『笑顔の中に美味さあり。』

やきとん専門店「やき処やんちゃ」店主ブログ

激務の中で
毎度ありがとうございます!

今日で7月も終わりか・・・
そんな想いに浸る暇もないくらい、慌しい毎日になっております。
 
母校、鶴岡東が4年ぶり4回目の甲子園出場を決め、街のあちらこちらで「祝甲子園出場」の
垂れ幕やポスターを見かけるようになり、街を挙げての甲子園出場に対する期待感というものを
ひしひしと実感している日々なんですよね。

4年前も、きっと同じようにポスターや垂れ幕で甲子園出場を街の方々から
祝福して頂いていたんでしょうけど、30年ぶりの甲子園出場に全く回りを見渡す
余裕もなく、あの時は甲子園出場と田中先生の悲報を受け、ただただ駆けずり
回っていた記憶があります。

そういう意味では、今回は決勝戦同様、少し余裕を持って準備できていますし、
前回は見えなかった街の景色や、協力してくださる市民の皆様の表情や
激励の声を感じることができている自分に、少し驚いています(笑

ま、未だに「外人部隊(県外生)ばっかりで、面白くない。」なんて声を聞きますけどね。
そういう人は、そう思っていればいいだけの話し。
あまりに発想が低俗すぎて、まともに話しをする気にもなりません。

中には、決勝で戦ったチームのOBから「鶴岡東を応援する気にならない。」なんて
声があることも知っています。

こういっちゃぁなんですがね、羽黒や酒田南が甲子園出場を決めたときでも、
自分の悔しい気持ちをグッとこらえても「頑張ってきてほしい!」と個人的に
寄付金を出したり、ブログでも 応援してきたつもりなんですけどね。
某軟式野球部が全国大会に出場した際にも、寄付金を出したり。

それが、正々堂々と戦って敗れた者の勝者へのリスペクトであり潔さだと思うし、
自分が住む地域の代表として送り出す側の感覚なんだと思ってましたからね。
ましてや、自分も元高校球児なわけですから。

確かにあと一歩のところで敗れたのは、本当に悔しいでしょう。
5年前、我々も同じように決勝で敗れ、悔し涙を流した。
スタンドで人目をはばからず、悔しくて号泣してヤツがいた。
テレビの前で、力尽きたエースの姿に、涙をこぼしたヤツもいた。

でも、だからこそ「自分達の分も甲子園で頑張ってほしい!」と素直に思えるわけですよ。

初回のダブルプレーのジャッジはミスジャッジだとか、頭おかしいんじゃないかと思いますよ。
近くで見ている審判が絶対なんだと、子供の頃に覚える最初のルールを知らないんですかね。
逆の立場でも「(塁に触れてないのに)流れでアウトだろ。」なんて言うんでしょうかね。

そういう低俗なことをいうところへの寄付や応援は、今後は考えていこうと思います。

野球留学生の問題についても、ここではとても語りつくせるものではありません。
ただひとつ個人的に言えることは、鶴岡にシニアがないということも、毎年甲子園を狙うことを
大前提としている強豪私立にとっては、大きな関連性があると思うわけです。

甲子園出場選手の出身地にばかり目がいきますけど、地元の選手でも中学時代に軟式しか
やってなかったのか、シニア・ボーイズで硬式経験者なのかということも重要になってきます。

県内出身者が多く、内陸でも人気のあの強豪校は、そのほとんどがシニア出身者でしょう。

もちろん、軟式経験者でも、その素質や高校入学後の本人の努力や適応力の高さから、
硬式に変わっても力を発揮できる選手がいることも知っています。

今回の鶴岡東のクリーンナップはみな県内の新庄出身者ですけど、彼らは中学の部活には属せず、
みなシニアで硬式をやってきた子たちなわけですよ。
レギュラーの中で、中学時代に軟式をやってきた子は、地元中学出身のわずか一人のみ。

鶴岡にもシニアが出来れば、県外のシニアやボーイズの経験者を受け入れなくとも
県内出身者だけで編成することも可能になってくるのかもしれませんよね。

素直に、母校の甲子園出場は嬉しいです。
でも、この先の鶴岡の子ども達の、高校野球・甲子園につながる硬式野球への
選択肢の少なさには正直に危機感を覚えます。

2013年に由利本庄にもシニアができ、酒田、新庄、そして村上、新発田にもシニアがあります。
その地域の、将来甲子園を目指したい、高校でレギュラーを獲得したい、と思う子どもたちには、
中学の部活動以外にも、そういう選択肢もあるということなんです。

甲子園出場校の県外生の割合だけで、外人部隊だの県外生ばっかりで面白くないなどと言うよりも、
まずはそういった地域の礎を作り上げることが急務なんだと思います。
あくまでも、個人的な考え方ですよ、あくまでも。

まずは甲子園に向けて、OBとして全力で協力していきます。

地域の代表として純粋に応援してくださる方、是非、応援のほど宜しくお願いいたします!

まずは夏一勝してもらいたいところですよね。





コメント

1. 無題

以前から「鶴岡東リトルシニアつくったらいいっちゃ!協力しますよ~」と、御上には言ってるんですけどね。(^O^)

2. 無題

かくいう私も甲子園出場校のメンバー表を見て地元の少なさに寂しい想いを抱いてしまうことがありました。
が・・・このブログを拝見させていただいて少しずつ意識が変わってきましたね(洗脳されてきたのかも(笑))
確かにシニアやボーイズが必要な時代になったのかもしれませんね。
野球離れが進んでいる実感がある昨今、地域で野球の全体レベルを押し上げないといけないんでしょうね!
鶴東がその先頭で甲子園で大活躍してくれることを切に望みます。ガンバてくださいね!!!

3. >すんじょーさん

鶴岡でシニア立ち上げの際には、
是非ともアドバイスお願い致します。

しかし、新庄シニア卒団生の活躍は、目を見張るものがあります。
シニアを立ち上げるだけではなく、各高校に進学した後に
こうして活躍してくれることこそが、意味ある事なんだと思うんです。

近いうちに、新庄で一杯やりましょう!!

4. >まさるさん

今から30年以上前から、自分たちは県外からの仲間達と
甲子園を目指して寮に入り、寝食を共にして戦ってきました。
その同期・先輩・後輩達のことを外人部隊だなんて思ったことなんて
一度だってなかったですもんね。
むしろ、甲子園を狙うには当たり前だと思ってましたから。
もしも、そういう野球留学生を良しとしないのであれば、
早急にシニアを立ち上げるべきでしょう。

鶴岡にシニア・ボーイズはいらない。
県外からの野球留学生がいるのも気に入らない。
中学で軟式しかやってこない地元の子達で甲子園に行ってほしい。
甲子園に出ても初戦敗退だけは勘弁してほしい。

こんな注文、どう考えたって、無茶でしょうが。

中学の部活動を否定しているんではないんです。
スポ少からの仲間達と、中学校の部活動でしか学べないこともあるでしょう。
共に励む仲間意識も必要なことかもしれせん。

ただ、もっと高いところを目指したい!
高校野球をしっかりと視野に入れて、硬球に順応しておきたい!
という子の選択肢がないというのが問題なんですよね。
それぞれが考え、必要に応じた環境を選択できるということが重要なんだと思います。

たとえば、学校の授業だけでは足りないからとか、
進学校受験に備えて中学1年のうちから準備しておくとか、
そういう理由で塾に通うことは決して否定されるものではないでしょう。

だめだ、止まらないや(笑
今度、一杯やりながら語りましょう!!

5. 「外国人部隊」という概念にひと言

お忙しい毎日のようですね
こちらも突然の市長選でバタバタ仕事をしています(´Д` )

「外国人部隊」
かー、まだそんな事を言う人がいるのかぁって感じです
子どもたちというより、大人でしょうね、
そんな事を言っているのは。。
某高校を卒業した20代前半の元球児と、先日、ご飯した時
「時代と共に、だんだん親がおかしくなってる」って言ってましたよ
子どもに呆れられてるんだから世話ないですわ(^^;;

こちらのブログの過去のコメントでも書かせて頂いた記憶があるんですけど

県内だろうが、県外だろうが
「3年間、この山形で野球頑張ろう」と決意し、やり抜いた子どもたちは
みんな「山形の子」と私は思っています
3年間、山形の空気吸って、水飲んで、お米食べて、
「ここから甲子園出るんだ」と誓って、必死に白球を追いかけている子どもたちは、我が子のように可愛くて仕方ありません

その子たちがココから巣立つ時、
「ああ、山形で野球やって良かったな」って心から思える環境を
周囲の人たちは作っていかなければいけないと思います

ホスピタリティ

なにも観光業界だけの話ではないと思います
人口減少社会、地方都市が消えると言われている昨今
どんな場面でも、おもてなしの心、居心地の良い雰囲気づくりが、とても大切な時代になってきたと思います

山形で育った元球児たちが、ココを懐かしむような
もっと言えば「あそこに帰りたいな」と思うような街にしていきたいじゃないですか

それは、行政や企業が取り組む課題などではなく、
そこに住む一人ひとりの成熟した考え、そして行動こそがなし得る街づくりだと思います

6. >酒田むすめさん

お忙しいようで何よりです。
元国会議員の方は出馬されるのでしょうか?(笑

自分達の頃は、野球部寮なるものが存在し、出身地に関係なく
全員がその寮で生活していた時代です。
彼らもみな、卒業と同時に鶴岡を離れたわけですけど、
鶴岡のことを「第二の故郷」だと、みな口を揃えて言います。

>3年間、この山形で野球頑張ろう」と決意し、やり抜いた子どもたちは みんな山形の子

そう、まさに同感です。
野球留学生を積極的に受け入れている学校がある街に住む者として
そこで頑張る子ども達は、もう地元の子という感覚ですもんね。
と、いうより「鶴東の子」「羽黒の子」「酒南の子」という感覚。

選手達には精一杯プレーしてきてもらいたいし、
彼ら自身も「山形県代表」という誇りを持ってますからね。
おらが街の代表として、雑音に臆することなく精一杯頑張ってきて欲しいと
切に願うばかりです。

それよりも、国立競技場の建設が“白紙”に戻りましたね~。
もう少し早ければ、文化会館建設へも影響があったかもしれないと思うと
今さらながら口惜しい気持ちになるのは自分だけでしょうか。

落ち着いたら一杯やりましょう。
お互いに激務が続きますが、体調など崩さぬようご自愛下さい。

7. 無題

八戸時代の光星や、北海道時代の駒大苫小牧など、必ずそんな話題がありますね。

県外や道外から留学して、その子達や地元の子達が輝けばそれで良いと俺は思います。
そしてこれは俺の個人的見解ですが、高校野球に対して、何もかも大人達が色々うるさ過ぎます(笑)

留学は野球だけじゃありませんから(笑)

8. >タムちゃん

野球をやるのは球児ですからね。
現行のルールに問題があるのなら
キチンと検討してダメなところは改善すればいい。

確かに回りの大人がうるさいですもんね(笑
明日の組合せ抽選会が楽しみです。

9. fight鶴東

はじめてのコメントになります。
自身も東(鶴商)obです。

43年生まれですから徳さんの1つ下の後輩になります。

申し訳ありませんが私は野球部出身ではありません。

当時の野球部のメンバーはクラスにも何人かいました。中には親元を離れて越境の人も何人かいましたね。
実力はあるのに志半ばで退部し学校を離れていったり、超封建的な縦社会の中で自身と葛藤し、もがき苦しんでいた部員がほとんどだったと思います。

時代は流れましたが野球が好きで甲子園に行きたいという思いは昔の生徒も今の子達も何ら変わりは無いと考えます。

私は越境してきた生徒がどんな思いで鶴岡の地に足を踏み入れたのかと思うと感慨深くなってしまいます。
自身の想い、親の想い、現実に対しての想い・・・
夢追い、色んな想いを背負っている生徒に自分は精一杯のエールを送りたい、素直に思っています。

全ての想いを甲子園にぶつけてください!

fight!
鶴東!

10. 無題

垂れ幕の下のひも押さえてる、割れてるブロック、もう少し縁起の良さそうなやつに替えるベーよ!!”

11. >半分泉町育ちさん

初コメントありがとうございます!
1コ下の鶴商で、半分泉町育ちという意味深なハンドルネーム・・・
気になりますね~(笑
今度カミさんに聞いてみます!

あの頃の鶴商は大変だったですからね。
15歳で親元を離れる決断をすることの、覚悟と意地と
挫折し辞めていく悲壮感とが日々入り交じり
44人が入部して最後は11人しか残りませんでしたからね。

時代は変われど、その覚悟や甲子園に行きたいという想いは
変わらないものだと思っております。

今回の甲子園出場で、途中で学校も辞めてしまった同期から
30年ぶりに「何か協力できないか?」と連絡がきてみたり
出場する選手のためだけの甲子園ではないことを実感しています。

どんな結果になろうとも精一杯悔いの残らないように戦ってもらいたいし
声が枯れるまで応援してきます。

応援宜しくお願いします!!

12. >ヒロシさん

お疲れさまでっス!

ヒロシさん、とうとうここにまでコメントするようになったんスか!
ちゃんと仕事してくださいよ(笑

ブロック買う金ないんで、今度送って下さい!!
したっ!!

13. 同期へ

カツオです 初コメントになります
高校野球夏の山形大会が終わってからは いろいろと忙しい中ありがとうございました やんちゃのブログでいろいろとあったようなのですが このブログが無ければ連絡を取ることもなかっただろうし 寄付金を送ることも無かったのではとおもいます 何かを褒められたり 何かがクレームになったりは それだけ有名になった事ではないのでしょうか 勝手な話ばかりしてごめんなさい 今までのように熱い石川徳和でいてほしい またその記事を読ませてもらい 涙をしたり 笑えたり 少しの間であったのだけれど鶴岡の地で同じ目標に向かっていたときを思いだし頑張れる気がします コメント欄にはなくても構いません
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