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毎度ありがとうございます!
カウンターのピンク電話も懐かしい!!
先日、懐かしい写真が出てきまして・・・。
大学3年の頃、バンドを組んでライブハウスで歌っている写真です。
函館では有名なライブハウスで、のちにはあの「GLAY」も
ここでブレイクしたという由緒あるステージなんですね。
高校時代は野球しかやってこなかったんで、
とにかくキャンパスライフを楽しもうと、
ギターも弾けないのに誘われるまま軽音楽部に入って歌ってた頃です。
当時は「イカ天」ブームで、ネコも杓子もバンド組んでた時代でしたもんね。
あの、某酒屋の店主もビジュアル系バンドを組んでメイクして髪の毛おっ立たせてたくらいですから。
自分も含めて、ある意味なんでもアリの恐ろしい時代だった気がする・・・。
自分達の場合は、適当に「コレ、いいな。」と思ったメジャーなバンドのコピーをやってた程度ですから、
さすがにメイクまではしませんでしたけど、分厚いラバーソール履いたりしてそれなりに楽しんでました。
まったくのド素人でしたから、PAだのMCだのエフェクターだのボウヤだのって
専門用語を言われても、なんのこっちゃまったくワカリマセ~ン状態でしたもんね(笑
高校時代にはまったく縁のなかったジャンルです。
そう言えば、大学時代はバイトもよくやりました。
危ないマスターに気に入られて、そのまんま怪しいスナックなんかでもバイトしてた事もありましたね。
あの頃は、焼酎なんて誰も飲まなかったし、焼酎をキープする時代が来るなんて思いもしなかった。
1989年ってことは当時21歳だから、これは大学4年の頃ですね。
バブル絶頂期の写真に写っているMENUボードには
「レミーマルタン20000円
ヘ ネ シ ー 20000円
オールドパー 18000円
X O 12000円」
って書いてあるけど、今になれば高いんだか安いんだかも、よく分からない。
たしか10円しか入らないダイヤル式でした。
今の子供達、ダイヤル式で電話かけれないんじゃないかな、きっと。
閉店時間が近づくと「メリージェーン」や「ラブイズオーバー」の曲が流れ、
フロアでは照明を落としてホステスとチークを踊るのがお決まりのパターンだったもんです。
こんな話、アラフォー世代以上のオッサンにしか分からないかもなぁ・・・。
この頃はホステスもみんな歌が上手かったですもんね。
高橋真梨子の「for you・・・」や鈴木聖美の「TAXI」なんかの聴かせる曲が上手い子は人気もあった。
あとはやっぱり、テレサ・テンは絶対にハズせなかったし。
あちらこちらでチップが飛び交い、給料よりチップが多いなんて当たり前の時代でしたもんね。
そう考えると、いろんな事をこの目で見てきたし、実際にやってきたんだなぁって、
改めて今までの人生を振り返ってセンチメンタルな気分に浸ってしまうわけです。
今は、毎日があっという間に過ぎていって、あまり写真も撮らないせいか
後から思い出せる思い出ってあまり残ってない気がするんですよね。
もちろん、記憶には残ってますけど、年のせいかだんだん思い出せない事も多くなってるんですよ。
そんな想いもあって、また今日もくだらない昔の話しをブログに書いてしまってるワケです。
お店の告知よりも、くだらない内容の方が圧倒的に多いブログですけど、
これからもお付き合いいただければ幸いです。
少しづつ春が近づいてます。
素敵な週末をお過ごし下さい。 -
毎度ありがとうございます!
昨日おとといと、久しぶりに気温が上がり、
ようやく毎朝の雪かきに一息つけるかと思いきや、
そうは問屋がおろさないわけでして・・・。
晴れ間がのぞいた今のうちにとばかりに、
普段は小まめに来ない除雪車がガンガン来て、路面の氷をはがし上げ、
これをまた路肩に積み上げていくという終わりのない作業の繰り返し・・・。
おとといは、カミさんと朝の8時から11時30分まで作業して、昼食も食べたくないくらいにグッタリ。
毎日、ブログを書く気力が残っておりません。
さっき、店から帰ってきたら車庫の前の道路に、
自分の腰のあたりまではあろうかというくらいの直径1mの塊が、
道路のど真ん中にあるって考えられますか。
さすがに深夜ということもあって、この時間から
スコップでガツガツやるわけにもいかず、
両手で押してなんとか脇へ寄せて通行は確保しました。
夜中の12時を過ぎて、道路のど真ん中に車を止めて、
ヘッドライトで照らしながら雪玉とガップリ四つで格闘してる自分の姿に、
思わず虚しくなりました。
これでまた明日も朝から除雪です。
鶴岡市の除雪費も底をついているそうですけど、そんなことも言ってらんないでしょ。
このまま春になる事を切に願います。
ハァ~。 -
毎度ありがとうございます!
毎日毎日、除雪除雪でため息しか出ませんが、昨日こんな事がありまして・・・。
朝、いつものようにゴミを出し、車庫の前の雪かきをしていたら、
お隣に住むおばちゃんが家の前から車が出れず、ハマってたんですよね。
助けに向かうと、早朝に来た除雪車が掘り起こした氷の山に、完全に乗り上げちゃってるんですよ。
車の下に這いつくばってガリガリやっても全然動かない。
自分とおばちゃんの2人では、どうしようもないくらいハマってるんです。
30分もやって途方にくれてた時、ちょうどいいところに同級生オノが通りがかったんですね。
「待ってろ!今、いいもの持ってくっから。」
一旦通り過ぎて、改めて持ってきたのは
「スノーヘルパー」なる鉄のプレート板。
いやー、これ、すごいです。
30分もガリガリやってもダメなのが、これ一発で脱出できます。
先日、自分がオノの会社の前でハマッた時も、最後は「スノーヘルパー」で脱出しましたし、
これ、ある意味、車のトランクに常備しておいた方がいい商品です。
「そのまま、それやるよ。」
とスノーヘルパーを残し、朝から爽やかな笑顔で会社に戻って行ったオノでした。
自分は、汗だくでガオッてましたけど(x_x;)。
今朝になって、おばちゃんがわざわざ昨日のお礼にと、イチゴを持ってきてくれました。
別に大した事してないんでと遠慮したんですけど、是非にという事でしたんでありがたく頂戴しました。
もちろん半分はオノにおすそ分けです(笑
思えば、先日は自分が雪道にハマっているところを助けてもらい、
そのお礼にチーズケーキを差し入れし、今回は助けたからとイチゴを頂戴して・・・。
お互い様というか何というか、助けてくれる人は見返りがほしいわけでは当然ないワケです。
だけど、助けられた方は、なんとかお礼の気持ちを表したい。
世知辛い世の中だけど、まだまだ捨てたもんじゃないなと実感した朝でしたね。
そういう「感謝の気持ちを形で表す。」なんていうと、今の時代には少し敬遠されそうですけど、
損得勘定抜きに必要な事だと思ってるんですよ。
まぁ、その話しは、また明日にでも・・・。
早いもので今日から2月になりました。
もう少しの辛抱ですかね~。
春が待ち遠しいです。 -
毎度ありがとうございます!
先日の出来事なんですけど、市内に深夜2時まで営業しているラーメン屋さんが出来たとの事で、
スタッフのユウスケと2人で閉店後に行ってきた時の話です。
綺麗な店内には、先客のおばちゃんがテーブル席に1人いただけだったんで、
ユウスケと2人並んでカウンター席へ座ったんです。
普通のラーメンを頼むつもりだったんですけど、メニューを見たら坦々麺があるじゃないですか。
夜12時の坦々麺は重たいし太るよな~なんて思ったんですけど、
坦々麺フリークとしては、ここはやっぱり食べてみたい。
一方、ユウスケは辛味噌ラーメンを注文してました。
「やんちゃ」でもよくお客様に「締めにどっかいいラーメン屋ありませんかね?」なんて
聞かれる事もよくありますんで、飲んだ後の締めを想定して醤油ラーメンを頼むつもりが
2人して、このザマです(笑
で、餃子も一枚注文して、待つ事・・・5分・・・10分・・・15分でようやく餃子だけが登場。
まだオープン間もないわけですから、多少の段取り下手で待たされるのは想定の範囲。
それより、出てきた餃子は、刻みニンニクがガツンと効いたブニュブニュ系でかなり美味い!
自分は、小ぶりのパリッと系が好きじゃないもんで、ここの餃子は気に入りました。
ただ、女性には少しニンニクがキツイかもしれないですけどね。
5個の餃子を2人で突いて、さらに待つ事・・・5分。
3人しかお客のいない店内で、ラーメン出てくるまで20分は少し掛かりすぎかな~。
少々イラつき始めた頃に、ようやくユウスケの辛味噌ラーメンが出てきたんです。
どんぶりも大きめでボリューム満点のラーメンを見て、
「お前、この時間から、それ全部食えるの?」
なんて話してたら、今度は自分の坦々麺が運ばれてきたんです。
「・・・!」
そのどんぶりが、またさらにデカイ!
すり鉢ラーメンクラスのデカさなんですよ。
これは、飲んだ締めには危険な量です。
深夜2時まで営業で、お昼はやらないんなら、こんなにボリュームいるかなぁ・・・。
飲んでない仕事終わりの自分でも、リバースしそうなくらいな量でしたからねぇ。
ここで、「坦々麺」を注文したことを思いっきり後悔するわけです。
それでも何とか2人とも完食して、爪楊枝でシーシーやりながらお腹の収まりを待つ事しばし。
後ろにいた先客のおばちゃんは、代行に電話して一人でギャーギャー騒いでる。
「そろそろ、帰りますか。」
「そうだな。ボチボチ出るか。」
「すいませーん。お勘定、お願いします。」
「ハイ。ありがとうございます。」
「全部、一緒でいいですから。」
「えっ。あっ、はい。全部・・・ですか。」
なんて言いながら、後ろのおばちゃんに「こちらと、ご一緒ですか?」なんて聞いてるんですよ。
「あのー、後ろの方のもご一緒でいいんでしょうか?」
「なんで?いいわけないでしょう。」
「あっ、そうですよね。あっ、ハイ。」
って、なぜか完全にテンパっちゃってるんですよ。
志村けんのコントじゃないんだから、そういう意味の「全部」じゃないでしょうよ。
なんで関係ないおばちゃんの分まで払うなんて発想出てくるんだろ。
オレは「伊達直人」じゃないっつうの。
なんて考えながら待っていると、
「スイマセン。お待たせしました。えーっと、1150円になります。」って、
・・・それ、おばちゃんの会計分じゃん。
800円と750円のラーメン2つに餃子1枚、今さっき自分で作ったばっかでしょうよ。もう!
3人しかお客さんのいない状態で、すでにこのテンパリぶりですから、
満卓にでもなったらこのお店どうなるんだろ、なんて思いつつお店を後にしました。
ラーメンそのもののお味は、好みがありますのでここではあえて寸評しませんけど、
量は多いですので、覚悟して注文した方がいいと思います。
自分は、飲んだ締めには、やっぱり「蕎麦」が好きですね。
毎日毎日、除雪で大変ですけど事故のないようにご注意くださいませ。
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毎度ありがとうございます!
昨日は少しだけ気温が上がったせいか、道路の雪が融け始めジャクジャクの状態でした。
除雪車が回っていなかったのもあって、あちらこちらで車が動けずハマってました。
かく言う自分も、その一人でして・・・。
自宅を出て、店に向かおうと出発したまでは良かったんですけど、
ジャクジャクの路面に案の定、完全にスタックしてしまったんです。
と、そこは同級生オノの会社「小野総業」の目の前。
慌ててオノの会社に飛び込み、奥さんに
「車ハマってしまって・・・。スコップ貸してくんない?」
なんて言い終わるか否やのタイミングで、
若い2人の社員が長靴に履き替えスコップ片手に飛び出してきてくれました。
多分、自分と社長が同級生って知らなかったと思うんですよ。
あっち掘り、こっち掘りし、2人がかりで押してもらい、ようやく脱出できました。
ハマッた場所より、まだ先の部分にも危険なポイントがあったんで、車の窓から
「悪いけど、途中で止まったら、またハマリそうだから、このまま一気に行かせてもらうよ。」
「ウッス。このまま抜けるまでここで見届けてますんで、安心して行っちゃって下さい。」
「ありがとうね。明日、改めて会社に顔を出すよ。」
「ウッス。」
スコップ片手に、見届けてくれてる2人の姿をバックミラーで確認しながら、一気に走り抜けました。
そして、そんな頼もしい彼らは「鶴商学園サッカー部」の出身だったんです。
1コ違いの先輩後輩の間柄は、現役時代を彷彿させる見事な連携でピンチを救ってくれました。
このスピリッツが、まさに「鶴商イズム」なんです。
その昔、実家の近くにあったガソリンスタンドを利用しているおふくろが、
「あのスタンドに一人だけ、車が見えなくなるまでお辞儀してる子がいて、行くたびに感激してる。」
って言うんで自分も気になってガソリン詰めに行ったんですよ。
そしたら、その21歳の青年は、なんと鶴岡東野球部の後輩だった、なんて事もあります。
見ていないようで、見てくれている人はいるんですよね。
そんな卒業生の社会に出てからの頑張りが、採用する会社側や、これから志望する者の
「鶴岡東(鶴商学園)がいい。」に繋がっているんだと思うんです。
そういう積み重ねが、この少子化の時代に専願率75%という数字に表れている気がします。
あの魅力ある校風は、入ったものにしか分からないと思うけど、
卒業生を見れば分かってもらえることも多いハズなんですね。
そう言えば、いつも行く美容室のスタッフ2人も、偶然にも鶴商OGだったっけ。
春から、娘も鶴東生になります。
いつか、そんなことも話して聞かせてあげようと思った昨日の出来事でした。
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毎度ありがとうございます!
娘が無事、自分とカミさんの母校でもある「鶴岡東高校」に合格いたしました。
公立高校の授業料免除という家計には大助かりな制度がある中、志望校選定には
随分と時間をかけて話し合いをした結果の第一志望校でしたので、まずはホッとしています。
授業料がタダだからとか公立だからとかではなく、きちんと自分の将来の目標を立てて
「特進科」を選択したわけですから、あとは親として応援しながらハッパをかけていくだけです。
ここからが、本当の意味でのスタートなんですよね。
ある方からは娘の進路はどうすんのと聞かれた際に、
「看護師になりたいんなら、別に公立校でもいいじゃん。授業料、安いんだから。」
ともアドバイスを受けたんですけど、それも一つの考え方であるけれど正解でもない。
「鶴岡東でいい。」じゃないんです。
「鶴岡東がいい。」なんです。
銭金や損得勘定だけではないと思うんですよね、子供の教育や進路というものは。
もしも、ご自分のお子さんが同じように悩んだ時には、あなたのご家庭ではそうすればいい。
それを、自分は否定もしませんから。なにはともあれ、自分の母校に娘が入学するっていうのは、
なーんか嬉しいもんですねぇ。
お世話になった担任の先生も今では教頭先生になられてますし、
当時の先生方もたくさんいらっしゃるんで心強い限りです。
自分にとっても、どんな3年間になるのか、今から楽しみです。
また、悩み苦しむ事もあるでしょうけど、それで当たり前です。
自分的には、一緒に野球部を応援できるのも楽しみなんですよね。\(^▽^)/
娘と一緒に、しっかりと充実した3年間を送りたいと思います(笑
オッシャー!!!