やきとん専門店「やき処やんちゃ」店主ブログ
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毎度ありがとうございます!

「東京視察」まであと一週間あるんですけど、東京というと忘れられない思い出がありまして。
長くなりそうなんで、気楽に読み流して下さい。

夏の予選が終わり、野球部寮を出て念願の自宅通学に切り替わった高3の秋。
その頃、学校が終わると真っ直ぐに向かう喫茶店があったんです。
姉妹で経営していたその喫茶店は、当時流行の麻雀のゲーム機が置いてあって
コーヒー一杯で何時間も居座っていれたわけです。

毎日通っているうちに、自分より2歳年上だった妹さんの方と、付き合うことになったんですよね。
自分は北海道の大学に進学したんで、春からは遠距離恋愛になったんですけど、
1年くらいは行ったり来たりしながら、そんな関係が続いてたんです。
でも、翌年のGWに突然、音信不通になってしまったんですよ。

携帯もない時代ですから、北海道からじゃ全く現状を把握できなかったんです。
ようやくお姉さんと連絡がついて、話しを聞いたら
「店の経営が厳しく借金しか残らなかったから、店を閉めて妹は東京にいる姉の所に行った」
って言うんですよ。

18やそこらで、彼女が急に何の連絡もないままいなくなって、
「はい。そうですか。」ってヤツは一人もいないと思うんですよね。
そのまま東京行きのチケットを買いに行ってましたから。
飛行機に乗ったのも、山手線や地下鉄やら一人で都内を移動したのも、この時が初めてでした。

鶴岡のお姉さんから聞いた住所は、京王線笹塚駅そばのマンションだったんですけど、
何時にどこから帰ってくるのかすら分からないまま、10時間くらいはマンションの前に座ってましたね。
今思えば、バカみたいな行動ですけど、当時はまだ若かったと言うか熱かったと言うか・・・。

ようやく、夜中の1時くらいだったと思います。
一台の古いベンツがマンションの前に止まって、中から彼女が降りてきました。
礼儀正しくお辞儀をして、ベンツを見送っている彼女に近づき声を掛けたんですよね。

keio5000.jpg「ど、どうしてここにいるの?」
「お姉さんから聞いたんだ。ここにいるって。」
「そうなんだ。ゴメンね、心配かけちゃって。」
「なんで、何にも言ってくれなかったんだよ。」
「ゴメンね。とりあえず、中に入ろっか。」

8階までのエレベーターの中で、聞きたいことを整理するんですけど、
たくさんありすぎて何がなんだか、自分でもワケ分かんなくなってるんですよ。

「借金ってどういうこと?」
「なんで何も言ってくれなかったわけ?」
「今、仕事は何してんの?」
「なんでこんな時間に帰宅すんの?」
「あのベンツの人は誰?」

お姉さんが彼氏と一緒に暮らし始めたために空いたというワンルームの部屋に入って、
その、ひとつひとつの質問に答えてくれたんです。

・・・つづく。

毎度ありがとうございます!

では、またまた面白くない思い出話しの続きでも。

大学の推薦試験の面接で髪型の話しか出ず、困惑していたんですけどようやく
「ウチの大学の硬式野球部が北海道学生リーグの2部で頑張ってるんだけど、
是非野球部に入って1部昇格に力を貸してもらえないかな」と野球部入部を打診されたんですよね。

eyes0546.jpgけど、「自分は高校時代に野球しかやってこなかったんで、
大学では別の自分も見つけたいです」ときっぱりと答えたんです。
そしたら、「・・・そうですか。残念ですねェ」
って、あれあれ、ますますヤバイ雰囲気になっちゃってるかも。

でも最後に「わかりました。野球部入部の件はもう少し考えておいて下さい。」
「それでは入学式でお会いしましょう。今日は遠いところ、わざわざありがとう。」
ってがっちり握手して、面接修了。
12時間かけて一人で北海道にやって来て、面接5分でその場で合格って・・・。

2週間後の合格発表の日、高校の担任の先生から「やったな!合格って通知きたぞ!」って、
そりゃそうでしょうよ。がっちり握手までして入学式で会おうって言ってくらいだし。

ただ、やっぱり親父は声には出さなかったけど、喜んでくれましたよね。
入学式までに住むところ決めるため、親父と二人でもう一回、12時間かけて函館に行きましたから。
男二人で二泊三日の旅行みたいな感じですけど、実際には記念写真を撮るわけでもなく
観光地も回らず、不動産屋とホームセンターめぐりで終わったんですけどね・・・。
男二人じゃそんなもんです。

大学でも大して勉強はしてないんですけど、あの4年間はやっぱり自分の人生に大きな影響を
与えた時間であることには間違いないですよね。
途中、就職やなんかで東京にも行きましたけど、なんだかんだで33歳までの約15年、
函館に住むことになるんですから。

三日間にわたって長文お付き合いありがとうございました。

たいしたオチもなく、だらだらと思い出話を書いてしまいましたけど、
忘れてしまいそうな記憶や忘れたくない思い出を、たまにはこうして呼び起こしてあげることも
必要なんじゃないかなと思うわけです。
みなさんの思い出話も是非聞かせてください。

よーし、今週も始まります!
気合入れて頑張りましょう!
オッシャァァァー!
毎度ありがとうございます!

では、昨日のつづきでも。

大学の推薦試験が面接だけってことで、俄然テンションが上がったわけです。
やはり、野球部でもまれたって事で、姿勢は良いし声もでかいし、ハキハキ受け答えも出来るし。

それで、こうなったら仙台会場じゃなく函館の大学会場に行ってみよう!ってことになりまして、
いきなり北海道に一人で出発したんですよね。

eyes0523.jpg12月9日、雪の鶴岡駅を出発して秋田で乗り換えて青森まで、
電車で6時間くらいかかったんですよ。
で、青森からは青函連絡船でさらに4時間かかる。

青森駅の青函連絡船待合室で初めて見る「乗船名簿」に記入してから、
2時間くらいの待ち時間があって、いざ乗船。

テープでドラの音がジャンジャンジャンと流れて、いよいよ北海道に向かうんだなって
気持ちが高ぶるんですよ。

でも、冬の津軽海峡は凄く荒れてて、初めて乗った大型客船なのに大ーきく揺れて
「コレ、沈むかも。」なんて全身緊張しっぱなしでマジ疲れました。

ようやく船の窓から、函館の街の明かりが見えたとき、なんか感激しましたね。
なんだかんだで、鶴岡出発から函館到着まで12時間くらいかかったわけですから。

駅前に出たら、路面電車なんか走ってて、まさに異国情緒たっぷりでオシャレな街だなって
いうのが函館の第一印象でしたね。

で、ようやく函館に着いたはいいけど、宿はとってなかったんですよ、何とかなると思ってたモンで。
それで、駅のすぐそばにあった「大黒屋」という旅館に飛び込んで、素泊まりで泊めてもらいました。

宿では、面接のシュミレーションしながら、とにかく頭に叩き込みました。
えーっと、ドアを開けて挨拶して「どうぞお掛け下さい。」って言われてから椅子に座って、
志望の動機を聞かれたら、「貴大学の推進する少人数制での講義が、より深い専門知識を
習得するためには大変魅力的でして・・・」みたいな事を覚えていくわけです。
何回も何回も、繰り返し繰り返し暗記したもんです。

翌朝、大黒屋のおばさんがおにぎりを握ってくれて、いざ面接会場へ。

いよいよ自分の番になって受験番号を呼ばれます。
コンコン。「失礼します!」「高校名と氏名、生年月日をお願いします。」
そうそう、シュミレーション通り。
で、このあとは志望の動機とか聞かれるんだよな、確か・・・えーっと。

そしたらいきなり、面接官の教授がビシーッとスプレーで固めた自分のアイパーを見て
「君、カッコいい髪形してるね~。それ何分くらいかけてるの?」って全く予定にない質問したんですよ。
「はいっ?あっこれですか。これは・・・あの~15分くらいッスけど・・・。」
「やっぱりスプレーとか、たくさん使うの?」
「いやっ、そんなには使わないッスね・・・。多分。」
「じゃポマード使ってるのかな?」
「いやっ、自分はジェルっていうか、なんていうか・・・」
「フーン・・・。そうなんだ。」
って、なにこの質問。この髪型はヤバかったんかな。髪型の事しか聞かれねーし。

・・・中途半端に、つづく。

毎度ありがとうございます!

ふと、高校3年の進路で悩んだときの事を思い出しました。

自分は高校時代、野球しかしてなかった上に商業科だったんで、
大学進学なんて全く考えてなかったんですよね。
就職希望者は野球部から決まっていく時代でしたから、自分も金融会社に就職が決まってました。

けど、ずっと野球しかしてなくて周りのことを何も知らないのに、
このまま社会人になって大丈夫なのかなって急に思っちゃったんです。

eyes0949.jpg私立の学校を出してもらっただけでも、親には相当の負担をかけたんですけど
さらに大学になんて当然、猛反対されるのも当たり前ですよね。
それでも「これからは大学くらい出てないとダメだ。入れるのか?」と、
中学しか出てない親父が言ってくれたんですよね。

それで、監督さんに相談したら、
「お前の成績じゃ大学は難しいけど、秋田の某大学なら野球で入れるぞ」って
言ってもらいました。

けど、大学でまた野球をやるつもりはなかったし、秋田という土地にも近いせいか、
なぜか魅力を感じなかったんですよね。
「野球をやらないなら大学は難しいぞ。」という事だったんで、自分で行けそうなトコ探しましたよ。

で、見つけたのが「函館大学」。
当時はまだ、商学部商学科しかなかった単科大学です。
将来は金融系志望だったんで、商学部は望むところでした。

しかも少しでも親元を離れて遠くに行きたかったんで、「ほっかいどう・はこだて」って響きにやられました。
「ここに行きたいんですけど・・・」って監督さんに相談したら、
「推薦状だけは書いてやるから、あとは自分で何とかしろ」って言ってくれたんです。

で、一次推薦試験の内容を見てみると・・・
試験日時:12月10日
試験会場:本学・東京・仙台
試験科目:面接

エッ。面接のみ?

いくら一次推薦試験とはいえ、小論文や筆記試験はあるのが一般的なのに「面接」だけって・・・。

・・・つづく。
毎度ありがとうございます!

テレビ番組で「ヒミツのケンミンショー」なるものがあるらしいですけど、そこで思い出したのをひとつ。

函館の小学校の運動会では、父兄はグラウンドでバーベキューを楽しみながら参加してます。

bbq.jpg朝の7時くらいから、お父さんたちが場所取りするんですけど、
どこもレジャーシートやブルーシートじゃなくて
キャンプで使う折りたたみのチェアー持参なんです。

で、普通に炭で火を起こしてバーベキューしてるんですよ。
当然、運動会中もビールをガンガン飲んで盛り上がります。
運動会ですよ。小学校の、グラウンドで。

だいたい三家族くらいで1コンロを囲んでるんですけど、
あちらこちらで煙がモクモク上がって、美味しそうないい匂いがしてる。

函館に住んでいた頃、鶴岡から同級生シンジが遊びに来たとき、ちょうど隣の小学校の運動会で、
「おい!グラウンドで父ちゃん達バーベキューして、いい調子で盛り上がってんぞ。いいの?」って
ビックリしてましたもん。

実はそれって函館だけだったのかなって思ってたんですけど、昨日ご来店のクドウさんも
以前は釧路にいた方で、「釧路の運動会もそのスタイルだったよ」と言ってました。

その日はお母さん達はお弁当を作らず、今日はお父さん達の出番だぞ!みたいなノリなんですよね。
クーラーボックスにビール詰めて食材詰めて、完全にキャンプ化してるんですよ。

鶴岡の運動会では、お父さん達はムービー撮影と親子競技に参加するくらいですけど、
向こうは飲みながら参加してるんで、盛り上がり方がハンパじゃない。
声援が完全に酔っ払いモードなんです。
「いよっ!いいど~がんばれよ~ガハハハ。」みたいな。

それでいて、子供達も楽しそうなんですよね。なんでかって言うと運動会の当日は、
学校の前に「アメリカンドック」とか「やきそば」なんかのテキヤも出るんですから。
もう、お祭り感覚なんですよ、運動会が。

凄くないですか・・・。

他にもカルチャーショックを受けたことたくさんあったんですけど、それはまたの機会にでも。

毎度ありがとうございます!

昨日、「JAYWALK」のボーカル中村耕一が覚せい剤所持で逮捕という残念なニュースが流れてました。

彼はずっと年上ですけど、函館市出身で大学の先輩なんですよね。中退されてますけど。
当時はバンドブームで、自分も遊びで「軽音楽部」ってサークルに入ってたんですけど
彼も「軽音」出身だった関係で、みんな勝手に親近感もって応援してたんです。。

函館の、あうん堂っていうライブハウスでアマ活動してるところを、レイニーウッドに認められて
最後の加入メンバーにデビューしたというサクセスは、当時の部員達の憧れでもあったんです。
社会人になってしばらく経ってから、「何も言えなくて・・・夏」がヒットした時は
速攻で8インチCDシングル買ってきて、カセットにダビングして聞いてました。

その頃勤めていた水産会社の船長にお願いして、
サブちゃんじゃなくJ-WALKかけてもらってましたからね。
「なんだコリャ!なんか力の入らねぇフワフワした歌だな。オイ!」って叱られましたけど
その後の紅白にも出ましたからね。

そう言えば、函館ってたいして都会でもないのに、意外に出身有名人が多いんです。
eyes0121.jpg
GLAYやJUDY&MARYのYUKIは有名ですけど、
微妙なところでは中原理恵や叶和貴子もそうです。
それと、忘れられないのはプロレスラーの「グレート小鹿」。

彼はレスラー時代から、副業で函館駅前でパチンコ屋をやってたんですけど、
ある時、景品交換に行ったらカウンターに全日のTシャツ着た本人がいたんですよ。

「小鹿さん!握手お願いします!」って近づいていったら、手にしてた景品みて
「お前!そんなに出したんか!コラーッ!」ってヘッドロックされた。
冗談とは思えないほどの痛さで、即タップ。殺されるかと思った。

なんか、またのんびり函館に遊びに行きたくなったなぁ・・・。
なんだかんだで15年住んでましたから・・・。

あっ、覚せい剤と大麻で引退した「加勢大周」も函館だった。
もう、いいか。
 

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