やきとん専門店「やき処やんちゃ」店主ブログ
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毎度ありがとうございます!

今年も残すところ1ヵ月を切って、なんとなく慌しい日々がまたやってきました。
今月の日曜日は、すべて予定で埋まっています。

今週は、中学校の同窓会の打ち合わせ。
来週は、高校野球部OB会の打ち合わせ。
再来週は、スタッフとお店の大掃除と忘年会。
30日は、家族総出で家の大掃除と年賀状作成。

全然休日じゃないじゃん!
とはいうものの、息子のスポ少から中学までの6年間、ほぼ毎週のように野球野球野球の週末を
過ごしてきて、そんな土日に慣れていたせいか「なんかヒマだなぁ。」と感じてしまう週末です。

これがいわゆる「部活ロス」ってやつでしょうか。

唯一予定のなかった先週の日曜日は、あまりにも天気が良くて、買い物のついでにカミさんと
愛犬カールを助手席に乗せて、海までドライブに行ってきました。
ちょうどいい荒波も立っていて、無意識に「あ~、釣りしてぇ~。」と呟いちゃいましたもんね。

ん、釣り?

5年前にゴルフを完全に辞めてから、毎年恒例だった「やんちゃ杯ゴルフコンペ」も中止してしまい、
なんかお客様との交流イベントみたいなものをやりたいなーとは思っていたんですけどね。

「釣り大会」、いいんじゃない?

自分が子供のころは、町内会で釣り大会が行われていて、よく親父と一緒に参加していました。
近所の「だんごや」さんが会場となり、あたり一面に新聞紙が敷かれてそれぞれがクーラーから
魚を取り出すたびに「おー!いい形だ。」などと声が上がり、大物賞や枚数賞や子供賞なんかも
あったりして、必ずなんかかしらの商品や参加賞をもらってくるのが楽しみだったものです。

確かルールは、鼠ヶ関から湯の浜海岸までのエリアで釣ること、ボートや船釣りは禁止で、
フグはカウントしない、スタートは早朝5時で終了が午後1時だったような気がします。

午後3時には、会場に続々とみなさん集まってきて「どっから竿出した?」だの、
「えさは何を使った?」だの大いに盛り上がっていたのを思い出します。

おふくろの握ったおにぎりを片手に、無我夢中で釣りを楽しんでいたものです。

スタートの早い時間は、小学生の自分の安全確保のために、今はもうない「雷屋」下の防波堤で
釣り始めるんですけど、アタリがこないとオヤジもだんだんムキになってきて、
「場所、移るぞ。」と小波渡の磯場に移動して、波が被るような先端に腰を下ろすものでした。

翌年からは、真っ直ぐ磯場へ直行(笑

ゴルフコンペをやっていた時にも、参加費2000円を頂戴して全員に参加賞と景品が
あたるように準備していましたし、箱やケースでもらえる商品が大好評だったようで、
参加してくれたみなさんやご家族には毎年喜んでもらっていました。

ゴルフのように練習やキャリアは一切関係ありませんから、休日にのんびり釣りを楽しんで、
夜は大反省会で盛り上がるのもいいんじゃないかと思ったんですよね。

ただ一点ネックなのは、自分は魚をさばけませんので、釣った魚を刺身やなんかでその場で
酒の肴にはできないところですかね。

どうなんだろ、別にその場で食わなくてもいいのかな。

昔は、その場では食べませんでしたね。
良型の黒鯛なんかを釣ってきた人は、魚拓を取ってたりして、その場で釣ってきた魚を
調理して食った記憶はないんだよなぁ。

そうなったら、出張で同級生のハタケを呼んで調理してもらえば済む話しか(笑

来年の秋、釣り大会をマジで企画します。
お店に入れる人数で締め切りますんで、限定20人ですかね。

優勝トロフィーはゴルフコンペのプレートを作り直せばOK!!
なんだか、テンション上がってきましたよ!
まだまだ来年の話ですけど(笑

ゴルフはやらないけど、釣りなら遊びでもできますからね。

要は、みんなで集まって夜に飲めれば楽しいじゃん、ということですよ。
ちなみに、今から参加の予約は受け付けません。
まだ全然早いので(笑

決まり次第、告知します。

よーし、今日も頑張れそうです。











毎度ありがとうございます!

昨日、何気に掃除をしていて、掃除機を片付けようと物置の扉を開けようとしたら
観音開きの取っ手がガタついて、なんだかパカパカ浮いてるんですよ。

裏側から見てみると、上下についている取っ手のビスを止めているナットが外れていたんです。

おそらく、外れてしまってどこかに転がっていったんだと思います。
本当に小さな小さなナット1個でしたから。

歩いていける距離にある中学の同級生オノがやっているネジ会社に行って「これと同じのってある?」
と打診すると、ノギスやら何やらで測ってもらうと「3mmでは合わないな。」と言われ、
しかも「今うちに3.5がないんだよ、ごめん。」と残念ながら調達できなかったんですね。

工業系の苦手な自分は何が3mmなのかも分かっていないまま「へぇ」なんて相槌は打つものの、
今度は小学校の同級生ヤマがやっているプロショップに行ってみることにしたんです。

ホームセンターの地域密着型店舗というか朝7時から営業していますので、現場に向かう前の
職人さんやら作業着をきた人たちが多数いて、店内は結構な忙しさだったんですよ。

商業系の自分にとって、完全にアウェーの雰囲気で気後れしていました。
とりあえず小さなナットを落とさないように握り締めて、ビスのコーナーに向かうものの
棚を見てもなんのこっちゃさっぱり分からず、店内で同級生のヤマを探したらレジにいました。

そういえば、以前に洗面台下のパイプからの水漏れ修理をお願いして、代金3000円を
支払わなければならなかったのを思い出して、まずは清算に来た雰囲気でレジで話しかけます。

無事に支払いが終わり、いかにもついでにという感じで「あっ、そういえばビス探してたんだよな。」
と小さなネジを見せると「おー、結構小さいナットだな。ウチにあるかな~。」と言われ、
ここで初めて自分が探しているものがビスではなくてナットだということに気づきます(笑
そのくらい工業系オンチなんですよ。

となりにいた従業員のおばちゃんに「これと同じのあるか見てきてあげて。」と言うと
おばちゃんが小さなナットを握り締めて売り場に消えていきました。

結構なお客様で店内は忙しいのに、もの凄い申し訳ない気持ちで待っていたんですけど
なかなか見つからないのか、途中何度もおばちゃんが困った顔して右往左往していました。

「あのー、無いようなら新しい取っ手に付け替えますんで、そんなに大丈夫ですよ。」と言うと
「もうちょっと時間ありますか?」と聞かれ「たぶんこれで大丈夫だと思うんですけど・・・」と、
ようやく1個のナットを持ってきてくれたんですね。

微妙に形状は違ってはいたんですけど、扉の裏側で普段は全く見えない場所のナットですから
実際に付いてしまえば何の支障もありません。

それでも「合わなかったら、また探しますので持ってきてください。」と笑顔で言われ、
レジで会計をお願いすると「うーん、どうしようかな。じゃぁ、5円で。」と
本当は金額がつかないんだけれどもタダではマズイんで仕方なく値段をつけたというのが
ヒシヒシと伝わってきて、ますます申し訳ない気持ちになりました。

10分以上も探してもらって5円じゃ、本当に申し訳ない気持ちで一杯だったんですけど、
ありがたく5円で購入させて頂いて、早速自宅に戻って取り付けました。

バッチリ、取っ手が固定されましたよ!

取っ手がパカパカしてるという小さなことが気になって、小さなナット1個を探しに行って
たくさんの時間をかけて探してもらった上にわずか5円で購入できて、無事に修理できて
金額以上の大きな大きな満足感と達成感を味わうことができました。

生まれ育った鶴岡で暮らし、知人友人の温情というか温かさがしみた昨日の出来事でした。
やっぱり鶴岡はいいところです。

大変お世話になり、ありがとうございました!



 



毎度ありがとうございます!

先週の金曜日、鶴商時代の先輩シンジさんが東京から遊びに来てくれました。
シンジさんは単なる先輩だけではなくて、鶴商野球部登高寮201号室の同部屋でして
我われで言うところの自分は「部屋子」にあたります。

まさに毎日の寝食を共にした関係でもあります。

ストイックで本当に厳しい先輩でした。
夕食後、毎日のように室内練習場でティーを何箱も打っていたんですけど、
球上げしている自分に「今、ここを意識しているから、お前も見ててくれ。」などと
1年生のゴミのような自分にもグリップの位置だったり左肩の開きだったりと、
気にしているポイントをチェックさせるものでした。

性格のひん曲がったほかの先輩には死ぬほどぶっ飛ばされましたけど、
シンジさんは自分に一度も手を上げたことはありませんでした。
むしろ、他の先輩にボコボコにやられていると「もう、そのへんでいいんじゃない?」などと、
助け舟を出してくれて救っていただいた日のことを忘れることはありません。

上手い人ほど後輩には手を出さないもんなんだな、とひとつの法則みたいなものを
自分の中で見つけた瞬間でもあります。
先輩も自分たちの代でもそうですけど、野球が下手なヤツほど後輩に手を出すものでした。
情けない話し、それはもちろん自分を含めてですけど。

卒業式のあと、野球部の3年生だけはなぜかみんな学ランからビシッとスーツに着替えて
街に繰り出すのが恒例行事になっていて、その姿がやけに眩しくカッコよく見えたものです。

卒業以来、何度かお会いする機会はありましたけど、こうして一緒に酒を飲むのは初めてでした。
もちろん、現役時代のようなピリピリとした雰囲気はそこにはもうなくて、気さくに楽しく
そして懐かしく、あの地獄の登高寮でクソまずいメシを食って戦ってきた仲間意識のほうが
この歳にもなれば大きいのかもしれませんね。

野球部時代を最後まで寮で過ごしたのは、自分たちが最後の世代です。
あの地獄の日々に戻りたいとは思わないけど、もう一度みんなで1ヶ月くらいなら
生活したい気もします(笑

結局2時くらいまでは飲んでいましたけど、一番酔っていたのはマナブさんでした。
地元にいる同期はほとんどいませんから、たまにこうやって昔を懐かしんで酒を飲むのが
いつも以上に楽しかったようで、いつもよりもハイピッチで日本酒を飲んで同級生の女子に
下ネタでドン引きされいても、責めるわけにもいきませんわね(笑

そんなマナブさんの姿も嬉しかったです。
いつもは、こんな生意気な後輩を相手に「うんうん」聞きながら酒を飲んでるわけですから、
マナブさんにとっても本当に楽しい夜だったんでしょう。
「シンジ、ちょいちょい鶴岡に来れるだろ?また鶴岡に顔出してくれよ。」と何十回も繰り返していました。

くだらない下ネタ連発に同じ話しを何度も何度もするマナブさんに、
「おい!オヤジ。酔っ払いすぎだぞ!!」と、どっちが先輩か分からないトーンで
ツッコミを入れるワタルも、翌日電話がきてまったく記憶がないそうです(笑

奇しくも201号室のシンジさんと自分、205号室のマナブさんとワタル。
さっきの話じゃないけれど、もう一度だけ戻るなら部屋だけはチェンジしてください!(笑

そのくらい205号室は、後輩たちが羨むほどの「楽部屋」だったんですよ。
一緒になってラーメン食ってたり、先輩にタメ口こいても怒られなかったりして。

それに対して、我らが201号室は他の部屋が4人部屋なのに対して、下級生は自分のみ。
さらにシンジさんとスズキさんの持つ雰囲気から、さながら危ない人たちの「組」というか、
毎日が殺伐としていて、おそらく同期のだれにお願いしても代わってはくれないでしょうね。

自分にとっては、それが良かったんでしょうか。

そういえば、自分は現役時代に安岡力也のホタテマンに似ているという理由で
「ホタテ」というあだ名をつけられていたんですけど、シンジさんは自分を「ノリ」と
呼んでくれていたことにも、なんというか嬉しかったというか気恥ずかしかったというか、
不思議な感覚でもありました。

自分自身、当時の先輩や同期に「ホタテ」と呼ばれるのは何とも思わないんですけど、
もうお互いに大人ですから気を使ってくれたんでしょうかね。

確かに自分の後輩たちにも「オヤジ」「ボケ」「ネコ」「ダルマ」「不気味くん」だの、
当時からヒドイあだ名で呼んでいた後輩もたくさんいますけど、卒業してからは自分も自然に
苗字や名前で呼ぶようになりました。

ただ「クサコン」のことだけはどうしても「ジュン」とは呼べないんですよね(笑
一番訂正してあげたいあだ名なのに、本当に申し訳ないです。

来月の50周年で会ったときに、「ジュン!」って呼んでみようかな。
あいつ、絶対に気がつかなくてシカトしそうだけど。

自分はなんと呼ばれても全然平気です。
気を使わずに会話が出来るならば、それでいいです。

さーて、煮込みもいい感じに仕上がってきました。
今週も精一杯頑張りましょうか。
 
 











毎度ありがとうございます!

昨夜は雨の鶴岡、なるほどヒマなわけです。
そんなヒマな木曜日、トモカズが彼女を連れて顔を出してくれました。

見た目は完全にアウトですけど、性格と礼儀はちゃんとしています。
そこは野球人の成せる業なのか、アウトレイジに出てくるような顔ですけど、
見た目に反してちゃんとしています(笑

そして、その彼女も初めて紹介されましたけど、めちゃくちゃ可愛い子でした。
山形市出身だそうで、豚肉がスタンダードな庄内の食文化を話すと意外にも食い付いてくれて
山形で食す牛肉と豚肉の違いで、カウンター越しのトークも盛り上がりました。

やきとんと塩ホルモンも、美味しいと喜んでもらえたようで良かったです。

閉店後にスタッフのユウヒのマブダチ「ヒカル」の誕生日をお祝いするために、
いつもの福鮨に顔を出したら、やきとり米吉のマスター「ホシノくん」とまたまた遭遇。

ホシノくんは若くして、親和会の常任理事さまでもあられるわけですよ。

先日のブログで書いたように「寒河江やきとり」の勢いと発信力の高さに、
我われ庄内ミート親和会は今後どうしていくのかを、熱く語らずにはいられませんでした。

やはり役員会の中でも、重鎮と呼ばれる古参会員の腰は重たいようで、
何かを提案するにしても、なかなか腰は重いんだそうです。

どっかの組織と同じですよね、残念ながら。

トモカズの彼女が内陸出身であるにもかかわらず、庄内の「やきとり」やホルモンを
「美味しい、美味しい!」と喜んでくれていたその笑顔に、まだまだ我われの業界の
これからの発展と可能性は十分手応えを感じましたけどね。

他所からきて初めて良さに気づくこともありますし、気づかされることもあります。

もっともっとアンテナを張って、情報や反応に過敏になりながら、より良い未来を
みんなの手で作っていければなぁ、と思う気持ちに変わりはありません。

しかし、食べ終わって綺麗に器を重ねて片付けやすくして帰るところは、本当に感心させられます。
テーブル以外の食事ならば、正座してご飯を食べるほうがラクだという男ですからね。
本当に、人は見かけによりません。

同じお客様ではあるけれど、「おいっ!」と注文が横柄な方もいますし、
「オレは客だぞ!」という方も実際におります。

同じお客様ならば、トモカズのようなお客様に「おまけ」したいと思うのは当たり前でしょう。
わずか一品ではあるけれど「これ、食べなよ。」とおまけするくらいの気持ちの差は出ますよね。
それは、差別じゃなくて、あくまでも自分の心粋だもん。
単なる「おまけ」ですけどね、おまけ。

遠い昔、ワタルに頼まれて1年間だけ在籍していた軟式チームの現監督を務めていて、
来年こそ今年実現しなかったOB戦を企画しているそうです。
自分も声がかかれば審判をしに行くつもりです。

息子が高校を卒業して「もしもどこかで軟式をやりたくなったらウチのチームで獲りにいきます!」
と笑いながら話していました。

そんな日が来るといいですけどね。
でもその前に、まずはグリーン戦士として死に物狂いで頑張らなければ、ですよ。

ヒマでしたけど、心が温かくなった、そんな夜でした。

11月も今日で終わりです。
そして、おかげさまで今日は予約で満席です。

終わりよければすべてよし。
今月もありがとうございました 。









 
毎度ありがとうございます!

昨日の山形新聞に気になる記事が載っていました。

「やきとり課」頑張ります、の見出しも大きく、寒河江市職員有志らが「寒河江やきとり課」を
立ち上げ、
地元焼き鳥店でつくる「寒河江やきとり会」とも交流を深めながら、プロモーションの方法や
新メニュー開発などのアイデア創出につなげていく考え、だそうです。

26日には主要メンバーと寒河江やきとり会の店主らが「やきとり7大都市」の埼玉県東松山市
などを訪れ、現地関係者と情報交換会などを通じ、新メニューのヒントや行政支援の在り方について
多くを学んだ、と。

以前にもブログで書きましたが、ちょうど3年前の2015年11月に自分が言いだしっぺとなって、
庄内一円45店舗のやきとり店が名を連ねる庄内ミート親和会加盟の焼き鳥店の店主数名と
庄内ミート社長・常務らと一緒に東松山を視察したことがあります。

当時から自分自身の中に、庄内一円のやきとり店の発展と新メニュー開発、
町おこし的な庄内のやきとり文化の発信とPRプロモーション活動という発想は、
随分と昔から持っていましたし、実際にプレゼンテーションを行ったこともあります。

しかしながら、実際には自分一人の熱意では出来ることは限られていて、「ふーん」と
話しは聞いてはくれるものの、大きなうねりを生むことはできませんでした。

45店舗も加盟するやきとり店の団体があるにもかかわらず、横並びでの交流はなく、
もちろんみんなで新しく何かに取り組もうなどという発想も思考もなく、閉鎖的で保守的な
店主たちが加盟している単なる一団体にしかすぎません。

東北でもトップクラスの規模で稼動している庄内食肉公社のお膝元で、全国のどの地域よりも
新鮮でフレッシュな豚の内臓が流通していることも、大きなアドバンテージになっているはずなのに
自分のお店のことだけ、面倒くさいのはゴメンだわ、という土地柄でもあります。

やきとんを「やきとり」と呼ぶ食文化を持つのは、なにも寒河江市だけに限った話しではなく、
むしろ北海道を含めた東北地方では、それが当たり前の土地も全国には多数あるわけです。
もちろん、ここ鶴岡・庄内も含めて。

東松山出張から丸三年が経ち、寒河江市が「やきとり」を大きく全国に発信していこうという動きは
正直とても羨ましくもあり、逆にその何十倍も、もの凄く悔しい思いで新聞記事を読んでいました。

山形で「やきとり」といえば寒河江市、そんなイメージが定着するのも時間の問題でしょう。

山形市の食肉公社でさばく一日の豚は牛よりも少ない約200頭。
それに対して、庄内の食肉公社は一日1000~最大1200頭。

近県は秋田県や岩手県からも高品質で飼育された豚が各養豚場から持ち込まれ、
精肉・枝肉とに分類されて全国各地に流通されています。

本当に恵まれた環境の中で、我われは「やきとり」を食べているということなんですよね。
でも、だれもその利点というかメリットに気づいていないし、だれも教えてもくれないわけです。

海のない地域の方々に、庄内は日本海があるから魚は旨いよ、とは誰もが言うでしょう。
大山には昔からの酒蔵が多数あって、旨い日本酒がたくさんあるんだよ、と言うでしょう。

全国どこでも食えるラーメンが、今や山形のラーメンだけにとどまらず、庄内のラーメンの
クオリティの高さは、もはや説明する必要もないくらいに全国でも有名になっているのは、
ラーメンEXPOやご当地ラーメン祭りに代表されるような、イベント企画力と各店主の意気込みが
結集した行動力が成した功績だと自分は思っています。

庄内空港はいま「おいしい庄内空港」と呼称されています。

「おいしい庄内」という言葉に、庄内のお米、庄内の魚介類、庄内の日本酒、そしてラーメン、
他にもだだちゃ豆や柿・メロンなどの果物まで連想できても、やきとりをイメージする人は皆無でしょう。

2月の大山新酒まつりは寒いので「煮込みEXPO」をとなりの駐車場で開催してみたり、
天神祭りや寒だら祭りに親和会みんなで半被でも着て1ブースやきとり出店してみるとか、
イベント用に豪快に食べるスペアリブの商品化をみんなで考えてみるだとか・・・

実行できるかどうかは別問題として、アイデアは無限に出てきますけどね。

昨日の新聞を見ながら、何年も前からイメージしていたことが他の地域で動き始め、おそらく
これからどんどん「寒河江やきとり」という言葉をメディアや口コミで聞かされるであろう
今後の山形県のやきとり業界の未来に、悔しさとため息とを隠さずにはいられませんでした。

なにかやりましょうよ!
鶴岡のやきとり店の店主のみなさん!

自信を持って、誇りを持って。

なーんて、今さら遅いか。
なんとも悲しいかぎりですなぁ。。。




 
毎度ありがとうございます!

日に日に寒さが増してきて、いつ雪が降ってもおかしくない日々が続いています。
先日の日曜日も、おばあちゃんの車も含めて3台分のタイヤ交換をやりました。

いい機会なんで、息子にもタイヤ交換を手伝わせながら手順を教えたら、
「次、オレやりたい。」なんて言うんで、途中からやらせてみたんですよね。

さすがに男子というか、最初の2本とカミさんの車とおばあちゃんの車2台分を
すべて息子が交換してくれました。

こんなにも軍手が綺麗なまま、タイヤ交換が終わったのは初めてのことです(笑

少しづつですけど、こうやって男の仕事を覚えてくれて「オレがやるよ。」なんて言ってくれると
やっぱり嬉しいもんですよね、父親としては。

自分もタイヤ交換はさすがに免許を取るまでやったことはなかったですけど、
家の仕事の手伝いは、随分とやらされていました。

ウチは家畜商で小屋に牛がいましたから、牛へのエサやりや、フンの回収や、藁敷きとか、
お手伝いというレベルを遥かに超越した過酷な作業を、中学生時代に手伝わされたものです。

臭い汚いなんて言ってられないんですよ。
ていうか、臭い汚いと口にしたことは一度もなかったですけどね。
それが我が家の仕事だと思っていたし、それが親父の仕事だと思ってましたから。

そのせいか、大学生になって車を自由に乗れるようになってからは、親父に何かと用事を
頼まれることが多くなって、二人で一緒に車で出掛けるシーンが多かったんですよね。

〇〇を買ってきてくれ、じゃなくて「〇〇を買いに行くから乗せていけ。」と頼むんですよ。

交差点に差し掛かると聞いてもないのに「左オーライ。」なんて教えてくれたりして、
親父なりに自分の運転を気にかけてくれていたんだと思います。

口うるさいおふくろとは違って、一度も「勉強しろ。」と言われたことはありません。
小学生から大学生まで、ただの一度も言われませんでした。

そのおかげで、恐ろしいくらいに勉強は出来ませんでしたけど、ここまで生きてきて
困ったことも一度もありませんでした。

特別に何かを親父に教わった記憶もないんですけど、人望があって、たくさんの人に頼られ、
嫌な顔もせずいろんな役を引き受けてリーダーシップを発揮してきた親父の背中だけは
子供のころから見てきたつもりです。

今、この歳になって、自分自身の置かれている環境や状況を見てみると、自分も誰かの後ろに
ついて行くよりも、自分が先頭になって歩いていくタイプの人間だろうと思っています。

それが成功するか否か、良いか悪いかは別問題としてですよ。
あくまでもタイプとして自己分析したら、の話しです。

そういう意味では、息子はどうなんでしょうかね。
先頭に立ってみんなを引っ張っていったり、何かを創造したり、自分自身の人生を
自分の手で切り開いていく強さや逞しさを持っているんでしょうか。

人数の少ないスポ少や部活で、たかだかキャプテンをやった程度のリーダーシップではなく、
何かを成し遂げるような意志の強さと実行力、行動力のことです。

もちろん、息子は自分とは別人格を持って生きているわけですから、
自分と同じ性格であるはずがないんですけどね。

「タイヤ交換っておもしれー!」と全部やってくれた頼もしい息子の背中に、
どんな大人になり、これからどんな将来が待っているのかを想像して眺めていました。

人に好かれ、人が集まる、そんな大人になってくれたらなぁ、などと勝手に思ってたりして。
 
勉強ができなくていいというわけではなくて、できなくても他のことでリカバリーできるというか、
人生には、人の生き方にはバランスというものがある、ということなんですよね。
 
試験で決まる公務員にはなれないでしょうけど、公務員が幸せとは限りませんしね。
勉強ができても、挨拶ができなかったり感謝の気持ちが持てないヤツは終わってるでしょう。

学生として、ならば勉強が出来るに越したことはないけれど、
人として、ならば勉強よりも大切なことがたくさんあります。

要は、それに気づくか、そこを理解できているか、だと思うんですよね。
そこに気づかなければ、ただのバカで終わりです。
 
勉強は出来なくても、本だけは読んで欲しいと思っています。
それはマンガから入ってもいいんです。

本から得る知識は、学校の授業では教えてくれない豊富な情報と見識を与えてくれるものだからです。

明日から学力テストだそうです。
自分は親父みたいに寡黙ではないので「お前、明日大丈夫なのか?」と聞いてしまいます(笑
あの成績で「大丈夫。」と言われても困るんですけど、今さら期待もしていません。

人間、誰しも得意不得意がありますからね。

「今日は徹夜で勉強する!」などとほざいている息子の戯言を「へー」と聞き流し、
これから風呂に入って、先日録画した「細かすぎて伝わらないものまね」を観てから寝ます。

それではみなさま、おやすみなさい。
 


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