毎度ありがとうございます!
つい先日、キャプテンワタルの親父さんがお亡くなりになり、昨日同期のアイタ、マルコ、
そして先輩のマナブさんらと共に葬儀に参列させて頂きました。
ワタルの親父さんとおふくろさんのことも、たまに球場で会う程度でしたけど
高校時代から「父ちゃんや、母ちゃんや。」と気軽に呼ばせてもらっていました。
若い頃は、まるで菅原文太の一番星トラック野郎そのままに、飲む・打つ・買うの三拍子揃った、
豪快を絵に書いたような父ちゃんだったと聞かされていました。
確かに、20歳の頃にワタルの温海の実家で酒を飲んでいて、一緒に飲んでいたワタルの友達と
ケンカになった時にも、止めるのかと思いきや「おい!オメだぢ、やるなら外でやってこい!」
と一切止めずに、笑いながら全く気にすることもなく酒をグイグイ飲んでいました。
茶の間でケンカが始まったら、普通は止めるでしょうよ。
ひとしきり外でケンカが終わって、また家の中で酒を酌み交わしていると、父ちゃんが
「男同士はそうやって仲良くなっていくもんだ。ほら、もっと飲め!」と酒を注いでくれたことも
自分の中では忘れられない思い出です。
孫のソウマが高校野球を引退してからは「何にも楽しみがねーわや。」と嘆く母ちゃんの言葉を
いつも遮るように「んね。今度はイシカワのせがれがいるわいや。のう。」とニッコリ笑って
「頑張らせれよ。」とポツリと励ましてくれるものでした。
「ソウマのように試合に出らいればいいあんけどのー。」
「なんにも、最後まで一生懸命やればそれでいいわいや、のう。」
そんなふうに声をかけてもらうことが、ただただ素直に嬉しかったことを覚えています。
見た目や昔の面影とは裏腹に、口ベタだけど男らしくて優しいイメージだったですよね。
酒田の光が丘球場でも、中山の県野球場でも、きっと息子のワタルよりも会っていましたからね。
父ちゃん母ちゃんのすぐ後ろの席で一緒に観戦したこともありますが、勝った負けたよりも
もっと違う目線で鶴岡東の野球を応援してくれていた気がします。
「この子たちも大阪から来て必死なってやってんなやの。そげだどごだろや、こっちの子どの差は。」
そんな会話を耳元でしながら一緒に観戦したのも、ワタルの知らない自分だけの思い出です。
昨年秋に、母ちゃんから温海カブを差し入れでもらった際に、乗ってきたワタルの助手席で
随分と痩せてしまっていた父ちゃんの姿が、自分の見た最後の父ちゃんの姿でした。
「温海カブは、なんぼあっても助かるわー。」と遠慮なく図々しくおねだりすると、
助手席の父ちゃんが「あれ、せばもっとくれでやれ。」と笑いながら母ちゃんに伝えて、
まだ漬けていない生のカブを袋ごとくれたんですよね。
元気なうちに、父ちゃんに自分の焼いたやきとんを食べてもらいたかったです。
きっと口に合わなかったとしても「んめの。」と笑って食べてくれたでしょうね。
豪快で若い頃の破天荒さとは逆に、孫ができてから優しく温かい人のイメージが強いですから。
ワタルからは、破天荒な父ちゃんに対して子どもの頃に抱えていた複雑な感情も、
酒を飲んで酔っ払って本音が出はじめると、毎回よく聞かされていました。
それでもワタルは最後まで息子として喪主として、しっかりと父ちゃんを送り出してやれたはずです。
最後は一番落ち着く自宅で穏やかな表情で旅立ったと聞かされて、ワタルにとっても、
そして父ちゃんにとっても幸せな最後の時間を過ごせたことと信じています。
こんな表現は不適切なのかもしれませんけど、愛する父ちゃんを亡くした悲しみと喪失感の中に、
何よりも家族みんなが父ちゃんのことを大好きだったんだなぁということが真っ直ぐに伝わってきた
とてもいい葬儀だったと思います。
みんなの流す涙が、とても温かかったです。
ミナの涙も、ソウマの涙も、そしてワタルの涙も。
父ちゃんにとって、ワタルは自慢のひとり息子だったはずです。
結婚して、可愛い孫二人も見せてくれて、市内で立派な家を建てる甲斐性もあって。
平凡でも不自由のない暮らしを見せてあげることこそが、何よりの親孝行だと思うんですよ。
そして、親の最期に寄り添うということは、後からもっとやってあげれたことがあったんじゃないか、
もっと話すべきことがあったんじゃないか、と後悔や無念にも似た感情が必ず沸き起こるものです。
でも、自分が最後に何をしてあげたかというよりも、親が最後に何を感じたかだと思うんですよね。
だとすればきっと、父ちゃんは「ワタルや、最後までありがどよ。」と思っていたはずです。
ワタルの涙につられて、自分の目にも温かい涙が溢れました。
また一人、父ちゃんと呼べる大切な人が旅立ってしまいました。
きっと父ちゃんはあの世でも「一番星」になって、天国でもワタルの父ちゃんらしく
豪快に楽しく過ごしてくれるはずです。
ゆっくりと安らかにの、父ちゃんや。
これからもワタルの家族のことを天国から見守ってあげでくれよの。
心よりご冥福をお祈りいたします。合掌。
つい先日、キャプテンワタルの親父さんがお亡くなりになり、昨日同期のアイタ、マルコ、
そして先輩のマナブさんらと共に葬儀に参列させて頂きました。
ワタルの親父さんとおふくろさんのことも、たまに球場で会う程度でしたけど
高校時代から「父ちゃんや、母ちゃんや。」と気軽に呼ばせてもらっていました。
若い頃は、まるで菅原文太の一番星トラック野郎そのままに、飲む・打つ・買うの三拍子揃った、
豪快を絵に書いたような父ちゃんだったと聞かされていました。
確かに、20歳の頃にワタルの温海の実家で酒を飲んでいて、一緒に飲んでいたワタルの友達と
ケンカになった時にも、止めるのかと思いきや「おい!オメだぢ、やるなら外でやってこい!」
と一切止めずに、笑いながら全く気にすることもなく酒をグイグイ飲んでいました。
茶の間でケンカが始まったら、普通は止めるでしょうよ。
ひとしきり外でケンカが終わって、また家の中で酒を酌み交わしていると、父ちゃんが
「男同士はそうやって仲良くなっていくもんだ。ほら、もっと飲め!」と酒を注いでくれたことも
自分の中では忘れられない思い出です。
孫のソウマが高校野球を引退してからは「何にも楽しみがねーわや。」と嘆く母ちゃんの言葉を
いつも遮るように「んね。今度はイシカワのせがれがいるわいや。のう。」とニッコリ笑って
「頑張らせれよ。」とポツリと励ましてくれるものでした。
「ソウマのように試合に出らいればいいあんけどのー。」
「なんにも、最後まで一生懸命やればそれでいいわいや、のう。」
そんなふうに声をかけてもらうことが、ただただ素直に嬉しかったことを覚えています。
見た目や昔の面影とは裏腹に、口ベタだけど男らしくて優しいイメージだったですよね。
酒田の光が丘球場でも、中山の県野球場でも、きっと息子のワタルよりも会っていましたからね。
父ちゃん母ちゃんのすぐ後ろの席で一緒に観戦したこともありますが、勝った負けたよりも
もっと違う目線で鶴岡東の野球を応援してくれていた気がします。
「この子たちも大阪から来て必死なってやってんなやの。そげだどごだろや、こっちの子どの差は。」
そんな会話を耳元でしながら一緒に観戦したのも、ワタルの知らない自分だけの思い出です。
昨年秋に、母ちゃんから温海カブを差し入れでもらった際に、乗ってきたワタルの助手席で
随分と痩せてしまっていた父ちゃんの姿が、自分の見た最後の父ちゃんの姿でした。
「温海カブは、なんぼあっても助かるわー。」と遠慮なく図々しくおねだりすると、
助手席の父ちゃんが「あれ、せばもっとくれでやれ。」と笑いながら母ちゃんに伝えて、
まだ漬けていない生のカブを袋ごとくれたんですよね。
元気なうちに、父ちゃんに自分の焼いたやきとんを食べてもらいたかったです。
きっと口に合わなかったとしても「んめの。」と笑って食べてくれたでしょうね。
豪快で若い頃の破天荒さとは逆に、孫ができてから優しく温かい人のイメージが強いですから。
ワタルからは、破天荒な父ちゃんに対して子どもの頃に抱えていた複雑な感情も、
酒を飲んで酔っ払って本音が出はじめると、毎回よく聞かされていました。
それでもワタルは最後まで息子として喪主として、しっかりと父ちゃんを送り出してやれたはずです。
最後は一番落ち着く自宅で穏やかな表情で旅立ったと聞かされて、ワタルにとっても、
そして父ちゃんにとっても幸せな最後の時間を過ごせたことと信じています。
こんな表現は不適切なのかもしれませんけど、愛する父ちゃんを亡くした悲しみと喪失感の中に、
何よりも家族みんなが父ちゃんのことを大好きだったんだなぁということが真っ直ぐに伝わってきた
とてもいい葬儀だったと思います。
みんなの流す涙が、とても温かかったです。
ミナの涙も、ソウマの涙も、そしてワタルの涙も。
父ちゃんにとって、ワタルは自慢のひとり息子だったはずです。
結婚して、可愛い孫二人も見せてくれて、市内で立派な家を建てる甲斐性もあって。
平凡でも不自由のない暮らしを見せてあげることこそが、何よりの親孝行だと思うんですよ。
そして、親の最期に寄り添うということは、後からもっとやってあげれたことがあったんじゃないか、
もっと話すべきことがあったんじゃないか、と後悔や無念にも似た感情が必ず沸き起こるものです。
でも、自分が最後に何をしてあげたかというよりも、親が最後に何を感じたかだと思うんですよね。
だとすればきっと、父ちゃんは「ワタルや、最後までありがどよ。」と思っていたはずです。
ワタルの涙につられて、自分の目にも温かい涙が溢れました。
また一人、父ちゃんと呼べる大切な人が旅立ってしまいました。
きっと父ちゃんはあの世でも「一番星」になって、天国でもワタルの父ちゃんらしく
豪快に楽しく過ごしてくれるはずです。
ゆっくりと安らかにの、父ちゃんや。
これからもワタルの家族のことを天国から見守ってあげでくれよの。
心よりご冥福をお祈りいたします。合掌。
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