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毎度ありがとうございます!
今朝は5時起きで息子の弁当を作り、朝食を食わせて送り出してから、
愛犬カールと散歩をして、今やっとコーヒーを飲みながらブログを書いています。
カミさんが月に3~4回は当直がありますので、必然的に自分が弁当を作る日があります。
初めの頃はご飯とおかずを別々の弁当箱に入れて、品数やバランスも考えながら作ってたんですけど、
最近は時間がないときでも一気にかき込める1BOX仕様に変更にしました。
おかずもバランやアルミカップを使って何品も並べて詰めるというよりは、
ご飯の上におかずを乗せてしまう丼タイプがスタンダードになってきました。
今朝の弁当はチンジャオロース丼におかずをちょこちょこと。
ご飯のタッパーとおかずのタッパーを並べてOLみたく膝の上で食べる、なんて出来ませんし、
狭いバスの中で弁当を食うシーンも多々あるそうなんで、どデカいタッパーひとつに
パンパンのご飯の上におかずがドーンと乗っかってるのが簡単でいいんだそうです。
自分が作るときは、大体が豚丼か牛丼かチンジャオロース丼か多いですかね。
これからは涼しくなりますけど、真夏の炎天下でクーラーもない部室に昼まで置きっ放しで
食べる弁当ですから、痛みにくいものや焼いたり炒めたものが必然的に多くなります。
もちろん保冷バックに保冷剤をガッツリ入れて持たせてはいますし、栄養のバランスも考えると
野菜やサラダも入れたいところなんですけど、プチトマトやブロッコリーなんかを入れてやっても
なんか食べる頃には微妙な感じだそうで自分は入れなくなりました。
カミさんはなるべくバランスよくというのを考えて弁当を作っているようですけど、
たまに親父が作る弁当ですから、全体が茶色いガッツリ弁当で十分です(笑
ちなみに、我が家はカミさんがいる日でも、朝はちゃんと起きて家族全員で顔を合わせます。
自分は寝ていて、カミさんだけ起きて弁当作って送り出すなんてことは、絶対にありません。
朝しか家族の様子を図り知ることが出来ないということもありますけど、
たとえ2時に寝て4時に起きるスケジュールでも、自分が一番最初に起きます。
「行ってきます!」という息子の背中に、カミさんは「行ってらっしゃい!頑張って!」と
声をかけますが、自分は「おっしゃー!気合い入れて声出してけよ!」と言います。
「うん。」とだけ頷いて、ほぼノーリアクションですけどね、毎日(笑
息子を送り出してから、もう一度寝るときもありますし、コーヒーを飲みながら
そのまま朝食をとることもあります。
そんな慌しい時間から、急にのんびりする時間も我が家の好きな時間のひとつです。
一番好きなのは、やっぱり食事の時間かな。
息子のお気に入りのラーメン屋さんに行って、洗面器みたいな器に入った特盛りを食った直後に
まだ食えるからと、さらに大盛りを注文してお店のおばちゃんに「だれか来るの?」と聞かれて
「こいつがまだ食い足りないんだって。」というと「ひゃ~!」と驚かれたこともあります。
厨房でラーメンを作る親父さんに「お父さん!うちの特盛りでも足りないんだって!!」と
嬉しそうに追加注文するおばちゃんにも、いつも「頑張ってね!」と声をかけてもらってます。
感動の甲子園も終わり、その余韻に浸っている暇もなく、すでに新チームが始動しました。
中学までとは違って、息子のうしろ姿に声をかけるくらいしか
出来なくなりましたけど、気合い入れて声出して一生懸命に頑張ってもらいたいと
思っています。
今日は羽黒vs酒田南の秋季地区予選を観てきます。
しかし、涼しくなりましたね。
このまま一気に秋模様でしょうか。
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毎度ありがとうございます!
母校が山形県大会を優勝し、甲子園のための事務作業や寄付金の準備に追われ、
0泊3日で初戦の高松商戦を応援するために弾丸で甲子園に向かい、戻ってきてすぐに
37年ぶりの中学同窓会の発起人代表を務め、お盆期間の激混み営業をこなし、
またすぐに0泊3日で関東一戦の応援のために甲子園に弾丸ドライブ・・・
帰り道、たくさんの「ありがとう」や「感動した!」「惜しかった!」というメールの中に、
2コ上の先輩から「お疲れさまでした。たまにはゆっくり歩いてくださいね。」という
ねぎらいの一言をもらっていました。
ゆっくり歩く・・・か。
確かに、パワフルに熱量多めで直進型の自分です。
アクセルを緩めることすら、時に忘れることがあります。
祭りのあとの寂しさとでもいうのかな。
OBとして、そして野球部員の保護者として、甲子園のアルプスに立てたことは、
ものすごく嬉しかったんですけど、その反動も大きいわけですよ。
正直、ちょっと疲れが出ています。
ま、体調を崩したり熱が出てるわけではないんですけど、単純に体がだるいです。
昨夜は、後輩達が甲子園の慰労会でお店に集まって盛り上がってくれました。
一緒に交ざって盛り上がりたかったんですけど、そうもいきません。
それでもやっぱり、一緒に軟式野球チームで全国大会まで行った仲間たちですから、
いくつになっても盛り上がるメンバーばかりです。
チームは解散してしまったけれど、またあのメンバーで仙台とかに遠征に行きたいですねー。
なんか、弾丸甲子園が続いたからかもしれませんけど、運転なんかせずにのんびりと目的地まで
寝ていながら連れて行ってもらえるツアーの企画をしてくれないかなぁ(笑
旅はどこに行くかよりも、誰と行くかが重要です。
寄付金の取りまとめや甲子園の事務処理が終われば一息つけます。
あともう少しですからユンケル飲んで頑張ります。
みなさんも夏の反動が出る時期です。
体調管理をしっかりと、休めるときは休みましょう。
たまにはゆっくり歩く・・・
自分にとっては忘れてしまいがちな優しい言葉でした。
ありがとうございました。
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毎度ありがとうございます!
毎年花火大会の日はお休みをいただいておりまして、今年は急遽「甲子園」に行ってきました。
台風の影響で試合日が一日順延したことで自家用車で0泊3日の弾丸応援です。
前回は保護者の方々とレンタカーを借りて4家族で向かいましたけど、今回は同期のアイタと
マルコ、アイタの息子とうちのカミさんとの5人での強行軍です。
最終的には同期旅になりましたから、甲子園への大人の遠足みたいなものです。
車で甲子園に行くのも、今回で3回目。
眠気以外は、もう慣れたものです。
今回は駐車場を予約せずに向かったもので、甲子園に着いてから駐車場を探すのが大変でした。
コインパーキングやら自宅開放やら、甲子園周辺には駐車場が結構あるんですけど、
土曜日ということと好カードが目白押しということもあって、朝からどこも満車なんですよ。
1時間近く球場周辺をグルグル回って、Uターンするために団地の駐車場に入ったら、
後ろからきたおじさんに「野球観にきたん?せっかく遠くから来はったんやから、ウチんとこに
停めてええよ。」と一台分のスペースを貸してくれたんです。
おじさん、本当に助かりました~おおきに!
試合はテレビでもご存知のとおり壮絶な展開で延長戦となり、最後はサヨナラで敗退しました。
試合には必ず勝者と敗者が生まれるとするならば、悔しいけれどいい負け方だったのかもしれません。
ミスも出たけれど、随所に鶴岡東らしいプレーがたくさんあったし、最後まであきらめず
強豪校相手に一歩も引けをとらない互角の戦いぶりに、たくさんのみなさんの記憶に残る
ナイスゲームだったのではないでしょうか。
もちろん勝てなかったことは悔しいですし、今もまだ悔しい気持ちでいっぱいです。
でも野球に「勝ち方」があるとすれば「負け方」というもあります。
悔しいけれど晴ばれとした選手たちの表情と、試合終了の挨拶後に関東一高の選手よりも早く
相手に歩み寄り握手を求める鶴岡東ナインの姿に、自分たちの持てる力を全て出し切ったという
達成感みたいなものを感じていました。
地元出身者が少ないとか「外人部隊」だの、いろいろとアンチな方もたくさんいますけど、
彼らは間違いなく山形代表の誇りを胸に精一杯戦いましたし、鶴岡に暮らす高校生たちです。
録画していニュースを観ていたら、大阪のホテルで山盛りのご飯を食べてる長野出身の選手が
「ホテルのごはんは美味しい?」とインタビュアーに聞かれ
「はい!美味しいですけど、山形のごはんのほうがもっと美味しいです!」
「帰ったら山形の料理食べたい?」
「はい!もう今すでに山形の料理が食べたいです!」と答えていたのが印象的でした。
自分が試合したわけでもないのに、自分の周りの方々からも、本当に本当にたくさんの
「がんばれ!」と「ありがとう!」を電話やメールでもらっていました。
「ありがとう!」はこちらのセリフです。
シンプルな一言にたくさんの後押しをもらいましたし、そういうふうに応戦してくださる
みなさんの声が、選手たち一人ひとりに届いていたはずです。
二週にわたり0泊3日の弾丸応援はさすがに疲れました。
52歳の同級生のおっさんトリオですらね、帰りの運転は一人1時間も無理でしたから。
もう若くはありません。
それでも付き合ってくれたアイタとマルコには感謝感謝です。
これだけ大阪まで何度も車で行くと、東京や横浜なんて庭みたいな距離ですよ(笑
今度はキャプテンワタルも誘って、横浜までの同期旅も計画しています。
さーて、すぐに秋の大会が始まります。
長くて熱い夏でした。
そして楽しい夏でした。
選手たちにも、付き合ってくれた仲間にも、つながりが出来た保護者の方々にも、
そして、やんちゃやブログを通して応援してくださった全ての方々に・・・
ありがとうございました!!
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毎度ありがとうございます!
昨日は卒業以来37年ぶりとなる中学の同窓会でした。
恩師の先生方からも出席いただいて、盛り上がった同窓会になりました。
いろいろと細かな部分には納得いかない部分もありましたけど、最終的に参加してくれた
みんなが喜んでくれたのなら、それならそれで成功なのだと思います。
8ヶ月も前から実行委員みんなで準備し、細かな部分もみんなで決めてきました。
そのための実行委員会議だし、そのための打ち合わせをしてきたわけです。
「みんなで決めて、みんなで準備してきた手作りの同窓会」ということを
自分は大切にしてきたつもりです。
この年にもなると、同窓会のために実家に連絡をとると、病気で入院しているんだとか
仕事が上手くいっていないとか、離婚してしまったとか、順風満帆な人ばかりではなく
同窓会に出席するのをためらう人も少なくはありません。
それぞれの進路に向かって同じように中学を旅立ったそののちに、みんながどんな人生を歩み
どんな日常の中で生活をしているのかは、自分には図り知ることはできません。
同窓会が始まってから、自分の頭の中には「夜空ノムコウ」のワンフレーズが
ずっと繰り返し流れていました。
あのころの未来に ぼくらは立っているのかなぁ…
全てが思うほど うまくはいかないみたいだ
あれからぼくたちは 何かを信じてこれたかなぁ…
夜空のむこうには 明日がもう待っている
ただ、昨日の同窓会がそれぞれの明日を生きる刺激となり「自分も頑張らないとな。」と
思ってくれたのなら、それはそれで意義のあることなんだと思うんですよね。
次はいつになるのかはわかりません。
またやるのかもしれないし、もうやることはないのかもしれません。
ただひとつだけ言えることは、やるとなったら一気にまとまる団結力だけは
いくつになっても強い仲間たちだということです。
楽しい宴はあっという間に過ぎて、またいつもの日常の中にいます。
また会える日を楽しみに。
それまで元気で頑張ろう!
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毎度ありがとうございます!
甲子園に行ってきました。
10人乗りのハイエースをレンタカーで借りて、4家族7人で一路甲子園に向かいました。
出発は8月8日の午後8時。
お父さんが3人乗ってますんで、一人3時間くらいの運転の計算です。
先発は自分がハンドルを握って、新潟の米山SAまで一気に3時間を走ります。
OB仲間とは勝手が違いますんで、バカ話や野球の話しで盛り上がることなく、
静かにみなさん休まれています。
その後ドライバーチェンジして多賀SAまで一気に進み、夜が明けて朝日が眩しいなか
西宮ICまで一気にゴールしました。
多賀SAで時間調整したものの、甲子園到着は朝7時。
前回のマイカーでの珍道中に比べれば、あまりにもスムーズであっという間に着いた感じです。
試合が第4試合ということは第3試合の6回くらいまでは自由時間になります。
駐車場で少し仮眠を取ったり、甲子園のグッズショップでお土産を買ってしまったりして、
早く着いた時間を有効的にみなさん使ってました。
自分は、仙台や横浜や愛知など全国各地から駆けつけるOBのみなさんの出迎えや、
大阪在住の保護者のみなさんとご挨拶を交わしたりしながら、これから始まる甲子園の
雰囲気を思う存分に楽しんでいました。
前の試合が延長戦となったため、試合開始時間が1時間以上は遅れましたけど、
西日の日差しが強い三塁側アルプススタンドもすぐに日が落ち、初めてのナイターとなりました。
それはまるでコンサートでも見ているかのようにカクテル光線がフィールドを照らし、
真っ暗になった夏の夜空とは対照的に、幻想的な甲子園の「舞台」が目の前に広がります。
2点を先に奪われたものの、不思議と焦りや悲壮感は全くありませんでしたね。
それよりも打者が二巡したあたりから必ずチャンスがやってくるだろうと、誰もが思っていました。
6回に逆転し8回に2連打で引き離し9回にダメ押しホームランと、本当にドラマチックで
感動的な試合運びでしたね。
成功はしなかったけれど山下のホームスチールも良かったし、池田の牽制球も素晴らしかった。
そのひとつひとつのプレーに選手の顔が思い浮かびます。
ここ数年の中でも本当に完成度の高いチームだと思います。
試合終了後の校歌を歌い、興奮冷めやらぬままアルプススタンドから出てくると、
目の前には田中先生の息子ケンくんの姿が。
試合中、ずっと先生の写真を掲げて試合を観戦していたそうで、球場から出てきた自分を見つけて
田中先生の写真を持たせてくれました。
確かに先生はノーエラーの内容を喜んでるだろうなぁ。。。
いろんな感情が込み上げてきて、胸が熱くなりました。
そして、前回甲子園に来たとき以上に感じたことは、OBの子どもたちの姿が本当にたくさんいたこと。
みなスポ少で野球をやってる子どもたちばかりです。
彼らは甲子園に何を感じたんでしょうかね。
そして、彼らに鶴岡東はどんなふうに映ったんでしょうか。
未来の球児たちに、夢と感動を与えられるようなチームであってほしいと常に思いますし、
子どもたちに憧れられる存在であってほしいなと願うばかりです。
田中先生の写真を胸に、なぜかたったいま勝利したばかりの鶴岡東ナインの姿以上に、
チビッコたちの未来の姿に、晴ばれとした想いを馳せていたのでした。
まだまだ楽しみなことが、たくさんあります。
何度でも甲子園に来たいですし、何回でもスタンドから校歌を歌いたいです。
試合終了後に足りないお土産を買って、すぐに甲子園を後にしました。
0泊3日の強行スケジュールでしたから。
大阪の粉もんを食うことも、ちょっとビールを一杯なんてことも全くないまま帰路につきました。
疲れました。
けど、イヤな疲れではありません。
次の習志野との対戦は行けません。
テレビの前から応戦することになります。
引き続き、応援宜しくお願いします!
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毎度ありがとうございます!
8月8日、恩師田中先生を思い出す朝です。
今夜、甲子園に向けて出発する息子たちの後ろを追って、保護者乗り合いでレンタカーを借りて
自分も甲子園に出発する日でもあります。
田中先生が旅立たれたあの夏も、暑さと忙しさとで目が回っていた夏でした。
昨年、創部50周年記念誌の制作にあたり、田中先生の奥様から大量の写真やアルバムを
お借りしていました。
もちろん、貴重なお写真ばかりですので大切に慎重に扱わせていただいていたのですが、
その返却の際に息子のケンくんから「実家には他にも父さんの写真がたくさんありますので、
鶴商時代の写真は家にあるよりもOBの皆さんが持っていてくれたほうが嬉しいです。」と
お申し出があったんです。
いろいろと迷ったのですが、お言葉に甘えて今は自分がその大切なアルバムを保管させて
いただいています。
ケンくんとも連絡を取り合う仲ですし、何かあればすぐ対応できるとなると自分かな、と。
実は、明日も甲子園で会う約束をしていますし。
今朝起きて一番最初に田中先生のアルバムを開いていました。
輝かしい甲子園での記念写真やスナップ写真のほかにも、甲子園予選のパンフレット用に撮影した
自分たちの代の白黒写真もありました。
もちろんカラー写真全盛の時代でしたけど、パンフレットがモノクロでしたから、
あえて白黒で撮ったものでしょうか。
どこで撮影したものか、まったく覚えていませんが1985年6月2日の刻印があります。
ミズノのメッシュを着ているんで、春季県大会のあたりかもしれません。
この頃の田中先生はまだバリバリのスパルタで、夏を見据えてチームの仕上げの真っ最中でした。
7月に入るとそれまでの追い込みがウソのように練習時間も短くなり、通称「楽レン」と呼ばれ
昼過ぎには練習も終わり、引き続きグラウンドに残って練習する1、2年生の姿を眺めながら、
赤川の土手を寮に向かって帰る時間が本当に幸せだったことを覚えています。
チーム力が整っていた年も、下級生主体の育成の年も、それでもいつでも甲子園を明確に狙う
田中先生の姿を自分たちもすぐ近くで見てきましたから、OBとなった今でもその年の結果に
とらわれることなく、いつの時代でも一生懸命サポートしていこうという思いは変わりません。
勝って甲子園が決まったときだけに協力するのではなく、むしろ勝てない時や
結果が出なかった時ほど応援していかなければならないという気持ちが強いです。
田中先生にも、ゴルフに行く車の中でOB会の話しをよく聞かされました。
「金(OB会費)の協力もありがたいが、一番はグラウンドに顔を出してくれること。」
そういわれると、いつも赤川のグラウンドには誰か知らないOBが来るもので、
バッティングピッチャーやらノッカーをやってくれるものでした。
今だから言えますけど田中先生や茂木先生のノックとは違って、めちゃくちゃ下手なもんで
さーこーい!なんて声は出すものの、「どこ打ってんだよ!」なんて内心思ってましたもんね(笑
OBとしてひと仕事終わると、タバコで一服しながら楽しそうに田中先生と談笑する姿に、
高校生ながらミョーに憧れたものです。
田中先生もあんなふうに笑いながらOBと話すんだ・・・
OB会の事務局を引き受けるかどうかを相談した際にも「お前がやれ。」という短い会話に、
なぜかしら嬉しくなったものです。
先生からあの言葉から14年ですかね。
事務局を引き受けて今回で4回目の甲子園出場の準備に追われています。
そろそろ後輩を育てて事務局を退きたいと思っていますが、田中先生は何というでしょうか。
あの頃憧れたバックネット裏のシーンのように、一服しながらリラックスした表情で
「おつかれさん。まぁ一服しろ。」と言ってくれるでしょうかね。
先生、明日また後輩達が甲子園で暴れまわりますよ。
銀傘の上で茂木先生と一緒に見ていてくださいね。
また先生のアルバムを開かせてもらいます。
そこにはまだ見たことがない先生の表情が写っているかもしれません。
大切に、大切な先生の思い出とともに。