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宮崎県での口蹄疫問題を、ニュースや新聞で見ない日がないくらい連日報道されています。
宮崎県は「非常事態宣言」を発令するという深刻な状況になっております。
自分の親父と祖父は家畜商でしたし、現在自分が「やきとん専門店」を営んでいることもあって、
他人事には思えず毎日憤りを感じる日々を送っております。
テレビに映る畜産家の方々の涙交じりのインタビューを見るたびに、
親父の姿と重なってしまって胸を締め付けられる思いになります。
新聞紙面での「全頭殺処分」という見出しにも、心が痛みます。
感染拡大を防ぐには仕方ない方法なんでしょうけど、
もう少し早くに何とかならなかったんでしょうかね。
しかも、殺処分されるのは牛よりも豚のほうが圧倒的に多いという事実。
幸いにも、まだ東北地方の家畜には感染はないようですけど、
豚を扱う者として「対岸の火事」と楽観視してはいられません。
「牛肉BSE問題」、「鳥インフルエンザ」、そして今回の「口蹄疫問題」。
外食産業の中でも我々食肉を扱う者にとって、ここ数年大きな試練が次々と巻き起こり、
その事が大きな痛手であることは間違いありません。
これ以上の不安を煽ることなく、一日も早く「食の安全」を取り戻し、
元気な宮崎県や畜産業界が復活する事を、心から願うばかりです。
「頑張れ!宮崎!」「頑張れ!畜産業!」 -
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昨日の続きですけど、
そう考えると、今の学生の就職戦線は少し可哀相な気がしますよね。
ただ、今の学生を見てると応用力が乏しいし、マニュアルがないとダメな世代なような気がします。
1988年生まれのこの世代を「ゆとり世代」と言うんだそうです。
小学校入学時からすでに第二土曜日は休みで、
小学校2年生からは第四土曜日も休みになった世代です。
中学校3年生からは学校週五日制になって完全週休二日制になってますしね。
小学校入学時にはポケベル・PHSがすでに普及していて、
インターネットや携帯電話があって当たり前の環境だったんですよね。
以下、東京ウォーカーより抜粋ですけど、
『人事担当者に聞く2011年新卒採用に関する調査』によると、
実に約3割の人事担当者が「採用人数を減らす」方向であることが判明した。
その中で、「2010年卒からゆとり世代を感じたか」という質問に対し、
人事担当者の5割以上が「感じた」と回答し、その理由として「欠勤の連絡を親がしてくる」
「面接時の応答内容で、どのように育ててもらえますか?という質問が多かった」
「どこに就職したらいいのか教えてほしい」というような驚きの答えが上がっている。そのほかにも人事担当者からは「覇気、ハングリー精神がない」
「義務は果たさなくても主張だけはする」など、ゆとり世代に対し手厳しい意見が多い。
人事担当者が「人を見るときに気にする点」は、
1位「話し方」、2位「立ち振る舞い」、3位「表情」となっており、
人となりを見ているのは今も昔も変わらない。
この不況の中、“ゆとり世代”が就職戦線をどう渡り歩くのか、
社会に出る前に大きなハードルが現れたようだ。
・・・なるほどね。
ちなみに、ウチのハタケは高校までハンドボール部だったんですけど、
当時の監督・コーチにも、今の自分以上に叱られたことがないそうです。
そっか~、そうなのか・・・ハタケ。
こりゃ鍛え甲斐がありますな。
お前、今日、休むなよ。
フフフ。 -
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やんちゃで働くスタッフの中に、大学院1年でハタケという岩手県出身の青年がおります。
本来、この春に大学は卒業だったんですけど、昨今の就職難のため就職をあきらめ、
もう2年間大学院で勉強するために進学したんだそうです。
でも、驚いたのは卒業までまだ2年近くあるのに、
今から就職活動していかないと内定を貰えないそうなんですよ。
現在の大学3年生の子達に混ざって、今から企業訪問していかないと
就職が決まらないという現実・・・。
正直、唖然としましたね。
だって、再来年に卒業する子達ですよ。
今から再来年の採用の事って、すでに決まってるモンなんですかね。
来年度の入社式もまだやってないのに、再来年度の採用者ですよ。
不安なのは分かるんですけど、あんまり早すぎて不自然じゃないですか。
自分が大学を卒業したのが今から20年前の1990年ですから、
当時は「就職協定」がまだあった時代だったんですよね。
以下、「ウィキペディア」より抜粋。
1996年に企業と大学・短大の間の就職協定は廃止された。
1997年以降は企業側と学校側が独自の基準を策定して行動することになった。
それ以降は年々就職活動は早まっており、以前であれば就職活動は四年制大学であれば
4年次の秋から始まっていたが、今では3年次の秋から始まるのが通例である。
しかし、就職活動の早期化による学業との両立の問題や、
就職氷河期以降は大学が半ば大卒学歴という就職資格を得る場所と化している現状に、
近年では企業に採用活動の時期を遅らせるよう提言する向きが大学側に見られ、
国会でもたびたび取り上げられている。
ふーん、なるほどね。
けど、そんなに早くから内定出しても、学生が単位取れなくて留年したらどうすんの、とか
企業の業績が悪化して、予定してた人員が削減になったらどうすんの、とか思いませんか。
さすが、大企業ともなると違うんだなーって思いますよね。
しかも、公務員希望者は4年次の秋に採用試験があるわけで、どんなに早くに内定出しても
公務員受かったら、採用辞退する学生も出てくるわけです。
やっぱり「就職協定」復活させたほうがいいと思うんですけどね。
もう少し、つづく。 -
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昨日は「天神祭り」でした。
小学校はお休みで、中学校は昼までだったんですけど、大人の都合もあるわけでして。
ウチでも、朝から息子に「お祭りに連れてってよー」ってせがまれてましたけど、
朝から煮込みやら買出しやらで手が離せなかったんで、午後からカミさんに任せました。
パレードには、おばあちゃんも踊りで参加してたそうなんですけど、もちろん見れるわけもなく・・・。
あいにくの雨でしたけど、昨日はお店にもたくさんの方々にご来店頂きました。
足元の悪い中、本当にありがとうございます。
そんな中、閉店直前に来店した残念な後輩ホンジョウ。
すでに、連れのユウキとテルが先に来店してたんですけど、
仕事の遅番が終わって湯野浜から23時過ぎに到着したんですよ。
もちろん、閉店が24時って分かってて来たんですけど、
着いた頃にはユウキとテルはもう帰る気満々なんですよね。
「今度また時間ある時に、ゆっくりな。」
「あれ、もう終わる感じ?」
「うん。12時なるもん。」
「・・・。」
滞在時間50分でジョッキ5杯を一気に飲み干し、
「あれっ次、行かないの?あれっスナックは?」と言う叫びも却下され、ここで解散。
彼はあっけなく湯野浜まで代行代3000円の距離をトンボ帰りしていきました。
あんまり可哀相だったんで、「写真載せて下さいよ。」っていうリクエストで
撮った写真もユウキがメインで、ホンジョウは顔半分しか写っておらず・・・。
まぁ、アイツらしくていいかな(笑 -
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先週の金曜日に、娘の「校内駅伝大会」の応援に行ってきました。
自分が中学の時の駅伝といえば、グランドをスタートして鶴岡市街地を走り抜け、
アンカーが正門に戻ってくるという、まさに駅伝だったんですよね。
各クラス選抜選手が出てきて、誰を何区で走らせるかの戦略も醍醐味のひとつだったもんです。
そんなイメージで娘に「何区、走んの?」って聞いたら
「8区のA」って言うんですよ。
「8区のAって、どこ走んの?」
「全員、小真木原だよ。」
「全員・・・。」
よく分かってないまま応援に行ったら、すべてが判明しました。
今は、小真木原の陸上競技場ですべての区間がタスキを渡すんですよ。
で、1区1k⇒2区3k⇒3区1kみたいに距離別に区間分けされて、
公園の中やその周辺を走って、競技場でタスキを渡す方式なんですよね。
全員参加のためか、途中3人が一気に走る区間があったり、
タスキがA・Bチームに分かれて走る区間があったりで、
何とか全員を走らせる工夫もしてあるんです。
残ってるメンバーはスタンドから応援合戦までやってるんですよ。
だから父兄も競技場にいれば、順位から何からすべてが一目瞭然だし、
生徒達も公園内を走るんで、いたって安全な駅伝大会に様変わりしてたのでした。
でも、これって単純にタスキリレーですよね(笑。
駅伝はやっぱり市街地を走らないと、雰囲気が出なくないですか。
自分のクラスが何位で来るか分からないんで、タスキもらうヤツの姿が見えると、
感動と責任感で興奮したもんです。
最後のアンカーを見て、初めて順位が分かる感動っていうのもありましたよね。
自分は、高専前から湯田川までの区間を走ったなぁ・・・なんて思い出しながら
娘の激走を応援してきたんですけど、腕に「完全燃焼」とか「一致団結」とか書いてあって、
青春してるなぁって感じましたね。
今の自分に「完全燃焼」っていったら、炭のことしか思い浮かばないですからね(笑
今日からまた一週間が始まります。
スタッフ達と「一致団結」して「完全燃焼」できるように、
ハチマキでも締めて頑張りますか。 -
毎度ありがとうございます!
昨日もたくさんのお客様にご来店頂きました。
偶然、「スガワラ夫妻とヨシヒコさん」や「サトウ夫妻」や「萬年幹事の松(同級生マツウラ)」など、
当ブログでもお馴染みのご常連が、一斉に勢ぞろいしちゃってました。
冷静に考えると、以前、「裏雅山流」を入荷した日にも(過去記事:「新藤酒造 裏雅山流」参照)、
同じ顔ぶれが揃ってたんで「すごい確率だよなぁ。」なんてこっそり思ってたんですよ。
それぞれのお客様同士の面識は全くないんで、分かってるのは自分だけなんですけどね。
その中で、閉店ラストまでいた「サトウ夫妻」と「萬年幹事の松」が
「やんちゃのブログ見てるよ。」なんて一言がきっかけで、
「ウチも見てますよ。」なんて会話が繋がっちゃったんですよね。
「サトウ夫妻、です。」
「萬年幹事の松、です。」
「あー、知ってる。見た見た。」
なんて、オフ会の自己紹介みたくなっちゃってるんですよ(笑。
「そういえば、ブログに出てくる人達が、この中にいるのかな~とかって気になってたんですよね」
「実は、さっきまでマツウラの隣にいたのが、スガワラ夫妻とヨシヒコさんだよ。」
「やっぱり!だと思った。たぶん会社が酒田で一緒です。」
「えー、狭っ。」
「しかも「裏・雅山流」飲んだ時も、偶然このメンバーだったよ。」
「うわっ、怖っ。」
そのあとも、「サトウ夫妻」の奥様は高校の後輩という事が判明してくるわ、
同級生シンジとも知り合いでコンビニで見かけられてるわ、
改めて鶴岡の狭さを実感した夜でしたね。
「袖触れ合うも他生の縁」
お客様にとってもいい出会いになってくれたのなら、それが何よりです。
微妙な天気ですけど、素敵な週末でありますように。