やきとん専門店「やき処やんちゃ」店主ブログ
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毎度ありがとうございます!

気がつけば7月に入り、サッカーワールドカップもいよいよクライマックスというなか、
やっぱり夏は高校野球が一番だと思っているんですよね。

今年の鶴岡東は春季大会の結果をもとに、第3シードで大会に挑みます。
この春は、県第3代表として東北大会にも出場し、実に13年ぶりにベスト8進出を決めてくれました。

甲子園に出場した3年前の春は、県大会で鶴岡工に負けていたくらいでしたから、
それからみれば今年の実績は申し分ないところでしょう。

が、戦前の下馬評通りにはいかないのが高校野球。
一戦必勝が鉄則なんでしょうけど、それは選手や現場が意識して挑むこと。
我々OBは、期待と願望を乗せて甲子園に行くための応援をするわけですから、
第3シードでしかも東北大会での勝利という経験値から、自ずと期待感も高まって当然なんです。

ベスト4までは順当に勝ち上がってもらわないとなりませんし、それが強豪校の宿命なんですよ。
プレッシャーかもしれませんけど、県内ベスト4がプレッシャーなら甲子園で勝てるはずがありません。
毎年毎年、部員は入れ替わるのに、俗に言う格の違いを見せつけるという【格】とは、
そういうものなんだと思うんですよね。

県立高校が善戦してベスト4進出で喜んでいるのとはワケが違うんですよ。
特待生として体育科に入学し、専用球場にナイター設備、野球部専用バスで
関西や関東に遠征と、その環境は毎年甲子園出場を視野に入れて戦う
強豪校なわけなんですから、それを応援する側が「格」を意識するのは
当然なんです。

何度もいいますけど、戦う選手達は先を見ずして目の前の一戦を必死に戦わないとなりません。
が、我々応援する側は、トーナメント表を穴があくほど眺めながら、甲子園出場へのプロセスを思い描き
どの対戦が勝負どころか、どの試合が山場になってくるのかを想像しながら応援するのは
すごく自然で当たり前なんですね。

そのくらい今年のチームには期待がもてますし、期待できる組み合わせになりました。

OB会の事務局を引き受けて10年以上・・・、強いときも弱いときも声をからして応援してきました。
微力ながら、3年前は念願の甲子園出場をバックアップしてきたという自負もありますし、
今度、出場した際には、もっとスムーズに円滑に準備運営していく自信もあります。

そろそろまた甲子園に戻らないと、他のチームに「鶴岡東はそんなに怖くない。」なんて
ナメられてしまっては困りますから、ここらでガツンと格の違いを見せつけて
準決勝、決勝と【順当に】勝ち上がってもらいたいものです。

今年も、もうすぐ開幕です。
みなさま、スタンドでお会いしましょう!
いや、お店でお会いしましょう!か(笑





毎度ありがとうございます!

梅雨に入った鶴岡。
さすがに雨に濡れた身体は「寒い。」と感じる気温です。

5月いっぱいで販売を終了を予定していた「煮込み」ですけど、
その日の天候や気温に合わせて、もう少し販売を継続することにしました。
この機会に、是非、ご注文下さいませ。

今週は、すごく嬉しいことがありました。
野球部の先輩で仙台に住むカズヒロさんから、36年前の甲子園初出場時のユニホームを
「オレが持ってるよりイシカワが持ってろよ。」と譲り受けたんですよ。

最近は野球部ネタやOB会ネタは、OB会ホームページやfacebookで更新してるんですけど、
公式HPを最初に作った際に「ユニホームの歴史」みたいなページを作りたかったんですよね。

特に、この甲子園初出場時のユニホームは、当時の高校野球界においては
斬新かつハイクオリティなデザインで、どうしても実物を手にしたかった
一着でもあったんです。

伝説の君島投手が甲子園のマウンドで68球で完投した記録も、
このユニホームを着て生まれたものです。

HPを作成するにあたって、田中先生に当時のこのユニホームのことを
随分とお聞きしたものです。

先生のご自宅のクローゼットには、当時たくさんのユニホームやグラコンが保管されていたんですけど、
このバージョンのユニホームだけはありませんでした。
もう何十年も前、田中先生がお元気な頃にカズヒロさんが先生から「お店に飾れ。」と、
頂戴した一着だったそうなんです。

自分が、先生におねだりした際にも「ほら、これしかない。」なんて、この次のバージョンの
ユニホームを見せてくれたんで「先生、これよりも前のユニホームを探してるんですよ。」
なんて食い下がると、「どれも同じだ。もうない。」なんて軽くスルーされてしまいました(泣

それがなんと、ようやく自分の手に渡ってきました。
興味のない人には、まったく分からん世界でしょうけど、このライトグレー地に緑のタテジマ、
さらに首・袖・ベルトループ・パンツサイドに深緑のラインが施されているという、
これでもかと言わんばかりの装飾と豪華な刺繍は、いつまで見ていても飽きません。

実際に手にして分かったことが、この生地がニットだったということ。
実際にこれを着て甲子園で戦ったトオルさんに聞いたら「なんにも伸びない綿だった。」
なんて適当なこと言ってましたけど、生地はしっかりとした厚手のニット生地です。

白やアイボリーという色味に素材は綿生地のユニホームが主流の時代の中で、
いち早くニット素材を取り入れ、さらにこれだけのド派手なユニホームは
おそらく当時の高校野球界では他になかったと思います。

その分、ユニホームの着こなしにも田中先生には随分と教わったものです。
アンダーシャツの見せ方や裾のまくり方も細かく指導されました。
「ユニホームをだらしなく着る高校に強いところはない。」
確かに、今でもその言葉が胸の中に強く、強く残っています。

鶴商コレクターの自分にとって、残すアイテムは、甲子園のビデオだけです。
このユニホームを着て戦った第60回夏の大会【日田林工戦】のビデオと、
翌年の51回センバツ一回戦【天理戦】、二回戦【池田戦】のビデオを探しています。

テープ状態が悪くてもかまいません。
このブログをご覧のOBの方で、「そういえばあったな。」なんて方いらっしゃいませんか?
ダビングをして、大切に大切に資料として保管させていただきます。

当時は、自宅にビデオなんて高価で全然普及していなかった時代でしたから、
選手や父兄でも持っている方は少なかったと思うんですよね。
もう10年以上も探してますけど、未だに箱すら見かけておりません。

今度、自分のような鶴商バカのために、歴代のユニホームや帽子・グラコン・練習着を
眺めながら、これまでの鶴商のビデオを観たりアイテムを語り合うという、
一部のマニアしか楽しめない「Tsurusho only night 」でも企画しようと思っています。
多分、ポンセ、ナガオカの3人だけかもしれないけど(笑

36年前のユニホームに、元気とパワーをもらいました!
カズヒロさん!ありがとうございました!!
大切に、田中先生の想いも含めて、死ぬまで大切に保管します。

今日も一日頑張っていきましょう!!
毎度ありがとうございます!

昨日は、梅雨入りで少し肌寒くなるのを見越して煮込みを作りながらブログを書いていました。
東北大会には行かないと書き終えたまさにその時に、キャプテンWから
「東北大会、今から観に行かないか?」なんてメールがきたんですよ。

時計の針は9時10分、試合開始は11時30分の予定、秋田まで2時間ちょっとはかかる。
9時30分で自宅に迎えに行くから!はいいんだけど、あっちを14時には撤収してこないと
仕込みの時間が取れずに18時に入っている宴会の予約に間に合わないわけです。

かなりのタイトスケジュール!が、行ってしまうわけですよ、これが(笑

高速をぶっ飛ばし秋田八橋野球場到着が11時55分、試合開始が12時ちょうど!
ギリギリでプレイボールに間に合って、秋田第二代表の秋田南との一戦。
初回に2点を先制されるも、2回に1点3回にも1点を奪い2-2の均衡状態のまま最終回へ。
9回ツーアウト二塁からセンター前ヒットが出て、二塁ランナーが生還してサヨナラ勝ち!!
試合終了時刻なんと13時50分!ゲームも時間も劇的過ぎる(笑

途中、コンビニでおにぎりなんかを購入し、走る車内でそのまま食事を済ませ、
鶴岡到着が16時15分。着替えて肉を取りに行ってお店に入ったのが16時50分。

もうね、本当に焦りましたよ。
でも、秋田まで弾丸応援に行って良かったと思える試合内容でしたから、後悔はないんですけどね。

今日は花巻東との対決で、10時試合開始です。
時間的には今日の方が余裕ですけど、さすがに今日は行きません、行けません。
いや、誘われれば行くかもしれませんけど、行けません。

明日は、小学校の体育祭もありますし、今日分の仕込みもありますから今日は行けません。
強豪ですけど、初見の秋田南よりも練習試合等で何度も顔を合わせている花巻東の方が
相手の雰囲気は分かっているだけに戦い易いような気もします。

それと、やっぱり守備ですかね。
県大会4試合で失策1という絶対的に守備は鍛えられているチームですし、
昨日の東北大会初戦、秋田南戦も失策0は目立ちませんが、もっと大きく評価されるべきです。

守備でリズムを作って、終盤の追い上げ・逆転と、鶴岡東らしい戦い方が出来てますし、
粘りの鶴岡東、サヨナラの鶴岡東のイメージを植付けるには十分な結果も出しています。
このイメージは夏の大会に必ず活きてきますし、対戦するチームにとっては
手ごわくなってくるでしょうからね。
 
花巻東戦でも、エラーをしない鉄壁の守備と終盤の食らいつく粘りの打線に注目です。
ただ、心配なのは、昨日一人で9回139球を投げきったエース海藤が先発するのかどうか、
しなければ誰が先発するのかも気になるところではありますよね。

・・・。

いや、今日は絶対に行きませんよ。
 
絶対に行けません!!






毎度ありがとうございます!

またまた高校野球ネタが続きますが、今日は後輩の話しでも・・・。

昨夜は、鶴商時代の2コ下の後輩で神奈川に住むキシモトが息子と食事をしに寄ってくれました。
聞けば、東の入試を受けるそうで、春から息子も親父と同じ鶴岡東野球部に入るんだそうです。

考えてみれば、15で親元を離れ県外の高校で野球に打ち込む・・・なんて
たったの一行で表せちゃうことだけど、ものすごい覚悟と、とてつもない不安感と孤独感のなかで
山形に来るんだろうなと思ったら、後輩の息子とはいえ半分、親になった気持ちになってしまって、
なんか、グッと込み上げてくるものがあったんです。

「キミは鶴岡東の甲子園出場を見て、東に入ろうと思ったの?」
「いいえ。小学生で野球を始めた頃から鶴岡東に行こうと決めていました。」
「マジで!スゴイ覚悟だなぁ。たいしたもんだよ。キシモトよ、お前いい倅もったなぁ」
「ハイ。ありがとうございます。子供の頃から、鶴東に行って甲子園に連れてってくれと託してました。」
「そうかぁ。スゲーな。やっぱり。」
「いえいえ。来年はすぐ下の弟もお世話になろうかと思いますんで、宜しくお願いします。」
「え!お前んとこ、弟も来年?二人とも東に入れんの?」
「ハイ!」

地元にいる親の母校に子が入学するというのは珍しくないでしょうけど、
わざわざ県外から親父と同じ高校に兄弟揃って入学というケースは、本当に珍しいです。
ましてや、自分とも少しの間でしたけど、同じ釜のメシを共に食った後輩の倅ともなれば、
感情移入しないはずがありません。
 
3年間はあっという間かもしれませんけど、どこかで寂しくなってしまったり、
気持ちが折れそうになるときが一度や二度は必ずくるものです。

そんな時には、さりげなく声をかけてあげれたらと思っています。

今の下宿は昔の寮ほど厳しくないにしろ、昔と違って携帯でいつでも繋がってる感があるにせよ、
まだ15歳、体つきはでかくても心はまだまだ子供な部分もあったりするんですよね。

自分なら、自分の母校に行ってくれることを喜ぶ反面、
それが地元以外なら躊躇してしまうでしょう。
だけど、その先にお世話になった方々からの温かい心と優しい眼差しが
あるんだとしたら、やっぱり行かせてしまうかもしれませんね。

そんなふうに、自分の息子に置き換えて考えてしまってました。

また母校を応援する楽しみが増えました。
春が待ちどうしいですね。

その前に、今週の娘の受験が先ですけど・・・
我が家の進路が落ち着くのは、まだもう少し先になりそうです。

頑張れー!お前ならできる!!

毎度ありがとうございます!

OB会の感動が覚めやらぬまま、すでにいつもの日常に戻っているわけですけど、
ふと、高校時代のあだ名を思い出してしまいました。

新入生が入部すると、先輩に必ずと言っていいほどあだ名をつけられます。
自分の場合は、ひょうきん族に出てくる「ホタテマン」に似ているからと「ホタテ」でした(笑
どうせなら「リキヤ」にしてくれたら、今なら源氏名みたいで使えるのに(笑

悪意のないあだ名は同期にも伝染しますから、自分は同期からも「ホタテ」と呼ばれてましたもんね。
ある程度大人になって、お互いに子を持つ親になった頃から、なんとなく「ホタテ」とは
呼ばれなくなった気がしますけど、そんなに嫌いじゃないあだ名でしたね。ま、好きでもないけど。

しかし、今になって思い返すと凄いあだ名がいっぱいで笑えます。

「アルマン」・「大仏」・「カタハリ」・「ボクサー」・「ダル」・「ウマ」・「ネコ」・「オヤジ」・「クサコン」・「ブキミ」、
先輩にも「バクダン」・「コツ」・「オーチェ」・「モアイ」・「ビビンバ」・「ゴンザ」・「桃屋」さんなどと
聞いただけでは全く由来が分からない「あだ名」の方々もたくさんいたものです。
ちなみに「ドェー」さんの弟も「ドェー」でしたけどね(笑

当時の野球部は「先輩」という呼び方は禁止されていて、
必ず名前に「さん」付けで呼んでいました。
他校の体育会系によくある「押忍」「オッス」も厳禁だったんです。
すれ違うときには「こんにちは。失礼します!」が基本でしたから。

テレビもなく娯楽が一切ない寮生活では、後輩をイジるしか
楽しみがなかったですもんね。

そんな、「やった」「やられた」の3年間がそこはかとなく懐かしいのが、自分でも不思議です。

先輩がいて自分がいて後輩がいるんですよ。
そんな世代や時の流れを楽しみながら、もっとOB会を盛り上げていきたいと思っています。

よーし、煮込みも仕上がりました。
これが、いつもの自分の日常です。

今日も寒いですが、頑張っていきましょう!

毎度ありがとうございます!

先日の日曜日、高校時代の野球部OB会の総会が開催されました。

今年は、90名を越すOBの方々に出席していただき盛大に開催することができました。
役員会でも、毎年100名超えの出席者を目標に頑張っているんですけど、
なかなか100の壁を越えることが出来ないのが現状です。

それでも、今年は昭和世代が途切れることなく参加した稀に見る総会だったんですよ。

特に自分のすぐ上の先輩方が仙台・東京・神奈川・新潟から出席していただいたのは
口には出来ないくらいに本当に嬉しくもあり、ある意味、感動的でもあったんですよね。

昭和53年~56年までの3年間は、春夏合わせて3回甲子園に出場した黄金期でもあり、
自分達の昭和60年までは部員全員が野球部寮で生活していた厳しい時代でもあったわけです。
当然、県外からの野球留学生がその大半を占めていましたから、卒業後に鶴岡に残る人など
ほとんどいない世代でもあったんですよね。

自分が前OB会長と田中先生から指名され、事務局を引き受けてから10年になります。

自分の1コ上のマナブさん以外は、2コ上・3コ上・4コ上くらいまでの先輩方に対して、
現役時代にたくさんのOBからの協力を得た方々ほど、OB会と接点を持たない現実に
時には憤りや怒りも感じたことがあったのも事実です。

卒業したての18歳の子でも、OB会費を振り込んでくれるのに、あの人たちは何をやってるんだと。

いつか、あの世代、あの年代の方々にもOB会に来てもらいたい・・・
そんな自分の勝手な思いと、意地の10年だったような気もします。

3年前に30年ぶりに甲子園出場を果たしたことがきっかけで、また連絡がつくようになり、
昨年は56年~60年のOBが由良温泉に集まり楽しい一夜を過ごすことができました。
でも、正直、自分は半分しか楽しめていなかった気もするんですよね。

1月と9月では日程的に全く違うにせよ、やっぱり、あれだけのメンバーが一同に集まれるのなら、
みんなでOB会に来てくれてもいいんじゃないのかなと、生意気にも思っていたわけです。
 
それでも、そういういろんな事がきっかけとなり、その後からは出席できなかった方からでも
振込みで会費を頂戴するようになってきてたんですよね。
そんな変化が嬉しかったし、そんな少しのつながりでも嬉しかったんです。
 
実際、県外に住んでいる方が、わざわざ鶴岡でOB会に出席するのが
どれだけ大変なのかは十分わかっているつもりです。

偉そうなこと言ってる自分ですけど、函館に住んでいた頃は
一回もOB会に出席したことがありませんし。

だからこそ、それだけの時間と経費をかけてまで鶴岡に来ていただいて、
OB会に出席していただいたことに嬉しさと驚きを隠せなかったんですね。

自分にとっては神様みたいな方々と一次会、二次会と
図々しくもご一緒させていただきました。
お酒の力を借りて、随分と調子こいた自分を笑って容認してくれた
諸先輩方の丸くなりように、本当に本当に嬉しくも感動した
一夜だったんですよね。

いい先輩方と巡り合えたし、あの当時あれだけ厳しかった分、今の優しさ丸さが心にしみます。

どれだけ言葉を並べても言い表せない、心地いい酒、心地いい夜でした。

また、みなさんと会いたいです。
また、みなさんと一緒に酒を飲みたいです。

また、絶対にお会いましょう。

それまで、みなさん、お元気で。
自分も、元気で頑張ります。
楽しい夜をありがとうございました。

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