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明けましておめでとうございます!
本年も変わらぬ御贔屓のほど宜しくお願いいたします。
明日5日から営業致します。
年末年始休み、いかがお過ごしでしょうか。
自分の年末年始は食っちゃ寝の繰り返しで、堕落した生活を送っておりました。
そんな中、正月出張という名の「秋田遠征」に行ってきました。
そして、今回の旅の相棒はアビコ・・・えーと下の名前は知りません。
学校は違えど、同い年ということは知っています。
代行がきっかけで、共通の同級生の話しで盛り上がり、以来ちょくちょく一緒に飲む仲間です。
何度か名前を聞いているそうですが、飲んでいる場面で覚える気がないというか
「アビコ」で通じるので、今でもそのままにしています。
携帯には「安孫子一郎」と勝手に演歌歌手みたいな仮名をつけて登録しています(笑
正月は妻帯者の遠征が難しいので、アビコに連絡したら「いいっすよ。」と予想通りに
OKの返事をもらいましたので、すぐに川反のホテルを予約しました。
ノープランの旅もいいんですけど、何かしらの使命感がないとダラダラしてしまうんで、
秋田の地酒「新政(あらまさ)」を入手するというミッションを掲げたんですね。
それと「比内地鶏」を食べるというオマケもつけて(笑
実は、正月礼で実家に行った際に「秋田では新政が地元でも入手できないようだ。」と
兄貴から聞かされていたんですね。
というわけで、アビコの車でいざ秋田に向かって出発!
と思いきや、車がタバコ臭くて息が出来ないんですよ。
近所のコンビニに寄って、すぐにファブリーズを購入(笑
シートから天井まで至るところにスプレーして、何とか車内空間の快適化に努めます。
自分でも気になっていたというアビコも喜んでましたよ。
そのままスプレーはアビコにプレゼントしてきました。
10時半に鶴岡を出発して、まずは秋田市内のスーパー銭湯「華のゆ」に向かいます。
なぜならそこに「アカスリ」があるから(笑
去年までの疲れをとって新年の気合いを入れるためのリフレッシュには、
大好きな「アカスリ」は絶対に外せません。
というより、アカスリのないエリアには行かなかったでしょう。
まるで、ゆでタマゴがツルンと一皮剥けたように肌がツルツルになって、
最高に気持ちよかったです。
秋田市川反(かわばた)で飲むのは25歳の頃以来ですから、もうかれこれ25年ぶりです。
お店の記憶はほとんどないですけど、繁華街の記憶は自分の中に残っていました。
25歳の頃に感じていた川反のネオン街も、今見ると随分と寂しくなった気がします。
1軒目に入った炭火居酒屋さんで、焼鳥盛合わせと比内鶏の炭火焼をオーダーしましたけど、
そんなに大きな感動もなく・・・なんだろうな。。。
この夜、トータルで7軒をはしごしたんですけど、焼鳥以外の一品料理はどれもみな
価格設定が高すぎる気がしました。
値段が高ければ、どんな味がするのか舌が高めに構えてしまうものです。
高くても旨ければ舌も納得するでしょうけど。
比内鶏の炭火焼も980円
ハタハタの子持ち焼きも皿に一匹そのままで980円
一見のスナックも、〆のラーメンもどれもみな、少し高いなと個人的に感じました。
それでいてアルコール類のドリンクは比較的に安めに設定されていたりして。
観光地化してるのかなぁ。
「県外のお客様大歓迎!」だの「秋田に来たらきりたんぽ鍋としょっつる鍋」みたいな
張り紙があったり、店頭に大きな「なまはげ」が飾ってあったりと地元民よりも観光客目線の
お店作りが生き残ってきたのかもしれません。
そして昼間どこの酒屋に行っても買えなかった「新政」は、当然どこに行っても飲めません。
3軒目に入った居酒屋の女将さんが、新政と名前が入った古い縄のれんを見上げながら、
「昔は地元の人は誰でも買えて飲めたお酒だったんだけどね。ウチも新政一本だったし。」と
恨めしく話していたのが印象的でした。
有名大学卒業の息子さんが跡目を継ぎ、全量完売を目指すために関東限定出荷、特約店制度と
限定酒がプレミア化して、とある酒屋さんには聞く間でもなく「新政入荷ありません!」と
張り紙をしていたお店もあったくらいです。
まるで、どこかの蔵のお酒を見ているようです。
地元で買えず地元で飲めず、東京からの逆輸入でプレミア価格で飲む日本酒・・・
6軒目に入った蕎麦屋さんのメニュー短冊に「新政、一合1200円」と書いてあるのを見つけて
いぶりがっこをかじりながら飲んだ新政は、少しだけ残念な味がしました。
新政も旨いんだろうけど、秋田にはもっと安くて旨い酒がたくさんあります。
一合1200円で飲む味はしなかったです。
経営方針だから仕方ないんでしょうけど、そういう日本酒、そういう蔵を、地元鶴岡でも
また他の県でもたくさん見てきました。
これからも、そういう蔵やそういう販売ルートでしか入手できない日本酒が増えてくるでしょう。
ちなみに川反の繁華街の入り口には、通りをまたぐように大きなアーチが架かっていて、
そこには大きく「新政アラマサ」と光る看板が川反の夜を照らしてくれています。
まるで、これからの川反の楽しい時間を期待させてくれるような、そんな象徴的な場所です。
地元の人たちは待ち合わせの時に「新政の看板の下で。」というのが
昔からお馴染みなんだそうです。
その川反を象徴する看板が、今ではむなしく少し寂しく光っているように
自分には見えました。
繁華街や歓楽街というものは、時代と共に移りゆき変わっていくものだと思います。
けれども変わってはいけないもの、残していかなければならないもの、そしてなによりも
大切にしていかなければならないものが、そこにはあるはずです。
そんな事を思いながら、秋田市川反の夜が更けていきました。
一年の始まりに他県の酒場を肌で感じ、いい経験ができたと思います。
何万分の1かもしれないけれど、鶴岡の夜を照らす灯りの一つを掲げる者としての使命感というか
「今年も一生懸命に頑張っていこう!」という決意みたいなものが湧いてきていました。
翌日、帰路につく際に昼ごはんで寄った日本海沿いの食堂で、大好物のブリカブトの
定食セットを食べれたのは幸せでした。
居酒屋で、みんなで突っついて食べるよりも、やっぱり一人占めで食べる醍醐味がたまりません。
相棒のアビコは「ハタハタの煮付け定食」に「鮪ハンバーグ」を追加注文してました。
アイツも51歳とは思えない食欲で、まさにわんぱく盛りです(笑
そして、海を眺めながら食事をしつつ、さりげなく「アビコの下の名前ってなんていうの?」と聞くと
「昨日の夜からもう3回目ですよ、教えたの。・・・ヒロキです。」といいます。
「へー、ヒロキっていうんだ。」と思いながらも携帯は「安孫子一郎(仮」のままにしておきました。
そしてまたいつか酔って聞きたいと思っています。
「アビコの下の名前ってなによ?」と(笑
明日から頑張ります!
宜しくお願い致します。
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毎度ありがとうございます!
おかげさまで年内の営業も無事に終了いたしました。
たくさんのご来店誠にありがとうございました。
来年も変わらぬご贔屓のほど宜しくお願い致します。
新年は1月5日から営業いたします!
というわけで、年末年始休業に入りました。
年賀状には全く手をつけておらず、今日一日で全部仕上げなくてはなりません。
大掃除は終わりましたが、もう一回お店の掃除や、年始営業のお知らせPOPを貼ったり、
伝票とレシートの整理など、雑務がまだまだたくさん残っています。
自宅前の雪かきとおばあちゃんちの雪かきもしなくてはなりません。
夕方5時からはマナブさんとワタルと忘年会がありますし、スケジュールがビッシリで
休みとは思えないほど忙しい一日になりそうです。
というわけで、まずはこれからお店に行ってきます。
そして雪かき、そして年賀状、です。
もうお休みに入った方も、年末年始もお仕事される方も、
皆さまにとって素敵な年越しでありますように。
よいお年をお迎えください。
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毎度ありがとうございます!
年内の営業は29日まで。
新年は1月5日からの営業です。
よろしくお願いいたします。
先日ブログでも書いていた、開業以来使ってきた路上看板がとうとう寿命を向かえ、
昨日から新しく壁面看板を設置いたしました。
路上看板についていたアクリル板を引き続き使いたかったので、大工のタカヒロには
「四角い枠でいいよ。」とお願いしていたんですけど、忙しい仕事の合間を縫って
立派な看板枠を作ってくれました。
そして昨日、冬の冷たい雨が降る中で、タカヒロと電器屋のゴンビが雨に濡れながらも
設置しに来てくれました。
本当にありがとう!
感謝、感謝、感謝です。
中は、LEDライトなので蛍光灯のように切れなくてはいいんですけど、
少し明るすぎましたかねぇ。
ホームセンターで売っていた連結式のLEDライトを2本買ってきて付けてもらったんですけど、
あまりの明るさにちょっと眩しいようです。
真ん中に1本でもよかったかなー。
というより、蛍光灯のような光の広がりがより直線的なLEDだからこそ感じる眩しさなのでしょうか。
これは後で、プロのゴンビから意見を聞かなくてはなりません。
というわけで、路上看板がなくなり壁面看板になりましたので、市役所側から道路を曲がった際に
少し認識しにくくなったかもしれません。
まぁ、10歩も歩けば正面看板が見えますので、大丈夫だと思うんですけど。
今まで、店内のスイッチをOFFにしても提灯と頭上看板が消えるだけで、
路上看板はそのまま点いていたんですよね。
そこをゴンビにお願いして、全部の看板の点灯消灯がスイッチひとつで連動するように
改善してもらいました。
今までは、暖簾と提灯そして路上看板を出したり仕舞う動作を、当たり前のように16年間
毎日やってきましたけど、昨日から一番大きくて重たい路上看板を仕舞う手間がなくなり、
さらには入り口のスペースもふさがらなくなりました。
開店前に出入りする業者さんやおしぼり屋さんなんかは、荷物を持ったままでも
スムーズに店内に入ってくることができるようになりました。
雨や雪の日は、仕舞った路上看板から滴る水滴が玄関マットを濡らしていて、
その部分も改善されることになります。
本当に、いいことづくめです。
ただ、開業から毎日使っていた路上看板でしたから、愛着と愛情はありました。
まさに、雨の日も雪の日も過酷な条件のもとで灯りを点けてくれた、いわば相棒です。
その看板の顔ともいえるアクリル板は、新しい壁面看板でも引き継いでいきます。
開業時には、なるべくお金をかけずにとスタートした「やんちゃ」です。
内装には、自分のイメージや理想もあったけれど、優先順位はそこが上位ではないと思って、
友人からもらった冷蔵庫に、知り合いから安く譲ってもらった焼き台に、もらい物の器で
まずは旨いものを出そうと必死になってスタートしたんです。
そんな中で、一番と言っていいほどの高い買い物がこの路上看板でもあったんですね。
だから、大事に大事に使ってきたんですけど、錆や経年劣化にはかないませんでした。
新しいやんちゃの顔として、また長く使えるように、これからも長く灯していられるように、
日々、頑張っていくだけです。
昨夜は、毎年樽平酒造の菰樽(こもだる)を頂戴している酒田むすめさんからも
わざわざ山形から忙しい合間を縫って樽を届けてくださいました。
2006年のマスターズ甲子園出場時の取材がきっかけでしたから、
もう10年以上のお付き合いになりますか。
積もる話しと聞きたい話しがお互いに山ほどあって「今度ゆっくりと。」としか
会話が出来ませんでしたけど、本当に今度こそゆっくりと語り明かさなければなりません(笑
たくさんの方に支えられ、たくさんの方と出会い、たくさんの方々にご来店頂いた2018年も
残すところあと少しとなりました。
事故や怪我のないように、皆さまが無事に新年を迎えられますように。
自分もラストスパートで乗り切ります!!
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毎度ありがとうございます!
久しぶりに息子の野球ネタでも書こうと思います。
中体連終了後に野球教室に通い始めた息子ですが、今年のJLBYの優秀選手に選ばれたそうで、
嬉しそうに「優秀選手賞」の楯をもらって帰ってきました。
鶴岡には小学校、中学校の野球教室というものがあって、普段のスポ少や部活と平行して活動し
更なる技術向上や体幹トレーニングを用いて、より意識の高い選手育成を目的とした教室です。
もちろんスポ少時代から平行して入部する子もいますし、うちの息子のように部活動が終わってから
高校入学までの硬球対応への移行期間と位置づけて入部する子もいます。
1年次から入部していた他校の選手たちから「カンタロー、いつからドリーム(教室)来るの?」
と声をかけてもらっていたんですけど、勉強との両立や部活動とのダブルワークは息子には
少し大変だろうということで、中体連終了まで入部させなかったんですよね。
中体連があっさりと終わってしまったので、その翌週にすぐに入部しました。
中体連の県大会が控える時期で、主力メンバーが出場できないギリギリの人数のなか、
いきなりスタメンで使ってもらい、2日間4試合のトーナメントを勝ち上がり、
初の全国大会に出場できたことは、このブログでも書いてきました。
スポ少時代から人数が少なかったおかげで、レギュラーで使ってもらうことが多かった息子が、
ドリームスではサブキャッチャーとしてチームの準備や裏方の仕事もこなすようになり、
技術向上ももちろんですけど、新しいメンバーと新しい目標に向かって切磋琢磨する姿は、
部活とはまた別の密度の濃い半年間だったような気がします。
部活では体格も頭ひとつ大きかった息子が、ドリームスではさほど大きい選手ではなくなりました。
部活では何となく出来てきたプレーが、ドリームスではしっかりと基本を覚えていないと
出来なくなって指導されるようになりました。
キャッチングもスイングも、比べれば劣っている部分を息子自身がイヤというほど気づかされ、
その分「もっと上手くなりたい!」という欲も出てきたのが一番の成長だったでしょうか。
少ないチャンスの中で、わりと打っていた印象だったのか、実際に打率や打点が良かったのか、
何が評価されて受賞したのかは自分にはわかりません。
自分の眼には、他にも優秀選手にふさわしいような投打に活躍をした選手も見えましたけど、
投手部門と打撃部門とで分けて2人づつの受賞だったようで「へー、すげーじゃん。」と
そっけなく答えた言葉とは裏腹に、ここは素直に息子の受賞を密かに喜びたいと思っています(笑
高校に入れば、更なる競争が待ち構えています。
正直、今まで自分は息子のことを「上手い選手」だと思ったことは一度もありませんし、
今でも強豪野球部で通用するような選手だと思ってもいません。
でも、可能性はあると思っています。
それはどの部員でも、どの新入部員でも言えることです。
ネタバレするからあまり書きたくはないんだけれど、母校野球部の歴代監督のインタビュー記事に、
「子どもたちには鶴岡の狭い範囲での力関係があるようで、私にはそういうものは一切
関係なく選手を見れたし評価してきた。」みたいな記事があったんですよね。
野球の業界では「鶴岡の子は優しいから。」とよく言われます。
それはすなわち、相手を押しのけてまで這い上がるハングリーさの弱さと消極的な部分を
象徴する言葉なんでしょうけど、そこには子どもたちの中にある序列や順番というものが存在し、
それが邪魔をしているということなんでしょう。
たとえばそれはバスに乗る際の座る位置だったり、集合写真を撮る時の前列後列だったり、
試合中のベンチの座る位置だったり、バッティングの順番だったり・・・
そんな何気ないところからでも垣間見ることは出来るものです。
でも、野球は甲子園がすべてではありませんし、高校野球がすべてではありません。
優しさが仇となってレギュラーになれなくとも、たとえ甲子園に出場できなくとも、
大人になっていくそのなかで、その優しさに人が惹かれ、その優しさに人が集まるのなら、
それはそれで大いに誇れるものだと思うんですよ。
もちろん、そんなことは息子には言いませんよ。
これから厳しい世界に飛び込んでいくわけですから。
悔しさの中で、時には涙することもあるでしょうし、努力しても報われないこともあるでしょう。
それでもいいんですよ。
人間、生きていく中で、どこかでそういう厳しい部分を経験しておかないと。
プロになるわけじゃないんだから。
ゆるい学校でレギュラーになって野球が中途半端に出来るヤツになるよりも、
厳しい学校で補欠であってもビシッとした大人になるために必要な経験を積ませたい。
社会に出たら待ち受けるたくさんの理不尽なことに逃げることなく、乗り切る忍耐力は
厳しい環境のなかで培われるものだと思うからです。
全員の前で表彰された後に、1年から通っているある選手から「カンタロー、おめでとう。」と
声をかけられ「そのことのほうがもっと嬉しかったし、オレ、まじで泣きそうになった。」と
大切な部分に気づいている息子の姿にも、大きな成長と優しさを感じました。
中学野球の集大成に、小さいけれど大きな希望と自信を与えてくれる綺麗な楯をもらいました。
自信過剰にならず謙虚にひたむきに、野球と仲間と向き合って欲しいと思っています。
自分も息子に負けてはいられません。
今日も一日頑張っていきましょう。
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毎度ありがとうございます!
昨夜は野球部OB会の役員会が行われました。
二週続けて後輩のお店「居酒家的場」が会場でした(笑
来月の1月に開催される創部50周年記念式典の開催に向けて、内容のある会議になったと思います。
ここから、式次第の作成や受付名簿の作成など、細かな事務作業に入ります。
なんとか成功できるように、役員全員で結束していかなくてはなりません。
昨日は、午前中は会議資料作りに追われ、午後からはカミさんと部屋の不要物のゴミだしにと
会議直前まで慌しく動き回ってたんですよね。
そんな頭も身体もグッタリと疲れたところに、また会議をやって、終わってからの懇親会ですから
帰ってきてからは速攻で寝落ちしていました。
身体の無理も利かない歳になってきたんでしょうね。
先週の同窓会開催の打ち合わせのときにも、事前資料を作成して全員に配ったら「すげー」なんて
声が上がっていましたけど、自分にとっては全然普通のことだったんですけどね。
そういうのはあまり苦にはならないというか、そういう資料なくして会議も何もないでしょう。
だから作って当然だと思っているし、よりわかりやすく理解してもらうためには必須ですよね。
ただ、ゼロからみんなで相談してから決めようというのは、あまり得意ではありません。
OB会も同窓会も、営利を目的としているわけではないわけですから、ある程度の部分を
誰かが決めておかないと、開催の目的や意図がぶれてきてグチャグチャになりがちです。
会の主旨や核心部分の意思統一さえ出来れば、役割分担にもみなさん協力的になりますし
「それなら私がやってもいいよ。」と自然に手も挙がるものです。
同窓会の前に、まずは創部50周年式典をしっかりと開催しなくてはなりません。
もちろん、仕事も手を抜くわけにはいきませんしね。
なかなかハードなスケジュールになってきました。
自分の中にある「使命感」に身を任せ、頑張って乗り切ります。
というわけで、早朝から仕込んでいた煮込みが仕上がりました。
これから買出しと銀行回りです。
今週も頑張っていきましょう!!
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毎度ありがとうございます!
今日から16年目のやんちゃです。
引き続きご愛顧のほど宜しくお願いいたします。
そして、このブログも11年目に突入ですか。
お店のファンというよりも、ブログのファンなどという方までいらっしゃるようで、
恥ずかしいやら照れくさいやらで、何ともリアクションできない自分がいます。
そんな方々へ・・・といわけでもないんですけど、最近のブログの更新の頻度、上がってませんか?
1月になればまた激務で忙しくなりますので、今のうちに少しでも楽しんでもらおうかと(笑
また、ぱったりと更新できなくなる時期がやってきますので、気長にお付き合いくださいませ。
激ヒマだった昨夜は、本当に懐かしい同級生が顔を出してくれました。
先日、親父さんが亡くなったということで、喪主として立派に務め上げながら、
遠方からのご親戚といつもの同級生たちと立ち寄ってくれたのでした。
「おー!久しぶりだな~。」と挨拶しただけで、それ以上は話しはしていません。
マツウラが事情を説明してくれて、事情が分かれば自分はそれを飲み込むだけです。
親が亡くなってみて、初めて見える情の厚さと、情の薄さ。
付き合いの頻度に違いはあっても、見なくてもいい人間性を垣間見てしまうのも葬儀の辛さでしょう。
昨夜のアイツは、そんな恨み酒だったのかもしれない。
それでも、いいんですよ。
飲んで吐き出してしまえば。
親が亡くなった悲しみをこらえ、その瞬間まで立派に支え、お世話になった方々への義理を通し、
飲んで愚痴のひとつを吐き出したところで、誰が文句をいえますか。
きっと、一人で頑張ったんだろうと思います。
そんな時に、そばにいてくれる仲間の存在のありがたさにも改めて気づかされるんですよね。
自分の両親もすでに他界していますけど、その死をもってでも人生の最後の最後まで、
親には教えられることばかりなんだなぁと痛感していました。
臨終のその時までの時間や、その後の人間関係までも、すべてがその死をもって教わることが
本当に多いものなんだと思っています。
お経を上げて終わりなら、それほど簡単なものはないでしょう。
ご近所付き合い、職場の方々、親戚付き合い、生前お付き合いのあった方々への
感謝の意を込めて、その配慮と段取りが大変なわけです。
すべては人なんですよね、良くも悪くも。
迎えの車の手配やら、泊まるホテルの段取りやら、頂いたお気持ちへのお返しだとか、
そこに、やれ席順だの花輪の上手だの下手だの、故人を偲ぶというよりも、それはむしろ
生前お世話になった分の接待返しというほうが分かりやすいのかもしれません。
だから大変なんですよ。
でもね、ふと見渡した時に、それだけの人たちに支えられてきた親の人生と、
大変な時に支えてくれる友人たちの大切さにも気づかされる場でもあるんですよね。
そうやって、また明日へ向かって頑張って歩いていければいいのかなと。
陰ながら応援しています。
そして、またいつの日か懐かしい同級生たちにふらりと寄ってもらえるように
自分も16年目の一歩を踏み出すだけです。
頑張れよ!ケン坊!(笑
懐かしい写真があったぞ!