"高校野球"カテゴリーの記事一覧
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毎度ありがとうございます!
今日は、高校野球じゃなく、軟式野球についてでも。
突然ですけど、みなさん、硬式野球と軟式野球との違いわかりますよね。
そう、ボールが違う。それだけです。
でも、このボールの違いが大きな違いを生み、同じ野球でもまったくの別競技になってしまうんです。
軟式の高いレベル(国体・天皇杯など)の全国大会ともなると、
ほとんどが1点差ゲームで延長18回まで、なんていうのも珍しくないんですね。
つまり点が入りづらい。
軟球特有のボールのつぶれが外野への飛距離を落とし、バントの成功率を下げ、
ボーンと跳ねるゴロが極端な前進守備を可能にさせてしまうんです。
攻撃側は、送りバントができない分、スチールかエンドランで塁を進めていくしかないわけです。
自分が5年間、監督を務めていた【鶴商学園倶楽部】では
「ワンアウト三塁の形を作るためには・・・」
をテーマに練習をしていました。
ワンアウト三塁の形ができれば、あとはエンドランスクイズ通称「ドタバン」が
もっとも効率的な得点方法だと確信してたんですよね。
でも、社会人にもなって趣味でやる野球に【自己犠牲】はいらないというチームもあります。
確かに、行け行けドンドンの野球も楽しいのかもしれませんけど、
自分的には「勝つ」ための自己犠牲がない野球なんて、
町内会のレクレーションと同じくらい【遊びの野球】なんですね。
だから、逆に相手チームがワンアウト三塁で、クリーンアップに「ドタバン」のサインが出ない場合、
3番4番に好きに打たせるチーム、いや、監督が4番に遠慮しているようなチームとは、戦い易かった。
軟式野球は、簡単にヒットを打てるモンじゃないし、
タッチアップできるほどの大飛球も簡単には打てないんですよ。
【鶴商学園倶楽部】では、ワンアウト三塁の形ができると、ベンチ内は
「これで1点は入るぞ。」という安堵感が生まれたものでした。
その1点が「これで2点取られなければ負けはない。」という精神的な余裕を生み、
緊張を和らげ、その後の大胆なプレーにもつながるもんなんですね。
大会によっては7回までという試合もあるわけで、毎回チャンスがあるわけじゃないんです。
本当に少ないチャンスを、いかにして得点していくか。
1回もチャンスがないまま、試合終了することも珍しくありません。
自分は昔から、軟式野球は「詰め将棋」に例えてイメージしていました。
打ち方も、守り方も、硬式の野球と「軟式野球」は全く違う競技なんだ!という認識を持って
戦っているチームは、自分の知る限りどのチームも強かったですね。
高校野球を経験し、社会人になって遊びで草野球を始めても、結局は試合に勝ちたくなってくる。
勝つためには、遊びといいながら好きにやってたんじゃ、絶対に勝てないわけです。
遊びとはいえ、練習や自己犠牲がなければ強いチームにはなれないんです。
もう、何年もユニホームに袖を通してないんですけど、
自分にとっての軟式野球はいつまで経っても「勝ちたい野球」です。
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毎度ありがとうございます!
宮城県の「東北高校」が、予定通りセンバツに出場する意向だと報道にありました。
センバツ大会そのものの開催も、まだ正式に決定していないらしいんですけど、
自分的には大いに賛成であります。
「東北(宮城)」「光星学院(青森)」「大館鳳鳴(秋田)」の東北代表の3校には、
頑張ってもらいたいものです。
某高校野球掲示板には
「痛ましいことに被災者はまだまだ増えている最中です。
災害の規模や深刻さからいっても、中止が普通でしょうね。
プレーで被災地に勇気をなんて、何とおこがましい。
とかく大局的な判断が苦手な高野連ですが常識的な判断を望みます。」
などと、センバツ開催に反対という方からの書き込みもありました。
自分には、全く理解できません。
もしセンバツが開催されたら、被災した方々は
「何をのん気に野球してるんだ!」って思うんですかね。
そんなんだったら、震災当日から赤提灯つけて酒飲ましてる我々飲食店や
いらしてくれたお客様も、みな不謹慎ってことになっちゃいますよね。
今回の震災と高校野球とに、どんな関係性があるというんですかね。
それだったら、出場選手全員に喪章を付けて試合をしてもらうとか、
応援団やアルプススタンドの太鼓やブラバンは自粛してもらうとか、
方法論はいくらでもあると思うんですけどね。
さらに、甲子園入場料の中から義援金として、一部でも被災地に送るとか、
しっかりと哀悼の意を表しながら、復興のための後押しもできると思うんです。
センバツが中止なら、プロ野球もJリーグも大相撲もすべて中止にしないと。
それどころか、バラエティ番組もお笑い芸人も、みな不謹慎になっちゃいますよね。
もちろん、我々飲食業界も。
「ガソリンや電気の供給も、自分たちも苦しいんだけど被災地優先で構いませんよ。」
「何はともあれ、被災者の方々の支援をお願いします。」という気持ちはみな同じなハズです。
そして、みんな今できることを必死にやってる。
高校野球を過敏に美化する風潮や世論には、常日頃から反対のスタンスですけど、
彼らにとっても一生に一度の経験なんです。
憧れの甲子園で、思いっきり悔いの残らないように全力でプレーしてもらいたい。
被災地のためになんて考えなくていい。
自分のためチームのために、精一杯、清々堂々と試合すればいい。
その必死な姿にこそ、結果的に見ている我々や被災された方々が
元気や感動をもらえるんだと思うんです。
昭和51年の酒田大火の翌年、59回大会に出場した「酒田工業」の一回戦突破の活躍に、
災害に遭われた酒田市民のどれだけが救われたか。
平成5年の奥尻沖地震、平成7年の阪神淡路大震災、平成12年の三宅島大噴火など、
災害にめげず選手が一生懸命にプレーする姿に、
どれだけの人々に生きる勇気や明日への希望を与えたことか。
被災した都道府県の代表校が入場行進で登場した際の、あのスタンドからの温かい大拍手は、
被災した方々へ届けと言わんばかりの「頑張れ!」の拍手のような気がしてなりません。
自分は、センバツ開催を切に願います。
今日は「計画停電」が中止になりましたけど、前日に仕込みを済ませていたんで、
予定通りに徒歩で店に出勤し、徒歩で自宅に帰ってきました。
明日は買出しがあるので車を使いますけどその分、あさっての分を見越して購入して、
土曜日も歩いて出勤しようと思ってます。
そして、タイミングがいいんだか悪いんだか、日曜と月曜は連休になります。
今できることしかできないけれど、被災していない地域の人間も頑張ってますよ。
頑張ろう!東北!
頑張れ!高校球児! -
毎度ありがとうございます!
7日の日曜日に、新庄アーデンにゴルフに行ってきました。
幸いにも天気にも恵まれ、楽しく和気あいあいと楽しんできました。
スコア的にはいつも通りでしたけど、バーディを1個取れたんで良しとしますか。
しかし、野球のユニホームに袖を通さなくなって丸二年は経ちますかね。
グローブもスパイクも2年以上さわってすらいない状態です。
打てない、捕れない、走れない、見えないの四重苦を抱えてしまっては、
いくら草野球といえども選手としては完全に終わってます。
思い起こせば、物心ついた頃から近所の公園で野球をやり始めて、
なんだかんだで30年以上は遊びでも野球をやっていた計算になります。
野球をはっきりと辞めたわけではないんですけど、
やれなくなった現実は受け入れないとなりません。
まぁ、ゴルフの方が面白くなったっていうのもあるし、
二人からでも出来る気軽さもあってか、最近はゴルフオンリーになってしまってます。
ただ、いつの間にか野球をやらなくなったっていうのも
何となく寂しい気がするんですよね。
本当はやれなくなったわけですけど。
もう、自分の中で野球は
「やるものから、見るもの、応援するもの」に
変わってしまってるんですね。
指導者の資格でもとれば「教えるもの」にでもなるんでしょうけど、
今のところ、そんな予定もありませんし。
みなさんにもありませんか?
若い頃あんなにギター弾いてたのに、今はまったく弾かなくなったとか、
スキーにハマってあちこち遠征に行ったけど、気が付くと物置から出してもいないとか。
そんな、何かに熱中してた頃の自分が、どこか懐かしく羨ましい・・・みたいな。
まぁ、しばらくは、息子のキャッチボール要員として頑張るとしますか(笑
そのうち、星一徹ばりにスパルタ親父になってたりして。。。
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毎度ありがとうございます!
昨日は小雨の降る中、天童SC野球場にて鶴岡東VS聖光学院の試合がありました。
結果は3-11で7回コールド負け。
先発ピッチャーが初回、ワンアウトも取れずに3失点。
そのあと代わった1年生ピッチャーも定まらず、エラーや四死球を交えて、初回一挙に9失点。
東北大会の緊張からなのか、
優勝候補筆頭の相手チームに飲み込まれたのか、
完全に自滅してしまいましたね。
初回の9失点を除けば、まずまずの展開だっただけに、
本当に悔やまれます。
14時からの試合開始だったため、自分は応援には行けなかったんですけど、
酒田むすめさんからメールで実況して頂きました。
忙しい中、本当にありがとうございました。
この敗戦で、新チームの課題ははっきりと見えたはずです。
主戦となるピッチャーの擁立が必要不可欠です。
個人的に、高校野球で複数のピッチャーで継投して強かったチームってあまり記憶にありません。
むしろ、先発の決定や交代のタイミングが難しく、裏目に出る事の方が多いと思うんですよ。
高校野球はエースというか大黒柱が絶対に必要です。
今年の鶴岡東の渡辺もそうでしたけど、過去には日大山形の阿部や、酒田南の安井:金本:山本や、
羽黒のマウリシオなど、どこも絶対的なエースがいて甲子園を決めてるんですよね。
鶴岡東は、これから一冬越して、誰がエースとして頭角を現すのか?
今日の敗戦から学ぶ事はたくさんあったはずです。
いい宿題をもらいました。
これから、厳しい冬に入ります。
覚悟してトレーニングに励んでもらいたいものです。
応援してくださったみなさま、ありがとうございました。
たまには差し入れでも持って、選手達の様子を見に行こうと思ってます。
気合い入れろよ、気合い!
オッシャー!! -
毎度ありがとうございます!
朝晩、めっきり肌寒くなりましたね。
今まで、家の中ではTシャツ短パンで過ごしてたんですけど、
さすがに今日はジャージを引っ張り出してきました。
そのうち、灯油を買う季節になるんでしょうねぇ。
さて、今日は久しぶりに高校野球ネタでも。
春のセンバツに向けて秋季県大会もベスト4が出揃いました。
「酒田南」・「日大山形」・「山形中央」・そして「鶴岡東」です。
この中から3校が東北大会に出場することになり、
東北大会では決勝に残った2チームもしくは
東北大会の戦い方などを評価された2チームがセンバツ出場となります。
昨年は「山形中央」が21世紀枠でのセンバツ初出場を果たしましたが、
県内4校の中では、どこが東北大会に行っても21世紀枠での選出はないでしょう。
自力で勝ちあがらないと、今年は山形県からのセンバツ出場はないということです。
さて、新チームになった「鶴岡東」ですが、
酒田南・會田や山形中央・横山のように絶対的エースがいるわけではありません。
昨年は、猛暑の中一人で決勝まで投げぬいた大黒柱・エース渡辺がいましたけど、
今年はまだエースと呼べるピッチャーは確立できてないようです。
が、その分、打撃陣は好調です。
中でも、この秋4番を打つ萩原に注目してます。
夏の予選では背番号20番を付け、代打の切り札として大活躍した選手です。
この夏、スタンドで一緒に応援してた後輩タケシが、
緊迫した場面に代打で出てきて、見事タイムリーを打つ萩原の姿に涙したという、
勝負強さと思い切りのいい選手です。
ホームランバッターというよりは、アベレージバッターの印象のほうが強いです。
今年の東北大会は山形県が開催地です。
10月8日から県野球場と天童SCが会場です。
東北の強豪校がセンバツをかけて激突しますので、
この機会に是非、球場に足を運んでみてはいかがでしょう。
個人的には、母校「鶴岡東」が出場すれば一番いいんですけどね。
まずは次の準決勝「山形中央」戦です。
この夏の借りは必ず返してくれると信じています。
オッシャー!! -
毎度ありがとうございます!
先日の日曜日、母校野球部グランドにて3年生VS野球部OBとの交流戦を行いました。
この夏、鶴岡東旋風を巻き起こした、あの準優勝ナインと久しぶりに再会してきたんですけど、
みんな少しだけ髪も伸びてきて、最後まで楽しんで野球をやってくれたようで嬉しかったですね。
自分が言いだしたこの企画も今年で5年目なんですけど、
毎年楽しみにしているイベントなんです。
3年生は卒業したら自動的にOB会に入会するわけなんですけど、
これからは我々と一緒にOBの立場として
協力してもらいたいという趣旨のもとに
交流戦の後に慰労会を兼ねた食事会を行ってるんですよ。
そんななか毎年の3年生を見てきて、今年の3年生はひと味違った印象を受けました。
ポッとやってきた我々OBにも臆することなく、笑顔で自分の話しをするんですよね。
大会前に、酒田むすめさんからも「取材してて、今年の鶴東はいつもと違う印象を受けましたよ。」
って聞いてたんですけど、まさにそのままな感じでしたね。
毎年、話しかけてみても「ハイ。」とか「そうっすね。」くらいしか会話にならないんですけど、
今年の子達は、「できれば大学でも野球続けたいんですよ。受かればの話しですけど。」とか
「自分はノンプロに行ってプロ目指したいんですけど、通用しますかね。」とか
自分の言葉で、我々大人ともちゃんと会話が出来てるんですよ。
多分そんな部分も、今年の鶴岡東の躍動の原点のような気がしましたね。
大人に物怖じしない、動じない、自分の意見を自分の言葉で言える、
なんかとてもしっかりとした子達だなぁっと感心させられっぱなしでした。
すたみな太郎で焼肉食べ放題の食事の後も、キャプテンの保科から
「これからは自分達もOBとして、みなさんと一緒に後輩のために応援していこうと思います。
どうぞ宜しくお願いします。今日はありがとうございました。」なんて、完璧な挨拶。
「結果的には甲子園には行けなかったけれど、鶴岡東野球部での3年間の経験は、
この先の人生できっとみなさんの心の支えになりますから、
自信を持ってそれぞれの道を歩んで行って下さい。お疲れさまでした。」
と自分も挨拶させてもらいました。
大学や専門学校で少し鶴岡を離れても、彼らはきっと鶴岡に戻ってきてくれるような気がします。
そして、指導者なり審判員なり、何らかの形で地元の野球に関わっていて欲しいと願うばかりです。
頼もしい後輩たちが、またOBとして繋がっていきます。
近い将来、きっと甲子園に行けると信じて応援していきます。
楽しくも、彼らに元気をもらった日曜日の出来事でした。