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毎度ありがとうございます!
昨日の山形新聞に気になる記事が載っていました。
「やきとり課」頑張ります、の見出しも大きく、寒河江市職員有志らが「寒河江やきとり課」を
立ち上げ、
地元焼き鳥店でつくる「寒河江やきとり会」とも交流を深めながら、プロモーションの方法や
新メニュー開発などのアイデア創出につなげていく考え、だそうです。
26日には主要メンバーと寒河江やきとり会の店主らが「やきとり7大都市」の埼玉県東松山市
などを訪れ、現地関係者と情報交換会などを通じ、新メニューのヒントや行政支援の在り方について
多くを学んだ、と。
以前にもブログで書きましたが、ちょうど3年前の2015年11月に自分が言いだしっぺとなって、
庄内一円45店舗のやきとり店が名を連ねる庄内ミート親和会加盟の焼き鳥店の店主数名と
庄内ミート社長・常務らと一緒に東松山を視察したことがあります。
当時から自分自身の中に、庄内一円のやきとり店の発展と新メニュー開発、
町おこし的な庄内のやきとり文化の発信とPRプロモーション活動という発想は、
随分と昔から持っていましたし、実際にプレゼンテーションを行ったこともあります。
しかしながら、実際には自分一人の熱意では出来ることは限られていて、「ふーん」と
話しは聞いてはくれるものの、大きなうねりを生むことはできませんでした。
45店舗も加盟するやきとり店の団体があるにもかかわらず、横並びでの交流はなく、
もちろんみんなで新しく何かに取り組もうなどという発想も思考もなく、閉鎖的で保守的な
店主たちが加盟している単なる一団体にしかすぎません。
東北でもトップクラスの規模で稼動している庄内食肉公社のお膝元で、全国のどの地域よりも
新鮮でフレッシュな豚の内臓が流通していることも、大きなアドバンテージになっているはずなのに
自分のお店のことだけ、面倒くさいのはゴメンだわ、という土地柄でもあります。
やきとんを「やきとり」と呼ぶ食文化を持つのは、なにも寒河江市だけに限った話しではなく、
むしろ北海道を含めた東北地方では、それが当たり前の土地も全国には多数あるわけです。
もちろん、ここ鶴岡・庄内も含めて。
東松山出張から丸三年が経ち、寒河江市が「やきとり」を大きく全国に発信していこうという動きは
正直とても羨ましくもあり、逆にその何十倍も、もの凄く悔しい思いで新聞記事を読んでいました。
山形で「やきとり」といえば寒河江市、そんなイメージが定着するのも時間の問題でしょう。
山形市の食肉公社でさばく一日の豚は牛よりも少ない約200頭。
それに対して、庄内の食肉公社は一日1000~最大1200頭。
近県は秋田県や岩手県からも高品質で飼育された豚が各養豚場から持ち込まれ、
精肉・枝肉とに分類されて全国各地に流通されています。
本当に恵まれた環境の中で、我われは「やきとり」を食べているということなんですよね。
でも、だれもその利点というかメリットに気づいていないし、だれも教えてもくれないわけです。
海のない地域の方々に、庄内は日本海があるから魚は旨いよ、とは誰もが言うでしょう。
大山には昔からの酒蔵が多数あって、旨い日本酒がたくさんあるんだよ、と言うでしょう。
全国どこでも食えるラーメンが、今や山形のラーメンだけにとどまらず、庄内のラーメンの
クオリティの高さは、もはや説明する必要もないくらいに全国でも有名になっているのは、
ラーメンEXPOやご当地ラーメン祭りに代表されるような、イベント企画力と各店主の意気込みが
結集した行動力が成した功績だと自分は思っています。
庄内空港はいま「おいしい庄内空港」と呼称されています。
「おいしい庄内」という言葉に、庄内のお米、庄内の魚介類、庄内の日本酒、そしてラーメン、
他にもだだちゃ豆や柿・メロンなどの果物まで連想できても、やきとりをイメージする人は皆無でしょう。
2月の大山新酒まつりは寒いので「煮込みEXPO」をとなりの駐車場で開催してみたり、
天神祭りや寒だら祭りに親和会みんなで半被でも着て1ブースやきとり出店してみるとか、
イベント用に豪快に食べるスペアリブの商品化をみんなで考えてみるだとか・・・
実行できるかどうかは別問題として、アイデアは無限に出てきますけどね。
昨日の新聞を見ながら、何年も前からイメージしていたことが他の地域で動き始め、おそらく
これからどんどん「寒河江やきとり」という言葉をメディアや口コミで聞かされるであろう
今後の山形県のやきとり業界の未来に、悔しさとため息とを隠さずにはいられませんでした。
なにかやりましょうよ!
鶴岡のやきとり店の店主のみなさん!
自信を持って、誇りを持って。
なーんて、今さら遅いか。
なんとも悲しいかぎりですなぁ。。。
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毎度ありがとうございます!
日に日に寒さが増してきて、いつ雪が降ってもおかしくない日々が続いています。
先日の日曜日も、おばあちゃんの車も含めて3台分のタイヤ交換をやりました。
いい機会なんで、息子にもタイヤ交換を手伝わせながら手順を教えたら、
「次、オレやりたい。」なんて言うんで、途中からやらせてみたんですよね。
さすがに男子というか、最初の2本とカミさんの車とおばあちゃんの車2台分を
すべて息子が交換してくれました。
こんなにも軍手が綺麗なまま、タイヤ交換が終わったのは初めてのことです(笑
少しづつですけど、こうやって男の仕事を覚えてくれて「オレがやるよ。」なんて言ってくれると
やっぱり嬉しいもんですよね、父親としては。
自分もタイヤ交換はさすがに免許を取るまでやったことはなかったですけど、
家の仕事の手伝いは、随分とやらされていました。
ウチは家畜商で小屋に牛がいましたから、牛へのエサやりや、フンの回収や、藁敷きとか、
お手伝いというレベルを遥かに超越した過酷な作業を、中学生時代に手伝わされたものです。
臭い汚いなんて言ってられないんですよ。
ていうか、臭い汚いと口にしたことは一度もなかったですけどね。
それが我が家の仕事だと思っていたし、それが親父の仕事だと思ってましたから。
そのせいか、大学生になって車を自由に乗れるようになってからは、親父に何かと用事を
頼まれることが多くなって、二人で一緒に車で出掛けるシーンが多かったんですよね。
〇〇を買ってきてくれ、じゃなくて「〇〇を買いに行くから乗せていけ。」と頼むんですよ。
交差点に差し掛かると聞いてもないのに「左オーライ。」なんて教えてくれたりして、
親父なりに自分の運転を気にかけてくれていたんだと思います。
口うるさいおふくろとは違って、一度も「勉強しろ。」と言われたことはありません。
小学生から大学生まで、ただの一度も言われませんでした。
そのおかげで、恐ろしいくらいに勉強は出来ませんでしたけど、ここまで生きてきて
困ったことも一度もありませんでした。
特別に何かを親父に教わった記憶もないんですけど、人望があって、たくさんの人に頼られ、
嫌な顔もせずいろんな役を引き受けてリーダーシップを発揮してきた親父の背中だけは
子供のころから見てきたつもりです。
今、この歳になって、自分自身の置かれている環境や状況を見てみると、自分も誰かの後ろに
ついて行くよりも、自分が先頭になって歩いていくタイプの人間だろうと思っています。
それが成功するか否か、良いか悪いかは別問題としてですよ。
あくまでもタイプとして自己分析したら、の話しです。
そういう意味では、息子はどうなんでしょうかね。
先頭に立ってみんなを引っ張っていったり、何かを創造したり、自分自身の人生を
自分の手で切り開いていく強さや逞しさを持っているんでしょうか。
人数の少ないスポ少や部活で、たかだかキャプテンをやった程度のリーダーシップではなく、
何かを成し遂げるような意志の強さと実行力、行動力のことです。
もちろん、息子は自分とは別人格を持って生きているわけですから、
自分と同じ性格であるはずがないんですけどね。
「タイヤ交換っておもしれー!」と全部やってくれた頼もしい息子の背中に、
どんな大人になり、これからどんな将来が待っているのかを想像して眺めていました。
人に好かれ、人が集まる、そんな大人になってくれたらなぁ、などと勝手に思ってたりして。
勉強ができなくていいというわけではなくて、できなくても他のことでリカバリーできるというか、
人生には、人の生き方にはバランスというものがある、ということなんですよね。
試験で決まる公務員にはなれないでしょうけど、公務員が幸せとは限りませんしね。
勉強ができても、挨拶ができなかったり感謝の気持ちが持てないヤツは終わってるでしょう。
学生として、ならば勉強が出来るに越したことはないけれど、
人として、ならば勉強よりも大切なことがたくさんあります。
要は、それに気づくか、そこを理解できているか、だと思うんですよね。
そこに気づかなければ、ただのバカで終わりです。
勉強は出来なくても、本だけは読んで欲しいと思っています。
それはマンガから入ってもいいんです。
本から得る知識は、学校の授業では教えてくれない豊富な情報と見識を与えてくれるものだからです。
明日から学力テストだそうです。
自分は親父みたいに寡黙ではないので「お前、明日大丈夫なのか?」と聞いてしまいます(笑
あの成績で「大丈夫。」と言われても困るんですけど、今さら期待もしていません。
人間、誰しも得意不得意がありますからね。
「今日は徹夜で勉強する!」などとほざいている息子の戯言を「へー」と聞き流し、
これから風呂に入って、先日録画した「細かすぎて伝わらないものまね」を観てから寝ます。
それではみなさま、おやすみなさい。
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毎度ありがとうございます!
先週の日曜日の出来事です。
埼玉で働く娘が、急な5連休をもらったという理由で帰省していて、帰りは新幹線に乗る
新潟駅まで車で送って行ったんですよね。
車中とはいえ少しでも家族で一緒に過ごせますし、ちょっとした悪天候ですぐに運休になる
「特急いなほ」に、直前になってバタバタしたくないというのもありまして。
今回は、カミさんのリクエストで「万代バスセンター」の黄色いカレーをみんなで堪能し、
無事に新幹線乗り場で娘を見送って、イオンモール三川よりも数倍大きいイオンモール新潟南で
買い物を満喫して、晴天の秋晴れのなか一路鶴岡に向かって車を走らせていました。
途中、カミさんと運転を交代して「急いでいないんだから安全運転でいいからね。」と
声をかけてリアシートで少しくつろいでいた時です。
制限速度よりも特別遅く走っているわけでもないのに、ピッタリ後にくっついてきて、
なんていうか後ろが気になって走りづらい時ってありますよね。
その時も、一台のバイクが後にぴったりとくっついてきて、国道7号線の追い越し禁止車線にも
お構いなく一気にブヮーンと追い越して行ったんですよね。
そんな時って、みなさんどう思ってハンドル握ってます?
「あーあ、追い越し禁止なのにあんなに飛ばして・・・バカじゃないの。」くらいは思いませんか。
そして性格のひねくれてる自分は、もの凄い勢いで抜いていくバイクの背中を見ながら、
「ケッ、あんなの事故ればいいのに。」くらい心の中で呟いてしまうわけですよ。
そしてその数分後。
新潟との県境の交差点で赤信号で停まったら、左側にあの追い越したバイクが倒れていて、
その先の草むらに起き上がれないでもがいているライダーの姿が見えたんです。
「そこ左に曲がったところで、オレを降ろして!」
「えっ、えっ」
「あのバイク、事故ったかも。助けてくるわ。」
慌てて車から飛び出してライダーのところに向かうと、右折レーンの先頭にいたバスの運転手も
青信号なのに乗客をそのままにして運転席から飛び降りてきたんです。
「大丈夫?怪我してない?」
「あ、はい。大丈夫です。」
「手貸すから起き上がれる?」
「あ、スイマセン。」
手を差し伸べて草むらから引っ張り上げると、幸いにもライダーは無傷のようです。
よく見ると年は50歳くらいのおっさんライダー。
「どうしたの?」
「飛ばしすぎて、信号で停まれんかった・・・」
「ずいぶんと飛ばしてたもんなぁ。あんまり無茶しないほうがいいよ。」
「そうですね。もう若くないしね。」
トンネルを出てすぐの交差点だったせいか、信号に気づくのが遅れたんでしょうか。
制御不能になったバイクはそのまま左の路肩へ突っ込んで、ライダーが投げ出されたようです。
奇跡的にも一緒に草むらに転倒していたバイクも無傷?なようで、一発でエンジンがかかって
何事もなかったかのようにバイクはそのまま北上して行ったのでした。
でも、バイク自体も大丈夫だったんだろうか。
ブレーキとか、クラッチとか、もっとちゃんと点検確認してから再出発したほうが
よかったと思うんだけどなぁ。
そういう、せっかちというか焦りやすいというか、あわてん坊な性格が、
バイクの運転にそのまま出ている気がしますよね。
少し行った先で、ブレーキが利かずまた事故ってたりして、って本気で思いましたもん。
まぁ、追い越された直後は「事故ればいいのに。」なんて心の中で呟いていたものが
まさか本当に事故っているなんて思ってもいなかったんでマジあせりましたけど、
大きな事故にならずに一応はよかったんですけどね。
青信号の先頭で運転手が飛び降りたバスの後方にはすでに渋滞が出来上がり、国道は
ちょっとしたパニックになってましたけど、人命優先の行動をとった運転手にも頭が下がります。
仕事であれ、ツーリングであれ、ドライブであれ、そんなに急いでどうすんの。
自爆は仕方ないにしても、これが対向車線だったらと思うとゾッとしますよね。
これからは自分も、追い越された際には「事故ればいいのに。」なんて思わずに
「気をつけないと、この先で事故るから飛ばすなよ。」くらいにしておきます。
そんな先週の出来事でした。
今週も安全運転でお願いします。
(イメージはこんな感じかな)
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毎度ありがとうございます!
明日は祝日ですけど、休まず営業いたします。
開業から15年間使っている路上看板が、いよいよ寿命を迎えようとしています。
閉店後に店内にしまっているとはいえ、雨と雪の影響でフレームが錆でボロボロになりました。
飲食店のことを全く知らないド素人がスタートした商売ですので、今になって思えば
路上看板とか店頭看板とか理想やイメージよりも低予算を優先して、とにかくお金をかけずに
スタートした日のことを思い出します。
壁面看板は、常に風雪にさらされていますので、今の看板が3代目になります。
大きさや文字の配列、照明の色や角度も開業当時のものとは全く変わっています。
そういえば外壁の色も、うぐいす色でスタートして桜色になり今は黒に変わっていますしね。
お店の歴史というか、外観やメニューなども含めて少しづつ変化してきた中で、
路上看板だけは開業以来ずっと変わらず使ってきた思い入れのあるアイテムでもあったわけです。
次は路上看板にはせず、出し入れしなくてもいいように正面に電灯看板を作ろうと思っています。
それも、今の路上看板のアクリル板を抜き取って、新しいやんちゃの顔としても
引き続き活躍してもらおうと思っています。
雪が降る前には作りたいんですけど、大工のタカヒロのスケジュール次第ですかね。
ただ、看板の右下に銘酒「大山」のロゴが入ってるんですけど、
今は当店では取り扱いがないため、そのロゴは外したいところなんですよね。
路上看板をめぐっては、当時の酒屋さんとも一悶着ありましたし、
その後もいろんな騒動に発展したんですけど、これまでの歴史の中で
いろいろあった、ここでは書けない裏事情ってやつです。
お店では全部話せますけどね(笑
これから、買出しに出掛けます。
今日も一日頑張っていきましょう!!
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毎度ありがとうございます!
今朝は久しぶりに竹原ピストルの「東京一年生」を聞いて昔を思い出していました。
「東京一年生」って言葉が、何だか30年前の自分を思い出します。
高校の商業科から大学の商学部を卒業して漠然と希望した証券業界に進み、大阪での研修を経て
日本株式の中心「兜町支店」に配属された、あの頃の自分に重ねてしまいます。
我孫子発の始発の常磐線に飛び乗り、北千住で東京メトロ日比谷線に乗り換えて茅場町まで、
満員電車に揺られ、ただがむしゃらに日々を暮らしていたのを思い出します。
毎日ネクタイにスーツを着て、アタッシュケースにポケットティッシュと名刺を山ほど詰め込んで、
毎日毎日飛び込み営業と電話営業のその先にある自分の未来なんて、何も見えず何も考えれず、
東京の大都会の景色の中に紛れ込んでいた、若き日の自分の姿です。
デジタルロックにフローリングとロフト付きの真新しい部屋で、弁当ばかり食っていました。
あの頃すでに完全週休二日制に、新卒で25万円の初任給と寮という名のワンルームマンション。
優遇されていた当時の環境と、それに反してやっている仕事の無力感と疲労感とのギャップ。
休日はいつも上野のパチンコ屋で一日を潰し、勝てばガード下の飲み屋で一杯ひっかけて、
負ければフーッと大きなため息と、澱んだ東京の空を見上げて「なにやってんだろうな、オレは」
と嘆いた日々が、懐かしくも切ない思い出として鮮明に心に刻まれています。
どこに行くにも、駅の路線図と料金表を見ないと電車に乗れなかった自分が、
定期片手に当たり前のように改札をすり抜け、乗り換えホームまで走っていることにふと気づいて、
少しづつ東京の人になっていく自分に妙に寂しくも嬉しくなってみたりして。
東京への憧れがなかったといえばうそになります。
実際に東京での暮らしは、20代でまだまだ調子こきたい自分には楽しかったのも事実ですし。
ただ、仕事に対する満足感というか充実感が全くの0%でしたから、なんか背伸びしてる自分と
これでいいんだと思い込もうとする自分が常にいました。
30年の時が過ぎ、たまに行く東京は、田舎で暮らし田舎で商売する自分に刺激と発見を与え、
今でも大きく影響を受ける街であることには違いありません。
さすがに、この歳からは東京で暮らしたいとは思いませんけどね。
たまに行くからいいんでしょうね。
「しばらく東京にも行ってないなぁ。」などと思いつつ、竹原ピストルの「東京一年生」を
リピートで繰り返し聞きながら、煮込みを作るいつもの自分です。
♪暮らしづらいのは街のせいじゃない 暮らしづらいのは大丈夫、夢があるからさ~
頑張れ 頑張れ 東京一年生 頑張れ 頑張れ 東京一年生~♪
耳に残るフレーズと、鼻歌でも歌えそうないい曲です。
今日も頑張ります。
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毎度ありがとうございます!
昨夜は、酒田からはじめましてのお客様にご来店頂きました。
ここ数日、ストレスを感じたり上手くいかないことが続いて気分が滅入っていましたけど、
新しいお客様との出会いに、とても嬉しく楽しい夜を過ごさせて頂きました。
ブログを読んでお店に興味を持って頂いたようで、わざわざ酒田からお越しくださったとのこと。
こうして、ブログを何年も書いていると「ブログ読んでます。」とか「ブログ楽しみにしてます。」
とか、初めてのお客様に声をかけて頂くことがたまにあります。
そのたびに、気恥ずかしいというか、くすぐったいというか、いつまで経っても照れくさくて
どんな顔で返事をすればいいか困っているというのが本心です。
もちろん、自分が知らない読者の方々も、まだまだたくさんいるのかも知れませんけど、
プロの物書きでもありませんし、ふと我にかえるというか、心を中をいつも見てますよ、と
言われてるような、なんとも言えないくすぐったい感覚になるんですよね。
読んでくださる方がいることを承知で、いつもくだらないことや感じたことや、日々のプライベートなことを綴ってはいるのだけれど、やっぱりはじめましてのお客様に「いつもブログ読んでます。」
と声をかけて頂くことには、いつまで経っても恥ずかしいというかまったく慣れません。
読んでもらうために書いているのに、読んでますといわれるのが苦手という天邪鬼っぷり(笑
一応、それには自分なりに理由があって、自分を知らずしてブログを先に読むと、ブログの内容から
自分に対してのイメージが湧くと思うんですけど、実際の自分とのギャップがあるような気がしていて
そこの部分が一番気恥ずかしい感覚なんですよね。
まぁ、それだけ本心のまま本音で書いているからでもあるわけなんですけど。
目の前の自分ですらどう映っているのかは分からないのに、まだお会いしたことのない方が
先にブログを読んで、自分にどんなイメージを持つのかが怖いというか、不安というか。
旨いものを食べてもらいたい、喜んでもらいたいと思って焼き場に立ってはいるものの、
初見では自分自身がそんなに愛想が良いとも思いませんし、実際に職人気質で気難しい顔して
仕事しているよな、と自覚している部分もあったりしますしね。
実際に、行儀の悪いお客様やモラルを守れないお客様にはズバッと注意しますし、
見た目の雰囲気から「やんちゃのマスター怖いよね。」と言われていることも知っています(笑
話しをして自分という人間を分かってもらえれば、そういう人間ではないということに
気づいてもらえるんでしょうけど、初めはそのくらいの緊張感をお互いに持ったほうが
いいこともたくさんあると思うんで、それはそれでいいんですけどね。
だからなのか、自分という人間を先にブログから知ると、どんなイメージに見えるのかが
不安でもあるわけですよ。
逆に、プライベートな自分をよく知る友人たちが、自分のブログを読んでその文章力の高さに
驚いていたり(自分では高いとは思っていませんよ、もちろん)、時には「泣けたよ。」と
コメントをくれることもあったりして、そういう反応を見たり聞くのは大好きです(笑
昨夜のサイトウ様にも、実際の自分がどう映ったのかはわかりませんけど、楽しく美味しく
喜んでもらえたのなら、それが一番なんですけどね。
元高校球児ということもあって、昨夜も野球の話題で盛り上がりました。
OB会事務局をやっていると、他校の球児でも「鶴商の〇〇と同期です。」と聞けば、
すぐにどの年代か分かりますし、共通の知人が出てくるのも事務局あるあるですかね。
話していて、特に印象的だったのは
「野球をやってきて地域に恩返しというか地域貢献というか、何かしら野球に携わりたいんですよ。」
と、今この歳になったからこそ見える野球の奥深さに気づいているということ。
本当に野球が好きなことが伝わってきましたし、自分なりに細かく研究や勉強してきてるんだなと
話していて凄くマニアなことが伝わってきました。
コーチや指導者だけではなく「審判という立場でも野球に貢献できますよ。」と
慢性的に人手不足に悩む審判員事情もお話しさせてもらいました。
酒田地区の審判部のみなさん、有望な人材がすぐそこにいますよー!
そんな出会いに感謝の夜でした。
キーケース見つかったならばいいのだけれど。
今日はこれから酒田に買出しに行きます。
週末土曜日も、気合いで頑張ります!!