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先週の木曜日は、お休みをいただいて仙台に行ってきました。
目的はふたつあって、ひとつは名取市にある「サッポロビール仙台工場」を見学すること。
もうひとつは、文化横丁を満喫することだったんですよね。
一番の目的だったサッポロビール仙台工場の見学なんですけど、以前は専門のガイドさんが
工場内を案内してくれて、最後に隣接している「サッポロビール園」で飲んで食って・・・
みたいなのがお決まりの「工場見学コース」だったらしいんですよ。
それが、震災の影響がかなり大きかったことが原因で、現在は見学を中止しており、
通常の見学申し込みでも一般の方も業者関係でも、現在はお断りしているそうなんです。
担当営業マンには無理を言いましたけど、工場見学ができなかったら仙台には行ってなかったですね。
日本酒を造る酒蔵見学には何度かお邪魔したことがありますけど、ビールの製造工程というのは
全くの未知の世界でもあったわけで、その分、是非とも工場見学をさせてもらいたかったわけです。
昼過ぎに工場に着いて、まずはその大きさに驚きました。
鶴岡の駅裏にある製造工場の比ではありません。
そこはビール工場というよりも、巨大なコンビナートという表現の方が
そのあまりの大きさには合っているかもしれません。
中に入ると、作業服を着た男性社員お二人に、お出迎えしていただきました。
通された研修室らしき部屋の正面に映るプロジェクターの映像には、
たった3人しかいないのにもかかわらず、大きく
「ようこそ。やき処やんちゃの皆様。」と映し出されていたのには恐縮しましたね。
「普段は他の工員と同じく製造ラインの作業をしているんで、こういった説明は不慣れで。」と話す
ハセガワさんも、聞けば同じ42年生まれの46歳だそうで、一気に親近感が沸いてきました(笑
ハセガワさんの説明によると、この仙台工場で造られるビールは東北六県と新潟県に出荷され、
そのなかでも生ビール全量の製造を担っているということだったんですね。
つまり、やんちゃでお出ししている生ビールも、すべてここで造られているということなんです。
通常の見学コースでは見れない部分まで見せていただいたり、我々のためだけに前日に
ハンディカメラで録っておいた画像を準備してくださったり、研修室ではわざわざ水と大麦から
麦汁を抽出する行程を鍋とお湯を使って実演していただいたりと、たった3人にもかかわらず、
サッポロビールの事前準備と販売店に対する熱意、製造における情熱がひしひしと伝わってきた、
とても勉強になった工場見学でした。
普段の見学者は、サーっと流してとっととビール園へ行きましょう!みたいな方も結構多いらしく、
見学予定時間を度外視して、次から次と質問してくる自分たちに少し驚かれた様子で、
ハセガワさんも「大丈夫ですか?このあとの予定に響きませんか?」なんて心配してました。
予定時間よりも大幅に過ぎてしまってましたけど、そのくらい興味も沸いて面白かったんですよ。
とてもとても参考になりましたし、今は工場見学を実施していないにもかかわらず、
無理を言ってこういった機会を設けてくださったサッポロビールさんには心から感謝申し上げます。
ありがとうございました。
と、いうわけで、すっかり日が暮れた名取の街並みをすり抜け、
一行は一路「文化横丁」に向って車を走らせました。
工場では一滴もビールを飲みませんでしたし、大きな目的が達成した安堵感からか
腹も減ってきて、いよいよビールで一杯やりたくなってきてたんですよね(笑
・・・つづく。 -
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先週の土日を使って、スポ少の認定員・スポーツリーダー講習会に参加してきました。
夜中まで働いて深夜に寝る生活の自分にとって、朝9時から夕方6時半までの座学の二日間は
かなりきつかったですけど、その分内容が濃くて最後までしっかりと学ぶことができました。
スポーツ少年団の基本理念や、ケガの予防や応急処置、子供の発育における栄養学など、
スポーツテストの実技も交えての講習でしたけど、とても勉強になった二日間でしたね。
検定試験も想像以上に難しいところがあって、正直、合格ヤバイかなとも思ってたんですけど、
何とか無事に合格することができました。ホッ
二日間、びっちり机にかじりついてノートをとるなんて、新卒時代の証券会社でとらされた
【証券外務員試験Ⅱ種】の資格取得の時以来ですもんね。
免許の更新でもすぐ寝ちゃうのに、自分でも大したもんです(笑
ホッとしたのもつかの間、今週に入ってからは、いよいよ娘の受験に向けての切符の手配や
ホテルの予約や行程表作りに追われています。
一人で東京まで行かせる不安はありますけど、何でも経験しないとはじまりません。
成功も失敗もすべてが今後に役立っていくわけですから、多少の不安はあっても
試験くらい一人で行ってくるくらいじゃないと、これから何も出来なくなってしまいます。
カミさんは心配性ですから不安がってましたけど、
もしも道に迷ったら口で聞けばいいし、
持たせた地図を見ればいいんですよ。
そうやって学びながら大人になっていくんですよ。
なにも心配することはないんです。
むしろ、一人だからこそ感じる孤独感や不安感を今のうちに経験しておくことで、
この先、もしも関東で生活することになった場合を自分なりにイメージしやすくなると思うんですよ。
まだ、本命の学校の受験ではありませんけど、どうなるかわからないのも受験の怖さです。
一回の受験にも、相当の経費がかかるわけですから、そういった環境に感謝を忘れずに
全力を出して頑張ってきてほしいと思っています。
そしてそして、明日は仙台出張のためお店は【臨時休業】となります。
みなさまにはご不便とご迷惑をおかけしますが、何卒ご了承下さいませ。
仙台の夜も今から楽しみですけど、その街の空気というか人の流れや息吹を感じながら
またなにか感じ取って来れればいいかなと思っています。
ただの飲んだくれツアーじゃないですからね(笑
これはれっきとした「出張」です!!
金曜日からは普段通りの営業になりますので、宜しくお願いします。
寒い日が続き、一気に冬模様の鶴岡ですけど、めげずに頑張っていきましょう!
煮込みをご用意して、いつもの場所でのんびりとお待ちしております。
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気がつけば今年も残り2ヶ月を切り、お店以外のことでだんだん慌しくなってきました。
まずは、年が変われば、すぐに毎年恒例のOB総会が開催されますので、
今からハガキを準備して校正と宛名印刷に追われる大仕事が待ち受けています。
鶴岡東高校野球部OB会も、600名を越すOB会組織にまでなりました。
事務局を引き受けてから10年にもなりますんで、ほとんどのOBの名前と卒業年度は
だいたい頭の中にインプットされているんですけどね。
鶴岡東野球部も今年で創部45年になります。
その歴史の中でも監督在任期間が一番長いのは、25年間務めていただいた田中先生です。
平成13年からは現在の佐藤監督が今期13年目の指揮をとっていただいているわけです。
田中先生が監督を退いてから佐藤監督が任命されるまでの9年間は、
3人の方々が1年⇒2年⇒1年(返り咲き)⇒5年と務められ、比較的短期間でめまぐるしく
指揮官が変わっていた時代でもあったんですね。
そんな状態を危惧されてか、田中先生自らがご自身の後継者として佐藤監督を呼び戻したんです。
つまり、自らの教え子にバトンを引き継いだんですね。
そして、OB会事務局を務める自分には、ある傾向と法則を感じているわけです。
それは、田中先生と佐藤監督の教え子以外のOBは、
なかなかOB会に参加してもらえないということなんです。
監督が違えど、同じ野球部OBなのに、なぜか出席率が悪いんですよ。
出席率というより、返信のハガキすら戻ってこないのが、なぜかこの世代に多いんですよね。
ある時、その世代のキャプテンに「どうしてお前達の代はOB会に参加してもらえないのか?」と
聞いてみたことがあったんですよね。
そしたら「いや、自分ら〇〇監督の代なんで・・・。しかも弱かったですし。」
強かった弱かったはあくまでも結果ですんで
そんなことを気にする必要は全くないとしても、
指揮官が短期間でめまぐるしく変わっていた時代の卒業生は、
長い歴史の中でも疎外感というか外様のような感覚なんだな、と
ひしひしと感じたことがあるんです。
そんなことは関係ないし気にする必要はどこにもないわけですから、一緒に野球をやったり
OB会ゴルフコンペに誘ってみたりして、まずはその壁を取り払ってあげれるようにとは
心がけてはいるんですけどね。
そう考えてみると、昨日のブログの話しじゃないですけど、スポーツの指導者・監督には
できるだけ長く指揮をとってもらえて、なるべく多くの子供達と接してもらうことの利点というのは、
小学生だけに限らず高校生でも当てはまることなのかもしれません。
まぁ、この手の話しは、いくらでも書けちゃいますんで、今日はこの辺でやめときます(笑
で、ここで告知を。
来週14日(木)は、仙台出張のため【臨時休業日】とさせていただきます。
仙台にあるサッポロビール工場の見学と、文化横丁での仙台酒場巡りが目的です。
今回は東京には行けませんが、仙台の夜も楽しみながら気になっていた酒場を満喫してきます。
楽しみがあると、日々の生活にメリハリが出てくるもんです(笑
万全の体制で挑めるように、風邪など引かぬように体調管理していこうと思います。
さあ、今日も一日、頑張っていきましょう!! -
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日曜日に、息子のスポ少の父兄総会があったんですけど、その席上で現監督さんから
来年度から監督が交代すると発表がありました。
今までのコーチが持ち上がるわけではなく、父兄の中からではありましたけど、
新しい監督さんのもとでスタートすることになったんです。
昨年から、内々に監督要請は受けていたそうなんですけど、仕事やご家庭との調整があって
来年度から正式に指揮をとってもらうことになったようです。
以前にもブログで書きましたけど、自分は基本的に「父ちゃん監督」には否定的です。
ただ・・・、基本的には、ですよ。あくまでも。
なぜなら、父ちゃん監督で起こりうる弊害が、あまりに多いと思っていたからなんです。
〇在任期間が短くなりがち(息子と一緒に中学に上がってしまう)
〇息子の起用に、他の父兄との衝突が起こりやすい
〇叱咤激励が片寄りやすい(息子には厳しく罵声を浴びせやすく、逆に褒めにくい)
中でも、在任期間が短いというのが、一番のネックだと思っているんですね。
今回、新監督になられる方には、あえてその部分を皆さんの前で質問させてもらいました。
スポーツ少年団は、その地域の大人がスポーツを通じて子供の成長を見守り
手助けしていくという大きな本質があります。
学校の担任の先生や校長は移動でいなくなるにしても、スポ少の指導者は
長くその地域の子供達を見守り続けることが理想だと思うんですよね。
自分が尊敬するマナブさんも、先日、自分が始めて教えたスポ少の教え子が
教育実習で母校の中学校に戻ってきた際に、一緒に飲みに来てくれたんですよ。
担任や校長はいなくとも、指導者にはグランドに行けば会える、というのは幸せなことですよね。
お世話になった指導者が、いつもそこにいてくれる安心感。
いつでも子供の頃の自分に戻れる場所がある。
そのためには、強い弱いの前に、長く携わってくれる地域の大人がいなくちゃダメなんです。
そして、指導者だけに限らず、卒団した子供や父母OBも、自分の子供が卒団したから
あとはもう関係ないんじゃなくて、ふらりとグランドに顔を出して練習風景を眺めてみたり、
いつまでも気にかけておくことも理想ですよね。
新監督さんは、「仕事や家庭の状況もありますので、何年やるとははっきりと言えませんけど、
自分の気持ち的には可能な限り、10年20年と子供たちと関わって行きたいと思っています。
子供達にとって野球の入口であるスポ少で、たくさんのルールを覚え楽しく野球が出来るように、
微力ながら頑張っていきたいと思います。」と言っていただきました。
その言葉が聞けて本当に嬉しかったですし、他の父兄もきっと同じ気持ちになったと思います。
「父ちゃん監督はダメだ。」という持論は封印して、これからは全面的に協力していきます。
大変な役割を引き受けてくださった新監督さんには、父兄として感謝と尊敬の念を抱きながら、
新しいチーム作りに少しでも協力できるように、そして、ご自身も子を持つ親として
ご家庭をスポ少の犠牲にしないように、役割分担が出来ればいいのかなとも思います。
来年は、湯田川小と田川小とも合併し、新しい風が吹く予感がします。
この際、団員の中には女の子もいるんですから、いつまでも【少年団】を名乗らず、
他のチーム同様にサブネームをつけてもいいと思うんですけどね。
「田川ブルーソックス」と合併して、チームカラーは晹光の赤を継続するそうですんで、
やっぱり「暘光レッドソックス」がいいよね、と田川の父兄の方と盛り上がってしまいました(笑
来年以降、ますます忙しくなりますけど、その分楽しみも増えます。
それでも、ゴルフは行きたいんで、みなさん懲りずに誘ってください(笑
モヤモヤした気分が吹っ飛んで、晴ればれした気分同様に、
今日は快晴の鶴岡です。
今日も爽やかに、気合い入れて頑張っていきましょう!!
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毎度ありがとうございます!
昨日、11月3日は息子の誕生日、ちょうど10歳になりました。
勉強の方は自分に似て、からっきしダメですけど、元気にスクスクと成長してくれてます。
この間のブログで書きましたけど、自分にとって子供達の成長が日々の暮らしの励みであり、
いろんな出来事とともに、親として自分も成長させられているんだなぁと実感してしています。
今は娘の受験&将来の話しと、息子の野球に忙しい我が家です(笑
で、あらためて思い返してみると、自分の10歳の頃の記憶って、どのくらい残ってますか?
10歳、小学4年生の自分です。
担任の先生やクラスメイト数名は思い出せるものの、日々の生活で何に熱中してたとか、
誰と仲良く遊んでいたか、なんて記憶は、ほとんどないんですよね。
6年生くらいにもなると最終学年ということもあってか、もう少し鮮明な記憶も残ってますけど、
4年生10歳となると、なかなか思い出せません(笑
むかしは今と違って、親がビデオ廻したり写真とったりなんてしませんでしたから、
今となって残っているのは遠足の時のスナップ写真くらいですもんね。
親も忙しく、家族でどこかに出かけたり、外食したりした記憶も全くありませんけど、
間違いなくその瞬間を生きてきたのに、そのことを忘れてしまっている寂しさが募ります。
勉強はどうだったのか。
好きな子はいたのか。
何が一番楽しかったのか。
好きな食べ物はなんだったのか。
家ではどんな子供だったのか。
・・・残念ながら、ほとんど思い出せません。
思い出したからどうのこうのというわけではないんですけど、自分の事なのに忘れてしまっている
というのがなんだか悔しいんですよね。
「お父さんの10歳の時はどうだったの?」なんて息子に聞かれても、
日が暮れて「もうすぐ晩ごはんだよ!」と親が呼びに来るまで公園で野球してたなぁくらいの、
ぼんやりとした記憶だけですもんね。
好きな子っていたのかな?
うーん、それも思い出せないなぁ。。。
ま、子供達には元気に成長してくれれば、それでいいんですけどね。
これからも、きっといろんな出来事が起きて、そのたびに
一緒に考えさせられたり、泣いたり笑ったりしていくんでしょうけど、
それをまた日々の暮らしの励みにして楽しみながら歩いていければ、
それが一番なんだと思っています。
誕生日おめでとう。
生まれてきてくれて、ありがとう。 -
毎度ありがとうございます!
早いもので、10月も今日で終わり。
これから年末に向けての2ヶ月は「早い、早い。」が口癖のようになるんでしょうけど、
本当に早いからしょうがないですよね。
家族行事や学校行事でかろうじて生活にメリハリはあるものの、
日常的な仕事に関しては、淡々とした仕込みと営業の繰り返しの日々です。
その単調な作業の先に、お客様の笑顔と「美味しかったよ。」と言ってもらえる
喜びがあるからこそ、毎日頑張れるんですけどね。
おかげさまで今月も忙しくさせていただきました。
我々のような明日の保証がない水商売稼業は、毎日毎日が不安と喜びの繰り返しです。
今でも、「今日もお客さんに来てもらえるのかな?」と、毎日不安な気持ちで提灯に灯かりを点します。
この10年、背伸びせず身の丈で商売することだけを心がけてきました。
刺身や揚げ物のある総合的な居酒屋に憧れたこともありましたし、
団体客を獲得できる大きな店舗に移ろうかと考えたこともあります。
だけど、そうしなかった。
しなかったと言うよりも、自分自身が出来なかったんです。
お客様にお出しできるような刺身も造れませんし、フライヤーも必要なかったんですよね。
それより「やきとん専門店」と謳う以上は、やきとんを極めようと・・・
そこで認めてもらおうという強い思いと、それしか出来ない技術力だったわけです。
「二流・三流の刺身を出すよりも、一流のやきとんで勝負しよう!」と。
まぁ、一流は大袈裟過ぎますけど、なんとかやきとん一本で続けさせていただいております。
ど素人が始めた小さな「やんちゃ」が、今年の12月12日で10周年を迎えます。
ひと口に10年と言いますけど、本当にお客様に恵まれた幸せな結果だと思っています。
本当に、いつもいつもありがとございます。
11年目突入に向けて、新しいことを何かやってみたいという想いもありますけど、
すべてはタイミングなのかもしれませんね。
いつものように煮込みに火をかけながら、
いつものようにブログを書いてます。
そんな繰り返しが嬉しい10月の終わりでした。
寒くなってきましたね。
煮込みで熱燗・・・暖まっていきませんか。
いつもの場所で、いつものようにのんびりとお持ちしております。