やきとん専門店「やき処やんちゃ」店主ブログ
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毎度ありがとうございます!

テレビ番組で「ヒミツのケンミンショー」なるものがあるらしいですけど、そこで思い出したのをひとつ。

函館の小学校の運動会では、父兄はグラウンドでバーベキューを楽しみながら参加してます。

bbq.jpg朝の7時くらいから、お父さんたちが場所取りするんですけど、
どこもレジャーシートやブルーシートじゃなくて
キャンプで使う折りたたみのチェアー持参なんです。

で、普通に炭で火を起こしてバーベキューしてるんですよ。
当然、運動会中もビールをガンガン飲んで盛り上がります。
運動会ですよ。小学校の、グラウンドで。

だいたい三家族くらいで1コンロを囲んでるんですけど、
あちらこちらで煙がモクモク上がって、美味しそうないい匂いがしてる。

函館に住んでいた頃、鶴岡から同級生シンジが遊びに来たとき、ちょうど隣の小学校の運動会で、
「おい!グラウンドで父ちゃん達バーベキューして、いい調子で盛り上がってんぞ。いいの?」って
ビックリしてましたもん。

実はそれって函館だけだったのかなって思ってたんですけど、昨日ご来店のクドウさんも
以前は釧路にいた方で、「釧路の運動会もそのスタイルだったよ」と言ってました。

その日はお母さん達はお弁当を作らず、今日はお父さん達の出番だぞ!みたいなノリなんですよね。
クーラーボックスにビール詰めて食材詰めて、完全にキャンプ化してるんですよ。

鶴岡の運動会では、お父さん達はムービー撮影と親子競技に参加するくらいですけど、
向こうは飲みながら参加してるんで、盛り上がり方がハンパじゃない。
声援が完全に酔っ払いモードなんです。
「いよっ!いいど~がんばれよ~ガハハハ。」みたいな。

それでいて、子供達も楽しそうなんですよね。なんでかって言うと運動会の当日は、
学校の前に「アメリカンドック」とか「やきそば」なんかのテキヤも出るんですから。
もう、お祭り感覚なんですよ、運動会が。

凄くないですか・・・。

他にもカルチャーショックを受けたことたくさんあったんですけど、それはまたの機会にでも。

毎度ありがとうございます!

昨日、「JAYWALK」のボーカル中村耕一が覚せい剤所持で逮捕という残念なニュースが流れてました。

彼はずっと年上ですけど、函館市出身で大学の先輩なんですよね。中退されてますけど。
当時はバンドブームで、自分も遊びで「軽音楽部」ってサークルに入ってたんですけど
彼も「軽音」出身だった関係で、みんな勝手に親近感もって応援してたんです。。

函館の、あうん堂っていうライブハウスでアマ活動してるところを、レイニーウッドに認められて
最後の加入メンバーにデビューしたというサクセスは、当時の部員達の憧れでもあったんです。
社会人になってしばらく経ってから、「何も言えなくて・・・夏」がヒットした時は
速攻で8インチCDシングル買ってきて、カセットにダビングして聞いてました。

その頃勤めていた水産会社の船長にお願いして、
サブちゃんじゃなくJ-WALKかけてもらってましたからね。
「なんだコリャ!なんか力の入らねぇフワフワした歌だな。オイ!」って叱られましたけど
その後の紅白にも出ましたからね。

そう言えば、函館ってたいして都会でもないのに、意外に出身有名人が多いんです。
eyes0121.jpg
GLAYやJUDY&MARYのYUKIは有名ですけど、
微妙なところでは中原理恵や叶和貴子もそうです。
それと、忘れられないのはプロレスラーの「グレート小鹿」。

彼はレスラー時代から、副業で函館駅前でパチンコ屋をやってたんですけど、
ある時、景品交換に行ったらカウンターに全日のTシャツ着た本人がいたんですよ。

「小鹿さん!握手お願いします!」って近づいていったら、手にしてた景品みて
「お前!そんなに出したんか!コラーッ!」ってヘッドロックされた。
冗談とは思えないほどの痛さで、即タップ。殺されるかと思った。

なんか、またのんびり函館に遊びに行きたくなったなぁ・・・。
なんだかんだで15年住んでましたから・・・。

あっ、覚せい剤と大麻で引退した「加勢大周」も函館だった。
もう、いいか。
 

毎度ありがとうございます!

昨年からブログを書き始め、日々の出来事以外にも過去の話を引っ張り出しては
ネタにしてしまってるんですけど、そのおかげで忘れそうになっていた大切な人の事を
思い出すってこともよくあるんです。
今日はそんな話を・・・。

東京の証券会社を辞めた後、仕事も決まらないまま北海道に戻ったんですけど、
大学時代に住み慣れた函館ではなく、さらに車で1時間ほどの小さな港町に住んでいたんです。

昆布漁が盛んなその町には特別な仕事があるわけでもなく、
体が頑丈そうだというので近くの水産会社に就職が決まって働いていました。
水産会社と言えば聞こえはいいですけど、いわゆる漁師の手伝いみたいなもんです。

cd43c0ba.jpg午前3時に起きて暗いうちから船で沖に出て、港に戻ってから
魚を買い付け、トラックで函館の朝市に運ぶっていう毎日。
自分でも、コレでいいのかなって思ってたんですけどね。
赤いハイネックにドカジャン着て、白いゴム長にパンチパーマという、
どこからどうみても漁師のファッションで染まっていってました。

1週間前までは、東京の兜町でアタッシュケース持ってサラリーマンしてたのがウソみたいでしたから。

でも、その会社に社長の叔父さんって人がいて、いつも自分にこう言ってハッパかけるんですよね。
「いいかァ。親から大学まで出してもらったんだからよォ、こんな所にいてどうすんだよ!」と。

オジサンは数年前に奥さんを亡くして、小さな一軒家に一人暮らししてました。
甥のやってる水産会社を手伝いながら、自分も船で沖に出て生計を立ててたんですよね。
他の人が家族やみんなに手伝ってもらってやってる陸仕事を、
オジサンは暗くなるまで全部一人でやっていたんです。

なぜか自分のコトは面倒みてくれて、オジサンの家で毎晩お酒をご馳走になってたんですけど、
酔ってくると毎回毎回、おなじ説教するんですよ。

「こんな所にいつまでもいるな!もっとお前にしかできない仕事をやれよ!バカヤロー」と、
そう言ってはよく酒の入った茶碗をひっくり返してたもんです。

証券会社時代の同期ヤマヤから三軒茶屋のマツモトさんの件(過去記事「人情」参照)で
電話をもらった夜に、オジサンにそのコトを話したら、
「お前が東京でやってきたコトっつうのは、種まいたらすぐに芽の出るってもんじゃねーべ。」
「コツコツ地道にやってればなぁ、必ず誰かは見てくれてるもんなんだ。」
「もっと自分に自信持ってよォ、もっと陽の当たるトコいって頑張ってみろ!」
そう言われて、ようやく自分もその気になったんでしょうかね・・・。

それから1ヵ月後に、函館でまたスーツ着てアタッシュケースを持つ営業マンになってましたから。
しばらくしてオジサンの家にスーツ着て顔出したら、
「似合わねー!」ってゲラゲラ笑われたんですけど、すごく喜んでくれてましたね。
酒の入った茶碗片手に、「上がれ、上がれ」って嬉しそうだった。

その後の数年間は電話や年賀状で連絡取れてたんですけど、ある日突然、
「東京に出稼ぎに行くから、この家に来ても誰もいねーぞ」と電話をもらったのを最後に、
音信不通になってしまいました。

オジサン、どこかで元気でやってるよね?

オジサン、また茶碗で酒飲んでるんかな。。。

オジサン、やっぱりオレにはサラリーマン向いてなかったよ。。
 

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