-
毎度ありがとうございます!
昨夜は一人飲みにハマっている後輩マサヨシが(過去記事:「古きバットを求めて」参照)
いつものように一人で来店してくれました。
以前、鶴商学園OBのみで結成した「鶴商学園倶楽部」のメンバーだったこともあってか、
当時の思い出話しや野球談義で盛り上ったんです。
鶴商学園の名の下に現役当時のユニホームを身にまとい、
真剣に軟式野球に取り組んでました。
6年間の活動期間で、春秋あわせて東北大会出場9回、
全国大会出場1回という戦歴でしたけど
まだまだやり残したことが、たくさんあったような気がします。
全員がOBですから野球センスは当然あって当たり前だったんですけど、
軟式ボールを使った「軟式野球」の戦い方を全員が理解するまでに、かなりの時間がかかりました。
今思えば、もっと細かくもっと緻密に、大人になったからこそできる頭脳プレーを全員が共有し
もっと強いチームにできたかもしれないなぁ、なんて生意気にも思うわけです。
マサヨシのプレーで思い出すのは、全国大会でノーアウト1・2塁から【ストライクバント】の
サイン後の2球目に簡単にセカンドフライを打ち上げたことと、
宮城球場最後の東北大会で【エンドランスクイズ】でライナーバックしてしまったことですかね。
※(野球の細かいルール・戦術の話しになりますので、詳細を知りたい方はカウンターまで。)
初めて出場した東北大会で、張り切りすぎて負傷して途中交代したにもかかわらず、
両脇を抱えられながら国分町に繰り出したことも思い出した(笑
点の入りづらい、点の取りにくい「軟式野球」だからこその戦術や戦い方を、
みんなで考え、チームとして実践していく一体感とその面白さを、昨夜は思い出してました。
折りしも、酒田南の下妻選手が楽天に4位指名された夜に、
小上がりのお客様は、室内練習帰りのケンちゃんと合流したナリサワくんたちでした。
そういえば、昨夜は木曜日だったっけ(笑
みんな野球が好きなんですよね。
寒い店外とは裏腹に、熱く語り合った夜でした。
-
毎度ありがとうございます!
急激な雨が気温をどんどん下げ、朝晩はヒートテックなしでは厳しい寒さの鶴岡です。
先週の土曜日は、息子の学芸発表会を見るため学校に行ってきました。
演目は、リコーダーを使っての演奏と合唱でしたけど、みんな上手に披露してくれました。
自分が小学生の頃にやった曲は完全に忘れましたけど、アコーディオンを弾いた記憶があります。
全然覚えてなくて、本番ではバレないように「スカー、スカー」と閉じたり開いたりだけしていました(笑
その頃からですかね、楽器が苦手だったのは。
ピアノはもちろん、ギター、ドラム、どれもまったく弾けません。
もう15年くらい前に、30の手習いってことでギターを頂いたことがあって、それを機に
再挑戦しようとしたことがあったんですけど、曲の一小節で挫折してブン投げて終わりました。
最近、息子とゲームセンターに行くと、音楽に合わせてステップ踏むゲームやら
画面をタッチするゲームやら、いわゆる音感ゲームが凄く多いんですよね。
太鼓の達人だって、小学3年生の息子といい勝負してるくらいですから、お話しになりません。
そう思えば、学生時代にみんなでディスコに行っても、
全然面白くなかったですもんね。
「踊って何が面白れーんだよ。」なんてイキがってましたけど、
実はまったくリズムに乗れないという悲しい現実・・・( ̄^ ̄)
まぁ、いまどきディスコもありませんから、別に困る事もないんですけど
楽器のひとつくらいは弾けるようになってみたかったですけどね。
今さら覚える気もないですけど(笑
やっぱり、これからでも覚えたいのは習字っていうか筆ペンの使い方ですかね。
絵手紙に書くような、味のある「書」を書いてみたいですよね。
店内POPやメニューでも活用できますし、歳とともに手書きから伝わる雰囲気というか温もりというか、
そういうものに惹かれるようになってきました。
見るのと書くのじゃ大違いでしょうけど、機会があれば挑戦してみたいと思っています。
ちなみに絵手紙の「絵」も、まったくセンスがありません(T_T)
自分の姓名占いだと、「芸術家」「音楽家」「画家」「政治家」に向いているそうなんですけど、
どれも全然当ってませんな。。。( ̄- ̄;)ンー
それでも、今日もみなさんに「美味しい!」と喜んでいただけるように、一生懸命頑張るだけです。
今日も一日、気合いを入れて頑張りましょう!!
オッシャー!
-
毎度ありがとうございます!
最近になってご来店頂いているお客様のなかで、気になる方々が二組いるんですよ。
一組は、就労研修で鶴岡に来ているというタイ人のお客様。
年齢は30歳くらいでしょうか、日本語はほとんど通じないないようなんですけど、
日本人のお連れ様の英語とボディアクションで、会話は成り立っているようです。
三ヶ月間という期間はあるものの、言葉も通じない食文化も違う異国での生活は、
心細さや戸惑いや、言い知れぬ苦労があるんだろうと思います。
自分達にとっては当たり前の日常ですけど、外国人の方にはどう映っているのか
興味が沸いてくるところでもありますよね。
タイには日本酒や焼酎が無く、ビールとウィスキーが主流なんだそうです。
日本に来て初めて日本酒を飲んだとき、ビールのようにガブ飲みしてぶっ倒れたらしいんですけど、
それでも、やきとん片手に日本酒を美味しそうに飲んでくれます。
その彼も、今週末で研修期間を終え、母国タイに戻るんだそうです。
なんか、もし最後にご来店してくれたなら、一言くらい「ありがとう。」と
タイ語で感謝の気持ちを伝えてみたいと思ってるんですよね。
てっきり「コップクン カー。」だとばっかり思っていたら、それは女性の場合で
男性は「コップクン クラッ。」と言うんだそうです。
これなら、学生時代に英語のテスト3点だった自分でも、なんとか伝えられそうです(笑
「今日は来てくれてありがとう。」は「コップクン ティー マー ワンニーィ クラッ。」
ここまでくると、自分レベルでは完全に無理ですけどね(汗
もう一組は、耳の不自由なカップルさん。
彼氏のほうが少しは聞こえるようで、注文は全て彼氏が注文してくれます。
二人の会話はすべて「手話」で、普通のカップルのように声を出して笑うし、
二人ともよく食べて、よく飲んで行ってくれます。
彼らの日常の中で、やんちゃに来てくれたことがすごく嬉しいですし、
店内は不自由なところが多いですけど、それでも二人にとって楽しい時間なら、
もっともっとゆっくりしていって欲しいなと、心から思います。
二組とも「ありがとう。」の言葉は通じないのかもしれないけれど、
それが「タイ語」であれ「手話」であれ、やんちゃに来てくれたことに感謝の気持ちを込めて
「ありがとう。」と伝えたい自分がいるんですね。
照れや恥ずかしさが邪魔をして、結局なにもできない自分にいつも嫌気がさしますけど、
もう一歩、勇気を出して踏み出して、是非次回ご来店の際には、伝えてみようと思っています。
いろんな「ありがとう。」を覚えて、それをちゃんと相手に伝えれればなぁと、心から思った夜でした。
今日も、ご来店いただいたみなさまに感謝を込めて・・・「ありがとう。」
-
毎度ありがとうございます!
今日で、45歳になりました。
月並みですけど、1年もあっという間ですし、10年もあっという間でした。
この調子で、月日が経つのがどんどん早く感じるんでしょうかね。。。
ということは、今やりたいことはやっておかないと、そのうちにやれなくなってしまうということです。
自分の場合は「身体の動くうちに。」というより「感性の鋭いうちに。」いろいろとやってみたいことが
たくさんありますんで、気持ちだけでも諦めずに、常に挑戦していきたいと思っています。
「どうせできないだろう。」じゃなくて、「いつかやってやるんだ。」という強い気持ちが大切なんです。
そして、その想いが強ければ強いほど実行力が培われ、道を切り開いていけるんだと信じています。
昨日と今日とでは、自分の中では何も変わらないけど、ひとつ歳を重ねた現実と
これからのビジョンを重ね合わせて「挑戦」していく歳にしていければ最高だと思っています。
45年前に、この世に産んでくれたおふくろはもういないけれど、
その与えられた命に感謝しつつ、実りある45歳になるように走り続けます。
しかし、改めてオレも45になったかぁ。
四捨五入すれば50・・・完全なるオッサンです。
まぁ、それでもいいんだけどね(笑
今日も、いつも通りに営業しております。
よろしかったら、是非お立ち寄り下さいませ。
-
毎度ありがとうございます!
若い頃から仕事も遊びも、いろんなことをやってきた自分ですけど、
今頃になって少し後悔じゃないですけど、あのままやっていたらなぁと思うことがあるんですよ。
それは、大学の応援団なんです。
憧れの北海道に渡り、ようやく野球地獄から開放され、これからの4年間は楽しいキャンパスライフが
待っているはずだと胸躍らせて入学式に出席したわけです。
その数日後、各体育会の新人勧誘が行われている最中、
自分は不運にも「応援団」の勧誘につかまっていました。
その勧誘は、「入団申込書」に署名するまでしつこく付きまとわれ、
アパートや下宿にまで押し寄せて無理やり名前をかかせるまで
帰らないという、強引なものだったんです。
それでも、高校時代は応援団に対して好意的な印象が強かったですし、
大学では野球をやるつもりもありませんでしたから、半ば覚悟を決めて入団申込書にサインして
体育館で校歌や応援歌の振り付けを覚えさせられたんですね。
ただ、入ってはみたものの、楽しいはずのキャンパスライフが大学内は学ラン着用、
先輩には絶対服従という拘束があまりにもイヤで、何とかして辞めることを画策していたんです。
そして、入学から1ヶ月後のGWに、春季リーグの応援をバックレて鶴岡に帰省しちゃったんですよ。
連休が明けて、退部を申し出るために恐るおそる部室に顔を出すと、
先輩達が落ち込んだ顔して集まってるんですね。
聞けば、同じように行き過ぎた勧誘が原因で、他の1年の親から大学側に苦情が入り、
当面の間、活動自粛・勧誘禁止・入団申込書は無効という通達が出されていたんです。
自分たちの入団申込書も、全て取り消されて応援団とは無関係とされ、
その後も、その通達が解かれる事はなく、そのまま自然消滅的に大学から応援団がなくなったんです。
辞めたかった自分としては超ラッキーな展開だったんですけど、
なぜか自由の身になっても、面倒を見てくれるのは団部の先輩方が多かったんですよね。
ちなみに、自分が新卒で入社した証券会社も、団部の先輩を訪ねて企業訪問した際に
その先輩から「ウチで一緒に働いてみないか!」と声をかけて頂いたのが決め手でしたし、
入社してからも、退職するときも、親身になって相談にのってくれたのは、その先輩だったんです。
応援団員としては僅か1ヶ月の在籍でしたけど、あのまましっかりとやっていたら、
きっと違う人生になっていたかもなーなんて、最近になって思うんですよ。
You Tubeで大学の応援団の動画なんて見始めたら、朝までずっと観てしまいますもん(困
大学応援団特有の、あの厳しさと、あの達成感、あの躍動感は、
きっと自分にとって高校野球とは違った財産になった気がします。
まぁ、今さらですけどね。
後悔とは言いませんけど、心残りみたいな感じですかね。
あれほど辞めたかったのに・・・。
でも、おかげさまで、しっかりとキャンパスライフを楽しめましたから、良しとしましょうか(笑
遠い昔の思い出話も、今日はこのへんで。
現在、午前1時30分、これから風呂入って寝ます。
おやすみなさい。
-
毎度ありがとうございます!
先日の日曜日の午後、息子とキャッチボールをしていたら急に、
「あ~ぁ、思いっきり打ちて~なぁ。」
なんて言うモンですから、そのまま軟式ボールを打たせるわけにもいかず、
新聞紙をガムテープで包んだボールを作って、空き地で思い切り打たせてみたんです。
それまでバッティングセンターしか行ったことがなかったんで、
きた球は、なんでも打つもんだと思っていたようなんですね。
ストライクゾーンやボールカウントを教えながら、
新聞紙ボールを打たせてやると、よっぽど面白かったのか
「ちょ~おもしれ~。ゲームセンター行くより、ずっと面白い!!」
なんて嬉しいこと言うんですよ。
で、ボール球を見送ったりして、「今の、ボールでしょ。」
「そう!それは打たなくていいんだぞ。」
なんて2人して、汗だくになるまで遊んでました。
ふと、自分が子供の頃を思い返すと、公園や学校の体育館では毎日のように野球をやってる
子供達の姿があったし、自然にルールも覚えていた気がします。
王や張本のまねをして左で打ってみたり、長島のまねをしてオーバーアクションで投げてみたり、
上手い下手関係なく、子供達はみな野球をやっていましたもんね。
晩メシの時間になって母親が呼びに来ても、それでも遊び続けていて随分と叱られたもんです。
日曜日の午後、自分と息子以外に公園に来た人はゼロ。
もちろん、家族連れも子供達も誰もいません。
ゲームが普及し、子供達の遊び方も大きく様変わりしてきた影響で、
公園に人影がなくなった寂しさを痛感しつつ、息子との時間を楽しんできました。
ひとしきり遊んだ後に、二人揃って散髪に行ったんですけど、そこでも
「おれ、来年野球部に入るから、坊主頭でもいいよ。」
「そっか。じゃ、その時に坊主にすればいいから、今日はスポーツ刈りにしとけ。」
「うーん。じゃ、それでいいや。」
ここにきて、本格的に野球に興味が沸いてきたようです。
そんなこと言ってても、子供は興味の塊みたいなもんですから、
来年にはどうなってるか分かりませんけど、今は息子と一緒に野球を楽しもうと思っています。
これがサッカーじゃ、何にも教えられませんから(笑
そのうち子供達だけででも公園で野球をやるようになったら、もっともっと嬉しいんですけどね。
うーん。「三丁目の夕日」っぽいな、イメージが(笑