"家族"カテゴリーの記事一覧
-
毎度ありがとうございます!
今日、7月13日は鶴岡の旧市内ではお盆になります。
これから実家に行って、墓参りに行く予定です。
ウチは自分が次男坊なモンで、家には仏壇がありません。
父の写真がひとつ、写真立てに入れて飾ってあるくらいです。
このブログを書くようになって、よく親父のことを思い浮かべたりするようになりました。
そのせいか、自分も親になり親父に対する想いが強くなったような気がします。
やっぱり、歳をとってきたのかもしれませんね。
以前までは、あまり意識した事がなかったんですけどね。
(過去記事:「徳蔵」参照)
最近「オレってやっぱり親父の子だなぁ。」って思うことが多いんですよね。
親分肌で面倒見がよく、「ダメなものはダメだ。」っていう頑固なトコ似てます。
そのくせテレビ見ながら涙流すような、涙もろいトコも似てますし。
自分が26歳の時に、71歳で他界したんですけど、もう少し長生きしてもらいたかったですよね。
親父が45の時に自分が生まれたんで、小学校入学時にはすでに50オーバー。
他の家のおじいちゃん並みに歳いってて、子供の頃はそれがイヤでイヤで仕方なかったんです。
学校とかに来ると、「お前んち、じいさん来たのか?」なんてからかわれたりもしたもんです。
それでも、自分が大学に行ってからは完全に大人として接してくれて、
「おい、タバコくれ。」
「おい、そこまで乗せてけ。」
「おい、一杯、付き合え。」
なんて会話になってないような会話でしたけど、楽しい時間でしたよね。
その数年後に、函館から鶴岡に帰ってきて「やきとん屋」をやってる姿を
見せたかったですし、自分の子供達(外孫)も見せて上げたかったですよね。
今日は少し早く家を出て、墓前に日本酒「徳蔵」でも置いて、一杯酌み交わそうと思ってます。
それでは。
-
毎度ありがとうございます!
日曜日、快晴の中で息子の小学校の運動会がありました。
楽しみにしすぎたのか、前日に38℃の熱を出てしまって、
小児科の先生も「明日の運動会は、熱があったらアウトだね」なんて言われてたんですよ。
で、朝起きて熱測ってみたら37℃ちょうど。
本人も元気だし、初めての運動会なんで行かせることにしたんです。
1年生の参加種目は60m徒競走と親子競技の2つ。
徒競走は、よく頑張って2位でした。
本人曰く、「練習はオレのほうが早かったのに・・・。」と少し悔しそうだったんです。
「そしたら、次の親子競技を頑張ればいいじゃん。」って話してたら見事、1位になっちゃいまして。
おんぶして、じゃんけんして勝ったらパンもらって、そこから手をつないで走ってゴール、という
すべてはじゃんけん次第で決まる競技だったんですけど、なんと一発で勝利してすぐゴール。
亀田興毅じゃないけど、2人して「どんなもんじゃい!」ハハハ。
勝った息子本人が一番ビックリしてました(笑
「オレ、じゃんけん強え~。」
それにしても、当日の朝刊では気温20℃って
書いてあったにもかかわらず、実際は焼けるような晴天。
自分は、黒く焼けずに赤くなる体質なもんで、
もう、顔・腕・足が真っ赤っ赤になってるんですよ。
息子は子供らしく、こんがりいい色に焼けてましたけど。
やっぱり男の子は黒くなくちゃいけませんよね。
それよりも最近、身の回りでアンラッキーなことが立て続けに起きてしまって、少々ヘコんでます。
悩んでも仕方のない事案なんで、気楽に考えようと思ってるんですけど、なかなかねぇ・・・。
「好事魔多し」。
常に自分に言い聞かせてる言葉なんですけど、調子がいいぞとか、大きな事をやってやろうとか、
何か勢いづいている好調時ほど、アクシデントや事故という魔が起きやすいから気をつけなさい、
ということわざです。
気をつけてても防ぎようがないから、余計に厄介なんですけどね。
ただでさえ、何かとスケジュールが忙しい6月なのに、どうなる事やら。
「攻撃は最大の防御なり」。
いっそのこと、あえて真逆のことわざで攻めてみますか。
構想1年・・・。
「今月中に、塩ホルモンに続く、炭火七輪焼きの新メニュー発表します!」
コレで、どうだ! -
毎度ありがとうございます!
先週の金曜日に、娘の「校内駅伝大会」の応援に行ってきました。
自分が中学の時の駅伝といえば、グランドをスタートして鶴岡市街地を走り抜け、
アンカーが正門に戻ってくるという、まさに駅伝だったんですよね。
各クラス選抜選手が出てきて、誰を何区で走らせるかの戦略も醍醐味のひとつだったもんです。
そんなイメージで娘に「何区、走んの?」って聞いたら
「8区のA」って言うんですよ。
「8区のAって、どこ走んの?」
「全員、小真木原だよ。」
「全員・・・。」
よく分かってないまま応援に行ったら、すべてが判明しました。
今は、小真木原の陸上競技場ですべての区間がタスキを渡すんですよ。
で、1区1k⇒2区3k⇒3区1kみたいに距離別に区間分けされて、
公園の中やその周辺を走って、競技場でタスキを渡す方式なんですよね。
全員参加のためか、途中3人が一気に走る区間があったり、
タスキがA・Bチームに分かれて走る区間があったりで、
何とか全員を走らせる工夫もしてあるんです。
残ってるメンバーはスタンドから応援合戦までやってるんですよ。
だから父兄も競技場にいれば、順位から何からすべてが一目瞭然だし、
生徒達も公園内を走るんで、いたって安全な駅伝大会に様変わりしてたのでした。
でも、これって単純にタスキリレーですよね(笑。
駅伝はやっぱり市街地を走らないと、雰囲気が出なくないですか。
自分のクラスが何位で来るか分からないんで、タスキもらうヤツの姿が見えると、
感動と責任感で興奮したもんです。
最後のアンカーを見て、初めて順位が分かる感動っていうのもありましたよね。
自分は、高専前から湯田川までの区間を走ったなぁ・・・なんて思い出しながら
娘の激走を応援してきたんですけど、腕に「完全燃焼」とか「一致団結」とか書いてあって、
青春してるなぁって感じましたね。
今の自分に「完全燃焼」っていったら、炭のことしか思い浮かばないですからね(笑
今日からまた一週間が始まります。
スタッフ達と「一致団結」して「完全燃焼」できるように、
ハチマキでも締めて頑張りますか。 -
毎度ありがとうございます!
みなさん、どんな休日をお過ごしですか?
ウチは昨日から、息子が自転車の補助輪を外して乗れるように練習してたんですけど、
さっき、ようやく乗れるようになりました!
昨日は10mくらいが限界だったんですけど、
今日はどこまでもスイスイ行っちゃう程です。
本人も、補助輪なしで乗れるようになったのが余程うれしいのか、
午後の予定もすべて自転車乗りに変更になりました(笑。
やっぱり子供の身体能力の高さと、吸収力には驚かされます。
自分が初めて自転車に乗れたときは、近所のお兄ちゃんに「わーい、まだ補助付けてるのか~」って
笑われて、悔しくて「ちきしょ~」って気合いで乗れるようになったんですよね。
「・・・。」
って言うか、昨日の犬のエサの話といい禁煙パッチの件といい、
オレってつくづく負けず嫌いなんだなぁって改めて実感しちゃいますねぇ・・・。
単純というか馬鹿っていうか。( ̄-  ̄ ) ンー
この際、誰か「お前が20キロも痩せれるわけがない。」なんてハッキリ挑発してくれないかな。
さーて、子供達にそうめんも食べさせたし、自転車乗りの続きでも行ってきますか。 -
毎度ありがとうございます!
昨日は息子の相撲大会に行ってきました。
男の子と女の子に分かれての、クラス対抗戦です。
息子と一緒に考えてつけた「幹乃龍」という四股名をひっさげ、
堂々と最後まで諦めずに頑張ってました。
前の日に「お父さん、相撲の練習してよ。」なんてせがまれて、
「よし、来い!押せ押せ。」なんて練習してたんですよ。
作戦は「低く当たって押す。」これだけ。
結果は1勝1敗でしたけど、低い構えは練習通りでカッコよかったし、
なによりも勝っても負けてもしっかり礼をしていたんで、100点だったぞって褒めてあげました。
しかし、男の子の取組みは、相撲というより押し合いっこみたいなモンなんですけど、
女の子はガッチリ組み合って、どの一番も白熱してるんですよ。
このくらいの年代の子供達は、まだ女の子が強いのが納得です(笑。
実は、それよりもっと驚いたのは、子供達が身長順に並んでたんですけど、息子が一番後ろだったこと。
カミさんと「ひょっとしてクラスで一番デカイってこと?」ってビックリしました。
どの取組みも一番最後の大トリなワケが分かりました。
自分もカミさんも大きいほうなんで、ある程度でかくなるのは予想してたんですけど、
1年生で早くも一番後ろだとは思ってなかったんですよね。
そろそろバット振れるかも。
イヤ、その前に自転車の補助輪を外さなきゃなぁ。 ε=ε=ε=( ^o^)/ -
毎度ありがとうございます!
今日は、娘の15歳の誕生日です。
15歳かぁ・・・もう一回、戻ってみたい年齢ですよね。
高校受験を控えているのもお構いなしに、朝から晩まで遊びまくっていた時です。
携帯やパソコンもない時代ですから、とにかく外に出ては友達とつるんで遊んでた記憶しかないですね。
娘は、カミさんやおばあちゃんの影響なんでしょうけど、
今から「看護師」か「助産師」になりたいって言ってるんですよね。
自分が15歳の時に将来何になりたいかなんて、
全く考えてなかったもんで、今からやりたい事を見つけてるっていうのは
素晴らしい事だし、親として全力で応援してやろうと思ってます。
看護大学にでも進めればいいんですけど、どうなることやら。
自分がもし、もう一回15歳に戻ったとしても野球はやってるでしょうね。
センスはなくても、たとえ補欠でも野球だけは続けてますね、きっと。
15歳の時につるんでた奴らとは、今も大切な友達として付き合っているし、
学生時代の友人の多さは、自分の中でも誇れるコトのひとつです。
そう考えると、今まで良いことばっかりの人生ではなかったけど、
過去に戻ってもう一回やり直しても、きっと同じ人生になるような気がします。
やっぱり「人とのつながり」が今の自分の宝物なんですよね。
もちろん今は勉強が大切だけど、人生にはもっと大切なものがあるんだよ・・・。
いつの日か、それを娘にも話す時がくるんでしょうかね。
「15歳の誕生日、おめでとう。」