-
毎度ありがとうございます!
今日は息子の誕生日です。
13歳になりました。
中学に入り、シャレにならないほど勉強が苦手です。
勉強がというよりも、5教科の中で英語と数学が全くダメですね。
最近、風貌が若い頃の自分にそっくりだと言われることも多くなってきたんですけど、
風貌だけではなく、頭の中もそっくりになってきた気がします。
自分も数学と英語は全くできません。
自慢ではないですが、中学時代に数学と英語は10点未満の点数を数え切れないほど取りました(笑
期末テストの過去最高は、いや最低は3点かな。
そのくらい、英語と数学は嫌いでしたね。
出来ない自分にも言い分があって、ローマ字読みと普通の英単語ってスペルが違うじゃないですか。
もうね、そこがイヤなんですよ(笑
たとえば「lunch」と出されて、すぐにこれランチって読めます?
じゃ「Juice」はなんでしょうか?
自分もこのレベルですから、息子をどうこう言えたもんじゃありませんわね。
でも、野球はすでに自分より上手になってきてるとは思います。
自分はピッチャーをやったこともありませんし、クリーンナップを打ったこともありませんからね。
そういう意味では、息子の頑張りが日々の生活に活力を与えてくれているのは間違いありません。
見た目の印象からか、星一徹のような厳しい野球親父をイメージされて、
「あんまり息子に、あーだこーだと厳しくいくなよ。」と言われることがありますけど、
自分は野球に関しては褒めて伸ばすタイプですし、感情派ではなく理論派です。
知らないことは出来ないもんだと思ってますから、なぜ出来なかったのかを確認するのが先です。
ルールを知らなくてアウトになったのなら、ルールを教えるのが先でしょう。
守備フォーメーションや走塁感性は、繰り返し実践練習を積み重ねていくしかありません。
逆に、今は出来なくても早いうちに教えることで後から技術がついてくることが多々あります。
どうせ出来ないから教えないのではなくて、出来なくても必要な技術は見せたり聞かせたりして
知識として覚えさせておくことが必要だと考えています。
ジャンピングスローやバックトスも出来なくても教えてやった方がいい。
好きに打たせるのもいいけど、右打ちや進塁打の打ち方も教えておいた方がいいと思うんです。
決まり一辺倒にバントを教えるだけじゃなく、セーフティやプッシュバントも教えておいて
出来る子にはどんどんやらせてスキルを上げていくべきだと思うんですよ。
そして、たとえアウトになったとしても、まずはそのチャレンジを褒めてやる。
次に決めるためのヒントを与えてあげる。
決まればまた褒めてあげる。
練習態度や口の利き方、道具やグラウンドに対する感謝の気持ちや、親への態度など
しつけや規範に関することは、その場で瞬間的に叱って当たり前なんですよ。
そういうのは、後から叱っても何の意味もないわけですから。
・・・あれ?
息子の誕生日ネタが、また野球ネタになってしまってました(笑
とにかく、元気に健康で野球が好きでもっと上手くなりたくて、
もう少し勉強も頑張ってほしいけど、そこはカミさん担当で自分は野球担当ということで。
明日は祝日でお休みです。
ケーキは明日みんなで食べる予定です。
ティーネットが欲しいって言ってたけど、どうすっかなぁ。。。
そんな悩みもなぜか嬉しい誕生日の朝でした。
-
毎度ありがとうございます!
気がつけば、今日から11月。
朝晩はもとより、日中でも寒いと感じるようになってきました。
そんな中、鶴岡の名店やきとり八重のご主人がお亡くなりになったという
残念なお知らせが届きました。
八重さんには、我々が属する庄内ミート親和会の前会長を長きにわたって務めて頂いて、
昨年の埼玉県東松山市への視察研修旅行へも一緒に参加したばかりでした。
まだまだお元気で、一緒に食べて飲んで語った楽しい時間が昨日のことのように思い出します。
実はその昔、自分の実家で火鉢を使うための炭を常時ストックしていた関係で、
急遽足りなくなった八重さんに炭を分けてあげていたこともあったそうです。
そのせいか、お会いすれば必ず炭の話しになりましたし、東松山の出張でも食べた串よりも
使っている炭の種類や長さについて熱く語ったのが最後の思い出になってしまいました。
やきとり一筋に捧げた人生だったと思います。
鶴岡でやきとり屋といえば名店がたくさんありますけど、その中でも老舗中の老舗ですし、
たくさんの皆様に愛され、そして長くご商売を継続されているその姿は、
開業時の自分にとって間違いなく目標店だったことは言うまでもありません。
数年前、鶴岡やきとりMAP製作の企画を提案した際にも、なかなかその主旨と意図が伝わらず、
自分みたいな若造が生意気にも意見して口論になったこともありました。
それでも、いつも「これからはあんた方のような若い世代に頑張ってもらわねばねの。」と
笑顔で声をかけてくださる優しさに、いつも甘えさせて頂いてました。
「おたく何年なったや?」
「まだ13年です。」
「んだ。まだまだだの(笑」
「はい。頑張ります!」
「来年は、14年が?」
「はい。」
「まだまだだの。(笑」
いつまでたっても、まだまだです。
いつか八重さんのような鶴岡の名店と言われるように、まだまだ頑張ります。
心よりご冥福をお祈りいたします。
合掌
-
毎度ありがとうございます!
遅ればせばがら自宅をWI-FI環境にするべく、ルーターなるものを購入して早1ヵ月・・・。
初期設定だのID登録だのパスワード設定だのが苦手な自分は、ポン付けできるルーターを
買ってただ接続して使っていたのですが、今まで以上に遅くてストレスを感じていたんですよね。
自宅のパソコンの設定は、すべて野球部の先輩クマガイさんにお願いしていたんですけど、
わざわざ酒田から来てもらうのも申し訳なくて我慢していたんですよ。
でも、あまりの遅さに限界を感じて、さっき自宅に来て頂いて
いろいろと設定・接続してもらいました。
その結果!!
スマホの接続はもちろんのこと、デスクトップまでサクサク快適に動きます。
ある意味、今まではなんだったんだっていうくらいパソコンが早くなりました。
スマホも二階にいても快適に接続しますし、ストレスは全く感じません。
これはいいです。
野球部時代は、ここには書けないような事がいろいろとあった関係でしたけど、
鶴岡に戻ってきてからは本当にお世話になりっぱなしです。
なんだかんだ文句言いながらも、わざわざ朝早くから鶴岡まで来てくれて、
面倒を見てくれるわけですから、高校時代に本当にお世話しておいて良かったと思ってます(笑
高校時代にはこんなふうにフレンドリーな付き合いができるとは、
これっぽっちも思っていませんでしたけど、人間変われば変わるものです。
同じ1コ上のマナブさんは現役時代から優しい先輩でしたから、なんとなく今の付き合いは
当時から想像できるんですけど、クマガイさんは相当イッてましたからね。
同じファーストのポジションでしたから、とにかく練習に行きたくなかったもんです。
たまに当時の話しで盛り上がりますけど、今では何でも言えますし、
当時では考えられないくらいフランクな会話してます(笑
そんな関係がうれしいし、本当に大切な先輩です。
クマガイさんと同期のマナブさんより、自分の方が一緒にいる時間が長いですしね。
朝8時に自宅に来てくれましたから、よっぽど早起きしてくれたんだと思ったら、
このあと酒田のパチンコ屋に行くそうで、開店時間からの逆算だと言ってました。
いつもお世話になっているので、酒田に行く際には必ずケーキの一つでも買って
機嫌をとるように心がけています(笑
今回のお礼も「何もいらねーぞ。」といいますけど、自分の中ではそれは
「何か買って来いよ。」という意味に自動変換されますので、また旨いもんでも買っていきます。
とにかく、パソコンもスマホも快適になりました。
あまりの驚きと嬉しさで、そのまま勢いでブログ書いてしまいました。
今日の鶴岡は寒いです。
風が冬の寒さです。
風邪などひかぬようご注意くださいませ。
-
毎度ありがとうございます!
10月25日。
同級生で酒屋だったサノが天国に旅立って、昨日でちょうど1年が経ったことになる。
あっという間の1年だった気がする。
振り返ること10年前の、開業して3年目の春。
サノとは中1の頃、クラスメートだったにも関わらず、一回も話しをしたことがなかった。
それでも、日本酒の講師や利き酒師として新聞やメディアに取り上げられているのは知っていて、
自分も日本酒の事を勉強したい、もっと深く日本酒を知りたいと、同級生ケンシに頼んで
「サノとセッティングしてくんない?」とお願いしたのがきっかけだった。
その時に「お前も少しは勉強してくれよ。」と、とりあえず初歩の初歩の初歩で
購読を勧められたのがコミック「夏子の酒」だった。
近くのブックオフで表紙の色褪せた全巻を大人買いして、何度も何度も読み返した日が懐かしい。
その数年後、銀座通りに地酒専門店をオープンする際にレイアウトで全巻貸して欲しいとお願いされ
そのまま貸したことさえ忘れていたくらいの古いマンガ本だった。
アイツが亡くなる3ヶ月前、入院していたと聞いていたのに突然電話がかかってきて、
「返すものがあるから今から自宅に行ってもいいか?」と自宅前の車の前で
立ち話をしたのが最後に見たアイツの元気な姿になってしまった。
その際に、何か身の回りを整理しているかのように大きな紙袋にしっかりとロープで縛り上げて
ガッチリと梱包してある「夏子の酒」と、尋常ではないくらいに痩せてしまっていたアイツの姿に、
すでに余命宣告されていたことすら知る由もなかったその当時の自分でも、
何ともいえないような嫌な胸騒ぎがしたことを今でもはっきりと覚えている。学生時代というよりも、商売を始めてからのここ10年の
深い深い付き合いだったと思う。
一緒に東京出張に行き、池袋のサンシャインビルでの公開利き酒会に
二年続けて行ったり、新宿のグリーンサウナに泊まったりした日が懐かしい。
高校を卒業してすぐに上京したことを聞かされて、当時住んでいた新宿二丁目の路地裏にある
薄暗い寮に案内してもらったり、金もないのにいつも飲んでいたというゴールデン街の中を徘徊し、
旨いから絶対に食え!というわりには、絶対に身体に悪いだろうっていうくらいドロドロした
謎の豚骨ラーメンを啜りながら、飲まないビールを片手に饒舌に語るアイツの姿も忘れられない。
吹けば飛ぶようなやきとん屋でも、ホームページは絶対にあったほうがいいと、
今のやんちゃのホームページ全てを無料で作ってくれた。
どんなことでもいいからブログを書いて、見た目とは違うお前を知ってもらった方がいいと
おだてられて始めたブログも、今年ですでに7年目に突入してしまった。
渡會本店の専務に掛け合ってくれて、ウチのような小さなお店のためだけにオリジナルで
「徳蔵」という限定酒を造ってもらうことにまでなって、今ではたくさんの「徳蔵」ファンの
みなさまに愛飲して頂いていることが嬉しい。
アイツが自分にしてくれたこと、自分に残してくれたものは、
今でもカタチとなり継続し残っているものがほとんどだと思う。
亡くなる10日前に奥さんからもらったアイツが病床で書いたという手紙には、
「ノリと仲良くできて10年間本当に楽しかったよ。」と震える字で書いてあるのを見て、
開店前にもかかわらず店でも涙が止まらなかったし、帰ってきて深夜に一人で声を出して泣いた。
何も出来ずに、何もしてあげれずに、ただその時を待つしかないという無念さと悔しさで
朝方までかかってアイツに頑張れ!諦めるな!と手紙を書いた。
カミさんには「本当に本当に今必死に頑張っている人に【頑張れ】は禁句だよ。」と教えられても
頑張れ!頑張れ!頑張れ!諦めるな!諦めるな!諦めるな!と書き綴ることしかできなかった。
あれから1年が経った。
いろんな経緯があって、お墓やご自宅の仏壇に手を合わせに行くことは控えている。
でもアイツとの会話や一緒に飲んだ酒の銘柄は全て覚えているし、たまにこうしてアイツとの事を
思い出して一人、居酒屋で盃を傾けるくらいが自分にはちょうどいい。
昨日もサノの命日だからと献杯に来てくれたケンシと口喧嘩してしまった。
いつまでも大人になりきれない気の短いオレがいる。
オレ達も来年はもう50歳になる。
常に飲んでいる薬も1個や2個では済まなくなってきた歳だ。
アイツは今、どんな景色を見ているんだろうか。
そんなオレのことを笑っているだろうか。
久しぶりにアイツと飲みたい夜だった。
合掌
-
毎度ありがとうございます!
昨日は湯田川温泉つかさやで、鶴岡四中野球部の「三年生を送る会」が開催されました。
午前中はグラウンドで「親子対決」も行い、朝から一日すべてが野球部一色の日になりました。
朝方の雨で最悪のグラウンドコンディションでしたけど、部員と父兄総出で水取り土入れを行い、
奇跡的に雨も上がって、3年生の父兄にもいい思い出が出来たと思います。
自分はもちろん球審をやりましたけど、最近はずっと2年生ピッチャーの
ボールしか見ていなかったせいか、久しぶりに見る3年生のボールは
やっぱり速かったですし、ファールチップが「ドスンッ!」と胸を直撃して
インサイドプロテクターの上からでも本気で死ぬかと思いましたもんね(笑
無事に試合が終わり、午後はつかさやに場所を移しての「送る会」です。
つかさやのタケヒコくんもよくやんちゃに顔を出してくれますし、
一度はつかさやを利用してみたいと思っていたんですよね。
よく鶴岡の奥座敷などといわれる湯田川温泉ですけど、今現在の旅館の数は9軒でしょうか。
メインストリートには正面の湯という公衆浴場もありますし、足湯もあります。
最近は、大会や遠征で鶴岡に来る学生さんたちや父兄の利用が多くなり、
鶴岡市民が気軽に温泉とお料理を楽しむ場としての利用が少なくなったと聞きました。
最新のホテルにはない趣きと時の流れが楽しめますし、なにより街の雰囲気が落ち着きます。
宿泊とまではいかなくても宴会や会合などでも、もっと気軽に利用してもらいたいですよね。
そんなつかさやで大きなプロジェクターを用意してもらい、同級生ユタカに頼んで作ってもらった
卒部DVDを流して、3年生の保護者の皆さんにも喜んでもらいました。
3年生一人づつの最後の挨拶には感動するものがあって、自分も思わずグッとくるものがありました。
自分は野球のことしか知りません。
サッカーやバスケでも、3年間一生懸命にやり遂げればそれぞれがそこで何かを感じ、
成長し大人になっていくものだと思います。
でも野球は、プレーしている時間よりも考えている時間のほうが多いスポーツなんですよね。
次のプレーの準備や声かけ、ピッチャーとの駆け引き、そしてどのスポーツよりも
ルールが複雑で難しいのも野球だと思うんですよ。
だから「考える」「観察する」「感じとる」みたいな技術以上のことを習得していかないと
なかなかレベルが上がらないわけです。
そういう感性や周りを見渡す感覚が、グラウンドや道具や親や環境に感謝するという人間形成に
大きく役立っている気がしてならないんですよね。
久しぶりに見た3年生の姿は、髪が伸びてすっかり大人っぽくなっていました。
それぞれの高校で野球は続けてくれるでしょう。
そんな姿を楽しみにしながら、3年生を見送りました。
彼らがスポ少時代を過ごした旧四小には老人ホームが建設され、グラウンドもなくなりました。
いつの日か大人になり、景色や情景から昔を懐かしみ振り返る時が必ず来ます。
子どもから大人になっていく過程の中で、中学時代を過ごした四中グラウンドが
彼らの帰る場所になるはずです。
自分もそうだったように・・・
偉大なる3年生でした。
ありがとう。
そしてお世話になりました。
ずっと応援しています!! -
毎度ありがとうございます!
気がつけば昨日で49歳の誕生日を迎えていました。
そんな誕生日にもかかわらず、運転免許証更新の違反者講習で朝から2時間の苦痛な時間。
戻ってすぐに日曜日に開催される「3年生を送る会」で配る卒部DVDのコピーとレーベル印刷を
速攻やって、すぐに店で仕込みして営業という慌しい1日になりました。
今年は本当に身体の不調が多い1年でした。
持病の腰痛はもとより、風邪で高熱が出たり、結石で血尿が出たり・・・
改めて健康の素晴らしさと自己管理の大切さを痛感した年でしたね。
いよいよ40代ラストイヤーです。
30代ラストイヤーには一日50本は吸っていたタバコをやめました。
今年はダイエット!と宣言したいところですけど、禁煙した時ほど自信がありません。
出来ないことを抱え込むと、そのこと自体にストレスを感じますので、ここは無理をせず
ゆっくりとでもいいかなと思っています。
まぁ、あえて宣言するとしたら「1年間かけて10キロダイエット」ってとこでしょうか。
あちらこちら悪くはなってきたものの、それでも入院や手術したことは一度もありません。
やっぱり誕生日は、丈夫な身体に産んでくれたオフクロに感謝する日なのでしょう。
墓参りは出来ませんでしたが、オフクロの写真にそっと手を合わせて感謝の言葉を念じました。
気持ちはまだまだ若く行こうと思ってます。
まだまだ老け込む歳ではありませんからね。
息子とのキャッチボールもまだまだいけますし、キャッチングもまだ大丈夫ですから。
おそらく部活一色の1年になるのは目に見えていますから、
きちんと休む時には休んで体調管理には注意しながら、頑張っていこうと思っています。
カミさんには、自分の好きなモンブランをプレゼントでもらいました(笑
みんなで1コづつ、これで十分です。
余計なプレゼントもいらないし、欲しいものも特にありません。
みんなが健康で笑顔で暮らせればそれでよし、です。
ちなみに、一足早く2日に誕生日だったカミさんには、
野球観戦の際に着るパーカーが欲しいというので、
カタログから一緒に選んで買ってあげました。
我が家でのプレゼントの定義は、
「サプライズではなく相手の欲しいもの、長く使ってくれるものを予算の中で買ってあげる。」
というのがお決まりですから、パーカーが欲しいならパーカーをあげることになります。
体も大きくなってカミさんを越した息子も着れるようにと、野球メーカーZETTのパーカーを
チョイスするあたり、随分とマニアっぽくなってきたと思いますよね(笑
保護者会長のヒロユキくんには誕生日プレゼントまで頂きました。
たくさんのみなさまに、たくさんのおめでとうメールやコメントを頂きました。
そのみなさま、お一人お一人に感謝申し上げます。
これからも引き続き宜しくお願いいたします。