"高校野球"カテゴリーの記事一覧
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毎度ありがとうございます!
8月8日、恩師田中先生を思い出す朝です。
今夜、甲子園に向けて出発する息子たちの後ろを追って、保護者乗り合いでレンタカーを借りて
自分も甲子園に出発する日でもあります。
田中先生が旅立たれたあの夏も、暑さと忙しさとで目が回っていた夏でした。
昨年、創部50周年記念誌の制作にあたり、田中先生の奥様から大量の写真やアルバムを
お借りしていました。
もちろん、貴重なお写真ばかりですので大切に慎重に扱わせていただいていたのですが、
その返却の際に息子のケンくんから「実家には他にも父さんの写真がたくさんありますので、
鶴商時代の写真は家にあるよりもOBの皆さんが持っていてくれたほうが嬉しいです。」と
お申し出があったんです。
いろいろと迷ったのですが、お言葉に甘えて今は自分がその大切なアルバムを保管させて
いただいています。
ケンくんとも連絡を取り合う仲ですし、何かあればすぐ対応できるとなると自分かな、と。
実は、明日も甲子園で会う約束をしていますし。
今朝起きて一番最初に田中先生のアルバムを開いていました。
輝かしい甲子園での記念写真やスナップ写真のほかにも、甲子園予選のパンフレット用に撮影した
自分たちの代の白黒写真もありました。
もちろんカラー写真全盛の時代でしたけど、パンフレットがモノクロでしたから、
あえて白黒で撮ったものでしょうか。
どこで撮影したものか、まったく覚えていませんが1985年6月2日の刻印があります。
ミズノのメッシュを着ているんで、春季県大会のあたりかもしれません。
この頃の田中先生はまだバリバリのスパルタで、夏を見据えてチームの仕上げの真っ最中でした。
7月に入るとそれまでの追い込みがウソのように練習時間も短くなり、通称「楽レン」と呼ばれ
昼過ぎには練習も終わり、引き続きグラウンドに残って練習する1、2年生の姿を眺めながら、
赤川の土手を寮に向かって帰る時間が本当に幸せだったことを覚えています。
チーム力が整っていた年も、下級生主体の育成の年も、それでもいつでも甲子園を明確に狙う
田中先生の姿を自分たちもすぐ近くで見てきましたから、OBとなった今でもその年の結果に
とらわれることなく、いつの時代でも一生懸命サポートしていこうという思いは変わりません。
勝って甲子園が決まったときだけに協力するのではなく、むしろ勝てない時や
結果が出なかった時ほど応援していかなければならないという気持ちが強いです。
田中先生にも、ゴルフに行く車の中でOB会の話しをよく聞かされました。
「金(OB会費)の協力もありがたいが、一番はグラウンドに顔を出してくれること。」
そういわれると、いつも赤川のグラウンドには誰か知らないOBが来るもので、
バッティングピッチャーやらノッカーをやってくれるものでした。
今だから言えますけど田中先生や茂木先生のノックとは違って、めちゃくちゃ下手なもんで
さーこーい!なんて声は出すものの、「どこ打ってんだよ!」なんて内心思ってましたもんね(笑
OBとしてひと仕事終わると、タバコで一服しながら楽しそうに田中先生と談笑する姿に、
高校生ながらミョーに憧れたものです。
田中先生もあんなふうに笑いながらOBと話すんだ・・・
OB会の事務局を引き受けるかどうかを相談した際にも「お前がやれ。」という短い会話に、
なぜかしら嬉しくなったものです。
先生からあの言葉から14年ですかね。
事務局を引き受けて今回で4回目の甲子園出場の準備に追われています。
そろそろ後輩を育てて事務局を退きたいと思っていますが、田中先生は何というでしょうか。
あの頃憧れたバックネット裏のシーンのように、一服しながらリラックスした表情で
「おつかれさん。まぁ一服しろ。」と言ってくれるでしょうかね。
先生、明日また後輩達が甲子園で暴れまわりますよ。
銀傘の上で茂木先生と一緒に見ていてくださいね。
また先生のアルバムを開かせてもらいます。
そこにはまだ見たことがない先生の表情が写っているかもしれません。
大切に、大切な先生の思い出とともに。
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毎度ありがとうございます!
今日も高校野球ネタです(笑
8月3日に甲子園の組み合わせ抽選会があるんですけど、試合日程のみならず
もちろん対戦相手も気になるところです。
以前は同一ブロック・近隣対決を避けるために一回戦は東西対決だったと思っていたら
もう12年も前の2007年に廃止になっていました。
これは東西に分けると境目に当たる福井・石川・富山・岐阜・三重・奈良・和歌山は
隣県対決となるから廃止されたんだそうです。(北南北海道・東西東京を除く)
なるほど。
確かに全国大会なんだから東西に分ける必要はないっちゃぁないですけどね。
他のスポーツの全国大会もオープン抽選なようですし。
自分の感覚だと、まずは山形県代表チームを応援し、負ければ東北で残っているチームを
応援したい派なもんで、もしも初戦から山形県代表VS秋田県代表なんてカードになると
「もったいないなー」と思ってしまう自分がいます。
実際に富山vs石川、和歌山vs三重、滋賀vs岐阜、奈良vs三重などのお隣同士対決があったそうで、
その地方にお住まいの方は「なんだかなぁ。」だったでしょうけどね。
来年大きく変わるのが、高校野球での白スパイクの解禁。
これまでは黒一色のデザイン性の乏しいものだけだったんですけど、これからは白いスパイクも
試合で着用可能になりました。
甲子園だと来年のセンバツからは着用可能になるようです。
サッカーだとカラフルなスパイクが特徴的で、個々の好みのメーカーやセンスが出ますけど、
野球は監督以下、チーム統一が基本ですからね。
それでも白スパイク解禁は画期的な規約改正だと思います。
鶴岡東もヘルメットがホワイトなんで、白スパイクもカッコいいんじゃないかと
個人的には思っているんですけどね。
ただ、白だと汚れが目立って手入れが大変そうではありますけど。
特に白は、スパイク本体よりも紐が一番汚れますから。
他にも高校野球は他のスポーツには類を見ないくらい細かな規約があります。
自分が入学する前年までは鶴商学園もモスグリーンのヘルメットでしたが、
規約改正でヘルメットの色は白・黒・紺しか使えなくなり、それに伴って
帽子・ストッキングも黒に変更したという経緯があります。
報徳学園のようなツバの色がツートンのヘルメットも禁止になっています。
過度な派手さは必要ないんでしょうけど、その規約のギリギリを攻めて
自己主張しているユニホームも近年本当に増えてきましたよね。
そういえば、アメトークの「高校野球大好き芸人」企画もボツになったんだっけ。
あの企画、楽しみにしてたんだけどなぁ。。。
そして昨日の日曜日は、OB会の役員やそのご家族の協力をのもと、鶴岡東の甲子園出場に関する
寄付金のお願いの発送作業に追われていました。
30年ぶりの甲子園出場となった93回大会は、ほぼ初出場と同じようなものでしたから
何をどうすればいいのか全く分からずに、ただただ時間だけが過ぎて大忙しでしたけど、
今回で4度目の甲子園事務作業ですから、経験やマニュアルも十分にあります。
決勝戦の前に、印刷業者に封筒の確保と宛名印刷を仮発注しておいて、決まった瞬間に即発注。
優勝決定の二日後には650枚の宛名印刷した封筒と、寄付金のお願いの文書が出来ていました。
昨日はカミさんにも手伝わせて総勢10人の手を借りて一気に折り込み作業を終わらせ、
本日無事に投函となりました。
OBの皆様にはまもなく文書が届きますので、是非とも寄付金のご協力をお願いします。
一般の方や個人的な友人知人の皆様にも寄付金のご協力をお願いしております。
ご来店の際に、お気持ちで結構ですのでご協力いただけると助かります。
昨年の中学生野球全国大会出場時とは規模が違います。
野球部から、OB会から、そしてPTAからの寄付金の目標設定があります。
ポンポン簡単に領収書の束を渡して依頼してくるけど、正直そんなには無理ですよ。
一口に寄付金のお願いっていっても、もの凄い気を使いますし、心労がハンパないですから。
そんな慌しい日々です。
これからOB会で掲載した新聞の広告代やコピー代の支払いに行ってきます。
今週も暑いですけど、頑張っていきましょう!!
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毎度ありがとうございます!
先日の金曜日、タケシ・ナガオカ・タザワの後輩たちと50周年式典の慰労会を兼ねて、
ささやかな飲み会を開催しました。
とはいうものの、スタートはお店終了後の23時から(笑
ありがたいことに、お店も忙しかったこともあって疲労困憊状態でしたけど、
後輩たちとの気軽な飲み会は心癒されます。
今回、記念誌の編集長を務めてくれたタザワには、OB会の次世代へのバトンとして
web担当という重要な役割をお願いしたいと思っていたんですよね。
今回の50周年記念誌のために数多くの取材をし、膨大な量の資料を収集しながら
開校からの野球部の歩みを誰よりも詳しく熟知している人物でしょう。
記念誌を発行してお役御免では、あまりにも勿体ないですし、もっともっと知りたい情報や
記念誌には載せきれなかった話題や写真やエピソードも、まだまだたくさんあるはずです。
今のOB会ホームページをより充実させ、ホームページの鮮度を保ちながら、より見やすく、
より充実した内容のOB会ホームページにリニューアルしてほしいというのが
今回の飲み会の中でタザワにお願いしたかったことでした。
2011年に素人の自分が手探りで開設したOB会ホームページですけど、
内容的に手詰まり感だったことは否めなかったところです。
公式戦の試合結果やOB会としての定期活動の報告はできても、中身のボリューム感というか
内容の充実感は素人制作の枠を抜け出せずに悩んでいた部分でもあります。
これから1年くらいの準備期間を経て、新しいOB会ホームページに移行できればと思います。
そして、地元にいるタケシとナガオカとの付き合いも長くなりました。
伝説の軟式OBチーム「鶴商学園倶楽部」創設メンバーでもあります。
何度となく東北大会に行きましたし、愛知県での全国大会にも一緒に行った仲間です。
まだ20代だった彼らと一緒に、楽しくも真剣に野球が出来たことは、本当にいい思い出です。
現役時代の伝統のタテジマを着て、世代を越えてもOBだけで結成したチームで
もう一度全国を目指すという壮大なストーリー。
強豪チームぶりたくて、仙台までわざわざマイクロバスをチャーター便チャーターしてみたり、
国分町にバスを横付けして2時間だけの自由時間を設定したり、東北大会に出場するだけなのに
財布に20万以上持ってくるヤツがいたり、試合中のベンチの中から風俗店に予約入れていたり、
破天荒なヤツも単純なバカもみんなひっくるめて、本当にキャラの濃いメンバーばかりでした。
その学園倶楽部が基礎となって、のちのマスターズ甲子園の出場へと繋がるわけです。
面白かったなぁ。。。
やっぱり、学園倶楽部の同窓会をやろう。
あのメンバーで、あの頃のように遠征でどこかに行くという企画。
ナガオカに幹事を任せれば安心でしょう。
喜多方あたりまで足を延ばしてラーメン食うっていうのもありかも(笑
先輩後輩という野球部直系の関係ではあるけれど、そんなフランクな付き合いができていることに
嬉しさと有り難さを感じた夜でした。
これからのOB会を背負っていく世代です。
新しい発想と斬新な企画とパワフルな行動力に期待しています。
いい酒を飲みました。
今日は快晴の日曜日ですけど、休日にしかできない用事が山ほどあります。
今ごろ審判講習会が行われているはずなんですけど、今日はおばあちゃんちの物置小屋の整理と
不要物の処分の予定があって、講習会は残念ながら欠席です。
85歳を越えて一人暮らしですから、自分一人では出来ないことも多くなってきました。
家族のサポートや協力は、審判よりも優先しなければなりません。
息子は朝からグラウンドへ。
自分とカミさんはおばあちゃんちへ。
そんな我が家の日曜日です。
みなさまにとっても素敵な日曜日でありますように。
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毎度ありがとうございます!
母校野球部の創部50周年記念式典・祝賀会が、日曜日に120名を越すOBの皆様が出席し
盛大に執り行われました。
この50年の記念すべき節目の年に、何かカタチの残る事業を行いたい、自分たちの歩んできた歴史を
振り返りたいという思いから「創部50周年記念誌」を制作しようと思いついた日から一年。
ド素人集団が企画準備してきた一大プロジェクトも、編集委員長にライターとしても活躍している
後輩のタザワを迎え入れてから、時系列での準備や進捗状況が格段にスムーズになり、
本当に立派な記念誌が完成しました。
自分の名前は表には出てこないけれども、創部当時の試合結果のデータまとめや、校閲やら
年表整理やら写真集めやら、全部員の名簿チェックなどなど、自分なりにも随分と頑張った
記念誌だったんですよね。
完成した記念誌を手にとったときの感動は、なんとも言えないものがありました。
そして、当日の記念式典の準備。
記念式典の式次第のプリントアウトが出来上がったのが当日の11時ですもん。
事務局次長のタケシの頑張りにも助けられながら、おかげさまで大きなミスや
アクシデントも起きず、滞りなく無事に式典も終えることができました。
北海道や横浜から、大好きな先輩たちが大勢出席してくれたのも本当に嬉しかったですね。
二次会、三次会と浴びるほど酒を飲みました(笑
酔っ払った勢いで、随分と先輩たちにタメ口で調子こいたけど、心の広い先輩方はそんな自分を
大きな心で許してくれたのでした・・・た、たぶん。
翌日、8時台のバスで帰るという先輩のを皮切りに、早朝から鶴岡駅、庄内空港をはしごして
爽やかな笑顔でお見送りするところは、さすがオレです(笑
午後からは、記念誌の取材でお世話になった恩師の方々やj関係者の方々への記念誌の発送作業と
資料などの後片付けに追われていました。
すると夕方になって、なんだか悪寒が走ります。
どうやらここにきて風邪をひいたみたいです。
喉の痛みと身体がだるくて、みるみるうちに体調が悪くなっていきました。
もう若くはありません。
無理の利かない歳にもなってきました。
いろんなものが一段落した安堵感からか、今朝も調子が悪いです。
が、老体にムチ打って、朝から煮込みを作りながらブログを書いています。
そして、これから印刷会社に記念誌130冊を受け取りに行って、学校にお借りしていた校旗を
お返ししながらお礼の記念誌をお届けし、午後からは記念誌発送のリストを作成です。
全然一段落してないじゃん。
というわけで、今週も怒涛の一週間が始まります。
風邪が流行っていますので、体調管理には気をつけて。
では行ってきます!
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毎度ありがとうございます!
今日から「煮込み」再開します。
雨の日々が続いて、肌寒い秋の匂いがしてきましたね。
こんな日は、自分も「煮込み」が食べたくなります。
軟らかく、汁まで飲める煮込みです。
是非、ご注文くださいませ。
そしてまた息子の野球ネタです。
週末も、同級生のケンシや常連のヒロユキくんに全国大会への寄付を頂戴しました。
本当にありがとうございます!!
あらめて、たくさんの方々からの応援と激励が、本当に心強く励みになります。
今年の鶴岡ドリームスは、好投手4人を擁してしっかりと守り勝つ野球です。
ほかにも何かやってくれそうな選手たちが揃ってますから、ここぞといういい場面で
一発バチーンと打てるヒーローの出現も今から楽しみにしています。
今月22日から静岡県内9会場で開幕する「第18回全国中学生都道府県対抗野球大会」ですが、
なんと全試合55試合のネットLIVE配信が決定しました。
https://jjbf-bbt.jp/live/ (まだ準備中のようです)
参加出場チームの紹介や各チームへの応援メッセージなどのページもあるようですので、
是非ブックマークしていただいてWⅰ-Fⅰ環境下でお楽しみいただければと思います。
そしてさらに、決勝トーナメントからはJSPORTSチャンネル(BS・CS加入必要)での
放送も決定し、まさに「中学生の甲子園」の舞台にふさわしい環境が整ってきました。
鶴岡市を、そして山形県を代表して、全国大会で暴れまわってもらいたいですね。
皆様からの応援をよろしくお願いいたします!!
そして日曜日の夜は、野球部のOB会の定例役員会議もありました。
年明け1月に開催する「鶴岡東高校野球部創部50周年記念式典」の開催に向けての
重要な会議でしたけど、熱く真剣に議論を交わしながら、いい式典になるように
しっかりとイメージを膨らませて、綿密な準備を進めていかなくてはなりません。
自分にとってはOB会事務局長としての集大成というか、最後の大きな仕事になるでしょう。
30年ぶりの甲子園出場も含めて6年間で3回の出場にも、野球部OB会事務局として
学校や旅行会社との連携を取りしっかりとサポートできたと思っています。
自分を事務局に任命した田中先生もすでにお亡くなりになり、創部50周年の節目も
無事に迎えられましたので、これからの鶴岡東野球部OB会の新しい歴史を構築すべく、
新しい体制でのOB会運営を陰ながら支えていければと思っているところです。
十数年前、自分が事務局を引き受けた際には、会計もハチャメチャだったし、
OB総会を開催しても出席者30名(うち役員10名)という、実質名前だけのOB会でした。
鶴商学園は名門野球部だという自信と誇りを持って県外で生活していたのに、
地元に戻ってきたらOBそのものにシラけたムードが漂っていたんですよね。
「OB会?めんどくせーな。」
「なんだよ、金かかるのか。」
「一応、球場では試合は観てるよ。」
一体感もなく、どこか面倒くさくて、OB会費も払いたくないし、いまさら上下関係ってウザい・・・
誰もがそう感じていたんだと思います。
野球をやってきたやつらの心を掴むには、やっぱり野球しかないんですよね。
そこから、世代を超えたOBだけで結成された「鶴商学園倶楽部」の結成に繋がります。
現役時代に着ていたニットの縦じまのユニフォームを正式に譲り受け、
そのユニフォームをチラつかせて「このユニフォームを着て一緒に
野球をやらないか?」が口説き文句でした。
入団希望者へは「やるからには真剣に全国大会まで目指そう!」と
「OB会へ参加すること」の二つを条件にしました。
そんな時間を一緒に過ごしたメンバーたちの楽しそうな笑顔や仙台遠征や全国大会出場やら
マスターズ甲子園出場などの大人の一体感の楽しさが派生して、少しづつOB会への誤解や
嫌悪感が薄れてきて、少しづつ少しづつ参加人数も増えて今のOB会になったのは間違いないでしょう。
自分ひとりごときが必死こいたところで、これだけの組織にはなりません。
参加してくれる、支えてくれるOB一人ひとりの協力と母校への愛校心がなければ
絶対にここまでの組織にはならなかったはずです。
後輩と先輩の関係も良くならないと、OB会なんて面白くもなんともない会ですよ。
甲子園夏初勝利の前夜、道頓堀で同期クリハラと待ち合わせして焼肉屋で食事することになったら、
後輩達がオレもオレもと集まってきちゃって、結局会計を自分とクリハラ二人で払うという
甘え上手の後輩達とカッコつけちゃう先輩との空気感というか一体感も嫌いではありません。
あの時は、会計7万だったかなー(泣
クリハラは大会社の大社長だけど、オレはただの居酒屋のオヤジだぞ!などと文句は言わず
思いっきりカッコつけましたよね、大阪に着いた初日から。
後輩達は「あざーっス!」でいいんだもん(笑
オレなんか、いつか旨いホルモンを食わしてやるっていう先輩はいるけど
未だにおごってもらったことがないんだぞ、まったく!!(笑
まぁ、それもこれもみな懐かしい思い出です。
さーて、煮込みも仕上がりました。
全国大会に記念式典にと、まだまだ忙しい日々が続きそうです。
そんな充実した日々に感謝しながら、今日も頑張ります!!
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毎度ありがとうございます!
息子の引退試合が無事に終ったその日、鶴岡ドリームスタジアムでは夏の高校野球山形大会で
母校鶴岡東の一回戦が行われていました。
毎年のように秋が春のどちらかは東北大会に出場していたんですけど、今年のチームは
県大会にこそ出場するものの準決勝にすら進出できず、正直なところ他校との力の差は
例年以上に大きいと感じざるをえない非力で小粒なチームという印象でした。
そんなチームがノーシードの一回戦から登場し、ヤマ場は三回戦の日大山形になるだろうと
高校野球ファンの誰もが予想していたに違いありません。
そして、このチームがさらに勝ち上がっていくための試金石となるのもまた、
三回戦の日大山形戦になることは容易に想像できていました。
センバツに出場し智辯学園とも接戦を繰り広げた日大山形に勝たずして甲子園はないだろうと。
そして、彼らは見事な逆転劇で日大山形を撃破します。
さらには春季県大会準優勝の山形中央が新庄北に敗れ、秋季県大会準優勝の東海大山形が
サヨナラで山形南に敗れ、風向きがアゲインストから大きくフォローへと変わってきました。
高校野球ファンが大好きな140kmピッチャーも今年はいませんし、
ホームランを放つような華のある大型バッターもいません。
コツコツと単打と確実な送りバントを積み重ね、二死からでも1点を狙っていく戦い方は
選手権山形大会史上最多数のホームランが出た今年の山形県大会において、
チーム本塁打が僅か1本のみ、犠打は準決勝出場4チーム中最多という数字が物語っています。
一試合ごとにスタメンが代わり、守備位置の変更も多種多様でありながら、準決勝での失策2以外は
すべてノーエラーで勝ち上がってきた守備力の高さも、特筆するべき勝利要素であるでしょう。
そして決勝は春季県大会優勝チームの第1シード羽黒。
3年前に決勝で対戦した同一カードとなりました。
3年前と違うのは鶴岡東がチャレンジャーであるということ。
スピード自慢の高速ピッチャーに、高校通算を数える長距離バッター擁する羽黒が
有利だろうという記事ばかりが新聞やネットから目に飛び込んできます。
近年の鶴岡東も、そういう選手を擁して甲子園を手にしてきたのもまた事実ですけどね。
初回にいきなり3点を先制されましたけど、スタンドの誰にも動揺はありませんでしたね。
なんだろうな、一言でいえば「点を取られて当たり前。今年の羽黒は強いし。」的な感じで
「いきなりやられたよ、ヤバイな!」みたいな焦りや悲壮感は全くなかったですよね。
もちろん、まだ初回でもあったわけだし。
その裏、羽黒エースの球速は初回から148kmを表示していました。
3回の打者一巡までは目慣らしと変化球の精度のチェックは必要だと思って見ていました。
その予想通り4回に1点、さらには5回に一挙3点を奪い一気に逆転するとスタンドの
ボルテージは最高潮に盛り上がってきました。
がその裏、羽黒もすかさず同点に追いつき、そのまま延長戦へ。
一発の怖さのない鶴岡東は10回11回と得意の犠打を駆使しスコアリングポジションまで
ランナーを進めるものの、あと一本が出ずなかなか勝ち越せない状況でしたから、
得てしてこういう場面ではホームランの一発で決まるシーンを何度も見てきました。
そんな思いの中、4番竹内の打球はライトスタンドへのサヨナラホームランで勝負が決まりました。
誰もがライトへ伸びる勝負を左右する打球を目で追う中で、バッターが一塁ベースを
踏んでいないように一瞬でも見えたのなら、確認(アピール)するのは当然の権利です。
結果的に踏んでいてセーフならセーフでいいんですよ。
疑わしいから確認(アピール)をするというのは、タッチアップの場面でもよくあります。
そして結果セーフだった。
しっかりと踏んでいたのを一塁塁審が確認していたからセーフなんですよ。
その部分を切り取って、往生際が悪いだの、潔くないだの、またまたネットがざわついてますけど
一瞬でも踏んでないように見えたからアピールしたわけで、セーフのコールの後にはきちんと整列し
羽黒の選手の健闘を称え声をかけていた選手たちの、どこが非難されるのか理解できません。
(こういうことを書くと、またお叱りを頂くかもしれませんので、その件へのコメントは結構です)
最後のゲームセットのコールがかかるまで一球に集中し、一挙手一投足に集中するのは
当然のことだと思いますし、「あれ?今、もしかして?」なんて感情を抱えたまま終れますか?
確認し、そして、そこでの判定には「潔く」です。
試合後に羽黒の関係者に
「ナイスゲーム、ナイスバッティングでした。第1シードの力量通り投打のバランスの取れた
いいチームですね。甲子園での活躍を期待しています。テレビの前で応援していますから。」と
お祝いメールを送って、今年の自分の夏も終りました。
試合が終わるまでは、たとえ同一地区であろうと敵として必死に戦います。
試合が終ればお互いを称えあい、勝った羽黒には県代表の誇りを持って甲子園でも
頑張ってもらいたいし、その躍動する姿を自分は応援していきたいと思っています。
鶴岡東が甲子園に出場した際にも、そうやって温かく送り出して頂いたと思っていますから。
どの学校にもファンもいればアンチもいるのは当然ですし、その考えのどれもが自由だとは思います。
頑張った選手たちを労い、見事勝利したチームに内陸だの庄内だの、地元だの県外だの、
私立だの公立だの、というフィルターは必要でしょうか?
自分は鶴岡東が好きだし、それ以上に高校野球が大好きです。
だから、どこが代表校でも甲子園は必ず観ます。
さーて、煮込みの代わりに、毎日えだまめを茹でる日々です。
マサトモくんちのえだまめは本当に美味しいです。
今週は品種が「おつな姫」で、来週あたりからは「早生甘露」が出てきます。
時間があれば、当店で提供している「えだまめ」についても是非紹介させてください。
高校野球よりも、そっちが先だったかな。
なんのブログだよ、って叱られそうです(笑