やきとん専門店「やき処やんちゃ」店主ブログ
Calendar
<< 2017/09 >>
SMTWTFS
1
3456 789
1013 1516
171820 212223
24252627 282930
Recent Entry
Recent Comment
Category
1   2   3   4   5   6  
毎度ありがとうございます!

流通センターでアルバイトを始めて10日ほどたった、ある夜。
朝まで帰ってこなかった彼女と大喧嘩になって、そのままの勢いで別れたんです。
若さなのか、単純なのか、自分の気持ちだけで突っ走って
彼女にしてみたら有難迷惑だったんでしょうね、きっと。

本来なら、彼女が何も言わずに東京に行ったのを知った時点で終わってる話なんですよ。
今の時代なら、携帯で話して「別れましょ。」で終わりだったでしょうから。
それを、田舎から突然東京にやってきて、10時間も待ったなんて聞かされて
「オレも東京来てバイトするから。」じゃ、重たいし、熱すぎるし、何よりイタイ(笑
そりゃ、別れ話も切り出しにくくもなりますよね。

彼女のためにと言うよりも、
「北海道から誰も知らない東京に出てきて、彼女のためにドカジャン着て頑張ってるオレ」
っていう画がカッコいいと思ってたのかもしれないですね。

98fedd734e87778c.jpg帰りのチケット代もないまま、渋谷から東急世田谷線に飛び乗って、
タダシのいる上町までたどり着くのが精一杯だったんです。

「カッコわりーな。オレ。」
「別に。そんなこと、ねぇんじゃねーの。」
なんて会話を何十回と繰り返しながら、その日は朝まで飲んだくれました。
吐くまで飲んで、吐いたらまた飲んで・・・。

今から25年近く前の出来事です。
今は、その娘がどこで何をしているのかは知りませんし、知りたいとも思いません。

だけど、自分の中で「東京」を思い浮かべる時や、
羽田からモノレールに乗って「流通センター」を通過する時には、
必ずと言っていいほど、あの時の青臭い自分がまだその場所にいるようで、
切なくて照れくさいような妙な感覚になってしまうんですよね。

その後も、同じような恋愛を繰り返しては別れ、少しづつちょっとづつ大人になっていって、
25年後の自分には愛すべき家族ができて、好きな商売をしながら鶴岡で暮らす事になるなんて、
ドカジャンを着て必死に作業していたあの時の自分には、想像できなかったでしょうから。

来週、また「東京」に行きます。
あの時と同じように、一人で羽田へと向かいます。(完

長文、お付き合いありがとうございました。

なお、描写がリアルすぎて万が一、家庭生活に不具合が生じそうになった際には、
速やかに全編削除いたします事をご了承下さい。(笑
毎度ありがとうございます!

東京で、まるでトレンディドラマみたいな再会を果たしたんですけど、
実際はそんなにカッコいいものでは全然なくて・・・。

少し落ち着いてから彼女の話を聞くと、
「借金を返すために少しでも効率のいい仕事をするために東京に来たの。」
「今はデニーズで夜のバイトしてるんだけど、これからは昼のバイトも探すつもり。」
「送ってくれたのはオーナーで、深夜のバイトの子は危ないからってみんな送ってくれるんだよ。」
「東京は以前も住んでたから、生活には慣れてるし。」
「お姉ちゃんが彼氏のところに行ったから、ここ好きに使っていいんだ。」
「借金のこと言っても仕方ないと思ったし、心配するでしょ。けど、ごめんなさい。」

「デニーズ」が何かもその時は知らなかったんですけど、何となく納得したんですよね。
で、「7月に入れば2ヶ月間大学は休みに入るから、オレもこっち来て何かバイトするよ。」
なんて約束して、北海道に一旦帰ったんです。

約束通り7月にまた東京に来て、自分も効率のいいアルバイトを探して見つけたのが、
日給15000円、経験不問、食事付き、制服貸与、交通費あり、日払い可、という仕事。
勤務地は流通センター内の、紀文の関東配送センターだったんですよね。

ead95ca4a45c5ffa.jpg東京モノレールも、まだ天王洲アイル駅はなかった頃です。
標準語を話す怪しい中国人や、自称早稲田を語るスカした学生に混じって、
一列づつ「ハイ、これ制服ね。」と渡されたのは、真夏なのにドカジャン!

倉庫内全体が冷蔵庫になっている中で、ダンボールに入ったおでん種が
ベルトコンベアーで流れてくるんですけど、その箱には1番から88番まで
番号が書いてあるんです。

1番:横浜そごう 2番:新宿高島屋 3番:多摩プラーザ みたいに配送先ごとのパレットが
サッカーグランドくらいの広さにビッシリあるのを、全部覚えないとなんなかったんですよね。

で、配送時刻になるとリフトでトラックに積み込みするんですけど、そこは微妙に冷蔵庫の外なんですよ。
寒いところから、いきなり外の蒸し暑いところに出ると、もう身体がダルダルになるわけです。
で、また中に入ってダンボールを延々と運ぶのを繰り返すんですよね。

10時から22時までずっと冷蔵庫の中で、パレットとベルトコンベアーの間を、
ダンボールを持って何百回と往復するわけです。
体はさすがにキツかったですけど、それでも彼女のためにと頑張って続けてましたね。

あの日の夜までは。

・・・つづく。
毎度ありがとうございます!

「東京視察」まであと一週間あるんですけど、東京というと忘れられない思い出がありまして。
長くなりそうなんで、気楽に読み流して下さい。

夏の予選が終わり、野球部寮を出て念願の自宅通学に切り替わった高3の秋。
その頃、学校が終わると真っ直ぐに向かう喫茶店があったんです。
姉妹で経営していたその喫茶店は、当時流行の麻雀のゲーム機が置いてあって
コーヒー一杯で何時間も居座っていれたわけです。

毎日通っているうちに、自分より2歳年上だった妹さんの方と、付き合うことになったんですよね。
自分は北海道の大学に進学したんで、春からは遠距離恋愛になったんですけど、
1年くらいは行ったり来たりしながら、そんな関係が続いてたんです。
でも、翌年のGWに突然、音信不通になってしまったんですよ。

携帯もない時代ですから、北海道からじゃ全く現状を把握できなかったんです。
ようやくお姉さんと連絡がついて、話しを聞いたら
「店の経営が厳しく借金しか残らなかったから、店を閉めて妹は東京にいる姉の所に行った」
って言うんですよ。

18やそこらで、彼女が急に何の連絡もないままいなくなって、
「はい。そうですか。」ってヤツは一人もいないと思うんですよね。
そのまま東京行きのチケットを買いに行ってましたから。
飛行機に乗ったのも、山手線や地下鉄やら一人で都内を移動したのも、この時が初めてでした。

鶴岡のお姉さんから聞いた住所は、京王線笹塚駅そばのマンションだったんですけど、
何時にどこから帰ってくるのかすら分からないまま、10時間くらいはマンションの前に座ってましたね。
今思えば、バカみたいな行動ですけど、当時はまだ若かったと言うか熱かったと言うか・・・。

ようやく、夜中の1時くらいだったと思います。
一台の古いベンツがマンションの前に止まって、中から彼女が降りてきました。
礼儀正しくお辞儀をして、ベンツを見送っている彼女に近づき声を掛けたんですよね。

keio5000.jpg「ど、どうしてここにいるの?」
「お姉さんから聞いたんだ。ここにいるって。」
「そうなんだ。ゴメンね、心配かけちゃって。」
「なんで、何にも言ってくれなかったんだよ。」
「ゴメンね。とりあえず、中に入ろっか。」

8階までのエレベーターの中で、聞きたいことを整理するんですけど、
たくさんありすぎて何がなんだか、自分でもワケ分かんなくなってるんですよ。

「借金ってどういうこと?」
「なんで何も言ってくれなかったわけ?」
「今、仕事は何してんの?」
「なんでこんな時間に帰宅すんの?」
「あのベンツの人は誰?」

お姉さんが彼氏と一緒に暮らし始めたために空いたというワンルームの部屋に入って、
その、ひとつひとつの質問に答えてくれたんです。

・・・つづく。

毎度ありがとうございます!

では、またまた面白くない思い出話しの続きでも。

大学の推薦試験の面接で髪型の話しか出ず、困惑していたんですけどようやく
「ウチの大学の硬式野球部が北海道学生リーグの2部で頑張ってるんだけど、
是非野球部に入って1部昇格に力を貸してもらえないかな」と野球部入部を打診されたんですよね。

eyes0546.jpgけど、「自分は高校時代に野球しかやってこなかったんで、
大学では別の自分も見つけたいです」ときっぱりと答えたんです。
そしたら、「・・・そうですか。残念ですねェ」
って、あれあれ、ますますヤバイ雰囲気になっちゃってるかも。

でも最後に「わかりました。野球部入部の件はもう少し考えておいて下さい。」
「それでは入学式でお会いしましょう。今日は遠いところ、わざわざありがとう。」
ってがっちり握手して、面接修了。
12時間かけて一人で北海道にやって来て、面接5分でその場で合格って・・・。

2週間後の合格発表の日、高校の担任の先生から「やったな!合格って通知きたぞ!」って、
そりゃそうでしょうよ。がっちり握手までして入学式で会おうって言ってくらいだし。

ただ、やっぱり親父は声には出さなかったけど、喜んでくれましたよね。
入学式までに住むところ決めるため、親父と二人でもう一回、12時間かけて函館に行きましたから。
男二人で二泊三日の旅行みたいな感じですけど、実際には記念写真を撮るわけでもなく
観光地も回らず、不動産屋とホームセンターめぐりで終わったんですけどね・・・。
男二人じゃそんなもんです。

大学でも大して勉強はしてないんですけど、あの4年間はやっぱり自分の人生に大きな影響を
与えた時間であることには間違いないですよね。
途中、就職やなんかで東京にも行きましたけど、なんだかんだで33歳までの約15年、
函館に住むことになるんですから。

三日間にわたって長文お付き合いありがとうございました。

たいしたオチもなく、だらだらと思い出話を書いてしまいましたけど、
忘れてしまいそうな記憶や忘れたくない思い出を、たまにはこうして呼び起こしてあげることも
必要なんじゃないかなと思うわけです。
みなさんの思い出話も是非聞かせてください。

よーし、今週も始まります!
気合入れて頑張りましょう!
オッシャァァァー!
毎度ありがとうございます!

では、昨日のつづきでも。

大学の推薦試験が面接だけってことで、俄然テンションが上がったわけです。
やはり、野球部でもまれたって事で、姿勢は良いし声もでかいし、ハキハキ受け答えも出来るし。

それで、こうなったら仙台会場じゃなく函館の大学会場に行ってみよう!ってことになりまして、
いきなり北海道に一人で出発したんですよね。

eyes0523.jpg12月9日、雪の鶴岡駅を出発して秋田で乗り換えて青森まで、
電車で6時間くらいかかったんですよ。
で、青森からは青函連絡船でさらに4時間かかる。

青森駅の青函連絡船待合室で初めて見る「乗船名簿」に記入してから、
2時間くらいの待ち時間があって、いざ乗船。

テープでドラの音がジャンジャンジャンと流れて、いよいよ北海道に向かうんだなって
気持ちが高ぶるんですよ。

でも、冬の津軽海峡は凄く荒れてて、初めて乗った大型客船なのに大ーきく揺れて
「コレ、沈むかも。」なんて全身緊張しっぱなしでマジ疲れました。

ようやく船の窓から、函館の街の明かりが見えたとき、なんか感激しましたね。
なんだかんだで、鶴岡出発から函館到着まで12時間くらいかかったわけですから。

駅前に出たら、路面電車なんか走ってて、まさに異国情緒たっぷりでオシャレな街だなって
いうのが函館の第一印象でしたね。

で、ようやく函館に着いたはいいけど、宿はとってなかったんですよ、何とかなると思ってたモンで。
それで、駅のすぐそばにあった「大黒屋」という旅館に飛び込んで、素泊まりで泊めてもらいました。

宿では、面接のシュミレーションしながら、とにかく頭に叩き込みました。
えーっと、ドアを開けて挨拶して「どうぞお掛け下さい。」って言われてから椅子に座って、
志望の動機を聞かれたら、「貴大学の推進する少人数制での講義が、より深い専門知識を
習得するためには大変魅力的でして・・・」みたいな事を覚えていくわけです。
何回も何回も、繰り返し繰り返し暗記したもんです。

翌朝、大黒屋のおばさんがおにぎりを握ってくれて、いざ面接会場へ。

いよいよ自分の番になって受験番号を呼ばれます。
コンコン。「失礼します!」「高校名と氏名、生年月日をお願いします。」
そうそう、シュミレーション通り。
で、このあとは志望の動機とか聞かれるんだよな、確か・・・えーっと。

そしたらいきなり、面接官の教授がビシーッとスプレーで固めた自分のアイパーを見て
「君、カッコいい髪形してるね~。それ何分くらいかけてるの?」って全く予定にない質問したんですよ。
「はいっ?あっこれですか。これは・・・あの~15分くらいッスけど・・・。」
「やっぱりスプレーとか、たくさん使うの?」
「いやっ、そんなには使わないッスね・・・。多分。」
「じゃポマード使ってるのかな?」
「いやっ、自分はジェルっていうか、なんていうか・・・」
「フーン・・・。そうなんだ。」
って、なにこの質問。この髪型はヤバかったんかな。髪型の事しか聞かれねーし。

・・・中途半端に、つづく。

毎度ありがとうございます!

ふと、高校3年の進路で悩んだときの事を思い出しました。

自分は高校時代、野球しかしてなかった上に商業科だったんで、
大学進学なんて全く考えてなかったんですよね。
就職希望者は野球部から決まっていく時代でしたから、自分も金融会社に就職が決まってました。

けど、ずっと野球しかしてなくて周りのことを何も知らないのに、
このまま社会人になって大丈夫なのかなって急に思っちゃったんです。

eyes0949.jpg私立の学校を出してもらっただけでも、親には相当の負担をかけたんですけど
さらに大学になんて当然、猛反対されるのも当たり前ですよね。
それでも「これからは大学くらい出てないとダメだ。入れるのか?」と、
中学しか出てない親父が言ってくれたんですよね。

それで、監督さんに相談したら、
「お前の成績じゃ大学は難しいけど、秋田の某大学なら野球で入れるぞ」って
言ってもらいました。

けど、大学でまた野球をやるつもりはなかったし、秋田という土地にも近いせいか、
なぜか魅力を感じなかったんですよね。
「野球をやらないなら大学は難しいぞ。」という事だったんで、自分で行けそうなトコ探しましたよ。

で、見つけたのが「函館大学」。
当時はまだ、商学部商学科しかなかった単科大学です。
将来は金融系志望だったんで、商学部は望むところでした。

しかも少しでも親元を離れて遠くに行きたかったんで、「ほっかいどう・はこだて」って響きにやられました。
「ここに行きたいんですけど・・・」って監督さんに相談したら、
「推薦状だけは書いてやるから、あとは自分で何とかしろ」って言ってくれたんです。

で、一次推薦試験の内容を見てみると・・・
試験日時:12月10日
試験会場:本学・東京・仙台
試験科目:面接

エッ。面接のみ?

いくら一次推薦試験とはいえ、小論文や筆記試験はあるのが一般的なのに「面接」だけって・・・。

・・・つづく。
カウンター
カレンダー
08 2017/09 10
S M T W T F S
1
3 4 5 6 7 8 9
10 13 15 16
17 18 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新コメント
[09/11 店主]
[09/11 タムちゃん]
[09/02 店主]
[09/02 タムちゃん]
[08/27 店主]
[08/26 コーチャー]
[08/25 店主]
[08/24 仙台屋の自販機]
[08/21 店主]
[08/21 仙台屋の自販機]
ブログ内検索
プロフィール
HN:
やんちゃ店主
性別:
男性
バーコード
アクセス解析
Template & Icon by kura07 / Photo by Abundant Shine
Powered by /