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毎度ありがとうございます!
12月特有の慌しさと、子供達が冬休みに入ったことで、なかなかブログの更新ができない現状です。
今日は祝日ですけど、屠畜が行なわれるため問屋が休みじゃないことと、
同級生7名様のご予約が入りましたので、気合い入れて営業いたします。
小上がり・カウンターともに余裕がありますので、よろしければご来店くださいませ。
先日、ブログでもお伝えしたユウキが、無事に父親になりました。(過去記事:「夫から父へ」参照)
元気な男の子で、名前は「陸」くんだそうです。
スケールの大きないい名前です。
ユウキのカミさんは結婚式の翌日、これから同居するユウキの両親の待つ自宅に初めて帰る際に、
元気に「ただいま~」って挨拶して家に入っていったという話を聞いて、
若いのにしっかりとした子なんだな~、素敵な感性の持ち主だな~と思ってたんですね。
今回の出産で、産みたてのとり上げられたばかりの我が子との初対面での一言は・・・
「逢いたかったぁ~。」
うーん、なかなかこのセリフは出てきませんよね。
またひとつ、感動のエピソードを聞かせてもらいました。
2人とも、きっと、いい母・いい父になることでしょう。
暖かくなって落ち着いたら「陸くん」と対面させてください。
本当に、無事にご出産おめでとうございます。
去年は、突然の同級生の訃報のあとに、タカノリさんちの「凌太くん」の
ご出産があって、自分自身、勝手に元気をもらいました。
今年は、同級生ケンシのおふくろさんが亡くなった後に、
そのケンシに「遥夏ちゃん」が生まれた。
函館でお世話になった方が亡くなり気分が落ち込んでいるときに、
今度はユウキんちに「陸くん」が生まれた。
それぞれのつながりは何もないんだけれど、なぜか自分にとって悲しい出来事があったあとには、
その気分を吹き飛ばすような嬉しいニュースが届きます。
ご来店して頂いた方々に、「今日も、美味しかった。今日も、元気もらったよ。」と
うれしいお言葉をかけていただくこともあるんですけど、
みなさんの日常の嬉しいニュースから、自分も元気をもらっていることも、実は多いんです。
歳をとったせいか、嬉しいニュースでも涙腺が緩むようになってきました。
今年も残りあとわずか・・・。
新年を、心穏やかに明るく迎えられるように、慌しい日々でも大切に過ごしたいものです。
みなさま、素敵な休日をお過ごし下さい。
そして自分は今日も、気合いを入れて頑張ります。
オッシャー!! -
毎度ありがとうございます!
とうとうドカ雪が積もって、辺り一面真っ白になった鶴岡です。
確かに、雪は生活に不便さを与えますんで、無いにこしたことはないんですけど、
絶対に降るものですから、じたばたせずに冬の生活リズムに切り替えていきましょう。
自分の場合は、いつもより30分早く起床して、雪かきするのが冬の日課になります。
さて、今日も新酒のご案内です。
「くどき上手 しぼりたて 無濾過」純米大吟醸・日本酒度±0.0です。
昨年も、ホワイトボードメニューで提供してきましたが、
おそらくスポット展開酒としては、一番人気のあったお酒です。
昨年までは、酒造好適米:美山錦を50%まで磨いて
純米吟醸としての発売だったんですけど、
今年は酒造好適米:出羽の里を48%まで磨いた
“純米大吟醸”として登場しました。
レベルデザインも一新し、非常にシンプルなイメージになってます。
が、飲んでみての感想は濃厚・芳醇・ねっとり・そして香りはフルーティな感じです。
日本酒特有の喉がカッとなるようなアルコール感はなく、まったりとした甘口のお酒です。
そのふくよかな香りとやさしい甘さが重なって、まるでマックシェイクでも飲んでるかのような
スイーツな錯覚に陥ります(笑
山形のお酒、いや地元を代表するお酒ですので、根拠のない「辛口、辛口!」という
楽しみ方ではなく、じっくりと味わいながら楽しめる「旨口」のお酒だと思います。
ここ数年、自分自身が飲んでじかに感じることなんですけど、
旨いと感じるお酒のほとんどが、いわゆる「辛口」ではありません。
仲間と楽しく飲んで食べてという時には、いわゆる「淡麗」なスッキリタイプのお酒を好みますけど、
じっくりと味わって飲むお酒は、あまり日本酒度的には高くないお酒です。
じゃ、辛口、甘口って表示はなんなのよ?と聞かれると一言では説明できましぇん。
ただ、辛さの目安程度の日本酒度をみて、単純に「辛口から好きだ。」とか
「甘口からダメだ。」じゃなくて、たまには実際に飲んでみて自分自身の舌に任せてみてはどうでしょう。
きっと、新しい発見があるかもしれませんよ。
やんちゃでは、日本酒度-7の和田来から+20のばくれんまで、
甘口~辛口さまざまな銘柄を、常時10種類以上とりそろえております。
蔵元に限らず、いろんな銘柄を試してみて、自分好みのお酒を探してみてはいかがでしょうか。
ラーメンだって、他人が旨いから自分も旨いとは限りませんからね。
「辛口」ばかりが日本酒じゃありませんよ。
むしろ、旨いお酒はもっと別のところにあるのかもしれません。
このブログをみて日本酒を飲みたくなった方・・・。
今日も元気に営業しております。
今日はカウンターのみ空席がありますので、是非お立ち寄り下さい。
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毎度ありがとうございます!
新酒ラッシュのこの時期ですので、「やんちゃ」にも新しいお酒が続々入荷しております。
今日は一気に2銘柄をご紹介します。
まずは羽根田酒造の「俵雪 上澄み」純米吟醸、日本酒度+3です。
もう、説明の必要のないくらい有名になった「俵雪」ですが、
「活性にごり」「上澄み」「無濾過」の3シリーズの中から、
今回は「上澄み」を入荷しました。
相変わらず旨いです!
シリーズどれをとってもハズレはありませんけど、
個人的にはこの「上澄み」が一番好きです。
1杯目~2杯目の口あけで飲んでもらうと、
その口当たりの良さと立ち上がる吟醸香のどちらも楽しめます。
限定生産された「俵雪」は、生産本数が売り切れると同時に今シーズンの販売が終わります。
本当に、飲むなら今しかありません。
お早めに、お試し下さいませ。
もう1本は、楯野川酒造「楯野川 合流」純米大吟醸、日本酒度+3~4です。
今年から地元向けの販売ブランドを、この銘柄一本に絞っての生産だそうです。
純米大吟醸とはいうものの、開栓時は少し雑味感があったんですけど、
空気に触れ少し熟成が進んだのか、今が丁度いい飲み頃のようです。
果実系の吟醸香はあまり感じず、むしろ食中酒として
食べながら飲むという方にお勧めです。
しかし、販売がこれ1銘柄ということは、この酒が不評ならその年の「楯野川」は
「ダメだ。」という評価に直結するわけですよね。
逆に、評判がよければ「楯野川は旨い!」となるわけです。
もの凄くシビアで潔いようにも感じますけど、首都圏にはこれまで通りの数銘柄が流通されるそうです。
またもや、地元の酒を地元の日本酒ファンが買えない・飲めないという流通経路・・・。
なんとかならないもんですかね。
「十四代」の爆発的な人気以降、地元で愛されるより都会や海外での評価に重きを置いて
生産・販売されている現状に、呆れることも日常茶飯事です。
自分のようなちっぽけな「やきとん屋」でも、お酒を扱う以上はお客様とお酒との橋渡し、
素敵な出会いのきっかけ作りの大役にあると思っているわけです。
はなから地元ファンや地元マーケットを大切にしない蔵元は、個人的に好きになれません。
たとえ旨い酒を造ろうとも、好きにはなりません。
生産者・造り手の顔が見えること。
消費者・飲み手の顔が見えること。
まずは売ってから、講釈たれてみろと。
まずは買って飲んでから、物申せと。
今の日本酒業界に一番欠落しているものだと思います。
「東京でブレイクすりゃいいんだ。」なんて思ってるんだったら、そのうち見放されますよ。
これまで山形の地酒にこだわって取り扱ってきましたけど、来年からは「店主の隠し酒」として
県外の銘柄も数種類、固定せず置いてみようと思っています。
必ず、自分が飲んでみて旨いと思った銘柄のみ置きます。
お客様に不評なら、全部自分が飲んじゃえば、それまでのことですしね。
さて、今日から週末にかけて荒れ模様のお天気だそうです。
でも、今年も残り僅かですから、気持ちだけでも晴れ晴れと清々しくいきたいものです。
今日も一日、気合いを入れて頑張りましょう!!
オッシャー!
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毎度ありがとうございます!
昨日の12月12日は、「やんちゃ」の開店記念日でした。
お陰さまで8周年を迎えることができました。
日頃の皆様からのご愛顧に感謝いたしますとともに、
今後も変わらぬご贔屓のほどを宜しくお願い申し上げます。
少しづつでも前に進もうと「イチニ、イチニ」の語呂にかけて12月12日にオープンしたんですけど、
時には立ち止まったり、時には後退しながらも、今日までなんとかやってきました。
今年は、開店記念日を事前にブログなどで告知しなかったんですけど、
昨日突然、後輩ユウジが来店してくれて新潟の白山神社の御神札を
買ってきてくれました。
ユウジ、どうもありがとう。
「今日、開店記念日っスよね。」
なんて、さりげなく差し出すあたりはさすがです。
商売繁盛の神様だそうで、年末の大掃除のあとに神棚に上げようと思います。
そして、今日から9年目。
毎日の繰り返しではありますけど、一日一日を大切に一歩づつ前に進んで行こうと思っています。
これからも、ご贔屓のほど宜しくお願い申し上げます。
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毎度ありがとうございます!
今朝の鶴岡は、早朝はうっすら雪化粧でしたけど通勤アワーには融けていました。
いよいよ冬本番を感じさせる冷え込みです。
息子も今朝は咳が出始め、マスク姿で登校していきました。
娘は、今日が期末テストの2日目です。
ギリギリまで参考書見ながら、気合い入れて登校していきました。
カミさんも、昼夜問わず医療の現場で頑張ってます。
自分は、今日も煮込みに火をかけます。
大人も子供も、それぞれの今を一生懸命に頑張るしかないんですよね。
辛いことや悲しいことは、生きている限りありえることなんだろうけど、
下を向かず、上を向いて歩いていこうと思います。
そんなときは、楽しいことでも考えようか。。。
そういえば、新年の1月3日に宮城で新春初打ちゴルフに行くんですよね。
同級生4人で、毎年恒例行事になってる一大イベントなんです。
去年、おととしと「松島チサンカントリー」でプレーしたんですけど、
どちらも、降雪や凍結でゴルフコンディションとしては最悪だったんですよ。
正月から仙台で一泊して旨いもんを食うのも楽しみのひとつなんですけど、
ゴルフもストイックに楽しみたい自分としては、ちゃんとゴルフが出来ないというのは
せっかくの楽しみも、半減してしまってたわけです。
今年も行くのはいいけれど、場所はどうしようかと悩んだ末に、また今年も松島に行くことにしました。
1年中を通してオールシーズン営業していた「松島チサンカントリー」も
今回の震災の影響でコースが陥没し、半年以上もコース復旧に時間がかかった末に、ようやく再オープンできたところなんですね。
そこで働く従業員の方々にも生活がありますから、
同じお金を使うのであれば、現地で使いたいと思ったんです。
12月を気合いで頑張って、正月は思う存分楽しんでリフレッシュしてこようと思っています。
ドライバーも現在リシャフト中ですから、更なる安定感が増していることを信じて、
首を長ーくして待っているところです。
よーし。人生いろいろあるけれど、テンション上がってきました(笑
「人生劇場、即ちこれ酒場なり。」
今日も寒いですけど、あったかい煮込みとともに、いつもの場所でお待ちしております。
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毎度ありがとうございます!
少し長くなりますが、今日は函館時代に大変お世話になった【ニシムラさん】のことを書きます。
自分が大学2年生の春、1年間の下宿生活に別れを告げ、憧れのアパート暮らしを始めました。
ある日、そのアパートの大家さんが所属している草野球チームに助っ人で呼ばれたんですよね。
ニシムラさんは、そのチームの監督兼エースでした。
活きのいい学生が加わったこともあって、その年は結構良いところまで勝ち上がっていったんです。
最終戦が終わり、バット納めの飲み会にも呼ばれて、ニシムラさんに
「イシカワが大学にいる間は、助っ人よろしく頼むよ。」
なんて言われて、そのまま卒業までなんとなく遊びでやってたんです。
自分より14歳上でしたから、自分が19歳の時でニシムラさんが33歳。
一回り以上も年上の方でしたけど、一度も自分のことを「お前」とは呼びませんでした。
大学時代の貧困時代から、よくスナックや回らない寿司屋に連れてってもらったもんです。
大学を卒業して、しばらくしてから函館に戻ってきた自分を
「よく帰ってきたなぁ。これでまたイシカワと一緒に野球やれるなぁ。」
と、またまた飲み会をセッティングしてくれて大歓迎してくれたんですね。
数年が経ち、体の動く若い奴らと本気の草野球がやりたくなって、
自分達でチームを作りたいって相談したときも、
「おれもそっちに入れてくれよ。イシカワ達と一緒にやりたいんだ。」
と、25~26歳のメンバーの中に混じって40歳で移籍してきたんです。
ニシムラさんは当時、函館では老舗の不動産会社に勤めておられて、
総務課の金庫番として個人の接待費枠も持つくらいの地位にいた方でした。
すでに、離婚されていたんですけど、当時中学生になる「コウスケくん」という息子さんも
一緒にグランドに連れてきて、自分達に交じって練習や試合に出てたんですよ。
あることがきっかけで、ニシムラさんが思い切って会社を辞めてしまった後も、
たくさん飲みに連れてってもらいましたし、自宅で手料理も振舞ってもらいました。
手先の器用なニシムラさんは、刺身も握りも鍋もから揚げもすべて自分ひとりで準備して、
当たり前のように「食べろ。食べろ。」とご馳走してくれました。
本当に、お世話になりましたし、そして他の誰よりも一番に可愛がってもらいました。
32歳で函館を離れるまで、ニシムラさんは一度も自分にお金を使わせてはくれませんでした。
鶴岡に戻ってきて2年ほど過ぎた頃、「函館の回転寿司屋で寿司を握っているよ。」と、
電話で話したのを最後に、携帯の番号が変わって繋がらなくなったんです。
それでも、かろうじて年賀状では繋がっていたんですけど、自分も鶴岡で3回も引越ししているうちに
いつの間にか連絡が途切れてしまってたんですね。
ここ10年くらいは、まったく連絡のつかない状態でした。
日曜日に、ふと突然にニシムラさんのことを思い出したらずっと頭から離れず、
何か大切な人との繋がりを失くしてしまったような、もの凄く不義理をしている感覚になったんです。
あれだけお世話になったのに・・・、連絡も取れずに今頃どうしているのかな、と。
その後、急激な腹痛に襲われて、翌朝から6時間も点滴を打ってお店を休んだのは承知の通りです。
そして今日の夕方、仕込みの最中に見覚えのない番号から携帯に電話がかかってきたんです。
「イシカワさん・・・ですか?」
「はい。どちらさまでしょうか?」
「あのー、函館のニシムラの息子のコウスケっていいます。」
「えっ、コウスケくん?ひっ久しぶりだね~どうした?ニシムラさん、元気かぁ?」
なんて話したものの、突然の電話の状況がまったく飲み込めず・・・。
「実は先日の4日に、父が突然倒れてそのまま亡くなりました。」
「えっ・・・うそでしょ?・・・なんで?」
「病気とかじゃなくて、血圧が高かったんで、トイレで倒れて、そのまま・・・」
「なんでよ・・・なんで・・・」
「父と酒飲むと、イシカワは山形で元気に頑張ってるかな~って口癖のように言ってたんですよ。
友人の少なかった父でしたから、イシカワさんと会いたがっていました。」
「・・・そっかぁ。うん、うん、ごめんよ。しかし、コウスケくん、どうやってオレの連絡先分かったの?」
「父の携帯電話のメモリー見てたらイシカワってあったんで、多分、一緒に野球してもらった
あのイシカワさんで間違いないだろうと思って、思い切って掛けてみました。」
「・・・そっかぁ。ありがとうな。ほんとに、連絡くれて、ありがとう。」
「こちらこそ、イシカワさんに連絡とれて良かったです。」
時間になってバイトのハタケが来ても、涙は止まりませんでした。
コウスケくんの話しによると、あれから勤めていた回転寿司屋が倒産したらしく、
そのことをきっかけに携帯の番号を変えて誰にも連絡を取ってなかったそうなんです。
「ああ見えて、結構プライドが高かったから、格好悪いトコ見せたくなかったのかもしれないですね。」
「手紙や年賀状も出してませんでしたから。」なんてコウスケくんは言うけれど・・・、
ニシムラさん・・・水臭いっスよ。
函館を離れるときに「イシカワ、元気でな。なにやってもいいから、たくましく生きろよ。」って
言ってくれたの、ニシムラさんじゃないですか。
やっと連絡がついたと思ったら、亡くなりました、ってことはないでしょうよ。
何ひとつ、恩返しもしていないのに・・・。
すでに、近親者で密葬も終わり、コウスケくんも日曜日には茨城に戻り、
函館のご自宅には誰もいなくなるそうです。
来年、改めて自分の家族を連れて函館にお墓参りに行きます。
必ず、行きますから、ニシムラさん、待ってて下さい。
ニシムラさんに初めて呑ませてもらった青森県「田酒」(西田酒造)の旨さは忘れません。
先日、偶然にも後輩に「田酒」を貰ったときも、ニシムラさんのこと思い出してました。
結構、入手するのが難しい酒だったのに気を使わせないように、
「こんな酒、その辺にいくらでもあるから、遠慮しないでジャンジャン飲め!」
なんて言ってくれましたよね。
また、一緒に飲みたかったです。。。
26歳になっていたコウスケくんとも、今度は連絡が途切れないようにしっかりと番号交換しました。
コウスケくんが携帯を見て連絡くれなかったら、このままずっと知らずに過ごしていたでしょう。
それにしても改めて考えると、みなさんは自分が中学生だったときの父親の友人に、
本人が亡くなったあとに自分の意思で10年ぶりに突然、電話をかけれますか?
ニシムラさん。
コウスケくん、立派に育てましたね。
はっきりと、澄んだ声で、ちゃんと話してくれましたよ。
ニシムラさん。
函館時代には、本当にお世話になりました。
酒を飲むのが好きだったニシムラさんに「今、飲食店をやってます。」なんて話したら、
どれだけ喜んでくれたか、すぐに想像できます。
ニシムラさん。
こんな自分にも守るべき家族ができて、人並みですけどたくましく生きています。
亡くなられた4日の夜から、自分も腹痛で苦しんだのはニシムラさんが警告してくれたんですね。
「イシカワ、身体を大切にしろよ。ちゃんと検査しろよ。」と。
ニシムラさん。
そっちにユニホーム着たショウゴがいるハズですから、なんか旨いもん食わせてあげてくださいね。
ニシムラさん、享年58歳。
謹んで、心からご冥福をお祈りいたします。
大切な人が、また一人旅立ってしまいました。
今夜は眠れそうにありません。合掌。