小国からはタケウチ、そして山形で単身赴任しているマルコに
地元組がキャプテン・ワタル、Mrボーク・アイタ、そして自分というメンバー。
ここに、秋の東北大会で再会したイケダが加わればもっと最高だったんですけど、
仕事のため残念ながら欠席という連絡が入ってました。

同じ釜のメシを食った仲間ではありますけど、高校時代はいろいろありすぎて、
ここではとても語れる話しばかりじゃありません。
とても口では言えないことを、本当に地獄のような日々を過ごしただけに、
上が引退してからは随分とみんな好き勝手にやっていた気がします。

キャプテンに任命されたワタルが、そんなチームをまとめようと頑張れば頑張るほど、
犬以下の扱いを受けてきた自分なんかは、そんな綺麗事な提案にはことごとく反発してましたし、
一番衝突した相手かもしれません。

中学から一緒のアイタとも、投手として結果が出ず同じ一塁手として出場する彼を、
随分と妬んだ気持ちのままコーチャーボックスに立っていた記憶があります。

他人の事なんか一切関係なく我が道を行く、自由奔放なタケウチの性格を羨ましく思ってましたし、
先輩の洗濯やマッサージに忙しく、真夏でもお互い一週間も風呂に入れなかったマルコにも、
いつも心が救われていたのも正直な気持ちです。

同じ商業科だったクリハラとは、現役時代よりも引退してからの方が付き合いが濃くなりました。
横浜出身の彼の周りには、いつも賑やかな寮生がいたこともあって、鶴岡しか知らない自分なんかは、
何気ない会話やセンスに随分と影響も受けたし、横浜や東京という大都会に初めて憧れを持つ
きっかけにもなった気がします。

高校を卒業し、それぞれがいろんな場所でいろんな経験を積み、今ではみんな父親になり、
仕事でも責任のある地位につき、家族を見守り支える大黒柱としての日常があるわけです。

そんな平凡な日常の中で、いつでも鶴商OBを意識して生活しているわけではありません。
まぁ、自分の場合は役目がら、人よりも意識する時間が多いかもしれませんけど(笑

数年に一度でも、こういうきっかけで同期が集まることに、OB会費を払うとかスタンド応援するとか、
そういう直接的なことよりも、昔の自分から今の自分のいろんな感情が呼び起こされることの方が、
それぞれの日常に戻ってからの効果が大きかったりするもんなんですね。

ただがむしゃらにボールを追いかけて、朝から晩まで一緒に生活した
仲間との再会は、平凡な日常に大きな活力を与えてくれるはずです。

不思議なもので、高校時代にあれほど嫌いだった1コ上の先輩とも、
今では同期以上に親しくさせてもらってますし、昔では考えられない
会話が出来るのも、お互いが大人になったからなんでしょうね。

もちろん、そんな生意気な後輩を受け入れてくれる先輩の心の広さに感服してますよ、表向きは(笑
もうね、お互い、いい歳こいたおっさんなんですから。
ガツガツした関係は、身体にも精神的にもよくありませんw

去年は、現役時代はまともに口も利けなかった2コ上の先輩方と、本当に楽しい時間を過ごしました。
今年は、同期が大集合!どんなOB会になることやら。

そのためにも、自分の仕事を、普段の日常を大切に頑張るだけです。

というわけで、早速、雪かきしてきます!
腰痛注意で頑張ります!オッシャー!
毎度ありがとうございます!

今日は8月8日、田中先生の命日です。
気がつけば3年という時間も、本当にあっという間ですよね。

いつもブログに書く田中先生との思い出は、大体が野球以外のことばかりです(笑

というより、現役時代は個人的に何かを話すなんて場面もありませんでしたし、
バッティング練習にしても「します!」「大振りするな!バカタレが。」「したっ!」で終わり。
会話なんて、あるはずもありません。

普段は社会を教えていた田中先生ですが、これがまた教科書を読んで黒板に書くだけの
まったく面白くもなんともない、恐ろしく眠くなるだけの授業なんですよね(笑

が、クラスの中に野球部が自分ひとりだけだったせいか、事あるごとに「イシカワ、答えろ。」と
突然当てられるんで、人一倍眠くなる授業なのに絶対に寝れないという地獄の時間だったわけです。

卒業も近くなったある日の社会の時間、「今日は教科書は開かんでいい。」なんて
田中先生にしては珍しい展開で授業が始まりました。

「寝たいやつは寝ていい。うるさくはするな。いいか、わかったな。」
他の生徒達が「ラッキー!」なんて言ってても、自分は安心できません。
何かしら裏があるんだろうと、正直警戒していたんですね。

教室の窓辺に寄りかかり、時折、遠くに見える月山を眺めながら、静かに先生が話し始めたんです。

「オレは、子供の頃、スキーのジャンプの選手になりたかったんだ。」

「うそ~、マジで?」
「絶対に、飛べないでしょ。」
「先生、スキーなんて、できんの?」

などと調子こく女子を、「こいつら、あとで先生にぶっ飛ばされんぞ。」などと心の中で思いつつ
いつもとは違うテイストの授業に、自分ももう寝るどころではなくなっていたんですよね。

秋田県大館市出身の先生は、子供の頃に夏は野球、冬はスキーをやっていて、
どちらもそれなりにセンスがあって本気で取り組んでいたそうなんです。
結果的に、野球で大学に進学し、教員になったわけですから「その生き方に悔いはない。」
と言い切る言葉には、なんの迷いもないように聞こえました。

「でも、人の生き方なんてひとつじゃないんだ。お前達には可能性がある。
 ひとつ失敗しても、また次に頑張ればいい。最後に自分が幸せだと思えるかどうかなんだ。」

三年間、野球部と社会の授業でお世話になった田中先生の言葉のなかで、
なぜかしらあの日の授業の話しが今でも鮮明に頭から離れないんですよね。
もしかしたら、高校時代の三年間で一番心に残っている言葉かもしれません。

いや、先生の言葉と言うより、あの窓から遠くを眺めながら、違う生き方をしていたかもしれない
自分の面影を想像していた先生の表情が、忘れられなかったのかもしれません。

なぜ、あの日、あんな話しを始めたのか、大人になってもずっと気になっていたんですよね。

ひょっとしたら、先生は学校を辞める気なんじゃないかな、なんて思っていた時期もあります。
学校を退職されたあと、二人でゴルフの練習中にふと直接聞いたことがあるんです。

「なにも、ない。授業が進みすぎたから、ただの時間調整。」と笑っていましたけど、
「誰にも話したことなかったのに、そんな話ししたか?」
「・・・は、はい。(泣」

でもいいんです。
あの日の、あの言葉と、先生のあの表情を忘れずに、自分も頑張ってきましたから。

「最後に、自分が幸せだと思えるかどうかなんだ。どの道に進んでも頑張るように。いいな。」

先生・・・。
人生の答えを出すにはまだちょっと早いけど、ちゃんと頑張っていますよ。
いろんな仕事をして、落ち着きなく生きてきましたけど、
ようやく自分の道を見つけて、今が幸せだと感じながら生きています。
 
まだまだ、みんなと一緒にゴルフ行きたかったですね。

やっぱりそっちに逝くの、早過ぎましたよ、先生。

また、先生との思い出話しを書かせてもらいますね。

 
毎度ありがとうございます!

昨年あたりから、自宅北側の外壁ボードが傷んできていることに気付いていて、
応急処置的に同級生のアイタにパテ埋めと外壁塗装をお願いしたんです。

アイタとは中学・高校と6年間チームメイトでした。
小学校の頃は別の学校でしたけど、その評判は他校の自分達にも聞こえてくるほどの
いわゆる「怪童」「怪物」といわれる野球少年だったんですよね。

もちろん中学に入ってもすぐに上級生に混じって試合に出ていましたし、
グラウンドにプロのスカウトが視察にきていたこともあったくらいです。
ここでは書けませんけど、高校入学時にも凄いエピソードを引っさげて、
鳴り物入りで入学したという、本当に期待されていた大型左腕投手だったんですよ。

田中先生も、アイタの入学には手ごたえを感じていたようで、チーム力では投打のバランスが良かった
自分達の1コ上の代に甲子園を狙っていたのは、誰の目から見ても明らかに感じれました。
実際には3回戦であっさりと負けてしまって、翌年の夏に自分達が準決勝まで勝ち上がってもまだ、
「去年のチームで狙いたかった。」なんて未練タラタラのコメントをしてたくらいですからね。

今のように、大会日程に余裕がなかった時代ですから、いい投手が2枚いるチームは
断然有利だったわけで、そういう意味でもアイタの出来にはチームの明暗が懸かっていたわけです。

ただ昔から、スピードは早いけど、コントロールがいまひとつだった。
ファーボールやデッドボールでランナーを溜め、ストライクを取りにいった甘いストレートを狙われ
タイムリーを打たれるという繰り返しだったんですよね。

最後の3年の夏は、肘だか肩を痛めていて、ファーストでの出番しかなくなってました。
守備では自分も自信があったけど、アイタほど打てなかった自分は出場機会がなくなりました。
それでも、一塁コーチャーとして挑んだ最後の夏は、何となくそのポジションにも満足していて、
自分の中にそんなに熱いものは無くなっていたのかもしれません。
それは、決してアイタのせいなんかじゃなく、自分の中で何となく冷めていたんでしょうね。

お互いが社会人になり、それぞれの道を歩きながら、
またこうして鶴岡に戻ってきて繋がっていることに、
幾つになってもくされ縁というか、やっぱり同じ釜のメシを食った
仲間という感覚が強いんですよね。

その分、アイタには無理も言いますし、わがままもたっぷり言います(笑

「今回も、ほとんど儲けが出ない仕事だぜ。」なんて愚痴ってましたけど、
それでも同期の特権をフルに使って、ガッチリやってもらいますよ(笑

この間、神奈川からヤマシタさんが来てくれたときにも、忙しい中、顔を出してくれました。
投手として期待されていたアイタを、田中先生に言われて上級生のヤマシタさんが
マッサージしていたエピソードにも全米が涙しましたもんね(泣

以前、住んでいた自宅やお店の外壁、今の自宅のガレージもアイタに塗ってもらいました。
なんだかんだ言いながらもちゃんとやってくれるアイタに感謝しつつも、
素直に「ありがとう。」と言わないひねくれた自分がここにおります(笑

今回こそ、ちゃんとお礼を言わなきゃ・・・。
いや、たぶん、言わないだろうな。

んー、なんか上手くまとまらないけど、まっいっか(笑



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