やきとん専門店「やき処やんちゃ」店主ブログ
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毎度ありがとうございます!

04d90e1d.jpeg自分達の高校時代には、応援団(通称:団部)というものがありました。
今はもうとっくにありません。
自分が鶴岡に戻ってきた10年前にはすでにありませんでしたから、
すでに15~6年は無いんだと思われます。

真夏の炎天下の中、我々野球部員と一緒になって声を絞り上げ
一生懸命に応援してくれる姿に、どれだけ勇気づけられたことか。
当然、県内のどの高校よりも鶴商学園の団部が一番かっこいいと思ってました。

今回の甲子園出場でも、残念ながら団部は結成されませんでした。
甲子園出発前のある日、当時の応援団顧問のシブヤ先生に

「相手はアルプスにCの人文字で有名な智弁ですよ。エール交換も出来ないじゃないっスか。」
「そうなんだよな。でも今からじゃ時間がないのよなぁ。。。」
「なんか、今回の甲子園じゃなくても、団部を復活したらどうですか?」
「それがよ、今は生徒が恥ずかしがって誰もやらないんだな、これが。」
「へぇ~、そんなもんですかね・・・。」

当時はまだ寮生がたくさんいましたし、そのほとんどが、言わばろくでもない不良が多かったんです。
パーマかけたりリーゼントにしたりボンタン穿いたりして、自己主張したい盛りのエネルギーを、
「堂々と長ラン着れるし、リーゼントもOK!」とシブヤ先生が上手くまとめ上げ、
気合いの入った応援団が結成されていたわけです。

野球部同様、気合いの入った部は気合の入った後輩達に受け継がれ、
いつの時代にも空高くなびく団旗と太鼓の音とが、スタンドの風物詩だったものです。

あの頃、団部と一緒に歌った応援歌やマーチは、今でも覚えている思い出のひとつです。
その中でも試合に勝ったときだけスタンドで歌う、「勝利の歌」なんてカッコよかった・・・。

「勝利の歌」
いざ歌え われらが友よ
勝利の歌 意気高らかに
燃ゆるあこがれ
斗志のいさを
見よ 精鋭の集うところ
おお わが母校 鶴商学園

「鶴商マーチ」
守るも攻めるも 鶴商の
団結かたく 手をにぎり
今日の勝利は 我のもの
互いに手を取り 励み合い
一球入魂 優勝めざして
共に励むは 鶴商健児

今でも完璧に歌えます(笑
って言うか、むしろ今だからこそ男気溢れるこの詩を、スタンドで歌いたい。
鶴商を鶴東に替えても、全然ハマリます。
昨今の「くちラッパ」で、メガホン片手に「パパ~パパパ、パ~パ~パ~♪」よりも
シブくてカッコいいと思うのは自分だけですかね。

ちなみに、この応援歌はスタンドで歌いますんで、1年生からベンチに入ってるような
出来るサラブレッドは、よく覚えてないハズなんですよ。
だから、最初の一小節を口づさんで食いついてくるヤツは、自分も含め「補欠」が多い(笑

酒飲んでるときに歌うと盛り上がります。
そう言われると、甲子園に向うバスの中で缶ビール片手に、8コ下のナガオカと大合唱した記憶が・・・。
あいつ、キャプテンだったのに、なんであんなに歌えるんだろ?

まぁ、リクエストがあれば今度は「俵の舞」の歌詞も三番まで完璧にアップしたいと思います(笑

OBだけか。こんなんで盛り上がるのは・・・ε- (´ー`*) フッ

よーし、今日はここまで!押忍!オッス!


鶴商学園時代の恩師、田中監督が8日にお亡くなりになりました。
30年ぶりの甲子園での熱戦を前に旅立たれたこと、残念でなりません。

優勝が決まった瞬間、透析のため病院にいた先生は涙を流して喜んでいたそうです。

誰よりも楽しみに、誰よりもこの日を待っていたのに、本当に残念でなりません。

心よりご冥福をお祈りいたします。

先生・・・今までありがとうございました。

先生・・・本当にありがとうございました。

先生・・・どうぞ安らかにお眠り下さい。

                      合掌。



なお、葬儀につきましては、ご家族のご意向で密葬となりました。
9月中旬頃、改めて告別式を執り行うご予定だそうです。
何卒、ご理解のうえご配慮いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。
毎度ありがとうございます!

明日は、娘が通う鶴岡東高の「運動会」(体育祭)があります。
当時、野球部だった自分にとっては、全然楽しくない思い出しか残ってないんですけど・・・。
(過去記事:「運動会 高校編」参照)

娘に聞くと、全員が100m徒競争に出るんだそうで、
「高校生になってからの100m競争って、いらないと思うんだけど?」なーんて愚痴ってました。
可哀想だが、父は何もしてやれん。
100m、頑張りたまえ。

で、そんなことより、仕入れの関係で毎日「鶴岡東」の前を通るんですけど、
当時の一般学生寮の「登高寮」の解体工事が本格的に始まってました。

12d71b71.jpeg自分が住んでいた野球部寮の方は、
すでに20年近く前に解体されていて今は室内練習場になっています。

夏の甲子園予選で負けた翌日には、地元の生徒はようやく自宅に戻り、
県外からの生徒は一般寮に引っ越すことになっていました。
今、取り壊されている「登高寮」は、県外からの生徒が住む
一般寮の方なんですよね。

野球部員は、ここの一階にある風呂と談話室を毎日使って生活してました。
県外からの一般学生を積極的に受け入れていた「鶴商学園時代」の象徴ともいうべき
この建物がなくなるのは、やはり当時を知る者としては、一抹の寂しさがこみ上げてきます。

青春時代の3年間、この寮にお世話になった生徒は、かなりの人数になるでしょうし、
その人数分だけ辛い思い出がビッシリ詰まっていた建物です。
当時の寮生が高校時代を語る時には、そのほとんどが「登高寮話」なのも、分かる気がします。

解体後、この場所が何になるのかは分からないんですけど、
せっかく毎日通る道ですんで、きっちり最後まで見届けてやろうと思ってます。

なんか今日は、高校時代の夢を見そうです。
あの、イヤな夢を・・・(笑

毎度ありがとうございます!

昨日は、鶴商学園時代の1コ上の先輩「マナブさん」がご来店。
金曜日にも職場のメンバーでいらしてたんで、ほぼ連チャンでご来店頂いたことになります。
いつもいつも、ありがとうございます。

あの時代の1コ上なんていうと、絶対服従で毎日ボコられていた嫌な思い出しかないんですけど、
歳をとるにつれて同志というか仲間というか、ミョーな親近感で親しくさせて頂いております。

a6eb8f8e.jpegマナブさんとは、実は誕生日が10月20日で全く同じなんですけど、
唯一、中学時代から知ってる先輩にもかかわらず初日からシカトされました(悲
さらに「仏のマナブ」というくらい、後輩を叩かない温厚な先輩だったんですけど、
唯一、現役時代に手をあげたのは自分にだけという・・・(悲、悲

「現役時代、オレのことぶん殴りましたよね!」
「そうそう、おれが現役時代に手あげたの、唯一お前だけ。」
「よくも、やってくれましたよね~」
「いやいや、あれは完全にお前が悪いだろ!」

酔っ払ってくると、毎回そんな思い出話に花が咲きます。

実は、マナブさんにやられたのなんて全然カワイイもんで、
同じファーストだった「クマガイさん」の方が苦手だったんですよね。

ノックでイレギュラーするとぶん殴られ、トス上げの位置が悪いとぶん殴られ、
ピッチングマシンの球入れのタイミングがずれるとぶん殴られ、
どれも、「あんたが下手なだけだろ!」と思っていても口には出せず・・・。

でも、人間って心で思うと顔に出るんですよ。
クマガイさんって、そういう表情を絶対に見逃さないいやらしい男なんですよ。

中学まで少林寺拳法をやってたとかで、【正拳突き】やら【裏拳】やら【上段回し蹴り】やら
まさに「人間サンドバック」状態で、大袈裟ではなく365日中300日はやられてましたもんね。
最後は必ず“みぞおち”を蹴られ、立ち上がれなくなってその場にぶっ倒れて終了・・・。

ある日、珍しいことに「コーラを買って来い。」とパシられた際に、飲みかけのコーラを差し出され、
「お前も飲めよ。」と言ってくれたんですけど、絶対に飲みたくなくて口だけつけて返したという・・・。
で、またそれを見破られて「なんだ、お前。」と、またボコられるという最悪な先輩でしたもんね。

でも、今はその「クマガイさん」とゴルフにも行くし、パソコンの件でも面倒見てもらってるし、
大人になってからは一番親しくさせてもらってます。
不思議な関係ですよね~(笑

いくつになっても先輩後輩の関係は変わらないんですけど、
大人になった今だからこそ、いい関係になれるというのもあると思うんですよね。
ほとんどの場合は、やられた後輩側が当時を受け入れるかどうかにかかってますけど(笑

つまり、自分は心が広~い後輩というなんでしょうかねー(爆

「今度、あの年代で集まるか!」なんて話で盛り上がった夜でした。
調子乗ってると、また、ぶん殴られそう・・・。
( ̄□ ̄;)ギョッ
毎度ありがとうございます!

鶴商学園時代の同期で、名取市在住のイケダの消息が分からず不安になっていたんですけど、
ようやく連絡がついたとキャプテンのワタルから連絡がありました。

が、会社は倒壊し同僚や後輩が津波にさらわれたそうです。
ワタルの声を聞いて安心したのか、よほどの恐怖だったのか、
電話の向こうのイケダは、人目もはばからず号泣していたと聞きました。
その話を聞かせてくれたワタルも号泣し、聞いてる自分も自然に涙が溢れてました。

「無事でよかった。」

6fad68e0.jpeg本当に身近な家族や知人が被害に遭っている現実に、
今の自分には「頑張れ!」と願うことしかできません。

現役時代、ピンチになるとマウンドに集まって
「打たれてもいいよ。何点獲られてもいいって。
 みんなで助けてやっから。頑張ろうぜ!」

と、声をかけあって何度もピンチを乗り越えてきました。
今、ピンチのイケダに何がしてやれるんだろう。
そんな自問自答の毎日です。

三年間、同じ釜のメシを食い、共に泣き、笑い、最後の最後まで諦めず戦ってきた仲間です。
頑張れとしか言ってやれないもどかしさの中で、自分のお気に入りの写真をアップします。

イケダには届かないかも知れないけど、それでも何かの拍子に目に留まるかもしれないと願いつつ。
2fc2cad1.jpeg
練習にも先輩にも、最後まで音を上げなかった俺たちだぜ!
一丁、やってやろうや!
そうだろ、イケダ!

頑張れ!イケダ!
頑張ろう!東北!
 

毎度ありがとうございます!

昨日は少しだけ気温が上がったせいか、道路の雪が融け始めジャクジャクの状態でした。
除雪車が回っていなかったのもあって、あちらこちらで車が動けずハマってました。
かく言う自分も、その一人でして・・・。

eyes0077.jpg自宅を出て、店に向かおうと出発したまでは良かったんですけど、
ジャクジャクの路面に案の定、完全にスタックしてしまったんです。
と、そこは同級生オノの会社「小野総業」の目の前。

慌ててオノの会社に飛び込み、奥さんに
「車ハマってしまって・・・。スコップ貸してくんない?」
なんて言い終わるか否やのタイミングで、
若い2人の社員が長靴に履き替えスコップ片手に飛び出してきてくれました。
多分、自分と社長が同級生って知らなかったと思うんですよ。

あっち掘り、こっち掘りし、2人がかりで押してもらい、ようやく脱出できました。
ハマッた場所より、まだ先の部分にも危険なポイントがあったんで、車の窓から

「悪いけど、途中で止まったら、またハマリそうだから、このまま一気に行かせてもらうよ。」
「ウッス。このまま抜けるまでここで見届けてますんで、安心して行っちゃって下さい。」
「ありがとうね。明日、改めて会社に顔を出すよ。」
「ウッス。」

スコップ片手に、見届けてくれてる2人の姿をバックミラーで確認しながら、一気に走り抜けました。
そして、そんな頼もしい彼らは「鶴商学園サッカー部」の出身だったんです。
1コ違いの先輩後輩の間柄は、現役時代を彷彿させる見事な連携でピンチを救ってくれました。
このスピリッツが、まさに「鶴商イズム」なんです。

その昔、実家の近くにあったガソリンスタンドを利用しているおふくろが、
「あのスタンドに一人だけ、車が見えなくなるまでお辞儀してる子がいて、行くたびに感激してる。」
って言うんで自分も気になってガソリン詰めに行ったんですよ。
そしたら、その21歳の青年は、なんと鶴岡東野球部の後輩だった、なんて事もあります。
見ていないようで、見てくれている人はいるんですよね。

そんな卒業生の社会に出てからの頑張りが、採用する会社側や、これから志望する者の
「鶴岡東(鶴商学園)がいい。」に繋がっているんだと思うんです。

そういう積み重ねが、この少子化の時代に専願率75%という数字に表れている気がします。
あの魅力ある校風は、入ったものにしか分からないと思うけど、
卒業生を見れば分かってもらえることも多いハズなんですね。

そう言えば、いつも行く美容室のスタッフ2人も、偶然にも鶴商OGだったっけ。

春から、娘も鶴東生になります。
いつか、そんなことも話して聞かせてあげようと思った昨日の出来事でした。
 

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