やきとん専門店「やき処やんちゃ」店主ブログ
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毎度ありがとうございます!

今朝未明、北海道で大きな地震が発生し、今も北海道全域が停電しています。
信号も消え電車も止まり、交通マヒやライフラインの混乱で、大変なことになっているようです。
一日も早く復旧してもらいところです。

が、地震はこのあともまだしばらく続くでしょう。
決して油断することなく、二次被害に備えて今出来る準備をして何とか耐え凌いでもらいたいです。

北海道函館は、自分にとって第二の故郷でもあります。
函館の大学を出て、函館で暮らし、函館で商売をして足かけ15年間暮らしていました。

大学時代の友人もいます。
コンビニ時代のスタッフもたくさんいます。
函館でできた仲のいい友人達もいます。

みな家族を持ち、子供もいます。
ご家族や子供たちが、みなさん無事なことを祈るばかりです。

今年になって、鶴岡市も大規模な豪雨の影響で河川の氾濫や土砂災害の警報が多発し、
ニュース速報やヤフートップでも警戒情報が出たりして、遠くに住む友人や先輩方から、
「大雨で鶴岡は大丈夫か?」と、たくさんたくさん連絡をもらいました。

普段は連絡を取っていなくとも、いざこういう時に心配して連絡をくれる・・・そんな優しさと
そんな人と人との繋がりや縁に、随分と助けられ心が温かくなっていくのが自分でも気づきました。

北海道から遠く離れている自分には、ただただ皆の無事を祈るしかできません。
停電しているうえに、これから断水するという函館の情報もあります。

大きな被害が出ませんように。
早くライフラインが復旧しますように。
大切な人達に怪我や苦痛がありませんように。

人ひとりの力の無力さを思い知らされます。
それでも、ただただ祈るのみです。

今日はニュースを点けっぱなしです。












毎度ありがとうございます!

先日、鶴岡ドリームスの全国大会出場に関する寄付金を、当ブログでお願いしたところ、
早速、同級生やら後輩やらからありがたいことに寄付金を頂戴いたしました。

イタガキ、マツウラ、タケシ、本当にありがとうございます!
選手団のために、ありがたく使わせて頂きます。

そして「頑張っての!」と言ってくれるその短い言葉と、その心意気に胸が熱くなります。
いつかなにかの折に自分に協力できることがあれば、喜んで自分も協力させて頂きます。

せっかくなんで全国大会でお邪魔する沼津市のことを、ちょっと調べてみたら
富士山のふもとにある街で駿河湾を眼下に見下ろす山と海と緑の街なんですね。

実は、自分は富士山をちゃんと見たことがないんですよ。
大学4年時に就職内定の拘束旅行で箱根に行って、芦ノ湖に浮かぶ海賊船みたいな船のデッキから
遠くにかすかに見えた富士山と、マスターズ甲子園に前乗りする際に羽田からの飛行機の窓から
見えた富士山と、しっかりと地上から見上げたことが一度もないんですよね。

拘束旅行とは、当時は就職協定(会社訪問開始)が8月20日に設けられていたんですけど、
実際には解禁前から面接はやっていて6月くらいにはすでにみな内定をもらってたんですよね。
その確保した内定者に他社を受けさせないために親睦旅行の名目で身柄を拘束して
二泊三日のドンチャン旅行に会社が連れて行くんですよ。

もちろん北海道からの交通費も全部会社持ちで。
世の中はバブルでしたから。

大阪に本社のある証券会社でしたけど、同期入社で100人はいたと思います。
西日本の本社採用組と、東日本の東京支店採用組とで分けられ、自分は東京組でした。

1年ももたずに、同期の中では真っ先に会社を辞めたダメ社員でしたけど、
大阪研修時代も含めて本当に密度の濃い時間を過ごさせてもらいました。

ビジネスマナー、電話応対、名刺交換、上座下座、接待所作など、
社会人としての基本をしっかりと学ばせてもらった時間だったと思います。

会社を辞めて数年の間は同期のやつらとも頻繁に連絡をとっていて、何度か東京や横浜で
みんなと再会したりして、繋がりがあったんですけどね。

CL(カウンターレディ)の女子社員が一人二人と寿退社していくにつれて、
東京同期会も自然消滅していった気がします。

みんな元気なんだろうか。

若かったけど、希望と情熱を持って東京に出てきて、まだ大学生のノリで突っ走っていた
あの頃がなぜか今頃になって懐かしいです。

あの頃、遠くに見えた富士山を見ても何の感情も湧かなかった20歳そこそこの自分が、
50歳を越えた今、息子の野球する姿と一緒に富士山を眺めて見て、何を思い何を感じるのかも
今から楽しみな事のひとつではあるんですよね。

沼津とは何の関係もない話しですけど【富士山】というワードから、
21~22歳の頃のヤング島耕作みたいな自分の若かりし頃を思い出していました。

寄付金、まだまだ受け付けさせて頂いております。
「頑張ってこいよ!」というお声とともに、寄付金のご協力をお願いできれば嬉しいです。

そして子供たちに負けないように、自分の今日を精一杯頑張るだけです!!










 
毎度ありがとうございます!

先日、息子が所属する鶴岡野球教室で結成される「鶴岡ドリームス」が全国大会に出場すると
ブログで書いたんですけど、その壮行式とプレスリリースが昨夜、斎コミセンで行われました。

全国大会出場登録選手は20名。
「特に今年は有望なピッチャーが多く、初出場でも全国の強豪に臆することなく戦えるだろう」
と監督からの決意表明もありました。

壇上で集合写真を撮ったあと、監督から選手一人ひとりの特長と性格などを紹介して頂きながら
一人づつ自分の言葉で抱負と目標を語ってもらいました。
息子の抱負は「全国大会ということでガチガチに緊張すると思いますけど、笑顔で頑張ります。」
案の定、そんなに気の利いたことは言いませんわね(笑

ただ、本人の言うとおり、写真でも実際のグラウンドでも、他の選手よりも笑ってることが
多いような気もします。
どんな場面でも笑顔でいられるということも長所のひとつではないのかなと、
親バカながら思うところはあるわけですけどね。

そして、全国大会の組み合わせも決まり、静岡県内9ヶ所同時に行われる一次リーグの会場は
沼津市営球場に決まりました。
山形県代表【鶴岡ドリームス】はAブロックに入り、

9月22日(土)第二試合12:00~静岡県代表【静岡KWB】と、
9月23日(日)第一試合9:00~長崎県代表【チーム未定】と戦います。

Aブロックには栃木県・兵庫県・長野県・静岡県・長崎県・山形県の代表6チームが入り
2試合をこなして①勝敗・②失点・③得点・④抽選の順でブロック1位を決定します。
全8ブロックの1位8チームが24日~25日に行われる決勝トーナメントに進出することができます。

ブロック通過には2戦全勝が絶対条件になるでしょう。
さらには失点数が得点数よりも上位基準になりますので、5-4で勝つよりは
1-0で勝つほうが同じ1点差勝利でも有利になってきます。
攻撃力よりも投手力・守備力重視の基準ですので、このあたりも望むところですかね。

我が家は、そのタイミングで帰省してくる娘と入れ違いになるため、カミさんは応援には行かず
自分ひとりでどうするかなぁと悩んでいたら、代表と監督は前夜に開催される開会式参加のため
選手団よりも一足先に静岡に入らなければならず、バス引率者はコーチ一人だけという話しを聞かされ
自分も選手団と一緒にバスで静岡入りすることにしました。

しかも、沼津での宿は選手団とは同一ホテルには泊まれず(泊まるつもりもないけど)
自分にとってはまさにラッキーな試合終了後からは一人自由行動という行程です。
沼津駅前のビジネスホテルを早速もう二泊連泊で予約しちゃいました。
一人ホテルは慣れたものだし、沼津の酒場もあちこち楽しんで来ようと思っています。

同期や先輩のいる横浜や厚木から近いのかと思いきや、これがまた普通に遠いんだもん(笑

まあ、応援に行く大人たちの事情はいいとして、選手団派遣には結構な経費がかかるんですよね。
全国各都道府県から集まる規模の大会のため、大会運営安全管理上(食中毒や自然災害等)、
安価なホテルやバス会社を利用する事ができず、すべて旅行代理店JTBを通じての行程となり
選手一人あたり相当な金額がかかるのが現状です。

所属中学野球部や出身スポ少にも寄付金のご協力をお願いしなければならず、
全国大会出場の嬉しさの半面、寄付金集めにも頭を抱えているところです。

一口2000円からで、個人でも企業でも受け付けております。

鶴岡の代表として、山形県の代表として「よし!頑張ってこいよ!」という皆様からの
寄付金のご協力を広くお願いしております!

出発当日までお店でも受け付けておりますので
ご支援とご協力を宜しくお願いいたします!!!

 








毎度ありがとうございます!

今年の鶴岡の夏は、暑さも厳しかったですけど豪雨にも怯えた夏になりました。
昨日も一日中強い雨が降りしきり、閉店後は駐車場まで歩くことをためらううほどの
閃光が街全体に光りまくっていました。

実は今まで50年生きてきた中で一番怖い思いをしたのは、自宅のすぐそばの家に
カミナリが落ちた日の夜です。

鶴岡に戻ってきて、まだ貸家で一人暮らしをしていた頃です。
あの夜も、バケツをひっくり返したようなドシャ降りが続き、ゴロゴロと遠くから
カミナリの音が聞こえ始めた深夜1時のことでした。

ピカッなんて優しい光り方ではなく、ガーン!と何かが弾けるような不気味な音が近づいてきて、
早々と部屋の電気を消してベットに潜り込んだ次の瞬間でした。

ドガガガーン!!!

部屋を真っ暗にして寝ていた瞼の裏に、フラッシュを浴びたような真っ白な閃光が走り、
もの凄い爆音とともにまるで爆弾でも落ちたような衝撃が身体を直撃し、
 一瞬で自分にカミナリが落ちたと思うほどの衝撃を受けたんですよ。

本当に死んだと思いましたもんね、あの時は。

真っ暗なはずの部屋の中で、全開で目を開けても辺りは真っ白く光る残光で何も見えず、
15分くらいはベットに潜り込んで「見えろ!見えろ!」と瞼をマッサージしていました。

ようやくぼんやりと辺りが見えるようになって、まずは天井に穴が開いていないか、
家電製品は生きているのかを確認しようとスイッチを押しても停電のため電気は点かず、
すべては暗闇の中で手探りで起き上がるのがやっとでした。

懐中電灯を引っ張り出して、まずは天井を確認し、穴が開いていないことを確認したあと
外に出て近所を照らして見たんですけど、どこも停電で街灯も消えて真っ暗な家並みが
照らし出されただけでした。

ウチに落ちたんじゃないのか・・・

そう安堵したことを、今でもはっきり覚えています。
1時間ほどで停電は復旧したでしょうか。

翌朝、傘を差して散歩しながら見回っていると、直線距離で数十m離れた家に落雷したんだと
近所のおばちゃんが教えてくれました。

あの夜以来、カミナリが本当に苦手になりました。
遠くで光っていても、どんどん自分の方に迫ってくるようでダメなんですよね。
あの爆弾が直撃したような衝撃と一瞬の閃光が蘇ってきて、今でも身震いしてしまいます。

外の雨は止んでませんけど、カミナリは落ち着いたようです。
今のうちに風呂に入って、速攻で寝ます。

今日はここまで。
おやすみなさい。


毎度ありがとうございます!

昨日は、中学時代の一瞬しか接点がないのにもかかわらず大人になった今でも気さくに
仲良く付き合ってもらっている同級生たちの話しを書きました。

逆に、高校時代の苦楽を共にし同じ釜の飯を食った仲間でも、
今では全く付き合いもなく、おそらく今後も付き合うことはない同級生もいます。

嘘、虚勢、先輩への媚売りと同期への見下し・・・
何が原因とは一言では表現できません。

先日、高校を卒業以来35年ぶりにお世話になった先輩から連絡があったんですけど、
ひとしきり思い出話をしたあとに「で、アイツとは何があったのよ。」と聞かれ、
子供が親に告げ口するかのように「あの時あーだった、この時こー言った。」だのと
昔の出来事をいちいち説明している自分に、もの凄い嫌悪感を覚えたんですよね。

生意気だと思うなら、どうぞそう思ってもらって結構なんですけど、
「先輩、なにかアイツに頼まれたんですか?いまさらそこイジってどうするんですか?」
と反論せずにはいられませんでした。

あのね、自分ももう51ですよ。
結婚し家庭を持って社会人になった娘もいて、地元に戻ってきて商売をやりながら、
OB会の事務局も積極的に頑張ってきて、日々の生活にもこれからの日常にも、
アイツとの接点がなくてもなんの弊害もないわけですよ。

いつまでも学生じゃないんでね。
仲直りしなきゃな、なーんて1ミリも思いませんし、その必要性もまったく感じません。

50年以上も生きてきた中で、誰にだってウマが合わないとか、どうも波長が合わないとか、
仲良くなれないヤツの一人や二人いたって普通のことだと思うんですけどね。

中学時代の同級生にも付き合いをやめた仲間がいて、そいつとは20年ぶりのクラス会がきっかけで
また連絡を取り合うようになったケースもあります。

やっぱり、裏切りや嘘や仲間を見下すようなやつとは自分は付き合いませんし、
付き合いをやめることに、なんら迷いや戸惑いも躊躇もありません。

仲間に対する想いが特に強いのは自分でも自覚してるんですけどね。
そういえば、高校を卒業して函館にいた頃、鶴岡に帰省した際に仲間が居酒屋で他の客に
ボコられたことを聞かされ、その直後に偶然にもその相手と会う場面があって
取っ組み合いの大ゲンカをしたことがあります。

仲間を見下されてムカついたし、必要以上に手を出されたことが何より許せなかった。
いわゆる「敵討ち」ですよ、気持ちの上では。
まだ若かったですけどね、自分も。

だからこそ、逆に仲間からの裏切りや嘘には過剰に反応してしまいます。

言葉ひとつ、態度ひとつで疎遠になってしまうことはないにしても、
そういう細かいことの積み重ねというか、蓄積された不信感が爆発すれば、
付き合いをやめるという決断を躊躇なく選択するでしょう。

もっと表面上だけでも上手く立ち振る舞って「そうですよねー。」なんて軽く流せれば
もっと楽なんでしょうけど、あいにく不器用なもんでして・・・

そうやってもう50年生きてきましたから。

今朝は、仲良く出来ない同級生の話でした。
いいことばかり楽しいことばかりではないけど、
それもまた生きている証しか。

それでも仲間に恵まれている自分の日常に感謝しながら、
今日も頑張ります。





毎度ありがとうございます!

先日の夜、いつもの一中時代の同級生たちが遊びに来てくれました。
カジボ・ユージ・アキラ・ヒロム、みな楽しそうな顔してダラダラ楽しんでってくれました。
いつでも中学時代に戻るんでしょうね。

小学校で同じクラスだったカジボに、中学で同じクラスになったアキラに、
野球部で一緒だったユージに、保育園の頃から仲良かったヒロム・・・

中学1年までは、みんなと同じ鶴岡一中に通っていたんですけどね。
中2から新設された鶴岡四中に学区編成になり、そこで付き合いは終るものだと思っていました。

高校時代から実家を出て野球部寮に入り、北海道の大学に進学して卒業後は東京の企業に就職して、
あの頃は、まさかこうして鶴岡で商売をするとは夢にも思っていませんでしたし、
自分自身が鶴岡に戻ってくるつもりもありませんでした。

函館・青森・仙台・千葉・東京・大阪・京都と短期や長期も含めて全国各地で生活してきましたけど、
どの土地で生活してもアウェー感というものを感じながら生活していました。

慣れ親しんだ土地ではない、気心知れた友人がいない、というのもそうなんですけど、
その土地で骨を埋める覚悟というか、根っこを張るつもりがないというか、
なんとなくフワフワ生きていた気がします。

それでも新しい物好きでミーハーな性格の20代の自分は、新しい土地での生活も
それなりに楽しんでいたのもまた事実ではあるわけですけどね。

生まれ育った鶴岡に戻ってきて、こうして僅かな繋がりだった同級生たちが大人になっても
気軽に顔を出してくれて、普段は口では絶対に言いませんけど本当に「ありがたい」ですよね。

そう考えれば、いつものコンビのマツウラやイタガキやヨウイチも鶴岡一中出身だし。

みんなにしてみれば「同級生のノリがお店をやってるから。」という感覚なんでしょうけど、
いつも自分はお店のカウンターの中にいますんで、嬉しい反面、羨ましい気持ちもあります。

同級生がお店をやっていて、気軽に仲間と集まれて「ウィっす。」とお店に入ってこれる
安心感というか、お気軽感というかね。

オレにもそういうお店が欲しい!(笑

そうやって気軽に遊びに来てくれた同級生たちの楽しそうなオヤジ顔と、
どうでもいいくだらない会話に聞き耳を立てながらカウンターの中でニヤけてる自分がいます。

いつか、やんちゃに来てくれる同級生たちと「大人の修学旅行」に行きたいですね。

ゴルフをやっていた頃は、毎年正月の仙台松島遠征が楽しみで楽しみで、
そのために年末の大忙しの営業を頑張っていたといっても過言ではありません。
ゴルフ以外の出来事は、ここでは書けない内容ばかりですけど、それはそれで楽しいんですよね。

40年近くの時を越えて、あの頃のように同級生たちと繋がる時間がなんとも心地いいです。
なぜかしら、4中時代の同級生のほうが、今となっては気軽には顔出さないというね(笑

そんな毎日を楽しみながら、今日も一日頑張ります!
お気軽にお立ち寄りくださいませ。




 








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