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毎度ありがとうございます!
昨日は母校グラウンドで、毎年恒例のOB会行事「3年生vsOB交流戦2021」が行われました。
一週間降り続いていた雨も奇跡的にその時間だけ雨が止んでくれて、秋晴れの快晴の空気の中で、
笑いあり笑いあり笑いありの終始笑顔の交流戦になりました。
スピリチュアル的な言い方かもしれないですけど、自分は「野球の神様」はいると信じています。
OB戦が終わり、また土砂降りの雨に包まれた夜の暗闇を眺めながら、最高のコンディションで
OB戦をやらせてくれたこと、3年生に最後は笑顔で野球を楽しませてくれたこと、
それらすべてが「野球の神様」が見ていてくれたんだと本気で信じているんです。
半年前には校内クラスターが発生して、春季大会前日に出場を辞退するという事態に見舞われました。
そこから約2か月間全く練習ができないまま、ぶっつけ本番で7月の夏の甲子園予選を迎えました。
準決勝まで勝ち上がったものの、最後は東海大山形にコールドで大敗。
負けるには負けるだけの理由がある。
野球の神様は、ちゃんとそういうところは見ているんですよ。
勝利を与えるだけがすべてではないことを気づかせてくれているんです。
でも、最後まで諦めずやり遂げる鋼のような強い意志と、仲間を大切に思う優しい心を持った奴には、
いつか必ず野球の神様が微笑んでくれますから。
昨年のOB戦での3年生は、全員がお揃いのパーカーを着て挑んできました。
今年の3年生は、中学時代のチームユニを身にまとい、さながらオールスターゲームのように
カラフルで賑やかなユニホーム姿での対戦となりました。
中にはスポ少の監督をしている親父のユニホームを着てくるヤツがいたり、
巨人の応援ユニホームを着ているヤツがいたり、マスターズ甲子園で着たレプリカユニホームを
トレーナーのノリアキから借りて着てるヤツがいたり・・・
自由奔放でまとまりがないんだけれど、逆にそれだけ個性的なヤツが多いんでしょう。
スマホから音楽を流し、ノック用の台車に乗ってクローザーが登場する演出なんて
今までのOB戦ではなかった光景ですもんね(笑
なんだっていいんです。
怪我さえなくて、みんな改めて野球の楽しさと、最後にこの仲間と野球がやれることの有難さに
気がついてくれればそれでいいんですよ。
来年はOBチームの一員として息子を送り込みます(笑
そうやって後輩たちを後押しする気持ちだけは、地元にいる卒業生として継続していかなけば
ならないと思うんですよね。
夜に行われた「3年生食事会」の席で、地元硬式クラブチームの監督を務めるOBのツヨシから、
「来年うちのクラブで一緒にやろう!」と息子に直接声をかけてもらったそうです。
大学で野球をやること以外にも、硬式で都市対抗やクラブ選手権の大舞台を目指す道もあります。
高校時代は選手としての息子を見ることはありませんでしたけど、もしそんなことになったら
大きな楽しみがまた一つ増えるんで我が家的には大歓迎なんですけど。
まぁ、最後に決めるのは本人ですけどね。
有り難いもので、あちらこちらからお誘いの声をかけてもらっているようです。
あと2~3年、若くて体の動くうちは硬式クラブチームでもいいと思うんですけどね。
どうなることやら。
さーて、今日も煮込みを作りながらブログを書いています。
冬に向かっていく薄暗い天気の合間に見えた昨日の秋晴れの青空は、
きっと野球の神様がくれた最高のプレゼントだったのでしょう。
平凡な日常ですけど自分の一日一日を大切に、今日も一生懸命に頑張ります。
あまり肩に力は入れずにね。
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毎度ありがとうございます!
先日「Amazonプライム夫婦編」のCMことを書いたら、後輩ナガオカからわざわざ
「自分も実はあのCM気になってたんですよ。」と電話がかかってきました(笑
お互いにあのCMのツボが一緒だったようで「あー、わかる分かる。」と共感してしまいました。
ということで、今日は気になるCM第二弾!
「三菱電機ビルテクノサービス」のCMって知ってますか。
エレベーターやエスカレーターを利用する日常の片隅で、それらをメンテナンスする人の姿を映し
♪見えない時間に 見えない場所で 見えない誰かを想い~
哀愁漂う声と映像が合致して、彼らの使命感というか責任感というか、あまり陽の当たらない仕事だけど
そういう人たちがいてくれるから何気ない日常が安全に過ごせているんだよなぁと実感します。
今は死語になっているけれど、自分が大学生の頃は「ホワイトカラーとブルーカラー」などという言葉で
仕事に対する色分けというか偏見があった時代があります。
スーツを着てワイシャツにネクタイ姿のホワイトカラー
作業服や現場服を着る職業のことをブルーカラー
世はバブルの全盛期だったこともあって、学生の就職希望先はホワイトカラーの方がいい
みたいな風潮があったものです。
さらには「きつい」「汚い」「危険」の頭文字をとって【3K】といわれる職業も
どちらかというと敬遠されていました。
さらにその「3K」に「帰れない」「厳しい」「給料が安い」を追加した
【6K】なる言葉まであるんだそうです。
今の時代はむしろ、現場優先主義というか技術職や専門職や有資格者の方が
どの企業でも重要視している時代になっています。
そう考えると自分的には「使命感」「資格取得」「将来性」の頭文字をとって
【3S】の職場のほうが魅力的だと思ってしまうんですよね。
それか「泥くさく」「誰かのために」「どこにでも行く」の【3D】とかどうですか。
世の中には、誰かのために、誰かがやらなければならない仕事がある
そんなことを改めて考えさせられ、そういう仕事に対する有難さや感謝の気持ちに気づく
「三菱電機ビルテクノサービス」のCMです。
CMソングを歌う奇妙礼太郎さんは他にもたくさんのCMソングを歌っていて、
ビルテクノ以外に心に残っているのが「カゴメ野菜生活」のラジオ体操の歌バージョン。
そちらも是非youtubeでチェックしてみてほしいです。
心揺さぶられるような、あの声がいいんだよなぁ。
あとね、同様にもう一つだけどうしても気になるCMがあるんですよ(笑
それはまた今度書きますね。
昨日から、ずっとどしゃ降りの鶴岡です。
こんな雨の中でも、どこかで誰かが人々の暮らしに支障が出ないように働いている・・・
自分も頑張ります!
ではまた。
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毎度ありがとうございます!
激動の一週間が終わりました。
今週は水曜日が祝日休業日だったにもかかわらず、グッタリと疲労感の残る日曜の朝です。
それでも6時には起きてカミさんの年末調整の申告書類を記入していました。
扶養控除や医療費控除だの保険料控除だの、毎年同じ書類に同じように記入するだけなのに、
年々記入欄が小さく見えて書きづらくなってきています。
いよいよ老眼眼のお世話になる歳なのかもしれませんね。
昨夜は、自分が所属している某団体の重鎮の方に、自分の想いや常日頃から考えていることを
聞いてもらう機会がありました。
これから先を見据えて今からやらなければならないこと。
既存の固定観念を取り除き、新しいことへチャレンジする必要性とそのプロセスの大切さ。
思っていることの半分しか話せませんでしたけど、少しは自分の考えと熱意は伝えられた気がします。
他人に自分の話しを聞いてもらうためには、言葉にある程度の「熱量」が必要だと思うんですよね。
どんなに大事なことを伝えていても、どんなに必要なことを語っていても、その人の言葉に
熱量がなければ、聞いた人の心には何の残像も残らないものです。
例えば免許の更新の講習とか、申し訳ないけど年配の講師の方の言葉に熱量がないから、
いくら事故を起こさないようにと大事なことを伝えていても、会場を出れば忘れてるでしょう。
大学の講義も、退屈な内容でも言葉に熱さがある先生の講義は面白いものです。
逆に高校の授業のように、教科書をなぞるだけで淡々と黒板に書くだけの話しは面白くない。
予備校だって言葉に熱量がある講師の授業は面白いじゃないですか。
まぁでも、だからってなんでも熱く語ればいいというものでもないんですけどね。
逆に「沈黙は金なり、雄弁は銀なり。」ということわざがあるように、時には余計なことは言わず
黙っていた方がいいということも多々あるわけです。
酒の席でよくあるシーンで、相手の話しを聞かずに自分の話しかしないことで場がシラケたり、
時にはケンカになることも珍しいことではありません。
人と人が共存していくには、話すことと聞くことのバランス感覚が必要ということでしょうね。
親子でも夫婦でも、何でもかんでも口に出して言えばいいってもんじゃないじゃないですか。
うまくバランスをとりながらやっていくことが有益な人間関係の構築には不可欠だということです。
今日は酒田に買い出しです。
すでにモーニングコーヒーも2杯目です。
素敵な日曜日をお過ごしください。
ではまた。
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毎度ありがとうございます!
今日11月2日は息子の誕生日です。
18歳になりました。
「幹は太く朗らかに」という名の通り
強い意志と他人への優しさを持ったいい男に、少しはなってきたような気がします。
子どもが生まれて、親として一番最初に子供にプレゼントできるものは何かといえば、
それは「名前をつけてあげること」だと思うんですよね。
だから子供たちの名前の数だけ親の想いも溢れている気がするんです。
お客さんや知り合いにお子さんが生まれたと聞けば「何ていう名前をつけてあげたの?」と
必ず聞きますし、その理由を尋ねるとみなさん子供に託す想いも一緒に熱く語ってくれます。
正直、一回聞いただけではなかなか覚えられそうもない名前もたくさん聞いてきましたけど、
どれも素敵で愛情に満ち溢れたいい名前ばかりです。
「あびこ一郎」にもちゃんと「ひろき」という、親が付けてくれた立派な名前があります。
勝手に一郎などと名付けてふざけていてはいけないんですよ、本当は。
でも本人も公認で気に入っている様子なんで、彼だけはいいことにしましょう(笑
後輩に「大貴」と書いて「たいき」と読む子がいるんですけど、周りはみな「だいき」と呼びます。
先日、正直それってどうなの?って聞いたら
「自分もだいきと呼ばれるのに慣れてしまって今はだいきの方がしっくりきます。」って言ってました。
庄名人特有のなまりで、なんでも濁点をつけた方が発音しやすいのも関係があるのかな。
「たけし」はみな「たげし」になっちゃうし「あつし」はみな「あづし」でしょ、こっちは。
「おおたき」は「おおだぎ」、「ひろゆき」は「ひろゆぎ」ですもんね。
まぁそんなことは置いといて、
子どもの誕生日を祝う時にそれぞれの名前に込められた想いや願いを、
改めて聞かせてあげることも大切なのかなと思うわけです。
そんな息子も18歳。
春からは社会人ですもんね。
人生まだまだこれから、可能性ばかりの人生ですよ。
ゴルフをやりたかったらやればいいし、スノーボードもやればいい。
野球をやりたくなったらまたやればいいし、バレーがやりたいならそれでもいい。
自分が働いたお金で自分の趣味や楽しみを見つけて、気の合う仲間と充実した日々を送れれば、
それが一番幸せなことだと思うんですよ。
誕生日のプレゼントは、日曜日に気に入ったというコートを2着買ってあげました。
今は毎日毎朝ドライヤーばかりかけて、髪型をカッコつけるのに忙しいようですけど。
自分が高3の時もそうでしたから、気持ちは手に取るようにわかります(笑
さて、明日は休みですんでケーキは明日でいいでしょう。
今日も一生懸命に頑張ります。
ではまた。
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毎度ありがとうございます!
先週の日曜日に、羽黒山神社に家族でお参りに行ってきました。
本当は湯殿山神社にお礼参りに行きたかったんですけど、ちょっとワケがありまして。。。
我が家のファミリーカー「エルグランド」の引き取り先も見つかって、週末しか動かさない車に
ガソリン高騰のこの折にハイオクを満タンを詰める必要もないだろうとセコイ考えが頭に浮かび、
ガソリンゲージ2メモリほどの残量で湯殿山に向かったんです。
普通に行けば十分に行って帰って来れる距離なんですけどね。
世間は紅葉シーズン真っ盛り!
しかもコロナ規制の解除も解けて、月山道から左折したあたりからすでに大渋滞してるんですよ。
それでも、上には広い駐車場もありますし少しづつでも前に動いてるんで大丈夫だろうと
軽く考えていたんですね。
細い山道に入ったところで完全に止まって、そのまま20分、30分と時間ばかりが過ぎていきます。
そのうち、とうとうエンプティランプが点いて気持ち的に完全に焦ります。
Uターンすら出来ない山道で前も後ろも大渋滞で、この先にガソリンスタンドなんかあるわけがない。
「お父さん、どうするの?ガソリン大丈夫?」
「うーん、ヤバいかも。」
「えー、どうすんの?止まらない?」
「うーん、止まるかも。」
「えー!!」
そんなカミさんとの押し問答がさらに15分ほど続き、渋滞にはまってからすでに45分・・・
その場所から、まだ駐車場までは半分以上あるし・・・
「だめだ!Uターンして朝日のガソリンスタンドまで引き返そう。」
ハザードをあげ、狭い山道ででっかいエルグランドを何回も切り替えし何とか方向転換して、
下り坂を利用して月山道はずっとニュートラに入れて惰性で下りてきました。
なんとかガソリンスタンドまで辿り着いて、ハイオク5000円分を詰めてホッとしたところで、
もう一度あの大渋滞に向かう気力は残っていませんでした。
羽黒山頂にある羽黒山神社・湯殿山神社・月山神社を祀る「三神合祭殿」の方へ
お参りしようということで、一路羽黒山に向かうことにしたんです。
昨年の同じ時期に、湯殿山神社で息子のためだけにお参りをしました。
まずは「最後まで怪我をしないように無事でありますように。」
そして「結果はどうであれ、悔いの残らない高校野球でありますように。」
残念ながら甲子園には行けませんでしたし、ベンチ入りも果たせませんでしたけど、
現役生活で一度も医者や整体に通うことなく、怪我のないまま最後までやり遂げてくれました。
自分は「無事是名馬」(ぶじこれめいば)という言葉が好きです。
「秀でた才能がなくとも怪我無く無事に走り続ける馬は名馬である。」という意味です。
人生に置き換えても当てはまる言葉で、最後まで投げ出さずきちんと仕事をやり遂げる人などにも
よく使われる言葉なんですよね。
息子も捕手というポジションでありながら、怪我せず最後までやり遂げてくれました。
「名馬」かどうかは分からないけれど、怪我をしないということも一つの才能なんだと思います。
高校では陽の当らないまま終わった息子ですが、野球の神様がひとつ光るメダルをくれたんでしょう。
息子が高校に入学してから、カミさんと始めた御朱印巡りも二冊目に突入しました。
これまで御祈祷してきた神社には、改めて感謝を込めて「お礼参り」に巡る予定です。
秋の紅葉を眺めながら参拝するのも、心が洗われるような気がしていいものです。
若い頃には紅葉なんて1ミリも興味なかったし、神社にお参りなんて初詣しかしなかった自分が、
今ではそれを楽しみにしているんですから不思議なものです。
今週末は、おばあちゃんを連れて寒河江市まで月山越えです。
91歳になったおばちゃんの顔を見に、そして息子のことを最後まで応援してくれたお礼も兼ねて、
息子からありがとうの言葉と地元就職内定の報告をしに行く予定です。
今月も残りわずかですけど、最後まで頑張ります。
山形県からは新たな補助金の実施が発表されましたが、前回同様に自分は対象にはなりません。
もらえない補助金に文句を言うよりも、これからの自分の頑張りでこの難局を乗り切るだけです。
今日ものんびりやってます。
よかったらぶらりと遊びに来てください。
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毎度ありがとうございます!
昨日は審判部の仲間たちと軽く飲み会でした。
会場となったお店は以前、弟子の「あばれん坊」ユウスケの後輩のお店だったんですけど、
コロナ禍の影響で閉店となり、新たなオーナーが内装をそのままに居抜きでスタートさせたお店です。
これから益々のご繁盛を祈念しております。
そういえば11日の臨時休業の際に、打ち合わせ会場の鮨屋に行く前の0次会で
マナブさんとタケシとで、ユウスケのお店「あばれん坊」に久しぶりにお邪魔してきました。
独立してからもう5~6年は経っているのかな。
串のバランスというか見た目の美しさも十分だし、塩加減もちょうどいい。
スタートしたころからアップデートを繰り返して、少しづつ自分のカタチというものを
作り上げてきた努力の跡が垣間見れます。
一番は、通ってくれる良いお客様や常連の方々に育てられたんだと思います。
もっと美味しい!と言ってもらいたい、もっとなにこれ~と驚いてもらいたい、
そんな「もっと、もっと」の積み重ねが探求心につながるし向上心にもつながるものです。
ユウスケは昔から《アンテナ》の感度は良かったんですよね。
鶴岡にはないような酒場の雰囲気やメニューにも敏感であちこち食べ歩いていたし、
すぐに「ちょっとやってみる。」というフットワークの軽さもあったし。
同級生酒屋のサノが講師を務めた「日本酒アドバイザー」の資格も一緒に取得したんですよね。
日本酒王国の山形県、さらには酒蔵のある街鶴岡の居酒屋のほとんどが地酒推しで展開しています。
自分のところもそうですしね。
逆に、獺祭や飛露喜などの県外メジャー酒をとんでもない値段で提供しているお店もあったりして、
お酒の提供の仕方や品揃えのラインナップには、どこも似たり寄ったり感が否めませんでした。
やっぱり他の人と同じやり方で、同じものを提供しても面白くも何ともありませんからね。
ユウスケのお店には広島や富山や新潟のマイナーな蔵の酒が並び、良心的価格で提供していました。
東京に遊びに行くと、一つのお店で全国各地のお酒を楽しめるお店の方が圧倒的に多いわけですよ。
もちろん山形のお酒のクオリティは高いと思いますし、酒の師匠だったサノにも
「地元には、まだまだ美味い酒がたくさんあるのに、認知度が低すぎる。」と教わって、
我われのような地元の飲食店が地元のお酒を取り扱い「地産地消」を広めていかなくては、
という使命感が当時からあったのも事実ではあります。
でもね、ここ10年で「特約店制度」という販売形態をとる酒蔵がものすごく多くなり、
地元のお酒を地元の酒屋で買えないという現象も起きているんですね。
買えるお酒が限られているということは、お店で飲めるお酒も同じようになるのは当たり前です。
そういう意味では、師匠サノの教えには反しているのかもしれないけれど、
ユウスケ自身が旅先で見つけたマイナーな全国各地の日本酒を、自分のお店で展開するのは
すごく面白いことだと思うし、今だから逆に目立って差別化になると思うんですよ。
久しぶりに飲む富山や新潟の酒も、ある意味新鮮で旨かったですもん。
自分だったらメニューやホワイトボードのタイトルを【日本酒】ではなく【旅酒たびざけ】と書きます。
「マスター、旅酒ってなに?」とお客様に食いついてもらえれば、それで成功なんですよ。
「自分があちこち旅した都道府県の日本酒を置いてるんですよ。」と説明すれば、
会話のきっかけにもなるし「富山のどこ行ったんですか?あそこいいですよね~」とか
共通の話題にもなりますから。
現地で買うだけでは数が限られるんで、行った先のお酒をネットで仕入れてもいいわけですから。
面白くないですか、「店主の旅酒」って。
まぁそんな話はいいとして、奇しくも今日はそのサノの命日です。
あの頃に一緒に資格を取った鶴岡駅前「三鷹」のダイユウも頑張っていますし、資格取得後も
それぞれがそれぞれのお店で自分なりに試行錯誤しながらも、お客様に喜んでもらえるように
今日もお店に立ち続け、お酒を提供しています。
そんな頑張ってる姿が一番なんじゃないのかな。
自分は、お墓参りや線香をあげることばかりが供養ではないと思ってるんで。
普段の何気ない生活のなかで故人を思い出し、当時の想いを馳せ懐かしむこと。
そして今の自分の生き様を、恥じずに堂々と見てもらうこと。
そんなことを思った10月25日の朝です。
今日も自分にとっての一日を一生懸命に頑張ります!
ではまた。