やきとん専門店「やき処やんちゃ」店主ブログ
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毎度ありがとうございます!

またまた高校野球ネタが続きますが、今日は後輩の話しでも・・・。

昨夜は、鶴商時代の2コ下の後輩で神奈川に住むキシモトが息子と食事をしに寄ってくれました。
聞けば、東の入試を受けるそうで、春から息子も親父と同じ鶴岡東野球部に入るんだそうです。

考えてみれば、15で親元を離れ県外の高校で野球に打ち込む・・・なんて
たったの一行で表せちゃうことだけど、ものすごい覚悟と、とてつもない不安感と孤独感のなかで
山形に来るんだろうなと思ったら、後輩の息子とはいえ半分、親になった気持ちになってしまって、
なんか、グッと込み上げてくるものがあったんです。

「キミは鶴岡東の甲子園出場を見て、東に入ろうと思ったの?」
「いいえ。小学生で野球を始めた頃から鶴岡東に行こうと決めていました。」
「マジで!スゴイ覚悟だなぁ。たいしたもんだよ。キシモトよ、お前いい倅もったなぁ」
「ハイ。ありがとうございます。子供の頃から、鶴東に行って甲子園に連れてってくれと託してました。」
「そうかぁ。スゲーな。やっぱり。」
「いえいえ。来年はすぐ下の弟もお世話になろうかと思いますんで、宜しくお願いします。」
「え!お前んとこ、弟も来年?二人とも東に入れんの?」
「ハイ!」

地元にいる親の母校に子が入学するというのは珍しくないでしょうけど、
わざわざ県外から親父と同じ高校に兄弟揃って入学というケースは、本当に珍しいです。
ましてや、自分とも少しの間でしたけど、同じ釜のメシを共に食った後輩の倅ともなれば、
感情移入しないはずがありません。
 
3年間はあっという間かもしれませんけど、どこかで寂しくなってしまったり、
気持ちが折れそうになるときが一度や二度は必ずくるものです。

そんな時には、さりげなく声をかけてあげれたらと思っています。

今の下宿は昔の寮ほど厳しくないにしろ、昔と違って携帯でいつでも繋がってる感があるにせよ、
まだ15歳、体つきはでかくても心はまだまだ子供な部分もあったりするんですよね。

自分なら、自分の母校に行ってくれることを喜ぶ反面、
それが地元以外なら躊躇してしまうでしょう。
だけど、その先にお世話になった方々からの温かい心と優しい眼差しが
あるんだとしたら、やっぱり行かせてしまうかもしれませんね。

そんなふうに、自分の息子に置き換えて考えてしまってました。

また母校を応援する楽しみが増えました。
春が待ちどうしいですね。

その前に、今週の娘の受験が先ですけど・・・
我が家の進路が落ち着くのは、まだもう少し先になりそうです。

頑張れー!お前ならできる!!

毎度ありがとうございます!

OB会の感動が覚めやらぬまま、すでにいつもの日常に戻っているわけですけど、
ふと、高校時代のあだ名を思い出してしまいました。

新入生が入部すると、先輩に必ずと言っていいほどあだ名をつけられます。
自分の場合は、ひょうきん族に出てくる「ホタテマン」に似ているからと「ホタテ」でした(笑
どうせなら「リキヤ」にしてくれたら、今なら源氏名みたいで使えるのに(笑

悪意のないあだ名は同期にも伝染しますから、自分は同期からも「ホタテ」と呼ばれてましたもんね。
ある程度大人になって、お互いに子を持つ親になった頃から、なんとなく「ホタテ」とは
呼ばれなくなった気がしますけど、そんなに嫌いじゃないあだ名でしたね。ま、好きでもないけど。

しかし、今になって思い返すと凄いあだ名がいっぱいで笑えます。

「アルマン」・「大仏」・「カタハリ」・「ボクサー」・「ダル」・「ウマ」・「ネコ」・「オヤジ」・「クサコン」・「ブキミ」、
先輩にも「バクダン」・「コツ」・「オーチェ」・「モアイ」・「ビビンバ」・「ゴンザ」・「桃屋」さんなどと
聞いただけでは全く由来が分からない「あだ名」の方々もたくさんいたものです。
ちなみに「ドェー」さんの弟も「ドェー」でしたけどね(笑

当時の野球部は「先輩」という呼び方は禁止されていて、
必ず名前に「さん」付けで呼んでいました。
他校の体育会系によくある「押忍」「オッス」も厳禁だったんです。
すれ違うときには「こんにちは。失礼します!」が基本でしたから。

テレビもなく娯楽が一切ない寮生活では、後輩をイジるしか
楽しみがなかったですもんね。

そんな、「やった」「やられた」の3年間がそこはかとなく懐かしいのが、自分でも不思議です。

先輩がいて自分がいて後輩がいるんですよ。
そんな世代や時の流れを楽しみながら、もっとOB会を盛り上げていきたいと思っています。

よーし、煮込みも仕上がりました。
これが、いつもの自分の日常です。

今日も寒いですが、頑張っていきましょう!

毎度ありがとうございます!

先日の日曜日、高校時代の野球部OB会の総会が開催されました。

今年は、90名を越すOBの方々に出席していただき盛大に開催することができました。
役員会でも、毎年100名超えの出席者を目標に頑張っているんですけど、
なかなか100の壁を越えることが出来ないのが現状です。

それでも、今年は昭和世代が途切れることなく参加した稀に見る総会だったんですよ。

特に自分のすぐ上の先輩方が仙台・東京・神奈川・新潟から出席していただいたのは
口には出来ないくらいに本当に嬉しくもあり、ある意味、感動的でもあったんですよね。

昭和53年~56年までの3年間は、春夏合わせて3回甲子園に出場した黄金期でもあり、
自分達の昭和60年までは部員全員が野球部寮で生活していた厳しい時代でもあったわけです。
当然、県外からの野球留学生がその大半を占めていましたから、卒業後に鶴岡に残る人など
ほとんどいない世代でもあったんですよね。

自分が前OB会長と田中先生から指名され、事務局を引き受けてから10年になります。

自分の1コ上のマナブさん以外は、2コ上・3コ上・4コ上くらいまでの先輩方に対して、
現役時代にたくさんのOBからの協力を得た方々ほど、OB会と接点を持たない現実に
時には憤りや怒りも感じたことがあったのも事実です。

卒業したての18歳の子でも、OB会費を振り込んでくれるのに、あの人たちは何をやってるんだと。

いつか、あの世代、あの年代の方々にもOB会に来てもらいたい・・・
そんな自分の勝手な思いと、意地の10年だったような気もします。

3年前に30年ぶりに甲子園出場を果たしたことがきっかけで、また連絡がつくようになり、
昨年は56年~60年のOBが由良温泉に集まり楽しい一夜を過ごすことができました。
でも、正直、自分は半分しか楽しめていなかった気もするんですよね。

1月と9月では日程的に全く違うにせよ、やっぱり、あれだけのメンバーが一同に集まれるのなら、
みんなでOB会に来てくれてもいいんじゃないのかなと、生意気にも思っていたわけです。
 
それでも、そういういろんな事がきっかけとなり、その後からは出席できなかった方からでも
振込みで会費を頂戴するようになってきてたんですよね。
そんな変化が嬉しかったし、そんな少しのつながりでも嬉しかったんです。
 
実際、県外に住んでいる方が、わざわざ鶴岡でOB会に出席するのが
どれだけ大変なのかは十分わかっているつもりです。

偉そうなこと言ってる自分ですけど、函館に住んでいた頃は
一回もOB会に出席したことがありませんし。

だからこそ、それだけの時間と経費をかけてまで鶴岡に来ていただいて、
OB会に出席していただいたことに嬉しさと驚きを隠せなかったんですね。

自分にとっては神様みたいな方々と一次会、二次会と
図々しくもご一緒させていただきました。
お酒の力を借りて、随分と調子こいた自分を笑って容認してくれた
諸先輩方の丸くなりように、本当に本当に嬉しくも感動した
一夜だったんですよね。

いい先輩方と巡り合えたし、あの当時あれだけ厳しかった分、今の優しさ丸さが心にしみます。

どれだけ言葉を並べても言い表せない、心地いい酒、心地いい夜でした。

また、みなさんと会いたいです。
また、みなさんと一緒に酒を飲みたいです。

また、絶対にお会いましょう。

それまで、みなさん、お元気で。
自分も、元気で頑張ります。
楽しい夜をありがとうございました。

毎度ありがとうございます!

ブログ書くのも久しぶりな感じですが、12月特有の忙しさというより「慌しい」という表現が
ピッタリな師走のドタバタ感ですかね。
当然のように、未だ年賀状印刷もまったく出来ていない現状です。

そのワケは、毎年のことですけど、年明けの1月にOB会の総会がありますんで、
その出欠の返信ハガキが毎日のように自宅に届くんですね。

ただ出欠を確認するだけなら簡単なんですけど、一応1枚1枚住所に変更がないか、とか
結婚して苗字が変わってないかとかとチェックしていますんで、結構大変なんですよ。

それでも、返信してくれるだけまだマシなほうで、何の返信もない人が半数以上いるという現状。。。
500枚発送して出席欠席あわせても200枚にすらならないんですから、お話になりません。

今年から、facebookのグループを作って、すでに140名のOBがメンバーになってますから、
イベントの告知で一気に送信したほうが手っ取り早いし、14000円もハガキ代が浮くんですけどね。

これが3年前に4度目の甲子園に行ったばかりのOB会かと思うと、残念でなりません。
ハガキくらいは返信しましょうよ、大人なんだから。
甲子園の時ばっかり盛り上がって、OBぶってちゃダメなんだって。

そんなストレスの溜まる役員会の後は、マナブさんとワタルとでいつもの「3人忘年会」でした。

いつもの【福鮨】で刺身の盛り合わせに、隠れた銘酒「恋の山」の熱燗をキューっと!
かぁ~!堪りません!!旨すぎます。

こんなふうに気の合う先輩同期と、ゆっくりと美味い肴に舌鼓を打ちながら、
癖のない「恋の山」で一杯やるのが至福のときでもあるんですよね。

ワタルとは、若い頃は自分の言いたい事がありすぎて、意見も対立してましたけど、
今はお互いに歳をとったせいか、相手の言いたい事が理解でき価値観を共有できるようになって
とても居心地のいい関係になりました。

マナブさんも先輩には変わりないですけど、現役時代ほどキッチリせずに
付き合えるところがなんとも言えず居心地がいいんですよね。
そういう心が広いところがマナブさんの素晴らしいところなんですよ。

まぁ、世間に出たら46と47の同じ誕生日のおっさん2人なんですから(笑

今回はWのつくスナックには行かずに、またまたいつもの【三鷹】で三次会。
くどき上手を飲んで、アジのなめろう頼んで、十分堪能させてもらいました。

今年も残り一週間ですけど、たっぷりとリフレッシュしましたんで全力で頑張ります。

まだまだお席に余裕がありますけど、のんびりやらせてもらいます!
よかったら、是非、お越し下さいませ~。

毎度ありがとうございます!

毎年1月に開催される野球部OB会の案内ハガキ500枚が昨日出来上がり、
煮込みを作りながらですけど、これから宛名印刷に取りかかります。

1枚100円の往復はがきに印刷経費をかけて、さらに500枚の宛名を印刷して
出席でも欠席でも返信されてくるのは約100~150枚くらいでしょうかね。

毎年毎年、自宅で宛名印刷しながら、返信率を考えると虚しくなる作業でもあるわけですよ。

最近になってFacebookの活用の一環で、OB会のFacebookページを作って、
OBメンバーをどんどんメンバー登録して現在140名になってるんですよね。

実際にそうなると、OB会の開催のお知らせをFacebook上でイベント告知できますから、
とりあえず140人分のハガキ代14000円は経費的に浮くわけです。

しかも、ハガキでは学生などの引越率の高い世代とはすぐに音信不通になりやすいのが、
Facebookではその心配もあまりないわけですよ。

これからは、こういうツールを上手く活用していくことで、
作業効率や経費削減にも繋がると思ってるんですけどね。

役員の中には、「ちゃんとハガキで案内しないとだめだ。」というアナログ世代もおりますので、
すぐに移行できるものじゃないんでしょうけど、自分はもうハガキはいらないですよ。
わざわざ書いて半分に切ってポストに投函して・・・って言うのが面倒くさいじゃないですか。

地元にいて普段から付き合いのある間柄のOBなら、おそらく電話連絡でもいいハズなんです。

まぁ形式的というか、堅苦しいのが日本人なのかもしれませんけどね。

そういう面倒くさい仕事も、誰かがやらなきゃ成り立たないわけですから。
そう自分も納得して、印刷させていただいております(笑

もしも、あぁご苦労さんなことだなぁと思ってくれるOBがここを見てくれていたら、
せめて返信くらいは出してほしいなと思うわけです。

昨夜、来てくれたマナブさんと話してましたけど、自分はプレーヤーとしては全くダメな選手でしたけど、
その分【裏方】や【事務方】としての役割に活路を見出せたというか、人の楽しむ姿をみる喜びや、
人の嫌がる部分でも苦にならなくなったというのは、すべて高校時代に培われたものだと
間違いなく声を大にして言えることなんですよね。

息子もこの先、野球を続けるかどうかは分かりませんけど、なんでもいいからやってみて、
プレーヤーとしてだけでなく、いろんな角度から物事を考えられる、全体を見渡せる、
時には裏方でサポートできる、そんな男になってほしいと、親バカながら思っています。

おっと、煮込みを忘れてました。
カミさんに頼まれた洗濯物も干さなきゃ。

なんだか忙しくなってきたんで、今日のところは、このへんで。

毎度ありがとうございます!

気がつけば今年も残り2ヶ月を切り、お店以外のことでだんだん慌しくなってきました。

まずは、年が変われば、すぐに毎年恒例のOB総会が開催されますので、
今からハガキを準備して校正と宛名印刷に追われる大仕事が待ち受けています。

鶴岡東高校野球部OB会も、600名を越すOB会組織にまでなりました。
事務局を引き受けてから10年にもなりますんで、ほとんどのOBの名前と卒業年度は
だいたい頭の中にインプットされているんですけどね。

鶴岡東野球部も今年で創部45年になります。
その歴史の中でも監督在任期間が一番長いのは、25年間務めていただいた田中先生です。
平成13年からは現在の佐藤監督が今期13年目の指揮をとっていただいているわけです。

田中先生が監督を退いてから佐藤監督が任命されるまでの9年間は、
3人の方々が1年⇒2年⇒1年(返り咲き)⇒5年と務められ、比較的短期間でめまぐるしく
指揮官が変わっていた時代でもあったんですね。

そんな状態を危惧されてか、田中先生自らがご自身の後継者として佐藤監督を呼び戻したんです。
つまり、自らの教え子にバトンを引き継いだんですね。

そして、OB会事務局を務める自分には、ある傾向と法則を感じているわけです。
 
それは、田中先生と佐藤監督の教え子以外のOBは、
なかなかOB会に参加してもらえないということなんです。

監督が違えど、同じ野球部OBなのに、なぜか出席率が悪いんですよ。
出席率というより、返信のハガキすら戻ってこないのが、なぜかこの世代に多いんですよね。

ある時、その世代のキャプテンに「どうしてお前達の代はOB会に参加してもらえないのか?」と
聞いてみたことがあったんですよね。
そしたら「いや、自分ら〇〇監督の代なんで・・・。しかも弱かったですし。」

強かった弱かったはあくまでも結果ですんで
そんなことを気にする必要は全くないとしても、
指揮官が短期間でめまぐるしく変わっていた時代の卒業生は、
長い歴史の中でも疎外感というか外様のような感覚なんだな、と
ひしひしと感じたことがあるんです。

そんなことは関係ないし気にする必要はどこにもないわけですから、一緒に野球をやったり
OB会ゴルフコンペに誘ってみたりして、まずはその壁を取り払ってあげれるようにとは
心がけてはいるんですけどね。

そう考えてみると、昨日のブログの話しじゃないですけど、スポーツの指導者・監督には
できるだけ長く指揮をとってもらえて、なるべく多くの子供達と接してもらうことの利点というのは、
小学生だけに限らず高校生でも当てはまることなのかもしれません。

まぁ、この手の話しは、いくらでも書けちゃいますんで、今日はこの辺でやめときます(笑

で、ここで告知を。
来週14日(木)は、仙台出張のため【臨時休業日】とさせていただきます。
仙台にあるサッポロビール工場の見学と、文化横丁での仙台酒場巡りが目的です。

今回は東京には行けませんが、仙台の夜も楽しみながら気になっていた酒場を満喫してきます。

楽しみがあると、日々の生活にメリハリが出てくるもんです(笑
万全の体制で挑めるように、風邪など引かぬように体調管理していこうと思います。

さあ、今日も一日、頑張っていきましょう!!
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