やきとん専門店「やき処やんちゃ」店主ブログ
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毎度ありがとうございます!

山形県では超有名な高校野球掲示板にて、
母校「鶴岡東」のヤジが汚いだのなんだのかんだのと、いろいろ書き込まれておりました。
良い悪いはここでは書きませんけど、当時を思い出したんで、ひとつ。

ずいぶんと古い話しですけど、自分達が現役の時は監督から
「球場へは戦いに行くんだ。やるかやられるかなんだ!」と教えられていましたし、
「相手が鶴商の名前を聞いただけで嫌がるように、コテンパンに叩きのめしてこい!」
とハッパをかけられたもんです。
そして「グラウンドや球場では、絶対に笑うな!歯を見せるんじゃない!」と
水も飲めず、鉄拳制裁なんて当たり前の指導方法だったんです。

だからですかねぇ、どこの強豪校もヤジはひどかったですよね。
バント処理をミスしたりすると集中攻撃されて
「ファースト!お前のトコまた行くぞ!大丈夫かよ、オイ!」
「オッシャー!やってみろ、バッチィ!も一回やってみろ!オイ!」
なんてしょっちゅうやりあってました。

ただ、その中でも「このやろう、バカやろう、テメー」はNGワードだったんですよ。

バントを失敗した相手バッターに「決めてみろよ!このやろう!」って言うと怒られたけど
「やるならやってみろよ!オイ、バッチィ!」は全然OK!
打てなさそうなバッターに「このバッター、ビビッてるで!よっしゃコイツで終わろうぜ!」はOKだけど
「ビビッてんのかよ!テメー!」はNGでした。

まぁ、こんなんだから鶴商学園(鶴岡東)が口が悪いのは伝統みたいなもんですかね。

自分は試合中に2回ほど、ヤジが汚くて審判に怒られたことがあります。
fb148baf.jpeg
1回目は山形市営球場でコーチャーやってた時、
相手ベンチからも同じようにヤジられてて、
ついカーッとなって相手ベンチに
「うるせーよ、テメー!出てこいよ、このやろう!」で、厳重注意。
「次にそういう事言ったら退場させるから。」って怒られました。

2回目は県野球場で一塁の守備についた時、ランナーがリードするたびに、
「ヘイ!ピッチャー!ヘイ!なんだ、その牽制!」って毎回うるさいんで、
「お前うるせーよ。このやろう。やってみろよコラッ!」ってランナーの顔も見ずにつぶやいたら
一塁審判が「ターイム!君、言葉を慎みなさい!」とまたもや厳重注意。
「えー!なんでオレっすか?」なんてすっとぼけてましたけど、完全に挑発に乗っちゃいました(笑

準決勝あたりまでくると、日大山形や東海大山形の内陸なまりのヤジが無性に腹立たしくて、
審判の見てないところじゃ、随分と汚いことやり合ってました。
試合で負けるとゲーム終了の挨拶のあと、握手なんてしなかったですもんね。
どの学校にも、そんな野次将軍がベンチに1人2人はいたし、
ヤジられる方も結構痛いところを突かれてたりしたもんです。

まぁ、いくら自分達の時代じゃ当たり前とはいえ、今の時代そこまでは言いすぎにしても
そんなにエキサイトして、しかも匿名で掲示板に書き込みしなくても・・・とも思うわけです。
別に、ルール違反してるわけでもあるまいし。
そういう方々は高校野球に何を求めてるんでしょうかね。
清く正しく美しく爽やかに笑顔でフェアプレーを!なんでしょうかね、やっぱり。

そんなことより、いよいよ東北大会の組み合わせが決まりました。
我が鶴岡東は、10月9日(土)14:00~天童SCにて聖光学院(福島第1代表)と対戦します。
正直、かなり強いところですけど、相手にとって不足なしです。
チャレンジャー精神で頑張ってもらいたいです。

はぁ・・・行きたいけど、土曜日の14:00天童SCでの試合開始じゃ無理です・・・。
うがぁあああ、応援に行きてぇ。(=n=;)ムムゥ

毎度ありがとうございます!

夏の高校野球真っ盛りですけど、今日は野球と関係の無い昔話しをひとつ。

自分が高校生の頃の鶴商学園高校は、男子寮と女子寮を完備しており、
県外からの学生を積極的に受け入れている校風だったんです。

当時の野球部も県外・市内関係なく、3年生の夏の大会が終わるまで全寮制だったんですよ。 
(過去記事:「激励会 高校編」参照)
そうなると、県外からの寮生と一緒にいる時間のほうが長くなるせいで、
一緒になって標準語使ってみたり、何かと影響を受けていたんですよね。

c10_photo02.jpgその中でも、特に影響を受けたのが制服ファッション。

当時は「ツッパリブーム」の全盛期で、ちょっとワルいヤツも、そうでないヤツも、
みんな調子こいてるやつらは決まって「ボンタン」やら「ドカン」やらの
ぶっ太いズボンを穿いてたんですよね。
しかも、ツータックだのスリータックが入っていて、ハイウエストという名の、
ベルト通しの上にさらに腹巻みたいな部分が付いてるズボンだったんです。

で、エナメルのほっ細いベルトして、靴のかかと潰してちゃらちゃら歩いてた。
シャツも開襟シャツをだらしなく出して、いかにもって感じでしたもんね。

そんな地元のツッパリファッションを彼らは否定するんですよ。
「今どき、ダサいよ。」って言って、ろくでもないヤツらが、誰一人そんな格好しないんですよね。

紺色の制服だったせいか、みんな、夏服はアイビー調にして着こなしてました。
シャツはピシッとアイロンのきいた白のボタンダウンで、当然シャツイン。
ズボンは、入学時に買ったノータックの標準ストレートを仕立て屋に出して、
すそ幅18センチまで絞ってスリムにするんですよ。
で、ベルトはサンローランだのロベルタだのの紳士用の幅広ベルトが定番アイテム。
靴は、リーガルのローファーかスリッポンをピカピカに磨いてかかとは潰さない。
最後に、必ず皮のセカンドバックを小脇に抱えて完成です。

でも唯一、髪型だけは全員リーゼントだったけど。

昔、不良してたヤツとか、暴走族やってたヤツとか、ヤクザの息子とかが、
そういう爽やかな格好をしてるもんで、先生の受けもいいんですよね。

「そういうの、暑苦しいからやめなよ。」
なんて言いながら、ボタンダウンやズボンに、夜自分でアイロン掛けてるんですよ。

冬服の学ランはサイドベンツが入ってたんで、ウエスト部分を絞って着るのがオシャレだったんです。
「ウエスト、何センチ詰めたの?」
「絞り効いてて、カッコいいじゃん。」

襟のホックも、きちんと止めて着るのが当たり前。
つまり、長ランだの短ランだの、ボンタンだのドカンだのっていう既製品をだらしなく着るんじゃなくて、
仕立て屋に出して自分なりに改造して、きちんと着こなすのが流行ってた感じですかね。

当時はズボンが紺色なのをいいことに、その格好でセカンドバック抱えて、
昭和通りに飲みに行ってるヤツとか平気でいましたからね。
今じゃ、絶対に考えらないことですけど、ホントの話しです。

猛暑が続きますけど、くれくれも体調などを壊さぬよう、御自愛下さいませ。

毎度ありがとうございます!

今週も慌ただしい中、一週間の営業が終わりました。
最近、何かと家の中のことで忙しく動き回り、どっと疲れが出た感じです。

「疲れが出たら身体を休める。」簡単そうで一番難しいことですよね。
特に、休日はお父さん業もあるもんで、今日は参加したい酒飲みイベントもあえなく断念・・・。
残念ですけど、仕方ないですからね。

今日は母校、鶴岡東高のグランドに、夏の大会の差し入れでも持っていって、
直前の選手たちの様子でも見てこようと思ってます。
ここ最近はあんまりグランドにも行ってなかったもんで、
邪魔にならないように少し時間を掛けて見てきます。

eyes0174.jpgもうこの時期は、がむしゃらな練習はいりませんよね。
ゲージの中では気持ちよくバットが振れていて、
ノックの時は足さばきが軽快で声がよく出ていれば、それでよし。

軽めの練習でも、モチベーションを落とさないように、
上手くコントロールしてほしいところです。

ところで、先日までの自分のブログを見たお客様から、
「背番号ってそんなにこだわるモノなの?」と、ご質問がありました。

背番号の前に、試合用のユニホームはベンチに入ったメンバーしか着れなかったんですよ。
それ以外は、たとえ3年生でも白い練習用ユニホームを着て応援してたもんです。
鶴商学園では、そのベンチから漏れた白装束の集団を「白虎隊」と呼んでいました。

今時は、試合の応援ともなれば、ベンチ外も全員が試合用のユニホーム着てますけど、
当時は誰の目から見ても、はっきりと色分けされてしまうわけです。
3年間、「白虎隊」っていう先輩方も、たくさん見てきましたし、
ベンチ入りメンバー発表に漏れて、帰りの赤川の土手を涙して帰る姿も身近で見てきました。

自分達の学年は44人が入部して、最後は11人しか残らなかった学年でしたから、
背番号は温情で、上級生からレギュラー番号を付けさせてもらえたんだと思います。
現に、自分の同級生で、三塁コーチャーをやっていたフジタは背番号6でしたけど、
最後の夏は一度も出番はありませんでしたし、ライトのクリハラも背番号9だったけど代打専門だった。

背番号は監督なりの思いやりだったのかも知れないですけど、
自分はその中途半端さがイヤだったんですよね。生意気言いますけど。
今は珍しくないですけど、背番号15を付けたキャプテンなんて、どこにもいない時代でしたからね。
試合にも出ないのに一ケタつけてる選手なんて、強豪校見渡してもどこにもいませんでしたよ。


開幕が近づいてきてテンション上がって、高校野球ネタが続いてしまいました。
何とぞ、ご勘弁のほどを・・・。

暑くなりそうですが、みなさま素敵な週末をお過ごし下さい。

毎度ありがとうございます!

では、昨日のつづきを。

春季県大会の初戦を何とか逆転勝ちして、その後も勝ち進み夏の大会のシード権は獲得したんです。
でも、あの米沢興譲館戦以降は、安定感のない3年生アイタを先発させることはなく、
実質は2年生エース・ハセガワじゃないと夏は戦えない事は、チーム内みんなが感じていた事でした。
自分も、背番号は3のままコーチャーボックスに立ち続け、夏の本番を迎えたんです。

初戦は、鶴岡市営球場で相手は新庄農でした。
どう見ても鶴商学園が圧倒的有利だったんですけど、この試合の先発はなんとアイタ。
連戦の続く夏の日程を見越して、少しでもハセガワを温存したいという思惑があったからなんです。

思惑はどうであれ、そうなると「6番、ファースト」で自分が出場する事になるわけですよ。
「今度こそ見てろよ、コノヤロー!ヨッシャー!!」

が、またもやアイタの立ち上がりが安定せず、なんと初回に死球と四球を絡めて、あっさり1点献上。
春の興譲館戦と全く同じ展開になったんですけど、この時は、負けたら終わりの試合にもかかわらず、
監督は投手交代をしなかったんです。

何とか1点に食い止めたその裏、いきなり2死満塁の最大の見せ場に自分に回ってきて、
見事にレフト前に同点タイムリー!!!やる時はやります、この男。

興奮しすぎて、一塁ベース上で亀田興毅ばりに「どんなもんじゃい!シャー!」
てなガッツポーズをとって、塁審に注意されるありさま。(当時はガッツポーズNGだった。アホか)
でも、そんなのお構いなし。いいんですよ、結果を残せれば。

ところが・・・2回に入っても、アイタがピリッとしない。
四球・四球とランナーを出したところで、たまらずピッチャー交代、アイタがファーストへ。

・・・もう、不思議と悔しくはなかったですよね。
ただチームが勝てばそれでいい、本気でそういう気持ちになってましたから。
結局、その試合をコールド勝ちで収め、順当に勝ち上がったんです。

そんな自分の高校最後の打席は、準々決勝の山形南戦でした。
相手ピッチャーが自滅し、6回まで5人のピッチャーが登板するも、
誰もストライクが入らないという、何とも締まらないゲーム展開。
1イニング6死四球とかを繰り返し、6回までで10対1のコールド寸前。

043bb877.jpg6回裏1死2、3塁で、あと1点入ればコールドが決まる場面で、
監督に呼ばれ「次、イシカワ行くぞ」って言われたんですよ。

「ヨッシャー!」なんて気合いが入って、ネクストでマスコットバットを
ブンブン振り回してたんです。
思った通り、前のバッターも四球で満塁。
ここで、「代打、イシカワ。」

「よーし!ここはオレが決めてやる!」なんて気合い十分でバッターボックスに向かおうとしたら、
監督に手招きされて「ファーボールで決まりだから、振らなくていいぞ。」
「・・・。」

代打に「振るな。」なんて、そんな指示に、「ハイ。」と言うバカがいるわけがない。
またまたスイッチが入ってしまって、「ふざけんじゃねーよ」と完全に頭に血が上ってました。

何年か後に、監督にこの時の質問したら、
「満塁になってなかったら打たせたけど、ダブルプレーにでもなってコールド逃がすと、
もう1イニング、ハセガワが投げなきゃならんだろ。翌日が日大山形戦で日程がきつかった。」
「・・・。ごもっともなお話しで。」
だったら、そう言って下さいよ・・・。オレが分かるわけねーじゃん。

ピッチャーをやった事のないような野手の投げる第1球目を思いっきりフルスイングして、
レフトスタンドに入るほどの大ファールを打ったんです。
切れていく打球を見ながら、思いっきりホームベースをバットで叩きつけて悔しがる代打男に、
県野球場の観客からはどよめきにも似た大声援が上がったんですよ。(・・・たぶん)

監督から「振るな。待て。」のサインが出ているのは、ベンチ全員が分かっているんです。
でも、自分はベンチなんか全く見てませんでしたから。と言うより見なかった。
ただ、ベンチからのみんなの声ははっきりと聞こえてました。
「イシカワ~。打てよ!打つしかねーぞ!打ってお前が決めろ~!!」と。
みんな、自分の気持ちを分かってくれてたんです。

でも、相手投手がその大ファールで萎縮したのか、そのあと全くストライクが入らず、
最後はショートバウンドするほどのクソボールで、押し出しゲームセット。                                          さすがにワンバウンドの球は打てないですからね。

次の日の準決勝、日大山形から8-4で負けて、甲子園の夢はここで終わったんです。

中学時代から6年間チームメイトだったアイタの肩が壊れていたのを知ったのは、
もっとずっと後になってからの話です。

eyes0861.jpg今でもよくアイタとは、あの時の話しになるんですけど、
「あの夏、お前よりオレを使った方が、もっと勝てたと思わねーか。」
「いや。全然、思わない。」
「だよな。オレもそう思う。」
「ハハハ。」

1年生で調子こいてマスクをしてグランドに来て、最後は監督のサイン無視で締めくくったバカに、
今できる事は、精一杯後輩を応援してあげることと、OB会を盛り上げることくらいしかできません。

勝っても負けても、恩師・仲間すべてが自分の財産になります。

「頑張れ!鶴岡東!」応援宜しくお願いします。

毎度ありがとうございます!

今日は、自分が高校球児だったときの悔しい思い出を。

新チームになったばかりの高校2年の秋。
初めて手にする、伝統の縦縞のユニホームには背番号10が付いていました。
いわゆる補欠だったんです。

ひと冬が過ぎて3年生になり、平田杯や練習試合で結果を残して、
春季地区大会ではレギュラー番号の背番号3をもらったんです。
特待生でもない自分がレギュラー番号をもらったのが、ものすごくうれしくて、
寮の赤電話から「レギュラー獲ったよ。」と、実家に電話したんですよね。
普段は無口な親父が「山形市まで県大会の応援に行くから頑張れよ。」と、喜んでくれました。

で、山形市営球場で行われた春季県大会の初戦、相手は米沢興譲館でした。
スターティングメンバー発表の時、「6番ファースト、イシカワ」と名前を呼ばれたんです。
「オッシャー!!」なんて気合い入れて、1回の守備についたまではよかったんですけど、
先発した同級生ピッチャー、アイタの立ち上がりが悪く、四球・四球・死球・死球でいきなり1点献上。
たまらず、背番号10をつけた2年生エース、ハセガワがベンチから出てきたんですよ。

マウンドに集まる野手の円陣に加わったハセガワの手には、自分のグラブと左のファーストミットが。
「イシカワさん・・・アウトだそうです。」
「はぁ?・・・。けっ」

1回の表、まだノーアウト満塁ですよ。
ベンチにひっこむのに走る気力もなく、ふてくされて歩いて戻っている時にアナウンスが。
「鶴商学園高校のシートの変更をお知らせします。」
「ファーストのイシカワくんに代わりまして、ハセガワくんが入りピッチャーに。」
「ピッチャーのアイタくんがファーストに入ります。」

自分の代わりにファーストに入ったアイタの投手用グラブを持って、
守る事も打つ事もないまま1回の表でベンチに戻った自分は、そのままベンチに向かって、
アイタのグラブと自分のファーストミットをブン投げて、
ベンチのパイプ椅子を蹴飛ばして完全にキレれてしまったんです。
プロ野球ではよく見る光景なんですけど、高校野球の公式戦ですからねぇ。

三塁側のベンチの上に、他の父兄と並んで足を組んで座っている親父の姿を見つけたものの、
顔を上げる事ができなかったですね。

すぐにベンチ裏の選手控え室に連れて行かれて、
監督から胸ぐらを掴まれて「お前、なんだ!その態度は!」とグーでボッコボッコですよ。

それでも「じゃあ、なんで自分が背番号3なんスか?」
「そんなんだったら最初から一塁コーチャーやるんで、自分、背番号10番でいいですよ。」
なんて、生意気な口を返しちゃったんですよね。
それほど、あの交代は納得できなかったし、悔しかった。
eyes0169.jpg
「お前、誰にそんな口聞いてるのか、分かってるのか!!」
なんて鼻血が出るまでぶん殴られた後、
「そのままそこで、アタマ冷やしてろ。バカタレ!」と
畳の上にずっと正座させられてました。

鼻水と鼻血と悔し涙をこぼしながら正座し続け、試合も5回が終了したころに、
今は亡き部長先生が様子を見に来てくれて、
「チームのためなんだ。我慢しろ。」「さあ、みんなと一緒にベンチ入って応援しろ。」と
やさしく声を掛けてもらったんですよね。

監督さんにも当然考えがあったんでしょうし、チームが勝つことを考えての選手器用だったんだと、
大人になった今思えば理解出来る部分もあります。
何より、自分よりアイタの方が打撃がいいからという判断だったんですから、仕方ないですよね。

高校野球では絶対的存在でもある監督に口を返すなんて、
自分でも生意気な高校球児だったと思います。
それでも、あの時だけは感情を抑えれなかったんですよね。

そして、いよいよ夏の甲子園の県予選が始まるわけです。

・・・つづく。

毎度ありがとうございます!

6月11日から岩手県花巻市で開催される、春季高校野球東北大会の組み合わせが決まりました。
我が母校、鶴岡東(山形第3代表)の初戦は、八戸工大一(青森第1代表)との対戦になりました。

直接、甲子園には結びつかない東北大会ですけど、夏本番を前に他県の強豪校と対戦して
経験値を上げて自信につなげて欲しいところです。
強豪校相手に怯まず、思い切って暴れてきてもらいたいですね。

そういえば、逆に強豪校で自信をなくした思い出話をひとつ。

自分が現役時代は、毎年春休みに雪のある鶴岡を離れて、二週間千葉に遠征に行ってたんですよ。
その、ほとんどに練習試合が組まれていて、「習志野」「拓大紅陵」「市立船橋」「東海大浦安」
「八千代松陰」「船橋法典」「木更津中央」「東金商」「成田」「八千代東」などなど、
甲子園常連校から千葉県内ベスト16ぐらいまでの強豪校とばっかり試合してたんです。

結果、ひとつも勝てませんでしたけど、不思議と「スゲーな、こいつら。勝てねぇな、こりゃ。」とは
一度も思わなかったし、一度も感じた事はなかったんですよね。

ところが、夏の大会直前に山形県強化試合として日大山形、東海大山形、鶴商学園の3校と
「帝京」との招待試合が組まれたんです。
この時の「帝京」は春のセンバツで伊野商に4-0で敗れたセンバツ準優勝校だったんです。

043bb877.jpg試合開始前のシートノックで、すでに唖然・・・。
前田監督の放つマシンガンノックに、
軽やかなフィールディングやら華麗なバックトスやらで
「こいつらプロじゃね?」って、完全に飲み込まれました。
それほど、あいつらは上手かったし、これが高校生かよって、
もの凄いショックを受けましたからね。

第3代表だった鶴商学園には、当然三番手ピッチャーが登板したんですけど、0-8の完封負け。
小学生と大人の試合くらい、全く試合にならなかったですね。

全国レベルとの力の差を、イヤというほど見せつけられたこの年の夏、
山形県代表、東海大山形がPL学園に29-7という歴史的敗戦をくらったのも、
ある意味、当然といえば当然だったのかもしれません。

かき氷食いながらテレビの前で、「俺たちが甲子園に行ってたら、いったい何点取られてたんだろ。」
なんて思いながら、別な意味で背筋が寒くなったのを憶えています。

とにかく、後輩たちには、来週の東北大会で自信をつけて夏の本番に向けて頑張ってもらいたいです。
どうか応援、よろしくお願いします!
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