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夏の高校野球真っ盛りですけど、今日は野球と関係の無い昔話しをひとつ。
自分が高校生の頃の鶴商学園高校は、男子寮と女子寮を完備しており、
県外からの学生を積極的に受け入れている校風だったんです。
当時の野球部も県外・市内関係なく、3年生の夏の大会が終わるまで全寮制だったんですよ。
(過去記事:「激励会 高校編」参照)
そうなると、県外からの寮生と一緒にいる時間のほうが長くなるせいで、
一緒になって標準語使ってみたり、何かと影響を受けていたんですよね。
その中でも、特に影響を受けたのが制服ファッション。
当時は「ツッパリブーム」の全盛期で、ちょっとワルいヤツも、そうでないヤツも、
みんな調子こいてるやつらは決まって「ボンタン」やら「ドカン」やらの
ぶっ太いズボンを穿いてたんですよね。
しかも、ツータックだのスリータックが入っていて、ハイウエストという名の、
ベルト通しの上にさらに腹巻みたいな部分が付いてるズボンだったんです。
で、エナメルのほっ細いベルトして、靴のかかと潰してちゃらちゃら歩いてた。
シャツも開襟シャツをだらしなく出して、いかにもって感じでしたもんね。
そんな地元のツッパリファッションを彼らは否定するんですよ。
「今どき、ダサいよ。」って言って、ろくでもないヤツらが、誰一人そんな格好しないんですよね。
紺色の制服だったせいか、みんな、夏服はアイビー調にして着こなしてました。
シャツはピシッとアイロンのきいた白のボタンダウンで、当然シャツイン。
ズボンは、入学時に買ったノータックの標準ストレートを仕立て屋に出して、
すそ幅18センチまで絞ってスリムにするんですよ。
で、ベルトはサンローランだのロベルタだのの紳士用の幅広ベルトが定番アイテム。
靴は、リーガルのローファーかスリッポンをピカピカに磨いてかかとは潰さない。
最後に、必ず皮のセカンドバックを小脇に抱えて完成です。
でも唯一、髪型だけは全員リーゼントだったけど。
昔、不良してたヤツとか、暴走族やってたヤツとか、ヤクザの息子とかが、
そういう爽やかな格好をしてるもんで、先生の受けもいいんですよね。
「そういうの、暑苦しいからやめなよ。」
なんて言いながら、ボタンダウンやズボンに、夜自分でアイロン掛けてるんですよ。
冬服の学ランはサイドベンツが入ってたんで、ウエスト部分を絞って着るのがオシャレだったんです。
「ウエスト、何センチ詰めたの?」
「絞り効いてて、カッコいいじゃん。」
襟のホックも、きちんと止めて着るのが当たり前。
つまり、長ランだの短ランだの、ボンタンだのドカンだのっていう既製品をだらしなく着るんじゃなくて、
仕立て屋に出して自分なりに改造して、きちんと着こなすのが流行ってた感じですかね。
当時はズボンが紺色なのをいいことに、その格好でセカンドバック抱えて、
昭和通りに飲みに行ってるヤツとか平気でいましたからね。
今じゃ、絶対に考えらないことですけど、ホントの話しです。
猛暑が続きますけど、くれくれも体調などを壊さぬよう、御自愛下さいませ。 -
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「鶴岡東」が「米沢中央」に10対0でコールド勝ち発進しました。
昨日はテンション上がりすぎて、第一試合の「山形工業」VS「置賜農業」の試合から観戦。
「置賜農業」の斎藤監督も鶴商学園の後輩なもんで、こちらも応援です。
「置賜農業」は残念な結果に終わりましたけど、選手は最後まで諦めず頑張ってました。
ナイスゲームだったぞ!胸を張っていい!
で、いよいよ「鶴岡東」が登場!
シートノックを見てたら例年になく選手たちの表情が柔らかくて、伸び伸びやってる印象なんです。
昨年はシードながら初戦で奇しくも「置賜農業」に敗れているんで、
固くなるかなって心配してたんですよね。
1回の表を無難に押さえて、その裏、4番竹藤がレフトスタンドに3ランホームラン!!!
持っていった扇子は、早くもこのシーンで破損。
打った瞬間は少し低いかなって思ったんですけど、
「いけー!!入れっ!!」の大合唱が後押しして、見事スタンドイン。
いやー、しびれました。
今年は打のイメージが強い「鶴岡東」ですけど、エース渡辺のピッチングがいいんですよ。
球速はそんなに速くはないんですけど、コントロールと緩急をつけるのが上手い。
投打のバランスのとれた、いいチームに仕上がってます。
それよりも、気温30℃を超す猛暑の中、
球場で2試合観戦して家に帰ったら、
日焼けで真っ赤っ赤になってて、痛いのなんの。
自分は黒くならずに赤く焼ける体質なもんで、
娘からは「タコみたいだね。お父さん。」なんて言われる始末。
「んじゃ、タコのパウル君って呼んでもいいよ。」なんてボケたつもりが、
「パウル君ってナニ?」
「・・・。」
まっ、予想は出来ませんけど、まだまだこの夏は「鶴岡東」を追いかけます!!
引き続き、応援よろしくお願いします。 -
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突然ですけど、このたび自宅を引っ越す事にしました。
まぁ、いろいろあって、気に入って購入した家じゃなかったもんで、速攻で売りに出して、
代わりに同じ学区内に、カミさんと子供達みんなが気に入った中古住宅を購入しました。
あちこち見ずに一発で決めたんで、周りの友人たちからは
「もっとじっくり見てから買えば。」なんて心配してもらいました。
コレばっかりは性分なんでしょうかね。
「よし、決めた。」って思ったら、何でも即実行です。
迷うのも、もったいない。
家族みんなが笑って暮らせるんなら、それでいいじゃないですか。
探せばアラも山ほどあるのは、百も承知の上ですし、
中古住宅に100%満足なんてありえないものだと思ってます。
そんなことよりも、家族みんなで話し合って決めた家ってトコが大事なんです。
これから、引越しで大忙しになりますけどね。
それよりも今日、今の自宅を内覧しにいらした方が、15分ちょっと家の中を見渡して、
「うん。この家、買います。」
って、あっさり売れちゃったのには驚きました。
カミさんと二人で「えっ?はあ・・・。」なんてポカンとしてたんですけど、
世の中にはいるもんですなぁ。。。
だってキャッシュですよ。キャッシュ。
後からきちんと不動産屋さんから説明を受けましたけど、
「決して衝動買いではなくて、ずっと探してた方なんで、買いたい要素が揃ってたからですよ。」
って言われたんで安心しました。
自分達にとっては少し暮らしにくい家でしたけど、
新しい家主の方に気に入って頂けたのは、本当にうれしい限りです。
ハウスクリーニングも入れますけど、引越ししながら少しでも綺麗にしてお渡ししたいと思います。
それと、今までの感謝もこめて。
さてさて、今日は「鶴岡東」の夏が始まります。
バックネット裏でなんて、カッコつけた観戦はしません。
応援しに行くんですから、当然ベンチ上でメガホン持って声出します。
これ、基本です。
とにかく今日は声がかれるまで、精一杯、応援してきます。
オッシャー!!! -
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今日は開店前に「キッチンFutaba」のヒデくんから、ヤングコーンの差し入れを頂戴しました。
わざわざ、ありがとうございます!
お客様とスタッフとで美味しく頂きました。
そういえば、今の場所は「やんちゃ」の前は「やきとり・ふたば」だったんですよ。
偶然とはいえ、なにか運命的なものを感じますよねェ~。
ヒデくん、本当に、ありがとうでした。<(_ _)>
で、いよいよ夏の高校野球が開幕するわけですけど、少しムカついてるんで本音で書きます。
我が母校、「鶴岡東高校野球部」は、良くも悪くもバッシングされます。
監督の指導方法やら采配やら、学校の体制やら方針やら、挙げたらキリがないくらい叩かれます。
そういうことを言うほとんどの人が、直接関係のない外野の人間です。
「あのさ、放っといてくんない?」
やるのは選手なんですよ。
あなたに、全然関係ないでしょ。
しかも、もっとムカつくのは野球部を辞めた選手の親とかが、学校批判や監督批判すること。
「辞めてから、何言ってんの。そういうことは辞める前に言いなさい。」
自分が入部した時も、44名が入部して33人辞めてるんですよ。
そこには33通りの、辞めたヤツの言い分があるわけです。
練習がキツイだの、上下関係が厳しいだの、あれがイヤだの、これがイヤだの・・・。
全部、辞めたことを正当化するための言い訳でしかないんですよ。
現役時代の自分は、「あーあ、こいつも逃げんのか。」って本気で思ってましたからね。
最近は、その言い訳を親が代弁して、「あの監督が悪い」だの「あの学校はダメだ」だのと、
情けないくらいに、必死に吹聴してまわってる。
この前も、自分の同級生の子供が辞めてたのを知らずに、
「せがれ、頑張ってるか?」って聞いたら
「あそこの方針が合わなくて辞めさせた。ダメだな、あれじゃ。」
なんて言いやがる。
「それ、辞める前に、言ったのか?」
「いや、どうせ言っても無駄だろ。」
「なんだ、それ。せっかく入部したのに、それでいいのかよ。」
「いいんだ、いいんだ。別に。」
「・・・ふーん。」
だったら「ウチの息子、根性無くってさ、ついていけなくて辞めたよ。」くらい言えっていうんですよ。
そりゃ、自分も我が子は可愛いし、出来れば嫌な思いはさせたくないという感情は当然ありますよ。
でも、子供の言い分全部鵜呑みにして、いい大人が批評して歩くっていうのはいかがなものかと。
ちなみに毎年2月末に行われる「3年生を送る会」にOB会から来賓で出席しますけど、
「鶴東野球部に入って良かった。」
「監督を甲子園に連れて行きたかった。」って、みんな号泣してるんですよ。
父兄も、生徒も、みんな感謝の気持ちを込めて「ありがとうございました!」の大合唱ですけどね。
そこには、最後まで頑張ったヤツにしか手にすることが出来ない、自信と達成感があるんです。
そして、それは一生の宝物になりますから、絶対に。
スイマセン。ついつい、熱くなってしまったことをお許し下さいませ。
選手も指導者もプロじゃないんだから、純粋にプレーする選手たちを応援してあげましょうよ。
今年、甲子園行ってくんねェかなぁ。。。 -
毎度ありがとうございます!
昨日はお墓参りのあと夕方になってから、お袋と仙台にいる姉貴が来店しました。
兄貴夫婦も義父のお墓参りで不在になるという事で、夕食は「やんちゃ」でということでした。
久しぶりに母娘だけということもあってか、まーやかましい!!
でも2人とも楽しそうに盛り上がってたんで、今日のところは良しとしますか。
それより、そこで聞いた庄内弁にまつわる笑い話をひとつ。
姉貴が小学校に入学して間もない頃、お袋と叔母に連れられて京都に旅行に行ったんだそうです。
あっちこっち観て周って、最後にでっかいデパートに買い物に寄って、
姉貴を遊ばせるために屋上にある遊園地へ行ったときの話し。
鶴岡にはないようなでっかいデパートの屋上に、これまた見たこともない大観覧車があって、
その迫力に当時6歳の姉貴は怖くなったんだそうです。
「ほれ、エミコや。これ乗るぞ。」
「やんだー、おっかね。おっかね。」
「なんにも、おっかねぐね。ほれ。」
「おっかね。おっかね。」
「なんだあんだやー。」
「おっかね。おっかねー。」
母親の裾を引っ張りながら「おっかね。おっかね。」を連呼する姉貴とお袋のやり取りを
一部始終見ていた観覧車の係員が、庄内弁で「おっかね=怖い」とは分からず、
お袋に「お金ですか?大丈夫ですか?お金もってますか?」って、心配して声かけたそうなんですよ(笑。
お袋はその言葉にピンときてなくて「まんず失礼な事いう係員だごど。」って思ってたらしいんですけど、
姉貴は自分の言葉が訛ってて誤解されてるんだって気付いて、急に恥ずかしくなってしまって、
「あど、行ご。行ご。」って帰ってきたんだそうです。
自分の知らない、お袋と姉貴と2人の思い出で、最高に笑わせてもらいました。
他にも親父とお袋のなれそめ話しや、今の実家を建てたきっかけ話しとか、
面白い話がポンポン出てくるんですよ。
お盆に家族が集まると、昔話が多くなりませんか?
そんな時間も大切にしていきたいと、改めて感じた今年のお盆でした。 -
毎度ありがとうございます!
今日、7月13日は鶴岡の旧市内ではお盆になります。
これから実家に行って、墓参りに行く予定です。
ウチは自分が次男坊なモンで、家には仏壇がありません。
父の写真がひとつ、写真立てに入れて飾ってあるくらいです。
このブログを書くようになって、よく親父のことを思い浮かべたりするようになりました。
そのせいか、自分も親になり親父に対する想いが強くなったような気がします。
やっぱり、歳をとってきたのかもしれませんね。
以前までは、あまり意識した事がなかったんですけどね。
(過去記事:「徳蔵」参照)
最近「オレってやっぱり親父の子だなぁ。」って思うことが多いんですよね。
親分肌で面倒見がよく、「ダメなものはダメだ。」っていう頑固なトコ似てます。
そのくせテレビ見ながら涙流すような、涙もろいトコも似てますし。
自分が26歳の時に、71歳で他界したんですけど、もう少し長生きしてもらいたかったですよね。
親父が45の時に自分が生まれたんで、小学校入学時にはすでに50オーバー。
他の家のおじいちゃん並みに歳いってて、子供の頃はそれがイヤでイヤで仕方なかったんです。
学校とかに来ると、「お前んち、じいさん来たのか?」なんてからかわれたりもしたもんです。
それでも、自分が大学に行ってからは完全に大人として接してくれて、
「おい、タバコくれ。」
「おい、そこまで乗せてけ。」
「おい、一杯、付き合え。」
なんて会話になってないような会話でしたけど、楽しい時間でしたよね。
その数年後に、函館から鶴岡に帰ってきて「やきとん屋」をやってる姿を
見せたかったですし、自分の子供達(外孫)も見せて上げたかったですよね。
今日は少し早く家を出て、墓前に日本酒「徳蔵」でも置いて、一杯酌み交わそうと思ってます。
それでは。